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一匹狼の花嫁~結婚当日に「貴女を愛せない」と言っていた旦那さまの様子がおかしいのですが~  作者: Mikura
番外

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2話 王との謁見




 中央領地への馬車の旅は非常にゆっくりとしたものだった。マグノの魔道馬車ならもっと早いけれど、こちらでは魔力の補助がない生きた馬を使っているので無理をさせるわけにはいかない。

 ヴァダッドの馬車とは本来、自力で動くのが難しくなったお年寄りが使うものらしい。体に負担をかけない設計なのでゆったりとした移動になるのだろう。

 そんな馬車の中で私はアルノシュトに抱きかかえられるような姿勢で座っていた。……どうしてこうなったのか。



「あの……アルノー様。なにもここまでしなくても……」


「魔法使いは体が弱いからな。ここしばらく顔色も悪いし、無理をするな。……その涼しくなる魔法も使うのをやめたほうがいいんじゃないのか?」


「魔力の消費はほんの少しですから……これは本当に軽い乗り物酔いだと思いますし……」



 馬車に揺られて少しくらりとめまいを感じた私を心配したアルノシュトに、揺れを軽減するためと出発してから毎日抱きかかえられている。彼の大きな体に包まれて、クッションのように扱われるふわふわの大きな尻尾にも支えられ、たしかにかなり楽にはなったのだが、この姿勢はいかがなものだろうか。

 私もせめて何かできないかと、夏の暑さを和らげるために馬車内の温度を下げたらアルノシュトの体温があまりにも心地よく、すぐに眠ってしまうような始末である。


(絶対によくないわ……気が抜けすぎているもの……)


 しかしアルノシュトは私をとても心配していて、この状態じゃないと馬車を出発させないのだ。そして強い眠気に勝てずに眠ってしまうことも多々あって、馬車の中ではほとんど眠って過ごしていた。……自堕落でいけないと反省しているが、どうしても眠気に勝てない。乗り物酔いのせいだろうか。


 そんな旅路の間、宿泊のために寄った村や街では物珍しそうな視線を向けられていたが、中央へ近づくとだんだんとそれが変化していくのに気づく。



「ねぇ、あれ……」


「しっ! 家に入ってなさい!」



 子供が私を指さして、母親が子供を家の中へと隠す。ちらりと視線をこちらにおくってはひそひそと言葉を交わす者たち。物珍しいものを見るという表現では足りない、奇異の目。

 ミランナに言われた通り、辺境よりも中央へ近い方が魔法使いへの偏見が強いのだろう。


(ずっと平和に、そして順調に仲良くなれていたから忘れていたけど……そうよね。私たちの国はまだ、和解できたとは言えない)


 それでも私は、目があえば彼らににこりと笑いかけ手を振った。私の仕事は、そんな彼らに魔法使いを知ってもらって、戦争が終わっても続くこの不和の解消に尽力することなのだから。

 時には子供が手を振り返してくれることもあったし、私の反応を見てばつが悪そうにひそひそ話をやめる人もいた。……彼らはまだ、魔法使いを知らないだけだ。獣人は決して悪い人たちではない。


 そうして一月以上をかけてやってきた中央領地はたいそうにぎわっていた。バルトシーク領とは比べ物にならない人の数と声、密集した建物。あらゆる種族の獣人を見かけるが、かなり猿族が多い印象だ。

 さすがに物珍しくて意識もはっきりしていたため、馬車からそんな景色を眺めてわくわくしてしまっていた。……きっと外に出れば、鋭い視線も向けられるのだろうけれど。やはりヴァダッドの文化が私は好きなのだ。

 一際人気で、人だかりのせいで中が見えない店の前を通ったので、アルノシュトに尋ねてみた。



「アルノーさま、あのお店はなんでしょう?」


「ああ、あれは刺繍職人の作品が展示されている店だ。あそこで好きな職人を選んで、注文することができる。……フェリシアも展示すれば注文が殺到しそうだな」


「ふふ、そうだったら嬉しいのですけど」


「……もし、よければ出してみないか? 今の時期は新人の披露目会をしているからな」



 その提案について少し考えてみた。獣人の中で手先が器用なのは猿族で、それ以外はほとんど刺繍職人にはなれない。マグノ女性は刺繍をするのが一般的であり、私も得意だが私よりも美しい絵を刺す人間も多くいるだろう。

 そしてどちらの国であっても刺繍は喜ばれる文化だ。……アルノシュトが勧めるくらいなのだから、突然の参加も悪いことではないのだろうし、もしかするとこれもマグノとヴァダットの交流を深める一端になるのかもしれない。……けれどそれを専門とする職人の中に自分の作品を出すというのは、場を荒らすようにも思えて気が引ける。



「少し、考えてみます」


「うむ。……もし出すとしてもハンカチはやめてくれ。それは……俺だけにもらえないか、と思うのだが……」



 相変わらず私を抱きかかえている彼の顔を見上げた。じっと私を見下ろす深い赤色の瞳に、懇願の意志がこもっているのが見て取れてくすりと笑った。



「ええ、わかりました。……ハンカチはアルノー様にだけ、お贈りしますね」


「……ありがとう」



 ぴたりと頬が重なって優しく頬ずりされる。ヴァダッドでは愛の告白となるハンカチの刺繍は、この先ずっとアルノシュトにだけ贈る特別なものだ。家族や友人にはスカーフなどほかの物に刺繍して贈ればいいし、夫婦の間の特別な贈り物があるのも素敵だろうと思った。


 やがて街を抜けて少し閑静な道を通り、見るからに広大な屋敷へと馬車は進む。マグノでは高さのある城だが、ヴァダッドの王の居城は横に広いようだ。

 アルノシュトと共に敷地内を案内され、広い庭や長い廊下を歩き、謁見の間でしばらく待たされた後に、王はゆったりとその場に姿を見せた。



「おお、そなたがマグノの花嫁か」



 微笑んでいるようにも見える、穏やかそうな顔。私の倍はありそうな背丈に、ヴァダッドのゆったりとした服を着ていても分かるほど筋肉で膨れ上がった大きな体。顔の横には象の平たく大きな耳がある。

 ヴァダッドの国王は象の獣人。それは聞いていたけれど、ここまで大きいとは想像もしていなかった。



「お初にお目にかかります。マグノより花嫁として参りました、フェリシアと申します。どのようにでもお呼びください。本日は謁見をお許しいただき、光栄にございます」



 ヴァダッドでは初対面の相手に最大の敬意を示す時、呼び名を相手に任せるように伝えるものであるという。このような挨拶をするのは国王相手くらいのもの、らしいけれど。



「そうかそうか。フェリシア、よく来たな。アルノシュトも久しいではないか。どうだ、仲良くやっているか?」



 象の王はとても朗らかに、まるで祖父が孫にでも声をかけるようにやさしい顔と、あたたかな声で語りかけてくる。私はそれにほっと気を抜きそうになったけれど――彼のそばに控える、側近であろう獣人から刺すように鋭い目を向けられていることに気が付いて、解けそうになった緊張感は再び張り詰めた。


(……猿の獣人、よね。アルノー様も、側近は魔法使いを警戒しているとおっしゃっていた)


 優しく声をかける王と、警戒心をむき出しにする側近。風邪をひいてしまいそうな温度差の二人と向き合いながら、謁見の時間は始まったばかりである。



中央領地へやってきたフェリシアとアルノシュト。

まだまだやることはいっぱいありますね。


コミカライズの配信日を勘違いしておりまして、第四話は昨日からシーモアさんで配信中です!

シンシャの回です。シンシャ、めっちゃいい。よろしくお願いします!

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