第3プロムナード
二枚目の絵も見終わって次の展示室へと歩いて行く。
やはり観客の数が少なすぎる。
スタッフを除くと、一枚目の展示室にいたのは少し大柄な大学生くらいの青年だけだったし、二枚目の展示室も子供連れの夫婦だけだった。
人が多すぎれば上東の絵をじっくりと眺めることもできないが、こうまで少ないと何があったのだろうと不安にもなる。
上東杭雄の二枚目の絵『小さな家』、あれも危険と言うより他はない。
空き家のような家ということは主人を失ったということだ。しかし、絵の二階には女の子がいる。であれば、その女の子こそがその家の新しい主人なのだろう。
合わせ鏡の呪いを知っているだろうか。
伝承によれば正しい時間に正しいやり方で合わせ鏡を行うと、無限小にまで続く鏡像の彼方から悪魔がやって来るのだそうだ。
家の中の家、そのまた家の中の家、さらにその家の中の家と続く向こう側からは同じように悪魔が呼び出されるだろう。その家の前の主人が何を望み、今の新しい主人が何を望むかは知らない。知りたくもない。
そもそも家というのは社会的にも空間的にも閉ざされた場所だ。そこでは、外部に知られることなく色々な出来事が起きている。
居住者が不審死した事故物件に所用があって入らねばならなくなったことがある。
借りた鍵でドアを開くとつんとかび臭いにおいがし、玄関から差し込んだ光でうっすらと埃が積もっているのがわかった。
玄関に入ってすぐの右が寝室と物置、左がバスルームとトイレになっているのだが、住人のいなくなった今は電気が止められている上、全てのドアが閉じられているせいで廊下は真っ暗だった。
寝室やバスルーム、廊下の奥の居間には窓があるのだが、この廊下にはそれがないからだ。
玄関の脇にある下駄箱の上に大判のパンフレットのようなものが入った封筒が置かれていた。それを左脇に挟むとペンライトを片手に上がり込み、そのまま奥の居間を目指した。
廊下の突き当たり、ドアの前に一冊のノートが落ちていた。左手でそれを拾い上げ、目の前にある居間へと続くドアを見て思わず息を呑んだ。
あちこちの神社からもらってきたのだろう数十枚の御札がドアの上から下までびっしりと、まるでミノムシのミノを思わせるように丁寧に執拗に隙間なく幾重にも重ね合わされて貼り付けられていたからだ。
この家の住人はやって来るヒトならざる何ものかによほど怯えていたのだろう。
だが、その全てが無駄に終わった。ひとたび怪異に侵されればそれから逃れるのは容易ではない。
これまでの展示室は小会議室を使用した部屋だったが、ここから先は中会議室が続くことになるらしい。どうやら、一展示室に二枚、上東の絵が展示されることになるようだ。
間違いなく、ここに展示されているのは上東杭雄の新境地ともいうべき作品ばかりと言えるだろう。
これまで上東のイラストを色々と見てきたから、ここの展示物が上東の作品だと理解できるけれど、そうでなければ上東とよく似た筆致の別の画家の展覧会と勘違いしてしまいそうなくらい何かが違う。
題材は勿論、上東が見ているもの、上東に見えているものが完全に変わってしまったかのように。
それだけに次の作品がとても楽しみだ。