希望はないのか
「ちょ、ちょっと出かけてくる!
あ、待って! 朝食は?
きょ、今日はいらない」
上着を手に取り、妻の声を背に(自分は黙ったまま)玄関から外に出る。
外は良い天気だが風がやや強かった。邪魔な植物もなく自由に往来できる道を歩きながら、さっきの奇妙な――一方通行な会話を思いだす。妻が喋った言葉は私が言おうとしていた言葉を全て含んでいた。例えるなら、とちった役者が相手役のセリフまで言ってしまうような。だがそんな事が実際にはあるわけがない。相手が何を言うか予測は出来ても全ては分からないのだから。
何故あんな会話になってしまったのだろうか。朝起きたばかりで頭が働いてなくて、聞き間違いをしたのでは。
無駄だと思いながらも異常はなかった可能性を探ろうとしてしまう。もしかしたら、今度こそは――元の世界に戻れたのだと信じたいからだ。
急に私の隣を、速度を上げた自転車が通った。驚いて声を上げたつもりだが、何も声が出なかった。風邪でのどがやられたのか? 相手も私のように驚いたようだった。しかし私が叫ぼうとした言葉そっくりそのまま、私が声を上げようとしたのと同じタイミングで声を出していた。