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零式暫界  作者: 黒主零
1.紅蓮の煌星(フレイムスター)
4/9

第1話:死神と少女3

・1月28日。円谷学園学生寮は朝から大忙しだった。木目田三姉妹の引っ越しとそれに併せて赤羽美咲の引っ越しが入っている。

「……最首がいればまだ楽だったかも知れないがな」

木目田三姉妹の荷物を甲斐と斎藤が運ぶ。なお本人は既に大倉機関で手術を開始している。

斎藤相手には赤羽が転校してくると言うことは伝えたが流石に全身義体だとか三船道場が人体実験をしているとかは話していない。口外禁止と言うわけではないがとは言え藪から棒に話していい内容でもない。

「……けど寂しくなるな」

「え?」

「木目田三姉妹は一人……いや、一体?で一部屋使ってたから新しく二人入れる。赤羽美咲は女子だからもう一人女子が入れるってことだ。つまり、穂南蒼穹が転居できるって事だろう?」

「……だろうな」

これまで部屋が足りないから仕方なく甲斐と蒼穹は同じ部屋で生活をしてきた。部屋が足りたのなら男女で分かれて生活するべきだ。

「穂南は何をしているんだ?」

「いや、相変わらずだ。何も変わっていない。まあ、だからといって結果に代わりはないだろう」

駐車場まで荷物を運び、トラックに入れていく。荷物運びにかり出されているのはこの二人だけでなく健全な肉体の男子はほぼ全員かり出されている。そのおかげかかなりスムーズに荷物運びが完了した。なお、身の回りのものに関しては女子達で整理したらしい。当然蒼穹はサボって部屋で寝ていたが。

「……蒼穹さんだしな」

「ごめんね、お姉ちゃんが」

達真と紅衣が廊下を歩く。一応体調が悪くないかだけ確認に向かえと担任から言われて二人が向かう。本来なら妹の紅衣だけでいいかも知れないが一応蒼穹は男子である甲斐と生活している。その部分は達真が引き受けると言うことで一緒に行動している。のだが、

「何かお祭りでもやってるのかしら?」

と言う動機で何故か火咲も一緒だった。

「どうしてお前がいる。と言うかこの学校に何か用か?最首先輩が言っていたようにあまり余所者がうろうろするのはよくないことだ」

「へえ?あんたそんな委員長っぽいこと言うんだ。似合わないの」

「……」

「あ、あの、最上さん?達真君が言うようにあまり他の学校の生徒が学生寮にいるのまずいと想うよ?」

「その手じゃ荷物運びなんて出来ないだろうしな」

「た、達真君!」

「いいよ、紅衣。本当のことだもん」

何故か火咲と紅衣は仲が良さそうだった。と言うのもたまにだが紅衣の部屋に泊まりに来ているらしい。実際紅衣のルームメイトは足を怪我して入院中だから部屋自体は余っていた。もちろんそれでも本来は認められない行為だ。寮長に隠している紅衣は心を痛めている。

そんな3人が蒼穹の部屋にやってくる。

「お姉ちゃんいる?」

紅衣がノックしてから中に入る。

「……いるよ」

左側の部屋。そこに相変わらずだらしなく無気力に蒼穹が寝そべっていた。ちなみに右側の方は胴着やら着替えやらが脱ぎ捨ててあった。

「……二人には毒だ」

達真がため息を付いてから右側の部屋に入り、とりあえず胴着と寝間着を畳んでベッドの上に置く。その際、仕込みに気づいた。

「……こ、これは……!」

枕元。そこには20部しか出版されなかったという薄い本が敷かれてあった。

「JS悪夢のお叱り中絶日記……本来作者が一冊1000ページを越えることも普通だとされるシリーズで一冊だけ筆が進まなかったからと言う理由で20ページしか作られず、気が進まないからとコミケでしか出品されなかった伝説の一冊……。あの死神先輩がどうしてこんなものを……!?」

驚愕の表情のまま達真は何度も読み返した。

「……あんた、そう言うの好みなの?」

火咲が覗く。基本不敵な笑みか無表情な火咲にしては珍しくどん引きしていた。

「い、いや、これはあの死神が懇意にしている本であって俺は別に……」

「美人姉妹をセフレにしておいてこんな異常を極めたような薄い本に興奮するだなんて。あんたって物好きよね。……あと何かその本に殺意がわくんだけど」

火咲がどん引きした表情からむき出しの殺意の表情に変わる。

「……紅衣、あの子は?」

「最上火咲ちゃんって言うの。ちょっとその、手が不自由だから荷物運びは出来ないんだけどお姉ちゃんの様子を見に来たの」

「……そう。私はせっかくの日曜日を満喫するだけだから。働く気なんてないから」

「もう、女子は女子で木目田さん達の化粧品とか下着とか段ボールに詰めないと行けないんだよ?」

「……わざわざ女子で分ける必要ないでしょうに」

そう言いながらも蒼穹は起きあがる。

「ほらお姉ちゃん。ちゃんと着替えて。達真君の前ならともかく他にも男子居るんだから」

「……あいつのおかげでそんなのもうないも同然だけど」

そう言いながら蒼穹は普通に着替えてややラフな服になった。

「それ、夏物じゃないの?」

「確かに。ちょっと寒いかも」

「お姉ちゃんまさか衣替えしてないの?」

「制服はしてる」

「私服はどうするの?外に出かける時とか」

「出かけない」

「……もう、お姉ちゃん出不精なんだから」

「……あっち終わったみたいだけど?」

「……もう少し……せめてあと3回はリピートしたい。脳裏に焼き付けておきたい」

「……スマホで撮りまくってるじゃない」

「……生の感触をだな……」

「……何やってんだお前……」

新たな声。出入り口を見るとものすごい表情の甲斐と斎藤が立っていた。

「へえ、甲斐。あの本手に入れてたのか」

変な感心をする斎藤。反対側の様子を見に行こうとした紅衣を蒼穹が留めて無言で首を横に振る。

「……お前達何やってるんだ……!?」

慌てて甲斐が達真と火咲のところに歩み寄り、本をかすめ取る。

「いや、その、伝説を目にかけようと……」

「セフレ付きで先輩のエロ本盗み見とはいい度胸じゃないか矢尻後輩」

「おいそこのびっこ。人の妹をいかがわしい呼び方するんじゃない」

隣から抗議の声。

「違う。こっち!」

対して甲斐は猫のように片手で火咲を持ち上げて蒼穹に見せる。

「……達真君まさか……」

「い、いや、そいつとは何もないです!!」

慌てて達真が走り去っていった。

「……そろそろ下ろしてくれない?変態」

「ん?あ、ああ。軽いから忘れてた」

甲斐が火咲を下ろす。

「用が済んだならそろそろ行きましょうよセフレ姉妹。あいつ追いかけないと」

「そ、その呼び方何とかしてくれないかな?」

「……はぁ、」

そして火咲、紅衣、蒼穹が部屋を出ていった。

「……何しに来たんだっけ?」

「……俺も忘れた」

とりあえず本を元の位置に戻してから甲斐と斎藤も部屋を後にした。


駐車場。

「……ありがとうございます。短い間ですがお世話になりました。また何かあったら……」

一礼をして赤羽が車から降りる。黒服達が段ボールを持ち、赤羽と一緒に学生寮へと向かう。

「ん、」

駐車場と学生寮の間。そこで荷物を運び終わった甲斐、斎藤と赤羽が遭遇した。

「あ、どうも」

「きたか」

「甲斐、もしかしてこの子が?」

「ああ」

「赤羽美咲です。今日からよろしくお願いします」

「俺は斎藤新だ。もう空手はやってないけどまあ何かあったら聞いてくれ」

「はい」

それから甲斐と斎藤が荷物運びを代行して赤羽の部屋まで案内する。

「……二人部屋なんですね」

「ああ。ここは基本そうだ。……まあ、前任者は3人というか何というかだったけど」

「私のルームメイトはどなたなんですか?」

「多分穂南蒼穹だな」

「それってあなたと一緒に住んでるって言う……」

「部屋が足りないから男女で一緒だったからな。部屋が出来たなら女子同士で住むべきだ。……いいか?空手やってるからってあの女の暴力をなめてると大変なことになる。何かあったらすぐに言……べっ!?」

「誰がなんだって?」

突然甲斐の頭に小さな段ボールが命中。甲斐が倒れると同時に蒼穹が姿を見せた。

「ほ、ほらな……?」

「あの人が……」

赤羽が蒼穹に向かって一礼する。蒼穹は気まずそうに会釈。

「わざわざ墓穴掘るか?普通」

斎藤の手を借りて立ち上がる甲斐。

「今投げた段ボールは?荷物全部運んだんじゃないのか?」

「時計だって。向こうの家では常備されてるみたいだからその子にあげるそうだよ」

「あ、ありがとうございます……」

再びぺこり。

「……妖怪投げ時計女め」

甲斐がぼそっと呟くと蒼穹の大変鋭い視線が刺さった。



午後。甲斐、斎藤、赤羽は最首の見舞いに向かった。ちなみに荷物に関しては黒服や紅衣、蒼穹が継いでいる。

「いいんでしょうか?」

「そんな長くは掛からないだろうし」

「だからって俺をパシリに使うなっての」

牧島の車に3人で押し掛けて病院まで送ってもらう。牧島としても最首のお見舞いはしたいと想ってたから一石二鳥だ。

「……失礼します」

先に赤羽が病室に入る。

「いらっしゃい、赤羽ちゃん」

「男性方を入れてもいいですか?」

「いいよ」

赤羽の合図で甲斐達が中に入る。

「調子はどうだ?」

「うん。鎮痛剤が効いてるから。手術も済んだし明日には退院できるって」

ベッドの上の最首は声色通り元気そうだった。

赤羽剛人の一撃で蹴り飛ばされて左腕を折る重傷だったが足と違って腕の骨折の場合そんなに長く入院はしない。手術して一日様子を見てからもう退院だ。もちろん完治するまでの間は安静にする必要がある。

「赤羽ちゃん、うちに転校するんだって?」

「はい。先ほど荷物も運んでもらったので」

「明日からの稽古はどうするんだ?」

「引き続きあの道場を使っていいそうです。またスタッフさんに送ってもらえるそうですし」

「そりゃ楽でいいな」

「ごめん。私はしばらく参加できないかも」

「かまいません。お大事になさって下さい」

先に聞きたい情報だけ会話してからゆっくりする。牧島は見舞いの品としてパイナップルを手渡した。その水分に酔いしれたように最首は速攻で完食した。

「やっぱ手術した後ってパイナップル最高だね」

「だろ?」

最首と甲斐が意志疎通する。

「しかし空手やってると大変だな。甲斐も最首もまだ若いのに骨折るなんて。俺なんて軽い突き指くらいしかしたことないのに」

「俺の場合骨折じゃなかったですけどね」

とは言え牧島の言うとおりだ。普通の生活を送っていればたとえスポーツをしていても手術を要する大けがを負うことは稀。それに多くのスポーツで怪我は事故だ。不幸な偶然が重なって起きてしまうことがあるもの。しかし空手のような格闘技に関してはむしろ積極的に怪我をさせ合うと言ってもいい。その道に進めば進むほどに大けがを負うリスクは高くなっていく。昨日の馬場雷龍寺と赤羽剛人のように無作為に戦えば高い確率で互いに重傷を負うとわかっていたために最低限の負傷で抑えるように振る舞っていても結局二人揃って重傷で手術&入院ものになった。もちろん試合というのは殺し合いではない。この前の全国大会だって病院送りになった選手は1割といない。お互い無理に傷つけ合うのを良しとしているわけでもない。

「でも斎藤君、昔よくあの赤羽剛人と試合できたよね。私なんて一撃でこの通りなのに」

「いや、完敗だったぞ。入院こそしなかったけど一週間くらいは通院することになったし」

「……兄が申し訳ございません」

「あ、いや、そんなつもりじゃ……と言うかそうか。赤羽剛人の妹だっけ」

「……」

実際赤羽剛人は間違いなく雷龍寺に匹敵する全国区の選手だろう。しかし赤羽美咲と同じように人体実験を繰り返されていたとすればあの実力のすべてが日々の稽古によるものというわけでもないだろう。

だのに無理矢理叩きのめして勝利した馬場雷龍寺が圧倒的化け物だったって事でもあるのだが。

「気になったんだが」

「はい?」

「君達兄妹の実力差激しすぎないか?」

ふとした疑問を甲斐はぶつけた。

「……まあ、兄は単純に物理的な部分を伸ばすようにされていたので。2歳の頃からもう空手をやり始めていたそうですし。私は昨日も言ったように遺伝子が特殊だからとそう言う系の調査をされてばかりでしたから……」

部外者もいる中で甲斐は失策だと反省を禁じ得なかったが赤羽はニュアンスだけ伝えるようなしゃべり方にしてくれた。実際この中で赤羽の秘密を知っているのは甲斐だけだ。

それから1時間程度で見舞いを終えて道中のファミレスで牧島の奢りで甲斐と斎藤が暴食しまくり、腹を膨らませた状態で寮に戻ってきた。

駐車場には既に木目田三姉妹の荷物を載せたトラックは出ていた。赤羽を乗せてきたであろうスタッフの車もない。

「……引っ越し終わったみたいだな」

甲斐、斎藤、赤羽の3人で駐車場から寮に向かう。

「しかし、」

斎藤が甲斐を見る。

「どうかしたか?」

「お前も一応右足おかしいんだよな?普通に歩いてるように見えるけど」

「まあ、人工義足だからな。漫画とかでよくある生身と対して変わらない義足だから。ただ、日常生活を送るだけならともかく中々元通りの動きが出来るとまではいかないな」

「そうか。じゃあお前も赤羽のコーチを一生やっていく感じになるのか」

斎藤の言葉に赤羽が注意を向けた。

「……いや、それはないだろうな。もちろんその子が頼ってくれている限りは頼れる先輩でありたいと想ってるししばらくは指導も続けようと想うが俺も現役を諦めた訳じゃない。彼女との稽古を通じてまた少しずつやり直していこうと想ってる。それが俺の贖罪でもあるわけだしな」

「……」

「贖罪?」

「まあその内な」

学生寮エントランス。ここから階段で男子のフロアと女子のフロアで分かれる。午前中までは引っ越しの都合から当然のように女子のフロアを行き来していたが本来あまり好ましくない行為だ。

「さて、どうするか。一応部屋を見ておくとするかな」

「……どういう意味ですか」

「いや、まだ力仕事が残ってないかって意味で」

と言う名目で女子のフロアに向かう3人。ちなみに寮内の案内は後で紅衣がしてくれるそうだ。

「寮には温泉もあるが一応各部屋にはシャワーもあるぞ。穂南みたいに基本的にシャワーで済ませる奴も多いからどっちか好きな方を選ぶといい」

甲斐はぼかしたが言わば全身義体についてだ。甲斐の右足は膝のあたりによく見たらミシンの縫い目みたいなのがある。また右足だけ脛に毛が生えていないし、微妙に肌の色も違う。これが全身である赤羽の場合、ちょっと都合が変わってくるんじゃないだろうか。同性でも他人に見られたくないものもあるだろうし。

(……いや、何回か見てしまっているけど、下着とか胸とかに注目してしまっているから確かではないけどよくわかるようなところに人工物は見えなかったな。余計なお世話だったかもしれない)

そ~っと赤羽の方を見るが別に他意を疑ってそうな素振りはなかった。

やがて部屋に到着すると、誰もいなかったが既に引っ越し作業は終わっているようで右半分が赤羽仕様の部屋になっていた。

「別に左右で分ける必要はないんだけどな」

「そうなんですか?」

「同性なら確かにそこまで気にする必要はないかもな。俺も仕切なんてないしたまに間違えて相手のベッドで寝たりするしな」

「ほう、俺も今度やってみるか」

「穂南に殺されるぞさすがに」

「まあ、もう機会もないだろうけど」

すると甲斐は何かに気付いた。枕元に写真立てがあった。

「……ここはもう大丈夫みたいですから……」

しかし赤羽はすぐにその写真立てを伏せる。遠目で見えづらかったが赤羽が写っていたような気がする。流石に自分の写真を枕元に立てることはないだろうから他に誰か一緒に写った写真だろう。とは言え確か両親は幼い頃に彼女を三船研究所に売り飛ばしていると聞いた。兄である剛人に関しては一緒だったかもしれないが昨日の感じからしてあまり仲がいいようにも見えない。だとすれば赤羽が懇意にするような人物など居るのだろうか。

「……紅衣ちゃんいないようだし俺達で寮内を案内するか」

「……お、お願いします」

赤羽の部屋を後にして寮内の案内に移った。

「トイレに関しては廊下にそこそこの数が用意されてるから困ることはないと思う。一応各個人の部屋にも用意されてるがそちらは自分達で掃除をするしかないから」

「穂南蒼穹さんはそうしているんですね」

「まあな。女子トイレから少し離れて居るみたいだし」

蒼穹の場合は単純に面倒くさがり屋な部分が多いとも思うが。

「食堂。昼は出ないけど朝と夜は出る。あまり早い時間や遅い時間はやってないかもしれない。ちなみに無料だがあまり食べ過ぎると白い目で見られるぞ」

「女子に言う台詞ですか。……コンビニというか購買みたいなのはないんですか?」

「ないな。と言ってもすぐ近くにコンビニもスーパーもあるからほしいものは基本そこで買ってる。あと通販とか頼む時は寮長に言っておかないといけないから注意だ。その寮長もここに住んでいるわけではないみたいで休みの日は居ないことがある。今日はいるから後で挨拶しに行くか」

「わかりました」

その後、風呂や洗濯室などを案内し、寮長のところに行くとちょうど赤羽用の制服が送られてきたらしく、赤羽が着替えてから学校の案内をすることになった。寮からは歩いて5分ほど。よほどじゃない限り寝坊することはない。

「甲斐はこの前珍しく遅刻したけどな」

「……まあ前日いろいろあったからな」

校舎は中学と高校とで分かれているが校庭を挟んでるだけだ。朝礼の時などには全員集合する。

「学校の中に関してはクラスの女子にでも聞いてくれ。紅衣ちゃんでもいいと思うぞ」

「その紅衣さんと言う方にはまだお会いできていないのですが」

「そうだったっけ。じゃあ紅衣ちゃん探しに寮に戻るか」

寮に向けて踵を返した時だ。

「……見つけた」

一人の少女が正面に立っていた。背丈などから小学生か中学生になったばかり位だ。そしてその顔はどこか赤羽に似ていた。

「……羽の」

赤羽が小さくつぶやく。

「この子は?」

「……三船の手先です」

「三船って……」

甲斐と斎藤が思考を巡らせた瞬間、その少女はものすごいスピードで斎藤の懐には入った。

「!?」

「邪魔者は排除する」

同時に放たれ肘が斎藤の鳩尾を穿ち、その体を宙に舞わせる。宙を舞う斎藤に向かって少女が飛び膝蹴りを繰り出すと、

「そこまで」

甲斐によってその足が捕まれ、一瞬で膝の関節を外される。

「体がなまってるんじゃないのか?」

「か、かもな……」

膝立ちの姿勢で呻く斎藤。少女が腕の中で暴れているが甲斐は決して離さない。

「この子、やけに君に顔が似てないか?妹?」

「…………いいえ、私のクローンです」

「は、クローン?」

「はい。私の遺伝子は特殊だと言いましたがその研究のために三船は私のクローンである羽シリーズを作っているんです。尤も私本体の特殊性は引き継がれなかったのか特殊な生まれ以外は普通の少女だと思います」

「ふぅん。……で、この子どうするの?」

「それは……」

「いらなくなったゴミは捨てればいいじゃない」

「!?」

声。振り向けばそこに火咲がいた。

「最上火咲ちゃん……!」

「……」

「……へえ、」

火咲と赤羽が視線を交わす。互いに何かを言いたそうで、しかし何も言わない。

「……君はこの子のことを知っているのか?」

甲斐がめったくそ胸をまさぐりながら腕の中の少女を見せる。

「生殖機能は多分ないからいくらでも出し入れできるけど、好きにしたら?」

「それはそれで興味あるが君は三船に関係しているのか?」

「…………さあ、どうかしら。でも赤羽美咲に興味はないから敵ではないわよ」

言いながら火咲は甲斐に、少女に近づく。力なく指がぶら下がったままの右手の手首で少女の頬を撫でる。次の瞬間、少女の首があり得ない方向にねじれ曲がった。

「!」

先ほどまで甲斐の腕の中で暴れていたのが嘘のように力なく動かなくなる少女。

「まさか、殺したのか……!?」

「この子達は使い捨ての人形。どのみち数日しか生きられない」

一瞬で甲斐から少女を奪い取った火咲は脇に抱えて背を向け歩き始める。

「どうするつもりだ……」

「飼い猫が散歩宙に死んだって分かるように飼い主のところに捨ててくるのよ。何度でも言うけど私はあんた達の敵じゃないから」

それだけ言って火咲は去っていってしまった。

「……まさかこれだけあっさりと殺人を見せられるとは」

「……君は彼女のことを知っているのか?」

「…………一応」

「……そうか」

敵ではないと言ったが間違いなく三船の関係者だろう。そんな火咲があの寮にたむろしているというのは余りよくない状況かもしれない。

警戒を重ねながら寮に戻り、夕食までの間赤羽や斎藤と別れて甲斐がノックなしに部屋に戻る。と、

「……あ」

下着姿の蒼穹が寝そべっていた。

「穂南お前……」

「…………何でノックしなかったの?」

「あ、いやその、」

「………………ふん、」

何事もなかったかのように蒼穹は服を着た。甲斐は申し訳ないような表情をしながらしかし蒼穹の方に歩み寄る。

「穂南、お前この部屋から出ていくんじゃないのか?」

「何で出て行かなきゃいけないの?」

「だって部屋が空いたわけだし……」

「空いてなんていない」

「……へ?」

「赤羽さんの部屋なら既に同居相手は決まってる。だから私は今まで通りあんたと一緒のこの部屋。何か文句ある?」

「…………い、いや、何もない」

「そう。じゃあ自分の方に戻れ」

「あ、ああ」

「……何にやにやしてるの」

「べ、別に何でもない……」

言われたように蒼穹に背を向けて自分のベッドへと戻る。こんな憎まれ口を叩かれてもずっと一緒だった同居人がそのままで居てくれることがどうやら嬉しいようだった。

「……ん?じゃああの子と一緒の部屋は誰なんだ?」



「……はあ」

何をやってるんだかって思う。研究所から抜け出してきたのに作られた羽はまだ私を逃がしてはくれずに背中から追いかけてきているんだって事にうんざり。やっと私以外のモルモットが見つかって所長の興味から外れたというのに。

まあそれでも他に私の居場所なんてどこにもない。だから私に出来る唯一の力で大人の男を壊して回ってた。皆面白くもない怯えた表情だった。みんなみんな、最初は私の胸を見てだらしない表情だったのに。

どこに行ってもみんなみんな、同じ顔をしてつまらない。

やっと私に対して興味も殺意も劣情も見せないあの男を見つけた。情報だけは知ってた。けどまさかこんな遺伝子レベルであの男に引かれるものがあるだなんて最上火咲というのがそれ自体がもう1つの形だというのは運命レベルで決まっているという事なんだろう。あまり気持ちのいいものじゃない。

本当にあの男を壊せないのか、本当にこの胸を焦がす感情は正しいものなのか。それを見定めるまでは近くにいようと思った。

この私が男と一緒にいて、しかも既にあの姉妹に種付けてるような不遜極まる奴と一緒にいてどこか楽しいようなそんなあまり悪くない感情が紅衣に芽生えるだなんて本当に気持ちが悪い。

「……たとえ外見や姿、名前が変わっても人の心は変わらない」

ファンタズマの声を思い出す。短い放浪生活のどこかで聞いたあの、私によく似た少女の声を。

「……けど、どうしてあんたがまた私の前に姿を見せるのよ……赤羽美咲!!」

新しく用意された部屋。残りたった2ヶ月の中学校生活を送るためだけに用意されたその部屋で私は吠える。

「……」

用意された同居人の名は赤羽美咲。私が一番よく知り、そして一番嫌いな名前だった。



・2月になり、一週間が経過した。赤羽美咲と最上火咲の転入は季節はずれの転校生として非常に話題になった。最上火咲に関しては袖を通す期間は僅か2ヶ月に過ぎないと言うのにその体格にあったサイズの特注品制服まで用意された。ただでさえ意外性が強いというのに火咲は滅多に教室に顔を出さず基本的に寮に引きこもっている。とは言え寮の外にはよく出るらしく寮の中でも学校の中でも滅多に遭遇しないレアキャラのような扱いを受けている。

対して赤羽美咲の方は凛とした雰囲気と生真面目な性格から周囲の評価は高い。常に礼儀正しくどう見ても美少女であるため転入して三日で告白する男子生徒まで現れたらしいが断ったらしい。

どちらも三船の関係者であることは明確だがしかし当然ながらそれを表に出すことはなく、同じ部屋で暮らしていて少し雰囲気が似ているだけの赤の他人として周知を受けている。

「……って感じだって」

退院して復学した最首が語る放課後。2月にしては珍しい土砂降りだ。片手しか使えない最首の鞄を持ってやる甲斐は女子側からの二人の動向を聞くことにした。

「最上火咲も学校では大人しくしているみたいだな」

「でもあの子、警備員を殺害した張本人の可能性が高いんでしょ?それに三船のクローン?も目の前で殺害したって」

「本人が言うには使い捨てのクローンで寿命もそんなにないから殺人に含まれないみたいらしいけど、いきなりそんなこと言われて冷静に納得できるわけがない」

当然学校では下手な殺人などは犯していないらしいが人を殺すことに一切躊躇を持っていないような感性をしている火咲をまだまだ警戒するに越したことはないだろう。

「同じ部屋で暮らしている赤羽ちゃんが心配だよ」

「……あの二人も三船で面識があるみたいだけどな。あまり仲はよくないみたいで互いにフルネームよびが当たり前みたいだし。同性のルームメイトなんだから俺と穂南みたいなギスギスする必要もないと思うんだがな」

「……廉君と蒼穹先輩がギスギス?学校中で熟年夫婦とか言われてるのに?」

「やめてくれ。まだ双子って言われた方がいい」

とか言うとまたどこかから時計が飛来しそうだが何も降ってくることはなかった。

一度寮に戻って手荷物を交換してから今日の稽古を目指す二人。中学校とで分かれている赤羽からもスマホで連絡があり、3人集まったらスタッフを呼んで道場まで送ってもらうことにした。

ちなみに本人の許可を得て最首と斎藤には赤羽の秘密は話してある。

「そう言えば大倉機関と伏見の自衛隊とが三船研究所を調査しているんだよね?」

「あの伏見総本山で大倉会長が言ってたな。けどこの前のクローン少女と言い、三船のちょっかいは収まるどころかむしろ激化しているような気さえするけどな」

さすがに直接的なちょっかいはあの一回以降ない。当然スタッフを通じて大倉会長の耳には伝わっているだろう。その際最上火咲に関しても三船の関係者だと伝えてある。赤羽美咲のルームメイトであることも。

「……じゃあまた後で」

廊下で分かれて甲斐が自分の部屋に向かう。相変わらず自分の部屋なのにと思いながらノックをする。

「……入れば?」

返事があった。それを聞いてから中に入る。左側の部屋では相変わらずラフな格好の蒼穹が寝そべっている。

「……お前どんだけ早く学校から帰ってきてるんだ?」

「……別に」

「……ふぅん」

しかし珍しく甲斐はそこで下がらなかった。右側の部屋でまた枕元を弄られた形跡があったからだ。

「……」

甲斐は無言のまま蒼穹の方へと歩み寄る。

「……何よ」

「……そこか!」

ベッドの下。手に当たったものを無理矢理引きずり出す。

「げっ、」

出てきたのは達真だった。

「お前も中々綱渡りするよな。穂南姉妹両方とそう言う関係してるのは別にいいけど、せめて姉の方とは付き合ってると公言してくれよな。この先こいつに何かあった時に真っ先に疑われるのはこっちなんだから」

「…………すみません」

「つか先輩の部屋で二重に性欲果たそうとコソコソするな。無駄に度胸あるなお前。……まあいいや、これから稽古だからゆっくり楽しめばいい。この先もこの部屋を使っていい。けど、1つ条件がある」

「……それは?」

「可能な限り最上火咲から目を離すな。何なら本当にそう言う関係になってでもいいからあの子を好きにさせるな。いいな?」

「……お、押忍」

「それと、」

甲斐が蒼穹の方を向く。蒼穹は珍しく焦燥の表情をしていた。

「お前もお前だ。中学生と付き合うなとは言わないが妹を巻き込んでいいのか?何人子供が出来ても結婚できるのは一人だけだぞ」

「……説得力あるね」

「ちゃかすんじゃない。あまりこういう遊びは感心しない。やめろとは言わないがもう少し考えてからやれ」

達真と蒼穹の額にでこピンしてから甲斐は荷物の整理に移り、5分とせずに部屋を後にした。

「……すみません」

少ししてから達真が謝る。声色からして本気で落胆してそうだった。蒼穹の方もどうしたらいいのか分からないと言った、彼女にしては珍しい焦燥。

「……ごめん、私も迂闊だった」

「……俺、確かに死神先輩に悪い事してました。もし蒼穹先輩に何かあったら真っ先に疑われるのはあの人。それはどうしようもない事実なのに」

「……年上だし誘った私のせいだよ。……死神先輩?」

「あ、はい。あの人、空手で拳の死神って異名がありますから……」

「……変な奴。でも、さすがに私も今回は強く言えないと言うか何というか……」

「……俺、先輩の言いつけ通り最上の様子見てきます」

「……そう」

それだけ言って達真は部屋を出ていった。蒼穹は下着姿のまましばらく呆然としていた。



道場。さすがにさっきのことを二人には言えずに難しい顔とイライラを含ませながら甲斐は稽古に当たった。

「回り道というか途中に邪魔が入ったがこれからの目的は3月に行われる交流大会だ。それまではこれまで通り基本稽古をベースにしつつ最首に女子として最適なスタイルを実戦で学んでほしい」

「……押忍」

「廉君、何かあった?顔が怖いけど」

「……何でもない。それよりも最首のその手じゃ実戦と言っても口で教わるくらいしか出来そうにないか」

「誰か後輩とか見繕ってこようか?中学生くらいの女の子なら何人か知り合いいるよ?」

「それもいいが、出来るだけ信用における奴がいいんだよな」

「どう言うことですか?」

「三船の件。確かにあの時のクローンの子以来直接的なちょっかいは出されてないけど大倉会長から事態解決の言葉もないし、多分まだ三船との戦いは続くと思う。帰り道と言わずこうしてここで稽古している中でも三船の厄介が来てもおかしくない。だからその子にちょうどいい相手じゃなくてもう少し実力がある奴がいいんだよ。いざという時に盾に……こほん。ボディガードとして対応できる程度の奴が」

「……今本音を語らなかった?」

最首のつっこみ。しかしそれと自分の言葉で甲斐はある人物を思いだした。


翌日。

最首と赤羽は先に徒歩で道場へと向かっていた。

「まあジョギングにはちょうどいい距離だからね」

「あの人、足悪いですからね。でも、今日誰を連れてくる予定なんでしょうか?」

「……うん、まあ、私も察しが付いちゃったかな」

道場に到着し、和室で<着替え中>と張り紙を張ってから胴着へと着替える。

「……」

最首はふと気になって台所をみる。毎日僅かに食器などの位置が変わってる。つまり誰かが使っているという事だ。しかし赤羽は今寮で暮らしている。そして話に依れば赤羽の両親は子供達を売って蒸発済み。兄は三船道場でつい最近まで赤羽を捜していたから同居していた可能性は低い。

なら、今もなおここで生活しているのは誰なのだろうか。

(スタッフの誰かとかかな?)

着替え終わり、先に稽古を始めていようかと思ったときだ。勢いよく玄関が開けられる音がした。直後にどたどたと物々しい音も響く。襲撃かと思って赤羽が身構えるが、

「……またやってるんだ」

「え?」

二人が廊下に出る。そこにはボコボコになった少年が倒れていた。

「こ、この人は……?」

「不肖の弟子だ」

玄関で靴を脱いで甲斐が入ってくる。

「で、弟子?」

「燐里桜。中学3年生。俺が一時弟子としてしごいていた奴だ」

「……私の前にもいたんですね」

「文字通りしごいていたから全然赤羽ちゃんとは扱い違うけどね」

3人で会話していると里桜が意識を取り戻す。

「また悪夢が始まる……石で出来たサンドバッグを抱えて遠泳……漫画肉持った状態でワニ園へのダイブ……ヤクザが経営している店で万引きごっこ……あああああああ!!!」

絶叫しながら頭を抱える。

「……あの、」

「里桜君。気を違えてないで戻ってきて」

「……あれ?最首先輩?と、誰?」

里桜が初めて二人に気付く。

「……廉君、説明してなかったの?」

「スマホ着信拒否にしてたから直接学校まで乗り込んでしばき倒してから連れてきた。逃げだそうとする姿が余りにもかわいそうだったから手足の関節外しておいた」

「……私もいつかこんな事されるんでしょうか?」

「大丈夫だと思うよ?女の子だし。…………その分ラッキースケベされるかもしれないけど」

甲斐以外の3人が白い目で宙を眺める。

「……稽古を始めよう。里桜、もう関節戻ってるだろ。さっさと着替えるぞ。ほら、早くしろ」

「お、押忍……」

男子二人が和室に消えて数分。その間に聞こえた打撃音は数知れず。

「……燐里桜です。向丘中学3年生です」

「赤羽美咲です。円谷中学2年生です……」

畳部屋。赤羽とさっきよりボコボコになった里桜が握手をする。

「で、先輩。俺をここに連れてきて何をさせるつもりですか?まさか本当の性犯罪を……」

「ぱーんち」

甲斐のライフルじみた拳が里桜の顔面にめり込んだ。

「この子のボディガード兼スパーリング相手をやらせようと思ってな」

「そんなの先輩だけで十分じゃ……」

「きーっく」

甲斐の左回し蹴りが里桜の顔面にたたき込まれて独楽のように回転させる。

「俺は足がこれだし、最首も腕を怪我してるからな。もしもの時にその子の盾になれるちょうどいい奴が必要だったんだ」

「……じ、十分今のままでも盾どころか無双出来ると思うんですけど……」

さらにボロボロになった里桜が立ち上がる。

「けどその子、オレンジ帯っすよね?まだ交流大会クラスじゃないんですか?俺の出る幕あるんですか?」

「何か文句でも?」

「……な、ないっすけど……」

「誠に不本意ながら兄弟子としてその子の面倒を見てやれ。一応お前も大成してるんだからな」

「……そりゃあれだけスパルタでしごかれたら強くもなりますよ……」

渋々ながらも里桜主導の元、赤羽の稽古が始まった。最初は基本稽古からだったが同じ基本稽古でも誰が指導するかでやや空気が違うように感じる。いつ空手を始めて誰の指導を受けて来たかによって微妙に内容も異なるようで、甲斐、最首ともまた違うメニューになった。一見あまりきつそうに見えないメニューも実際にやってみると意外ときつかったりする。

「変わったメニューだな。誰が考案だ?」

「雷龍寺先輩っす」

「……ほう、あの人はどうした?まだ入院中か?」

「いえ、昨日から復帰しました」

「……相変わらず化け物だ」

「ただ、ちょっと問題もありまして」

「問題?」

「あそこの兄妹ってどれだけ面識あります?」

「長男の雷龍寺はこの前会った。今大学生くらいか?次男の早龍寺は同い年だ。全国で戦った。で、三男は確か龍雲寺だったっけ?少し歳が離れているから昔顔だけ見たような気がするな」

「龍雲寺は俺とタメっす。で、4番目」

「4番目?そんなのいたのか?」

「押忍。それが、」

「あ、いたいた」

そこで新しい声。見れば、庭に一人の少女がいた。まだ小学校高学年くらいだろう。しかし、大倉道場の胴着を来ている。

「探してたよ?里桜先輩。先輩見つけないとらい君うるさいんだからさ」

「……もしかしてあの子が?」

「そうっす。馬場の4番目。長女で小学6年の馬場久遠寺。最近になって空手を始めたのはいいっすけど馬場家だけあってめちゃくちゃ強いっす」

「……まさかお前負けたりしてないだろうな?」

「さすがに。ただ、まだ白帯なのにその強さはとんでもないレベルっすよ」

「あ、はるちゃん先輩もいる」

「久遠ちゃん、どうしてここにきたの?」

どうやら最首とは既に顔見知りのようだった。

「……まだ高2だけど下の世代でコミュニティ形成されると老いを感じるな」

甲斐が白い目をしている間に久遠は畳部屋の縁側に腰掛ける。

「らい君が里桜先輩捜してるの。今日の稽古はどうしたって」

「それはこの死神先輩に拉致されたって事にしてほしい。事実だし」

「ちょーっぷ」

甲斐の手刀を受けて里桜が吹っ飛んでいった。

「……ふーん、あなたが死神さんなんだ」

「……その名前はあまり好きじゃない。甲斐廉だ」

「久遠ちゃんは、馬場久遠寺っていうの。本名あまりかわいくないから久遠ちゃんって呼んでね」

「久遠か。ちょうどいいかもしれない。里桜よりスパーリングの相手にはうってつけだ」

「……もしかして、」

赤羽が一歩前に出た。

「そうだ。君とこの子でスパーリングしてみてほしい」

「……」

「え~。久遠ちゃん稽古さぼれると思って来たんだけどなぁ」

「一回だけでいい。君も今度の交流大会出るんだろ?」

「面倒だから出たくないけどらい君は出ろってうるさいから多分出るんじゃないかな?」

「ならお互いにいい練習が出来ると思うぞ」

「……もう、面倒くさいな」

「何かお菓子かってやるから」

「そんな子供じゃないんだけど……まあいいや。やろっか噂の美咲ちゃん」

「……噂の?」

「らい君から聞いたの。大倉道場と三船道場と伏見道場とで取り合ってる女の子がいるってね。赤羽美咲ちゃん。その子でしょ?死神さんが面倒見てるって聞いたけど」

「……まあ、」

聞きながら若干甲斐は違和感を覚えた。

「君、」

「久遠ちゃん」

「……久遠は雷龍寺と仲がいいみたいだが他二人はどうなんだ?全然話を聞かないが」

「えぇ~?らい君と仲なんて全然よくないよ?いつも稽古稽古って言ってくるし。そもそも久遠ちゃんの名付け親もらい君だって言うし。いくら兄弟全員名前に寺っ付いてるからって女の子にまで付けるかな普通」

「……」

「……で、そー君とりゅー君について聞きたいんだっけ?別にどっちもそんなでもないけど?ただどっちも家にいないだけだし」

「……家にいない?」

甲斐のその言葉、反応を見て里桜と最首が顔を青くした。

「先輩まさか……」

「なんだよ、」

「あれれ?死神さん自分が倒した相手のこと知らないんだ。そー君はね、死神さんとの試合で顎を砕かれて背骨にひびが入って全身不随。ずっと入院してるんだよ?」

「…………なんだって……!?」

「久遠ちゃんは興味ないから見てなかったけどすごい試合だったんでしょ?何せ死神さんも足偽物にしたって聞いたし。そー君だって無傷で済む訳ないじゃん」

「…………二人は知ってたのか?」

甲斐が最首と里桜をみる。

「……知ってた。でもてっきりもうとっくに知ってるものだと思ってた」

「俺もっす」

「…………はぁ、」

甲斐は深いため息を付く。そりゃ雷龍寺が妙に自分に対して辛辣なわけだ。

「ちなみにりゅー君は知らない。何か空手が嫌になったとかで家出て行っちゃった」

「……学校には普通に来てるんで誰かの家に泊めてもらってる可能性が高いっす」

里桜が補足。

「……分かった。早龍寺については後で考えよう。雷龍寺にはこちらから伝えておく。と言うか里桜がスマホで電話しろ。あとブロック解除しろ」

「お、押忍」

「じゃあ、スパーリングを始めよう。1分20秒くらいの短い奴2本で」

「2本もやるんだ。そんなにいらないと思うけどなぁ」

笑いながら久遠が畳部屋の中央に立つ。対して赤羽も久遠の正面に立った。

「はい、はじめっ!」

甲斐がスマホのアラームをセットした直後に赤羽が前に出た。放ったのは甲斐も見たことないほどの超スピードで放たれた前蹴りだった。あれを防げる同格はいないだろう。しかし、久遠は事も無げに防いだ。

「……ん、まさかな」

甲斐はその考えを捨てた。その間にも赤羽は休む間もなく連続で前蹴りを繰り出し続ける。しかしそれらはすべて久遠には届かない。放つごとに赤羽の足が傷ついていく。

「……おい里桜。まさかとは思うがあれは」

「……そのまさかっすよ」

「……いや、あり得ないだろ。白帯だぞ?何で白帯の小学生が制空圏使えるんだよ。しかもあれだけ高レベルの」

「きっとそれが馬場の血って奴なんすよ。久遠の制空圏はオレンジ帯どころか2級前後の茶帯ですら突破が困難な制空圏っすよ」

「……バカな」

制空圏。それは武術における概念及び技術の1つであり、達人の一歩とも言えるものだ。通常、防御というものは相手の攻撃を見てから最適だと判断した方法で行うものだ。判断というラグが発生するため不意打ちや引っかけには弱い。だが、制空圏は違う。攻撃も防御も幾百も幾億もこなしてきた百戦錬磨の達人が手や足の届く範囲のあらゆる物体の場所や動きを目で見ずに理解し、反射的な動きで攻撃や防御を行う極意。相手の足をみずとも重心の傾きだけでどこから蹴りが来るのかが本能レベルで理解でき、またそれに対する最適な防御やカウンターなども思考を必要とせずに反射レベルで行える。

長年住んだ自分の部屋ならたとえ寝起きだろうとどこに何があるのかが分かるようなもの。これを戦いに取り入れたのが制空圏だ。

甲斐と早龍寺のように互いの制空圏を無理矢理つぶし合い強制的にただの殴り合いにするようなタイプもいれば雷龍寺と剛人のように敢えて制空圏に穴を用意しておき、相手を誘い込んでそれに併せて制空圏を構成するようなタイプもある。どのみちこれが出来るようになるには10年以上の経験が必要となる。未成年で出来るものはごく僅かと言っていい。当然そんなものは小学生が取得できるはずがない。多くはこの概念を理解することすら出来ないかもしれない。

「まあ、久遠もさすがに完璧に制空圏を使える訳じゃないっす。その防御だって攻めに特化していれば2級未満でも突破できるでしょう。少なくとも初めて会った頃の小5くらいの先輩なら力ずくで突破できると思います。防御に特化してる分攻撃に関しては年相応階級相応です。それでもあの子が白帯でありながらめちゃくちゃ強いのはあれが理由です」

「……馬場家恐ろしや」

甲斐は本気で戦慄していた。中学生で制空圏を体に馴染ませることが出来た時は自分を天才だと思った。だがまだ小学生で防御だけとは言えあそこまで高レベルに制空圏を馴染ませているのははっきり言って異常だ。

「死神さん」

「…………ん、どうした」

「もうとっくに時間たってると思うけど」

「え、」

スマホを見れば2分以上経過していた。久遠は無傷で全く息切れもしていない。逆に赤羽はずっと攻め続けていたからかかなり体力を消耗している。

「……これじゃ練習にならないな」

「ま、待って下さい……!1分20秒が2回ならまだ後1回……!」

「いや、今の君じゃその制空圏を破るのは不可能だ。勝ち目がない」

「……まだやりきっていません」

「……まあ、かまわないが」

アラームをリスタートする。同時に赤羽は狂ったような速さで蹴りを連続で繰り出す。しかしどれも久遠には片手で防がれていく。

「もう、美咲ちゃんってば。何度やっても無駄だって……」

「……!」

しかし赤羽は続けた。残り時間が20秒を切った時。

「……まさか、」

赤羽の右足が久遠の右手越しに久遠の左肩に命中していた。

「……そんな、」

「……制空圏を力ずくで押し切った?いや、違うか」

甲斐はすぐに推察できた。久遠はこれまでずっと右手だけでガードしてきた。たとえ防御が完璧でも2分以上片手で防ぎ続けていれば消耗する。その消耗を待ってからスピードからパワーに切り替えた一撃を放ち、防御を打ち抜いた。これは赤羽の作戦勝ちと言っていいだろう。

「くっ、」

しかも今の一撃で結構無理な形で左肩に押しつけられたことで久遠は右手首を痛めていた。これでは先ほどまでの質の防御は不可能となる。それを見てから赤羽は右手でガードするしかないような攻撃ばかり行う。右側頭部を狙った左の回し蹴り。それも久遠の右手で防がれるのだが、すぐさまローキックに移った赤羽の左足が久遠の右足を穿つ。

残り15秒となってから初めて久遠が後ろに下がる。しかし、右足の痛みから動きはやや鈍い。それを見逃す赤羽ではなく、すぐさま再びローキックを連続で繰り出す。それは久遠の身長を考えても低めの攻撃であり、防ぐには右足でガードするしかなく、余計に右足へのダメージを蓄積させていく。そしてラスト3秒。右足の下段に最大限の注意を払っていた久遠の左側頭部に赤羽の右上段回し蹴りが炸裂した。

「せっ!」

下段払い。一本を取った証。即ちこのスパーリングは赤羽の勝利だ。

「……驚いた。スパーリングとは言えまさかあの久遠に勝つだなんて」

里桜は本気で驚愕していた。それは甲斐も同じだ。ひょっとしたら初めて赤羽が勝利した姿を見たかもしれない。

「……やるじゃん」

左頬を赤くした久遠が立ち上がる。

「今度の大会、楽しみになってきたよ。美咲ちゃん、久遠ちゃんが叩き潰すまで誰にも負けないでね」

それだけ言って久遠は走り去っていった。

「あ、久遠!」

里桜が止める間もなかった。

「……やるじゃないか。今度の試合、想像以上に期待できそうだ」

甲斐が赤羽の肩をたたく。すると、赤羽は今にも泣きそうな表情だった。

「え、どこか怪我したか……!?」

「…………いいえ、なんでもありません」

その後、少し早かったが赤羽の消耗も考えて稽古を終えることにした。

赤羽と最首が着替えている間、甲斐は里桜から雷龍寺の番号を聞いて電話する。

「死神か。どうかしたか?」

「久遠はさっき帰った。里桜はこれから帰す。思う存分しごいてもらってかまわない」

「ちょっと!?」

近くで里桜が抗議の声を上げた。あまりにもかわいそうだったので殴り倒しておいた。

「あと、早龍寺のことも聞いた」

「そうか」

「……何を言えばいいか分からないが、後悔はしていない。あれは全力の試合だった」

「……そうか。また何かあったら連絡する」

それだけ言って電話は切れた。怒っている様子ではなかった。

「雷龍寺先輩は覚悟完了してますから気にしないと思いますよ」

「だろうな。けど、俺はまだあの人ほど大人じゃないんでな。こうして自分を通させてもらったまでだ。……里桜、明日も来い。そして彼女にあの技を教えてやれ」

「……まさか、四神闘技を……!?」

「不完全ながら制空圏に触れたんだ。十分その資格はある。……お前まさか忘れたんじゃないだろうな?」

「いや、そんな訳ないじゃないですか。大会でも使わせてもらってますよ」

「そうか。使用料払え」

「無茶苦茶すぎません!?」




学生寮。赤羽と火咲の部屋。

「……」

非常に不満ながら部屋の中で大人しくしている火咲。いつの間にか部屋のドアノブがかなり固くなっていて火咲の握力では開けられなくなっていたのだ。

「……お人形さんのくせに」

しかし、突然そのドアは開かれた。姿を見せたのは蒼穹だった。

「……あんた、確かあいつの……」

「穂南蒼穹よ」

火咲と蒼穹が視線を交差させた。



空手部。その帰り。達真が友人の権現堂と一緒に寮まで帰ろうとしていた時だ。

「……」

「……あれは、」

一人の少女が二人の前に姿を見せた。

「……まさか、」

驚愕の表情を見せる達真。対して少女は何も言わずに立ち去った。

「達真、今のは?」

「……昔海外でみたような気がする」

「海外?と言うことはまさか……」

「……分からない。今になってどうして……」

二人はいつまでも少女の背中を眺めていた。

その少女は二人の視線を背で受けながらやがて駅前のボロアパートの到着してスカートのポケットから出した鍵で部屋に入る。

「ただいま」

「Welcome home,Ritz」

中からは非常に聞き慣れた少女の声。

「Did you meet that man?」

「……うん。会えたよ。シフル、あなたの親友を殺した男・矢尻達真に」

リッツと呼ばれた少女は自分と同じ顔をした少女に対してそう報告した。




・朝6時。それが久遠ちゃんの一日の始まり。学校の日だろうと休みの日だろうと朝6時にはけたたましい音で無理矢理にでも目が覚める。

「はあ、」

だって、仕方がないじゃん。この時間は毎朝らい君がサンドバッグを叩いているのだけど、大体サンドバッグを支えるチェーンがねじ切れて壁に思い切り叩きつけられる。地震か何かでタンスが倒れた時みたいな音が毎朝聞こえてくるんだからもう体が慣れてしまう。

「……早起きに得なんてないよまったく」

仕方なく着替えて朝御飯を食べにいく。

馬場家。空手の名家で基本的に家族全員が空手経験者。それもかなりハイレベルみたいでどこの道場でもそこそこ噂になってるぽい。ううん、道場だけじゃない。学校でさえも噂になってる。皆空手が強いって言うのもそうだし名前に寺がついているのが大きい。馬場って名字で名前に寺が付いてたら完全に大倉道場の馬場家ってバレるんだもの。全然その気なんてないのに毎年学年が上がってクラス替えした時にすっごい警戒されたりするし、体育の授業とかでどんなものかと皆に期待の視線で見られるの本当に苦手なんだよね。運動神経自体はそこそこあるから、馬場家の遺伝子にはまあありがた迷惑とかそんな感じかな。

そんな久遠ちゃんも当然物心付いた時には3人のお兄ちゃん達と一緒に空手を習わされていた。最初は何も気にしなくてそれが当然だと思ってたんだけど、幼稚園入った頃から、女の子が空手やってることが奇妙がられて初めてメジャーじゃないって分かった。それから何か嫌になって小学校入る前にはやめちゃったんだよね。

「分かるよ、久遠。あんな化け物兄さん達がいるんじゃツラいよね、やっぱりい」

とか3番目のお兄ちゃんであるりゅー君からは同情されたけど別に比べられたりが嫌って訳じゃない。まあ、らい君とは7歳、そー君とは5歳離れてるし、久遠ちゃん女の子だからあまり比べられることもなかったんだけどね。りゅー君としては比べられるのが嫌みたいで少し前に

「僕は空手星人なんかじゃないんだ!!」

とか叫んで家を出て行っちゃった。今頃何してるのかは全然知らない。

「ごちそうさま」

朝食を食べて学校に行く支度をする。

学校は普通の小学校。もう後2ヶ月くらいで卒業することになる。全然全く学校なんかにいい思い入れとかないけどさすがに6年も通ってた小学校離れるとなるとちょっと何かあるかも。でももう中学校の制服も見たし、あれ着て中学校に行くのは楽しみかも。

って時にだよ?ポケモンとかやるのが趣味だった久遠ちゃんがまた空手の世界に戻ることになったんだよ。原因としてはこの前の1月。拳の死神とかって人にそー君が倒されちゃって大怪我。顎を完全に砕かれて、背骨まで衝撃が行ったみたいで全身不随。何で顎殴られてそこまで行くのかはよく分からないけど、うちの次男は空手はおろか二度と自分の足で立って歩くことすら出来なくなってしまった。それに対して死神さんに何か恨みがあるわけでないけどね。りゅー君がいなくなってからやけにそー君は久遠ちゃんに対してあたりが強くなったし。ぶっちゃけ小学校最後の1年間はあまりいい思い出とかなかったよ。夏の林間学校も何か感染症がどうとかで中止になって結局365日この家を出ることがなかったし。家って言うか名前の由来になるようなお寺だけど。100年くらいまでは普通のお寺みたいだったけど戦争とかでお寺に住んでいた人が皆死んじゃって、代わりに家をなくした人とかがこのお寺に住み着いて、何故か一番強い人の持ち家になるとかってルールが発動して一番強かった馬場って人が、久遠ちゃん達のちょっと近めの先祖が馬場家としてこのお寺に住むようになったとか。まあ、くだらない昔話なんだけどね。

で、そー君は二度と空手やれなくなったし、りゅー君は相変わらず家出中。馬場家は空手をやらなくてはならないとかってルールをらい君が急に持ち出して何故かまた久遠ちゃんはランドセル&switchから胴着の生活に戻ることになってしまった。

これはちょっとなって思ったけどらい君に逆らったら怖いし。で、仕方なく里桜先輩やらはるちゃん先輩とかの稽古を受けてせーくーけんを使えるようになったのはいいけど今度はそこで赤羽美咲ちゃんの噂を聞いた。

なんでも、そー君を壊したのと引き替えに右足を壊した死神さんが新しく中学生の女の子を稽古してるって噂。その赤羽美咲ちゃんがどうも胡散臭く、らい君も滅多に美咲ちゃんについて語らない。

そんなある日のこと。らい君に言われて稽古当番なのに道場に来ない里桜先輩を探してこいって言われて。

「……里桜ならさっき甲斐に拉致られてたな。おそらく赤羽美咲の稽古に同伴するんだろう。ここに行きなさい」

って岩村さんに場所を聞いて家の人の車で道場まで来たのがこの前のお話。

「……久遠」

学校に行こうとしてたららい君が来た。

「なに?久遠ちゃんもう学校なんだけど」

「赤羽美咲にお前の制空圏を破られたって聞いたが本当か?」

「……結構ごり押しだったけどね。久遠ちゃんも本気じゃなかったし」

「……だがスパーリングとは言え負けず嫌いなお前が生半可な制空圏を使うわけがない」

「女子小学生の妹の分析なんてしないでよ」

「赤羽美咲はまだ10級だと聞いた。いくら大倉会長や加藤師範から直接稽古を受けていたとは言えまだ到底お前の制空圏を破れるレベルだとは思えない。何があった?」

「……ちょっと油断してただけだってば。今度の交流大会に参加するとか言ってたからちゃんとそこで叩き潰してくるよ」

「やる気だな。これは死神の奴に感謝しなくては」

「ああもう、どうしてそこで死神さんが出てくるのかな」

本当にこの兄の考えはよく分からない。空手やってるとこんな風になるのかって考えるだけでぞっとする。やっぱり中学入ったら何か部活に入って空手をやめよう。あんな汗くさいのは今時の女の子がやるもんじゃない。「そうだ。らい君」

「何だ?」

「今度の交流大会。美咲ちゃんに勝って、それで優勝したら……」

「ああ、いいぞ。Wi-Fiをこの家に通してやる」

「いや、そうじゃないし。今時Wi-Fi通ってない家とか虐待だから。ネグレクトだから。それもそうだけど、今度こそ空手やめたいんだけど」

「……それはだめだ。せめて俺かお前が結婚して子供が産まれるまでは」

「久遠ちゃんまだ小学生なのにそんなの期待してるの!?10年以上は先だよ!?と言うからい君彼女すらいないじゃん!」

「……馬場家のものは自分より強い異性と結婚すべし。単純に俺より強い女がいないだけだ」

「らい君より強い女の子なんて高望みしすぎだよ~!いるわけないじゃんそんなの!」

絶対もてないいいわけしてるだけだよそれ。

「だが、赤羽美咲には勝て。俺はあいつの兄に勝った。妹同士も馬場が勝つんだ。そうすればもう少し何か褒美を考えてみよう」

「今久遠ちゃんが一番ほしいのは空手なんてやらなくていい普通の女の子ライフなんだけどな……」

でも、美咲ちゃんには勝ちたいと思う。昨日はスパーリングだったから使わなかったあの技を使ってでも。



学校。小学6年生の2月はそろそろ卒業式の練習とか準備とかが始まる頃。と言っても送られる方の6年生は精々当日の席順とか卒業証書の受け取り練習とかしかなくて、準備自体は4年生と5年生がやるんだけどね。久遠ちゃんも去年まではやったよ。うん。当日参加する5年生ならともかく当日参加せず普通に授業をやる4年生が何で卒業式の準備をしなくちゃいけないのか疑問に持ちながらやってたっけ。久遠ちゃんもいよいよ送られる側かぁ。

「久遠ちゃん、また今日も空手のお稽古があるの?」

「うん。ごめんね。らい君がどうしてもって言うから。でも中学入ったらやめようと思ってるからごめんね」

「うん。頑張ってね」

「かしこま!ってね」

友達のうち半分くらいは同じ中学に進む。でも、もう半分くらいは別の中学に進む。クラスが違うだけじゃなく全然違う学校に行くんだ。寂しいけどその分進んだ先でまた新しい友達と会えるかもしれない。う~ん、これが人生って奴なのかも。

「……じゃあ仕方ないけど道場に行くか」

一度家に帰ってから胴着に着替えて自転車に乗って道場に向かう。大体10分くらいで着くかららい君からは足を鍛える意味で歩いて行けって言われてるけど面倒だからいつもチャリで行ってる。

「……久遠、久遠」

「え?あ、りゅー君」

「しーっ!!しーっ!!」

チャリで家を出てすぐ。りゅー君と会った。すごい久しぶり。見ない間に少し背が大きくなってる。

「りゅー君どうしたの?今までどこに行ってたの?」

「ま、まあ、いろいろあって。で、ちょっと久遠の様子を見ていこうかと思ったんだ」

「……ねえりゅー君。言い訳になってくれる?」

「へ?」

それからりゅー君と一緒に向かったのは道場ではなく、クレープ屋さん。もちろんりゅー君の奢りでチョコクレープを食べるのだ。

「……まあ、久しぶりに会う可愛い妹のためならクレープぐらい全然奢るけど。それに僕の代わりに空手やらされてるみたいだし」

「え、何で知ってるの?」

「里桜から聞いたんだ」

そう言えば里桜先輩と同じ中学通ってたっけ。

「早龍寺兄さんのことはちょっと前に聞いたよ。まあ、そのせいで久遠がやりたくないことやらされるのはおかしいと思うけどね」

「てかりゅー君今どこに住んでるの?」

「クラスメイトにアパートの大家やってる奴がいて、そこのアパートの部屋を1つ貸してもらってるんだ。周囲の環境がやばくてもいいなら中学時代は無料でいいって言うから世話になってる。……生活費に関しては高校生だって言ってバイトして稼いでる」

「まあ、中3なら高校生みたいなもんだしね」

「……どうだ?生活費にもまだ少し余裕があるし、久遠ももしよければ……」

「……りゅー君みたいに家出しろって言うの?」

「そうだ。完全に受け入れ先がないホームレスになれって話じゃない。ただ離れて暮らしてた兄貴の家に潜り込むだけだ」

「……でも、さすがに大騒ぎにならないかな?」

「……なると思う。でも、僕の方から雷龍寺兄さんに言っておくからまだ平気……だと思う」

う~ん、それが出来てたらりゅー君今の生活できてないと思うんだけどなぁ。さすがに二人目は許されないと思うんだよね。久遠ちゃん女の子だしまだ小学生だし。ってかもうそろそろ中学生になるんだし。

「まあ、そう急がなくてもいいよ。父さん達も心配するだろうしね」

「いや、それもそうだけどりゅー君にそんな甲斐性なさそう」

「え……!?」

「りゅー君一人が勝手にどこか行って今まで生活できてるって時点でもう奇跡みたいなものなのに久遠ちゃんまで厄介になったとして無事で済む気がしないよ」

「え、そっち!?僕そんなに信用ないかな……?」

「そうだよ。だから……」

「馬場久遠寺だな?」

「え?」

声。振り向けばものすごく背の大きなおじさんが二人いた。いかにもって感じの見た目。限りなく嫌な予感しかしない。

「あなた達、何ですか……!?いや、もしかして三船の……」

「馬場龍雲寺もいるのか。ちょうどいい」

「!?」

急におじさんの片方がりゅー君に蹴り。今の蹴りは素人じゃないと思う。三船って言ってたけど、確か三船道場とかあったっけ?

「りゅー君!?」

「どちらとも来てもらおうか。最悪どちらでもいい」

「今はまだ馬場龍雲寺が動けなくなるまで痛めつけるだけでいいからな」

とか何とかいって二人でりゅー君をボコボコにし始めた。確かに素人じゃない蹴りだけどりゅー君こんな簡単にボコボコになっていいの!?こんなに弱かったっけ?

「く、久遠。逃げるんだ……!僕はどうなってもいいから……!」

「で、でも、久遠ちゃんが逃げてもりゅー君は……」

「そ、その気になればこんなの……!!」

意気込んで立ち上がったりゅー君は反撃に出ておじさんの片方に挑むんだけど……。

「くっ!」

「こちらも素人じゃないんでね」

「情報は正しかったようだな。馬場龍雲寺に空手の才能はない。しかもその道から逃げ出して半年以上も経って鈍ってる。俺達の相手じゃない」

ちょっとだけ反撃は出来たみたいだけど結果は全然変わってない。……どうしよう、さすがに逃げるなんて出来ないし、かといってまだ久遠ちゃんじゃ勝てる相手じゃない……。このままじゃ……

「あら、何遊んでるのかしら」

「え?」

また新しい声が出たかと思えばおじさんが一人吹っ飛んでいった。見れば久遠ちゃんとあまり変わらないくらいの背の女の子がいた。でも、めちゃすごいおっぱいしてる!!

「貴様……最上火咲……!?」

「私を知ってるってことは三船の関係者?大倉の馬場を誘拐して何を企んでるの?まさか身代金なんてつまらないものじゃないでしょうね?」

「う、うるさい!!こうなったら貴様も拉致して手柄にしてやる!」

「出来ると思うの?サンドバッグ役の分際で」

圧倒的だった。火咲ちゃんって子は空手じゃない何かの格闘技でおじさんたちを一方的にボコボコにしてる。何か手が使えないみたいだけど足だけでも十分くらいボコボコ。たまに肘とか使って血だらけ。それ以上はりゅー君が目隠ししたからよく分からなかった。

「……優しいのね、お兄ちゃん」

やがて火咲ちゃんの声が聞こえる。

「……あんたは何なんだ……?」

「別に?誰でもいいでしょ?今の時点で結構ボコボコだけどもうちょっとボコボコになりたい?」

火咲ちゃんの足音が近づいてくる。でも途中で止まる。

「……またあんたなの?」

「……死神先輩からお前を見ておけって言われたからな」

聞いたことない声だ。でも、死神先輩って死神さんのことだよね。ってことはこの男の子は死神さんに言われてここに来たって事?

「……ふん、あの変態の下僕に成り下がったって事かしら?」

「そう言う訳じゃない。ただ、借りもあるしな。何にせよ、これ以上やるなら俺が相手になってやる」

それから少しの間、動きがない。ただ、緊張した空気だけが流れて……。

「……別にいじめようなんて思ってない。あんたがどうしてもって言わない限りこの場であんたをいじめようなんて気はないわ」

「……」

「……」

何か視線を感じる。ふとりゅー君が目隠しを外す。だからちょうど視線は火咲ちゃんと合った。改めて見てもおっぱいでかい。ものすごく大きい。漫画とかでならともかく現実でこんなにおっぱいでかいなんてあり得るの?

「……」

「え、えっと、助けてくれてありがとう?」

「何で疑問系なのよ」

「……」

「後ろの奴が何か言いたそうで鬱陶しいからもう帰るわ。まさか女子部屋まで着いてくる気じゃないでしょうね?赤羽美咲もいるのよ?」

「……その赤羽美咲が誰なのか俺はよく知らない。会ったことないからな」

「……そう」

それだけ言って火咲ちゃんはどっか行っちゃった。

「……えっと、誰?」

「……俺は矢尻達真。大倉道場とかに所属してるわけじゃないが少し空手をやってる」

「……本当に少しやってるレベルなら多分あの最上火咲って人を止められないと思うけど」

「……さあな」

今度は矢尻達真って人もどっか行っちゃった。そう言えば死神さんとか美咲ちゃんとかってでっかい学生寮に住んでるって聞いたような気がする。死神さんや美咲ちゃんのことを知ってるなら同じ学校に行ってる人達なのかな?

「……とりあえずここを離れようか。警察が来そうだし、三船の他の連中も来るかもしれない」

「……そうだね」



「……それでここに来る意味が分からないんだが」

いつものように甲斐が里桜を伴って赤羽の稽古をしていたらそこへ久遠と龍雲寺がやってきた。

「だって他にこの近くで知り合いがいるところいないんだもん」

当然のように久遠はクレープを食べながら縁側で足をぶらぶらさせている。

「……先輩。こいつが馬場の3番目・龍雲寺っす」

「お、押忍!馬場龍雲寺です!」

「甲斐廉だ。こんな挨拶で済まないが君の兄貴については残念なことをした」

「いえ、空手星人が畳の上で何があっても文句はないっす。ただ、それで久遠が空手を無理矢理復帰させられるって言うのはちょっと僕も後悔してます」

空手星人などと言っているのだから恐らく龍雲寺は馬場家に生まれただけでそんなに空手が好きというわけではないのだろう。実際の試合を見たことがないから実力のほどは知らないが、強いと聞いたことがないのだからまあ、そう言うことなのだろう。

「別に空手しか人生がないわけじゃないんだ。好きに生きればいい。と言うかわざわざ一人暮らしするくらいならうちの学校に来ればいいんじゃないのか?学生寮だからまあまあ楽だと思うぞ。まあ、うちの学校は特殊だから変な奴ばかりだが」

「そう言うのは兄さん達で慣れてるから大丈夫です。それに、高校には行かずにこのまま働こうと思ってます。アパートを借りてる奴にもそう言う契約にしてるんで」

「……そうか」

何だか苦労してるんだと思わせられる。

「けど、久遠」

「何、死神さん?」

「稽古をサボるのは感心しない。さっき雷龍寺の奴からまた電話が来たぞ。昨日の今日だからまたここに来てるんじゃないかって」

「……来たのは俺のスマホにっすけどね」

「ぱーんち」

パンチ一発で里桜をぶっ飛ばしてから続ける。

「今回は兄貴が着いてたみたいだからいいかもしれないし、あの空手バカに無理矢理やらされてる以上は強くは言えないから稽古をサボるのもいいと思うが、連絡は怠らない方がいい。最近三船の連中だって妙な動きをしてるんだし。今日だって大倉道場に深く関係もある名家のお嬢様だから誘拐されそうになったんだろ?」

「別にお嬢様って気はしてないけどね。家寺だし」

クレープを食べ終わった久遠が畳部屋に上がる。

「久遠ちゃんがしたいのは自由な女の子ライフ。空手が嫌いって言うよりらい君達に縛られるのが嫌なの。だから死神さん、しばらく稽古の日はここに来ちゃだめかな?」

「……一度ならず二度も雷龍寺には恩がある。それを無碍には出来ない」

「そんな~」

「だけど、まあ、雷龍寺に相談ならしてもいい。条件としてあの子とたまにスパーリングしてくれるってい言うのならな」

甲斐は奥でサンドバッグを叩いている赤羽をみる。会話は聞いていたのか、視線に気付いて赤羽がこちらを向いた。

「昨日のスパーリング。互いに反省点がいっぱいあるだろう。それは悪い事じゃない。少しずつ反省点を減らしていけばどんどん強くなれる。……久遠、多分お前が空手そんなに好きじゃないって言うのもあれだろ。一緒に道場通う同い年くらいの女子がいない」

「……あ~、それもあるかも。久遠ちゃんと同い年くらいで白帯って滅多にいないから」

実際空手をやっている女子はかなり少ない。小学生時代なら男の兄弟とかの影響で趣味程度にやっていることは珍しくない。だが、中学にもなれば話は別だ。どうやったって痛くてツラくて汗くさい空手をそれまで通り遊び半分でやる女子はほとんどいない。小学校卒業と同時に半分どころか7、8割はやめてしまう。久遠もそろそろ中学生。その時期から空手をやり始める女子はほとんどいないだろうし、中学以降も空手をやり続けようと言う女子ならとっくの昔にガチになってて白帯どころか1級2級くらいまでなっていてもおかしくない。

偶然にもそれは赤羽にも関わっている事情だ。若干年齢に差はあるが一緒に稽古をする同性の存在はこの業界では貴重だ。

「ってわけで里桜。雷龍寺に電話しろ。しばらく久遠をサボらせるって」

「俺に死ねって言ってるんすか!?」

「きーっく」

「あぎゃがyがyがyぎゃああああああああああ!!!」

「……久遠大丈夫かな?怪我してる足で蹴って里桜がこんな容易く吹っ飛ぶ人のところで稽古して……」

「りゅー君は相変わらず心配性だね。大丈夫だよ。死神さん女の子には優しいみたいだから」

「それはそれで心配だなぁ……まあ、最首先輩がいるからまだ大丈夫か……」

それから甲斐指導のもと、赤羽と久遠は稽古を開始した。さすがに体格も年齢も体力も赤羽の方が上だったために同じメニューを与えれば久遠の方が先にバテてしまう。しかし初めてやるメニューに関する飲み込みの早さは久遠の方が上だった。

「さすが馬場家。天才空手家の血が流れてるんだな」

「……すみません、才能なくて」

急にダメージを受ける龍雲寺。

「……なあ、龍雲寺。どうしてお前は馬場家から出て行ったんだ?」

「え?まあ、僕だけ才能がなかったから……。早龍寺兄さんとは二つしか歳が離れてないのに時が経てば経つほどに階級は離されて行くばかり。早龍寺兄さんが1ラウンドで簡単に勝てた相手にも僕は勝てなかったし」

「ちなみにそれ俺のことっす」

「そうか。なに早龍寺に1ラウンドで楽勝されてるんだおまえはぱーんち」

「あぎゃあああああああああ!!!」

話途中に里桜をぶっ飛ばす。

「話を戻そう」

「お、押忍」

「まあ、負けてばかりだと確かに面白くないよな。でも、勝ったときは嬉しいだろ?いや、それだけじゃない。空手やって何か他に楽しい時とかってなかったのか?」

「……分からないっす。僕の場合常に二人の兄さんと比べられてたんで」

「……そうか。う~ん、」

「甲斐先輩も僕や久遠が空手をやめるのには反対なんですか?」

「いや、そんなことはない。実は俺も一時期稽古をサボりまくってたんだ」

「え、あの拳の死神が!?」

「そう。ちょっと嫌なことがあって半年くらいずっと引きこもってた。でも、気付いたら夢の中でも風呂に入ってる時でもパンチしてたんだ。殴りたいように殴って、それで相手に勝ちまくる。それが嬉しくて仕方がなかったんだ。だからまあ、あまりいい感じはしないが拳の死神だなんて言われるにも納得なんだ。それにそんな名前で呼ばれて嬉々として相手をひたすら殴るような奴ならそもそも常に距離を取って殴らせてくれない事も多かった。俺はそんなに背高い方じゃないから足のリーチの差で一度も殴らせてもらえないままボロ負けする事もあったしな。そんな時はさすがに嫌になった。下段ばっかもらって今ほどじゃないけど足怪我したことだって何回もある。それでも何回やめようとしてもやめられなかったのはそれだけ空手が好きだったって事なんだよ」

甲斐は龍雲寺の方を向く。

「多分、久遠は空手が好きだと思う。ただ男の中で過ごすのが退屈ってだけで。けど、お前はどうなんだ?もしも空手が好きじゃない、本当にずっと兄貴達に言われて無理矢理やらされ続けてたって言うならやめて正解だ。けどもしもほんの僅かでも空手のことが好きだったら、やめるのは少しもったいない気もするけどな」

「……分かりません。一人で空手なんてしたことないから……」

「そりゃそうだ。空手は一人じゃできっこない。まあ、そこんところは深く考えなくてもいいだろうさ。兄たちのいない空手に触れたきゃここに来い。まあ、それでもいつかは向き合う必要もあるだろうがな……」

甲斐はそう言って夜空の月を見上げた。

それから1時間もしない内に雷龍寺がやってきた。当然龍雲寺も久遠も後ろめたさと恐怖とで震えている。

「死神、世話になったようだな」

「別にかまわない。少しでも気にしてくれるならちょっとこの二人ここで預けてもらえないか?」

「……久遠はともかく龍雲寺はもう空手をやる気はない。俺もお前も出る幕じゃない」

「俺達は空手星人かもしれないが、でもその前に人間だ。空手だけが人生じゃないだろ?年上の先輩にこんな事言うのもあれだが、もう少し優しく接してやらないと兄貴ってものが恐怖の対象でしかなくなるぞ?」

「……かもな。ともかく、久遠。今日はもう帰るぞ。龍雲寺はたまには顔を出せ。無理に空手をやらせたりはしない。そして里桜。勝手に稽古をサボるな。ただの門下生ならともかく稽古をする側の指導員が稽古をサボられると非常に困る。今から道場でみっちりしごいてやる」

「そ、そんな~!?」

「そいつならまあいくらしごいてくれても構わんぞ。今度の6月のカルビで優勝できる程度にはなってもらわないと」

「む、無茶言わないで下さいよ~!」

泣きながら里桜は雷龍寺に引きずられていった。

「……死神さん」

「どうした久遠?」

「ありがとね。いろいろ庇ってくれて」

「……ふ、女の子には優しいのが俺のルールだ」

「格好付けちゃって。もうしょうがないなぁ、久遠ちゃんがもう少し大人になったらデートしてあげよっか?」

「え、」

「死神。そこまでは許してないぞ。俺と戦え」

「む、無茶言うなっての!!」

そんな、ちょっと騒がしいけど悪くない一日だった。


・3月。別れの季節。学生なら進級進学で、社会人なら異動や退職などが待ちかまえている一ヶ月。2月までの肌寒い季節から多少は暖かくなるなど鳴動の春の季節。

「じゃあ、行ってくるけど」

部屋。蒼穹に対して言葉を投げる。対する蒼穹はベッドで寝転がったまま。

「……そう。あんたが自分以外の試合に行くなんてね」

「別に初めてじゃ……いや、初めてか」

「…………また二日掛かるの?」

「いや、今日中には終わる」

「……そう」

「……穂南?どうかしたのか?」

違和感。声色というか雰囲気に何かを感じて甲斐は振り向く。

「……早く行ったら?最首さん待ってるんじゃないの?」

「あ、ああ。そんなに遅くならないと思うから……」

「…………そう」

それから蒼穹は何も喋らなかった。



「じゃあ、行くか」

甲斐、赤羽、最首、斎藤が寮を出る。今日はついに赤羽の公式戦デビューとなる交流大会の日だ。交流大会は大倉道場と同盟を結んでいる三船道場、伏見道場の3機関でまだ空手を始めたばかりの初心者達を集めて行う最初の大会である。名前の通り交流を目的としたような大会で以降行われる大会と比べるとレベルの低さ故に微笑ましさが見える大会だ。とは言えもちろん参加者は全員大真面目だ。よほど格上と運悪く出くわさない限りここで全く結果を出せなければ先には進めず空手の才能に悩まされることになる。

交流大会は3の倍数月に開催され、年4回行われる。一年で最初に行われる3月の大会はしかし中々特殊な事情もある。社会人はともかく学生なら空手を始める経緯は主に友達からの紹介だろう。進級してクラス替えした先で知り合った友達がやっていて興味を持ったから自分も始める。そんな理由が多い。故に4月か5月から始める者が多く、その場合多くは6月遅くても9月の交流大会を初陣にする。そこでいい成績を収めれば次の清武会へと足を進めることになる。逆に3月の大会はそう言う初々しさがない。6月でも9月でも12月でも大した成績を残せずに残留したいわゆる落ちこぼれ候補生達の生き残りを懸けた大会となる。とりわけ赤羽や久遠のような比較的年齢の高い女子にとってはあまり有利とは言えない大会とも言える。

「……とは言え、これまで稽古でその体に馴染ませてきたすべてを出し切れれば優勝は難しくても1回戦負けなんかはしないはずだ。相手がよっぽどの化け物じゃなければな」

「……そのよっぽどの化け物を私たちは一人知っていますよ」

「……まあな」

久遠の事だろう。まだ白帯なのにあの制空圏。結局一ヶ月近く赤羽と一緒に稽古をして何回かスパーリングをしたがあの制空圏を突破できた回数は片手で数えられるほどだ。しかも甲斐の見立てでは日に日にその精度は増している。そして、まだ何か奥の手を隠してそうだった。

「最近は一緒に稽古やったりで仲良くしてるが、それでもかなり強敵のライバルだ。実際の試合ではなれ合いなどはするなよ」

「……お任せください」

交流大会の会場は大倉機関が直営している大学の体育館だ。小中学校のそれの数倍以上の広さを持ち、客席も充実している。

そんな会場に到着し、選手達がそれぞれ更衣室に向かう。とは言えほとんどが男子小学生という事もあって大体がその場で着替えている。水着などと違って全裸になるわけでもないから別にそこまで問題でもない。

なお当然ながら赤羽と久遠は用意されている女子更衣室で胴着に着替える。女子の選手はほとんど存在しないためか更衣室はかなり空いていた。

「やっぱ女の子だよね!」

「……何がやっぱなのか分かりませんがさすがに女子中学生が表で着替えるのは気が引けます」

とは言えあまりゆっくりしている時間はない。本来着替えのための時間など予定されていない。大体が男子小学生でその場で着替えるため特に前宣伝もなくその場ですぐに開会式が始まってしまうのだと甲斐から聞いている。その開会式でトーナメント表が公開される。開会の言葉が出されてから5分と待たずに第一回戦が始まってしまう。当然その場に間に合わなければ失格になる。さすがに着替えのために遅刻して失格ではお話にならない。

「……お待たせしました」

5分後に赤羽と久遠が胴着姿でやってくる。

「……ああ」

「どうかしましたか?」

「あれを」

甲斐が指さす。それは16の畳を挟んだ向こう。3つの席。そこに座るのは今回参加する3つの道場の代表。つまり、大倉和也会長、伏見雷牙提督、そして三船ラァールシャッハ所長の3人となる。

「……三船所長……」

赤羽の身が固まる。三船の出身ならば当然向こうの所長と面識もあるだろう。

「……あれから一ヶ月以上経ってるけど結局3道場はどうなったんだろうね」

「……元通りの仲いい関係にも見えないし、かと言って監視しているとかそう言うわけでもなさそうだな」

赤羽に関する謎と言うか不信感は晴れたが、大倉会長に関しては微妙なままだ。

「これより、開会式を開始する」

加藤が声を上げた。マイクを使わずとも会場全体に響くような声。腹筋に響くような声が選手達の緊張を誘う。そのままの流れで開会式が始まり、甲斐達3人は後ろに下がる。ざっと見て今回の参加者は120人ほど。

「これよりトーナメントを発表する。8つのコートで皆一斉に試合を行うから準備運動した者からそれぞれコートに着け」

1分にも満たない開会式が終わり、加藤の背後の壁にトーナメント表がモニターで映し出される。

「美咲ちゃんは最初はお休みかな?」

「それでも準備はしないと。久遠はいきなりですね」

「うん。いきなり勝ってくるよ」

赤羽と久遠が指定されたコートへと向かう。甲斐達はそれを後ろから眺めていた。

「初めての試合って怖いけどわくわくしたよね」

「そうだな。こっちの場合、最初の相手斎藤だったからな。クラスメイトでもあるあいつとの初試合。どっちが強いのか、緊張したさ」

「へえ、拳の死神も初陣は緊張したんだ」

「そりゃそうだ。最首だって最初の相手は確か穂積ちゃんだろ?」

「何で覚えてるのよそんなこと」

「お二人さん、そろそろ移動しないと」

「……そうだな」

里桜を羽交い締めにした状態で甲斐、最首、斎藤が赤羽のコートへと向かう。

トーナメント表を見ると、赤羽の最初の相手は小学5年生の男子・中島だ。階級は9級。年齢は赤羽より2つ下だが階級は1つ上となっている。甲斐の見立てでは正直赤羽の不利だと思われる。

しかし、少なくともちょっとやそっとの不利で負けるようなしごき方はしていない。むしろ格上ほど通用するようにと、里桜を呼びつけて稽古させたのだ。

「里桜、あの子がお前の教えた4つの技で勝てなかったら、」

「……か、勝てなかったら?」

「今日の優勝者相手に飛び入り参加させて試合させる」

「ただの羞恥プレイじゃないっすか!?」

「負ける可能性考えて技を教える奴がどこにいるんだ?今からフルアーマーで外走ってくるか?」

「補導されますよ!?」

「はいはい。廉君も里桜君も。そろそろ赤羽ちゃんの試合始まるよ?」

「……それに少しきな臭くなってきたぜ」

「……」

第5コート。一回戦目が終わり、赤羽が入場する。それに併せて大倉会長と三船所長が席を離れて近づいてきていた。

「里桜、備えておけ。何かあったら鉄砲玉な」

「む、無茶っすよ!?」

甲斐は周囲を警戒する。

「……心配するな」

声。視線だけ向ければ雷龍寺がいた。

「この会場は既に押さえられている。俺の同僚も集めて何が起きてもいいように待機されているからお前はただ見物でもしていればいい」

「……大倉と三船はどうなった?何で仲良し子良しに物見遊山してる?」

「……あの後、伏見とともに三船研究所の調査が行われたが何も疑わしいものは発見できなかった。だから今も監視状態を続けている」

「……龍雲寺や久遠から聞かなかったのか?間違いなく三船の手の者が襲ってきたんだぞ?」

「聞いている。だが、根拠も証拠もない。伏見機関が動いているから今は警戒して待つしかない」

「……」

それだけ言って雷龍寺は離れていった。

「……廉君」

「……今は試合に集中しよう」

4人は今まさに行われようとしていた赤羽の試合へと目を向けた。

「正面に礼!お互いに礼!構えて・はじめっ!!」

主審の号令を受けて礼を済ませた両者が前に出る。いつものように冷静ながらも赤羽の表情はどこか硬い。故か、スピードで勝る相手に出遅れてしまう。

「……」

甲斐は見る。確かに赤羽は1秒ほど反応に遅れた。そのせいで中島の前蹴りの先制攻撃の直撃を許してしまう。ギリギリで赤羽の方が背が高い事でリーチが不十分だったのか、直撃と言っても体重が乗り切れていない一撃だったおかげで大したダメージではない。だが、緊張に拍車をかけるには十分だ。

リーチでは自分の方が勝っていながらも赤羽が一歩前に出た。確実に自分の足が届く範囲に相手を収めての連続蹴り。だが、中島は怯まずにより前へと進み、たった一撃の膝蹴りで赤羽の猛攻を止める。

「くっ、」

バランスを崩した赤羽。好機と見た中島が前に出て追撃。パンチの応酬を開始する。当然だがパンチとキックではキックの方がリーチも威力もある。しかし、パンチの方が手数を多く用意できる。タイミングを正確に狙い、いつ来るか分からない蹴りと言う相手の精神を焦らせて弱らせるのもまた戦術の1つだが、相手はそれよりもひたすら殴ることで相手の冷静さと体力を奪うことを選んだ。

男子故のパワーを帯びたパンチラッシュを受けて肉体的にも精神的にも内臓を痛めてどんどん後ろに下がっていく赤羽。

そのとき、

「赤羽ちゃん!!」

最首のエール。それを耳にした赤羽は一瞬で自分を取り戻す。パンチに集中していた相手の利き足の付け根に膝をたたきつける。

「っ!!」

思わぬ反撃に怯む中島。対して赤羽は畳を蹴って宙を舞う。

「白虎一蹴!」

それは言ってしまえばただの飛び後ろ回し蹴りに過ぎない。だが、それを目にした者は誰もその程度とは感想しないだろう。

「!?」

通常の飛び後ろ回し蹴りはジャンプしながら半回転し、その勢いで後ろ回し蹴りを行う。強力だが外れることも多い大技だ。だが、今赤羽が放ったのは、

「……見てなかった」

コートから少し離れたところ。久遠がため息を付く。赤羽が里桜や甲斐から何かしらの技を教えられていることは一緒に稽古をしていて知っていたが結局どんな技なのかは一度も見ていない。せめて一度は試合で表に出るまでの間秘密兵器にしたいとのことだ。だから、久遠は赤羽と戦う前にその技とやらを見ておきたかったのだが、周りにいるのが自分より背の高いのばかりだったため肝心の場面が見えなかった。

「……けど、今の一撃で試合が終わったみたいだし。この久遠ちゃんの制空圏を突破するための必殺技みたいだね。楽しみだな」

口笛を吹きながら久遠は次の試合のコートへと向かっていった。

「……勝ちました」

コートの外。赤羽が報告に来た。

「ああ、見ていた。初めてやるにしてはなかなかの完成度だったじゃないか」

「そうだね。白虎一蹴。廉君みたいなパワーファイターが使うのも強力だけど赤羽ちゃんみたいなスピードファイターが使っても結構強いよね」

「……あの、最首さんは使わないんですか?白虎」

「私、廉君とは付き合い長いけどほぼ同期だから先輩後輩でもなければ師弟関係でもないんだよね。直接試合で当たったこともないし。それに確かに強い技だとは思うけどそれがすべてってわけでも最強ってわけでもないから私は私のやり方と技で戦ってるの。まあ、必要だったらその内盗ませてもらうかもしれないけど」

最首の目が光り、赤羽が後ずさった。

「……一回戦を勝てた事。もっと誉めてやりたいが多分もう10分くらいで2回戦が始まる。体を休めることに集中するんだ。さっきみたいな緊張の間に終わらせられるかもしれないぞ」

「……はい」

「水分補給は大事だが休憩が短い場合には飲まない方がいい。いい感じにほぐれた緊張感が悪い感じにほぐれてしまうと危険だ」

「悪い感じに?」

「そうだ。空手の試合は直撃前提フルコンタクト。何かの発表とか運動会の徒競走だののような、上手くできるか分からない事への緊張とは別に、痛いのは嫌だとか痛くするのは避けたいとかそう言う恐怖から来る独特の緊張感がある。慣れてしまえば自前でどうにでもなるが、まだ経験の浅い君がこの緊張感を克服する手段は多くない。その1つがアドレナリンだ。君は今勝利して軽度の興奮状態にある。闘争本能が刺激されていると言っていい。この興奮は緊張を消してくれる。だが、気付かぬ内に体力も消耗する。アドレナリンだけに頼らないようにしかし緊張しすぎないように少し落ち着いた状態で維持する必要がある。水分補給や横になって休憩したりすればリラックスしすぎてしまって今度は緊張も興奮も出来ずに自分の力を発揮できない状況になりかねない。……少し厳しいかもしれないが午前中は水分補給は可能な限りなしでいく。いつでも全力を出せるようにしておくといい」

「……押忍!」

一礼して赤羽は次のコートへと向かう。

「……今の、誰の受け入り?」

「……初めての試合で俺は斎藤に勝った。そのまま準決勝まで進んでそこで負けて3位になった。次の試合ではいきなり格上と戦うことになって勝ちはしたけど怪我をした。血が出るほどの怪我だ。そんなにひどい怪我じゃないから病院に行く必要もないし2回戦への進出も決めた。けど、初めて空手が怖くなった。その恐怖を誤魔化すために水ばかり飲んでた。結果リベンジに燃える斎藤相手に全く歯が立たなかった。完全に恐怖と緊張に呑まれてしまって自分の試合が出来なかった。たった2回しか試合をしてないのにもうスランプになりそうだったんだ。その時に得た教訓だよ」

「そこから拳の死神が生まれたわけだ」

「……何事も恐怖と緊張に勝つ事が成長の一歩ってわけだ。……今日ここであの子がどこまで強くなれるかがポイントだな」

「……そうだね」


第二回戦。赤羽の相手は珍しい小学6年生の女子だった。衣笠舞。しかし階級は8級。先ほどの中島よりも上である。女子だからと言って油断できないことは自分が一番よく知っている。

「はじめっ!」

主審の号令を受けて前に飛び出す。今度は出遅れしない。互いの視線の中間で蹴りと蹴りが激突を果たし、赤羽が一歩前に出る。だが、これを有利とは思わなかった。今の蹴り同士の激突。勝ったのは赤羽だが力と速さでは向こうの方が上だった。では何故赤羽が前に出れたのか。

「っ!」

再び前に踏み込んだ赤羽。それを迎え入れたのは衣笠のカウンターとなる前蹴りだった。

「……上手いな。最初に放った回し蹴りは前に出るためのものじゃない。相手の放った蹴りを迎え撃って足を負傷させるためのものだったんだ」

甲斐が分析。実際それによって赤羽は前に出る際に痛みから来る躊躇がやや出た。それを合図にすればカウンターも容易い。そしてそこから衣笠は猛攻を開始した。雷龍寺と剛人の試合のようにフェンシングのような鋭い前蹴りの連続。赤羽はそれに蹴りで応えられず防戦一方だ。時折前蹴りではなく下段や上段に変わり赤羽の防御はより一層重くなる。試合開始してから30秒が過ぎ、赤羽は一切反撃に出られていない。その間衣笠の猛攻は続く。たとえガードをしていても蹴りをそのまま受ければガードした腕はもちろんそこから衝撃を走らせて結局全身にダメージが入る。ここまでダメージを受け続けていれば回避のために体を動かすことは難しい。回避中の、防御が出来ない時に攻撃を受けたらどうしようとか本当に回避できるのだろうかとか。

しかし、赤羽が動かないのは恐怖からではなかった。

「……ふう、」

蹴りの連続は終わった。衣笠が深い息を吐く。試合開始から40秒以上も蹴りを放ち続けるのは体力的に楽なことではない。もしかしたら蹴られ続けていた赤羽以上に体力を消耗しているかもしれない。そして、それが赤羽の合図だった。

「……」

赤羽は前に出る。衣笠はカウンターをねらう。

赤羽は右に出る。衣笠は半身を切って様子を探る。

赤羽は左に出て元の位置に戻る。衣笠が蹴足を構えると同時に一瞬で衣笠の背後に回り込む。

「!?」

相手を正面に向いた格好いい移動ではない。素人が逃げる時に行うような全力ダッシュだ。そのおかげで赤羽は完全に衣笠の背後を奪った。それに気を取られたことで衣笠はあわてて後ろ回し蹴りを繰り出す。

だが、赤羽はバックステップで後ろに下がってそれを回避。そして次の瞬間には勢いよく踏み込み、衣笠の重心を支える軸足に猛烈な勢いで回し蹴りをたたき込んだ。

「うっ!!」

衣笠は転倒。素早く赤羽が下段払いを行い、

「技あり!!」

主審が応答する。フルコンタクトの空手とは言え試合は競技だ。別に必ずしも相手が再起不能になるまで殴り続けなくてはいけないわけではない。技ありや一本などの得点になる行為を続けることで場合によっては互いに無傷のまま試合を終えることも出来る。そして今、技ありを奪われた事でポイント的に不利になった衣笠は本戦が終わるまでの残り2分で赤羽をKOまで追いつめないと判定で敗北することが確定した。

その事実は彼女を焦燥させるに十分だった。

「ぁぁぁぁぁっ!!!」

再び連続蹴りの猛攻。興奮しきっているからか冒頭のそれに比べるとパワーが増しているように見えるが隙だらけだ。故に赤羽は防御に応じない。衣笠の攻撃範囲を見極め、ギリギリで足が届かない範囲へのステップを繰り返す。一種の防戦一方。しかし、勝負の女神は既に賽を投げていた。

「はあ、はあ、」

やがて15秒ほどで衣笠の動きが鈍る。それを待っていた赤羽が猛烈な勢いで接近する。再び下段による足払いを警戒して衣笠が内股に構えた直後。

「青龍一撃」

前に転ぶような勢いで進むそのパワーのすべてをのせた正拳が衣笠の鳩尾に打ち込まれる。

「………………っ!!」

チェストガードの上からも響くその一撃は衣笠の華奢をそのまま後ろに放り飛ばすには十分だった。

「そこまでっ!!」

声を上げた主審がそのまま衣笠に歩み寄り、しかし立てなさそうだと判断すると、

「勝者・赤羽美咲!!」

その判断を下した。

自分に直接関係しない試合だという者の方が多いにも関わらず、コートの周囲では驚きの声と歓声が上がる。

「……青龍一撃。赤羽ちゃんのスタイルに合わないあの技まで教えてたんだ」

拍手しながら最首が横目を投げる。

「四神闘技は4種すべて併せて完成するものだ。30秒過ぎくらいから使った相手の調子を狂わせる変調の技・朱雀幻翔。制空圏による守りを固めてカウンターを狙う玄武鉄槌。己のスピードがそのまま武器になる超高速の飛び後ろ回し蹴りである白虎一蹴。そして前に出る力をそのまま拳に乗せて放つハイパーヘビー級正拳突きである青龍一撃」

「本当に4つすべて教えたんだね」

「ああ。だが、これらは可能な限り使うなと伝えてある」

「え?」

「まだあの子に必要なのは奥義ではなく基本技だからな。奥義を使っての常勝無敗を覚えるくらいならまだ基本技だけ使って負けた方がいい」

「……空手は基本と正道こそが最強であるって言う教えと、廉君特有の負けた方がより強くなれるって言うポイント?」

「まあな。まああの子は出来レースだったかとは言え、この前遠山弟にボロ負けしている。増長するような幼さもない。無理して封印する必要もないとは思うが一応な」

「……なるほど。廉君てばひどいんだ。四神闘技を教えてそれでもなお、赤羽ちゃんじゃ久遠ちゃんに勝てないと思ってるんでしょ?と言うかそう仕向けてるんじゃないの?」

「……勝てないな」

甲斐がため息を付く。と、

「へえ?死神さん、久遠ちゃんの方応援してくれてるんだ」

そこへ久遠がやってきた。

「久遠か」

「久遠ちゃん、今どう?」

「3回戦勝ち抜け!これで午後のベスト8には出場確定だね!」

Vサインをする久遠。さすがに全く疲れていないわけではないがそれでも初参戦の白帯にしては異例なほどピンピンしている。

「よんかみ何ちゃらってのが何なのか知らないけど、それがあったとしても死神さんは美咲ちゃんが久遠ちゃんには勝てないって思ってるんだ」

「……まあな」

実際この前のスパーリングでは赤羽は最後の最後で久遠の制空圏を破った。だがそれは久遠が余りに油断をしていたからだ。あれから成長して多少なりとも強くなった赤羽ならばまた久遠の制空圏を突破できるだろう。だが、今度は久遠も油断はしない。防御ほどではないが久遠は攻撃の制空圏も出来ているのだからたとえ玄武や朱雀を以てしても防ぎきれないんじゃないかというのが甲斐の推測だった。

「……だってさ、美咲ちゃん」

「え、」

久遠の言葉を投げた先。甲斐の背後。そこに赤羽はいた。

「……聞いていたのか」

「…………」

しかし赤羽は何も言わないまま去っていってしまった。

「あらら。振られちゃったね死神さん」

「あのなぁ、今のお前なら別にこんな事しなくても勝てるだろうに。どうしてこんな手間をかけてまで勝とうとしてるんだ?」

「……もう何回も言ってるでしょ?久遠ちゃんはね、普通の女の子がしたいの。その条件として決勝で美咲ちゃんを倒して優勝することが必要なの。実際このままのトーナメントを進めていけば決勝で当たりそうだしね。絶対に勝ちたいの」

「……そこまでの熱意があるなら……いや、」

「どうして黙っちゃったの?」

「別に。ただ少しの間だけとは言え面倒を見ていた身で言わせてもらう。……後悔するようなことはするな。久遠が空手をやっていることが本当に嫌なら本懐を果たせばいい。けどもしも、」

「もしもなんてないよ。……見たところここの会場で久遠ちゃんの邪魔になりそうなのは強いて言うなら美咲ちゃんだけ。それ以外はつまらなそうだしね」

「……久遠。畳の上で他人を侮辱するのはなしだ」

「……バカになんてしてないよ。事実を言っただけだよ?それとも死神さんはほかに久遠ちゃんの制空圏を破れる人がいるとでも思ってる?」

「……そんなのは話の都合じゃない」

「知らないよ、そんなの。久遠ちゃんはただ優勝してこの世界からさよならするだけだから」

そう言って久遠は踵を返す。

「……」

「廉君、赤羽ちゃんの3回戦が始まるよ……?」

「……そうだな」

赤羽が試合を行うコートへと向かう。今度の相手は小学6年の男子・大谷伸也だ。階級は8級。対して赤羽はヘッドギアで表情が遮られていて何を思っているのかは分からない。

試合前にとんでもないことを言ってしまった後悔のまま甲斐は静かにこの試合を見守った。体力の消耗もあるが3回戦ともなれば実力者だけが残る。この大谷は前2戦の相手よりも遥かに強敵だった。

防戦一方且つ反撃が出来ずに本戦の3分は終了し、延長戦へともつれ込む。

「……」

「……」

僅かなインターバル。赤羽と甲斐の視線が合う。やがて赤羽は再び試合へと臨む。

延長戦では赤羽は焦燥したかのように最初から攻め込んでいた。スタイルの変化に数撃ほど大谷は直撃を受けるがすぐにまた大谷のペースに戻る。赤羽のスピードに目や反応だけでなくちゃんと冷静に追いついている。その動きもほとんど見切っていると言っていいだろう。本来この時点で既に大谷は赤羽の始末に出てもいい筈だが、慎重なのか中々本格的に攻め込まない。しかし的確に赤羽へと攻撃を加えてはいつ倒れてもおかしくないほどにその体力を削っている。そこに赤羽は賭けた。

赤羽は倒れるようにふらふらとした足取りをする。かと思えば蛇のような動きで距離を縮めて跳び蹴り。

「っ!」

大谷はガードするが間に合わず直撃を受けて一歩下がる。

「……朱雀か」

甲斐がつぶやく。

「酔拳みたいで嫌な動きだよね」

「実際いつ倒れてもおかしくないほどダメージを受けている。相手の尋常でないほどの慎重ぶりを見てそれに賭けたといったところか」

「……ギャンブル過ぎない?常に想定外の奇をてらった動きをするって、相手から普通の攻撃受けたら一発でアウトじゃないの?」

「……そうだな」

ところが実際に大谷が放った通常の前蹴りを赤羽は制空圏でがっちりガード。その状態を利用して相手の軸足を下段。

「……朱雀と玄武を組み合わせてる?」

「……リスキー過ぎる」

甲斐がため息。しかし、神経質なのか予想外の展開に対応できず大谷はスタイルを崩す。それまでの慎重な動きはやがて臆病な構えへと形を変えて、それを見計らった赤羽は突然猛攻を開始。立て続けのパンチや膝蹴りで一気に体力を削ってから赤羽は跳躍する。

「白虎一蹴!!」

まっすぐにらみ合った状態から跳躍し、その場で一回転。ピンと伸ばした左足をまるで丸鋸か鎌のように相手の側頭部へとたたき込む。

通常の飛び後ろ回し蹴りはリーチが絶妙だ。近すぎては後ろ回転をする前にカウンターを受けるし、遠かったら簡単によけられる。だが、白虎一蹴は正面を向いた状態から一回転して放つ後ろ回し蹴りであるため、通常の回し蹴りやもっと言えばパンチと変わらない距離感で放つことが出来る。甲斐のようなヘビー級パワーファイターが放てば相手をガードの上からでも一撃で倒せるほどの威力を出せ、赤羽のようなライト級スピードファイターが使えばガードする間も与えずに直撃を当てられる神速の一撃と化す。難点があるとすれば、

「……あ」

技を繰り出した赤羽。しかし、左足が大谷の首に引っかかった。

「……まずい!」

甲斐が咄嗟にコートへと向かうが間に合わず赤羽と大谷は諸共に転倒した。

「大丈夫か!?」

「あ、はい。なんとか……」

「君じゃない!」

「え?」

甲斐は倒れた赤羽を持ち上げてどかすと、大谷へと駆け寄った。

「…………う」

「……息はあるな」

「甲斐!」

主審もあわてて駆け寄る。

「どうだ!?」

「息はあります!ですが首が折れている可能性が……!」

「救急車を呼べ!!」

「押忍!!」

主審の合図でスタッフがすぐにスマホをとり、急いで電話をする。

「……あの、」

きょとんとした表情の赤羽。

「……だから極力使うなと言ったんだ。交流大会に出る程度の相手が白虎を耐えられるわけがないだろう!?」

甲斐は赤羽に詰め寄り、手を挙げてしかしすぐに下ろした。

その背後で大谷の両親らしき人が駆け寄る。

「触らないで!首の骨が折れている可能性があります!!」

すぐに主審に止められ、しかし泣きながら心配を訴える両親。甲斐はそれを背中で、赤羽はしっかりと正面から見てしまった。

やがて、救急隊員がやってきて大谷一家は救急車で運ばれていった。

それからすぐに緊急手術が行われて、大谷は無事一命をとりとめたそうだ。

「……彼は助かったが久遠の兄・早龍寺は全身不随となった。強すぎる技は必ず何かしらの代償を必要とする。君はその重責に耐えられるか?」

昼休みが始まるまでの間、赤羽はずっとその言葉を胸にトイレの個室で一人うずくまっていた。



・午前中……と言っても実際には1時過ぎくらいに午前のトーナメントが終了し、午後から始まる本戦トーナメントへの準備が整った。8人の組み合わせで最高3試合勝利することで優勝となる。なお、この8人の中に女子は赤羽と久遠のみであり、中学生は赤羽のみとなっている。

「これって男子中学生は弱かったって事かな?」

「……いや、そもそも参加していなかったんじゃないかな?」

久遠と最首が一緒に昼食を取るためコートから離れたところでシートを広げる。

「……」

甲斐は腕を組んだまま静かに佇む。

「先輩、」

「里桜、どうだった?」

「赤羽さんどこにもいなかったすよ……。スタッフに聞いたら外には出てないみたいだから会場内のどこかにはいると思うんすけど」

「……一応聞くがトイレや更衣室も探したか?」

「先輩。中学生も捕まるんすよ?」

「……最首」

「……わかった。ちょっと探してくるね」

最首が女子更衣室の方へと向かう。女子トイレもその近くにある。

「……聞いたよ。美咲ちゃんさっき病院送りしちゃったんだって?」

「……ああ」

「それで死神さんのがブルーなってるの?そー君のこと気にして」

「……お前は気にならないのか?」

「全く気にしないわけじゃないけど何より本人が気にしてないわけだし。馬場家ではそんなに大事には扱ってないよ」

「……被害者はそうでも加害者はそうはいかない。こっちが早龍寺の顎を砕いた感触がまだ残っているようにあの子はまだしばらく、大谷の首の骨をへし折った感触と戦い続けないといけないんだ」

「……ねえ、1つ疑問なんだけど」

「何だ?」

「何で死神さんは美咲ちゃんのこと、あの子とか彼女とかって呼ぶの?」

「……それは……」

甲斐が少し後ずさる。僅かな瞬きの間に脳裏に映るはあの日の炎の夜。

「久遠。こんなんでも先輩は人間なんだからトラウマの1つや2つあるって」

「里桜先輩は知ってるの?死神さんがどうして美咲ちゃんを名前で呼ばないかを」

「ま、まあ、察しはしてるというか……」

里桜もまた何とも言えない微妙そうな表情を取った。久遠が疑問していると、

「戻ったよ」

後ろから最首の声。振り向けば青ざめた赤羽も一緒だった。

「……午後、やれそうか?」

「……分かりません。あんな事があったんですから……」

「……言っておくがここから先、こんなことは一度や二度じゃない。奇をてらった大技なら尚更だ。空手もスポーツだ。スポーツという競技なら定石というものがある。誰も彼もがみんな同じやり方をしているのは、誰かが異例なことをやってそのせいで例を見ない大怪我をするのを防ぐためでもあるんだ」

「……なら、どうして私に四神闘技を教えたのですか?」

「……その力に溺れないために」

「え?」

「ずっと地道に努力を続けて、しかし必ずしも成果が出るとは限らない世界だ。そんな中、強力な奥義を与えられたらどうなる?その力に溺れてしまうだろう。それなら最初から戒めとして」

「そんなこと思ってないんじゃないの?」

口出ししたのは最首だった。

「私は反対だったよ。まだ赤羽ちゃんに四神闘技は早すぎる。でも廉君は里桜君を使ってまで初試合前なのに覚えさせた。何をそんなに焦ってるの?」

「……」

言葉が詰まる。思考が止まる。何を言いたいのかが分からない。ずっとひた隠しにしてきた核心にいざ迫られると頭が真っ白になる。

「……赤羽ちゃんに勝ってほしかったのか、それとも挫折してほしかったのか。私にはよく分からないよ……。でも、」

最首は赤羽の肩を抱き寄せる。

「この子をあの子のように壊したくないって言う気持ちだけは信じられる。だから、本当のことを言ってよ」

「……」

脳裏に炎がちらつく。あの日失った者達の顔がちらつく。猛烈な目眩に襲われて吐き気に叶った時。

「……勝ちます」

「………………ぇ」

「私、勝ちます。久遠にも。あなたから教わった技のすべてで」

「……だ、だが、」

「あなたが何を隠しているのかは分かりません。私にだってまだ秘密はあります。でも、それでいいじゃないですか。確かに対戦相手をあんな目に遭わせてしまったことはショックです。でも、それでもあなたが空手をやめていない理由は、やっぱり空手が好きだからですよね?……私はまだそこまで好きとは思っていませんけど、でも、好きなことに嘘はつけません。あなたが四神闘技を教えてくれたことには何かしら意味がある。今はまだ何かを誤魔化すことかもしれません。でも、私が勝ってその意味を作ります」

「……」

「……一本取られちゃいましたね、先輩」

「いい弟子を持ったじゃないか、甲斐」

「……やれやれ」

にやにやしている里桜と斎藤の背中をたたき、

「飯にしよう。もう30分後には決勝トーナメントだ。最初の3分だけで終わってくれる相手なんていないと思え」

「……はい、師匠」

そうして赤羽は初めて笑顔を見せた。



昼食とわずかな昼休みを挟んで始まった午後のトーナメント。赤羽の最初の相手は小学3年生、7級の青山だ。身長がまだ140にも達していない久遠と大差ない小柄な少年だ。だが、ここまで勝ち進んできた相手だ。むしろこの小柄でありながらここまで勝ち進んできた強豪と言える。

畳の上に立ち、互いに視線を交わす。近付く程に身長差が露わになる。恐らく大谷以上の実力者なのだろう。しかし、もう恐怖はない。ただ、実力のすべてを出し切るだけ。そう、勝つのだ。勝ってあの人の真実になる。

「正面に礼!お互いに礼!構えて、はじめっ!!」

主審の号令を受けて互いに前に出る。リーチの差から赤羽の方が先に攻撃が届く範囲に到達する。そこから回し蹴りを……放たなかった。

「……ん、」

青山がわずかに足を浮かせる。赤羽の読みは正しかった。衣笠のようにリーチで絶対に勝てないと分かっている相手に対して最初の蹴り合いは無駄に近い。なら相手が無駄に放った蹴りを横凪にしてしまえば相手の足だけを一方的に傷つけられる。それを先読みしてのフェイント。しかしこちらからはむやみに攻撃を仕掛けない。

「……」

業を煮やしたのかそれとも攻めるだけの価値がある相手だと判断したのか青山が前に出た。男女の差はパワーにある。しかしこうも相手が年少であれば話は別だ。まだ青山程度の幼い少年に男子と呼べるほどのパワーはない。だからその分女子のスピードを活用すると言う戦術はとれない。

赤羽は考えた。相手は年少でありながらここまで勝ち進んできた。それだけの何か武器があるはずだ。それを見極めるために赤羽は防御の制空圏を集中する。

それを見た青山は違和感を感じながらも攻撃を開始。将棋の棒銀のようなひたすら前に出る攻め。回し蹴りはほとんどないパンチと前蹴りと膝蹴りだけで突き進む愚直なパワープレイ。青山の小柄ではあまりパワーは出ないだろう。しかし逆に小柄故のスピードはある。

「……」

前蹴りを半身を反らして回避。パンチをガード。膝蹴りをバックステップで回避。的確な対処で青山の死角に入り込み、上段膝蹴り。

「!」

青山は咄嗟にガード。肘で殴るようにして相手の膝の横部分を押さえつけ防ぐ。ひたすら前方への攻撃、ガードにしても自身の肘を使って攻撃してきた相手の方を傷つける。まるで最上火咲の使うムエタイのようだと思いながら赤羽は跳躍した。

「……え」

赤羽が放った上段膝蹴り。それが死角となって赤羽は跳躍した。

先ほどの試合を見ていた青山は咄嗟に対回し蹴り用のガードに切り替える。が、赤羽の放ったのは飛び前蹴りだった。

「…………強い」

思わず甲斐がつぶやく。甲斐の目から見ればまだまだ赤羽の動きには無駄があるし精度も速度も未熟のそれからは逸脱していない。だが、状況判断やフェイントの使い方が尋常ではない。

甲斐との稽古で赤羽は本当に本当の初歩程度だが制空圏が出来るようになった。それ自体は久遠のそれと比べてもなお拙く、実戦レベルとは言えないものだ。だが、今赤羽が繰り出した攻めに関しては制空圏の域に達していると言えなくもない。どうしたら攻撃が当たるか、どうやって攻撃を当てるかが本能レベルで認識できる領域に。

「……くっ、」

顔面への直撃を受けた青山は2歩後ずさる。それを受けて赤羽は前に出る。しかし、青山から見て正面ではない。弧を描くようにして少しずつ距離を縮めていた。

「のっ!!!」

青山が飛び回し蹴りを繰り出す。が、赤羽はこれをバックステップで回避し、放った相手の軸足にスライディング気味の下段前蹴りをたたき込む。

「っ!!」

思わぬ一撃に青山は前に転倒。速やかに立ち上がった赤羽が下段払いを行い、

「技あり!!」

見事ポイントを制した。そこからは完全に赤羽の流れだった。焦りを見せた青山の猛攻を赤羽は制空圏を用いてすべて回避。衣笠の時と同じように相手が無理な攻撃をしてくれば的確なカウンターを打ち込み、ついには、

「技あり!2つ目に付き、一本!!よって勝者……赤羽美咲!!」

試合時間81秒で赤羽がTKOを果たした。

「……すごいね。赤羽ちゃん、午前中までとは比べものにならない」

「……ああ。練習の成果が100%以上出てる……」

「……これ赤羽ちゃんが覚悟を決めたからって事かな?」

「……さあな」

生まれ持った才能と全身義体故の何か特別な動作と稽古と、そして久遠程ではないが制空圏の才能。これらが合わさって生まれた。それが今の赤羽美咲だ。

15分後に行われた準決勝。対戦相手は小学5年生の男子で6級だったがこれも赤羽は130秒で撃破している。狙っている物なのかは不明だが赤羽は大会初参加ながらすべての試合を本戦で終わらせている。しかも判定ではなくほとんどがKO勝ちと言う全盛期の甲斐に近い成績だ。この成績には大倉会長、伏見提督、三船所長も強い関心を見せていた。

「……ラァールシャッハ。これもお前の改造が故か?」

「いや、そうとも言えない。明らかに赤羽美咲は我が研究所にいた頃とは別人になっている。和成が全身義体に改造した際に何かを細工したのではないかね?」

「……私にそんなつもりはないよ」

「……和成、赤羽美咲を我が伏見総本山に預けないか?いい選手になる」

「あの子が望むならそれでもいいかもしれない。でも今は彼女の好きにさせてあげるといい」

3人が変わらず視線を向ける。そして舞台はついに決勝戦へと移った。

「……」

「……」

決勝戦。この日最後に畳の上に立つのは両者共に大倉道場の出身。赤羽美咲と馬場久遠寺だ。

「……本当に決勝で久遠ちゃんの相手が美咲ちゃんになるなんてね」

「久遠、約束してください」

「何?」

「私が勝ったら空手をやめないでください。あの人の道場でだけでもいいので続けてください」

「……美咲ちゃんが勝ったらね」

「……全力で来てください」

「いいよ」

畳の上で視線を交差させる二人。緊張で息を飲む甲斐達。

「これより決勝戦を開始する!!赤……赤羽美咲!黒……馬場久遠寺!!」

主審の号令にあわせてヘッドギアを装着した二人が前に出る。

「正面に礼!お互いに礼!構えて、はじめっ!!」

開始されると同時、赤羽は全速力で久遠へと迫る。まるで短距離走のように。そして足が届く範囲に着くと同時に跳躍して両足同時に飛び前蹴りを放つ。ドロップキックとは違って左右違った場所への攻撃だ。

「甘いよ」

しかし久遠は両手でその両方をはたき落とす。そして赤羽が着地すると同時に拳を繰り出す。放つ場所は赤羽の脇腹、鳩尾、鎖骨。赤羽は防御を固めるが、まるで申し合わせたかのように僅かな間隙から久遠の小さな拳が赤羽の脇腹、鳩尾、鎖骨を穿つ。

「っ!!」

それに耐え、赤羽は久遠の手が届くような距離から上段飛び膝蹴りを繰り出す。が、それも久遠が首を横にするだけで回避。拳を放った後の両手を手刀に変えて赤羽が放った膝を左右から押しつぶすように手刀で穿つ。

「……制空圏を前提にしつつ徹底的に相手の急所を狙うか」

「あれ、久遠ちゃんの本気だよ。本気で久遠ちゃんは赤羽ちゃんを倒そうとしているみたい」

「俺、午前までの久遠の試合見てたけどあそこまで攻撃に出るってのはなかったぜ。赤羽ちゃん相手にしてやっと久遠も本気で倒しにきたって事だろうな」

甲斐、最首、斎藤がそれぞれ考察。それを確かに聴覚のどこかで捉えながらも認識できないまま赤羽は一歩後ろに下がった。それを見てから久遠は尻目で時計を見る。

「どうしたの?まだ10秒しか経ってないよ?」

「……まだまだです……!」

再び赤羽が走り出す。そして繰り出したのはまるで握手をするかのように前に出した右手。疑問に思いつつ久遠がその手を払うと、再び赤羽は右手を前に差し出す。当然それも久遠は払いのけ、の無限ループ。

「……あの子、何してるの?」

「……差し出した手をどう払うかに着目しているんだな。もし久遠が制空圏の変形を始めたら……動くぞ!」

最首の質問に甲斐が応えた直後。それまでとは違った方向に久遠が赤羽の手を払うと同時、赤羽は左の拳を超スピードで繰り出す。

「っと、」

もう片方の手で払う久遠。しかし赤羽は続ける。しかも払われる度にパンチは速度を増していく。さらには膝蹴りを混ぜたり。だが、それもすべて久遠の制空圏によって阻まれてただの一度も直撃を許されていない。

「……久遠の奴、あれで本当に白帯かよ。あそこまでの制空圏、成人してても早々滅多にいないぜ」

斎藤が嫌そうな表情をする。

「……だが、あの子はまだ狙っている」

「あ?」

「……」

甲斐も半信半疑だ。既に2分が経過して、しかし赤羽は闇雲に攻めているようにしか見えない。そしてついに、久遠が払いのけた赤羽の右手首が妙な方向に曲がった。

「っ!」

「あ、ごめ……」

しかしその瞬間。赤羽はその曲がった右手首を再び握手するように久遠の前に差しだし、そして跳躍した。

「白虎一蹴!!」

「っ!!」

突然放たれた神速の飛び後ろ回し蹴り。やや遅れながらも反応した久遠はこの一撃をガードする。だが、払いのけることも防ぎきることも出来ずに

「くうううああああああああ……っ!!!」

その小柄が宙を舞う。今日、この日誰からもただの一撃ももらったことがない久遠が今、赤羽に蹴り飛ばされて受け身も取れずに畳の上を転がった。

「……やりやがった……」

誰が発したものかは分からない。だが、この流れに会場全体が大きく沸く。

「せっ!!」

赤羽の下段払い。

「技あり!!」

主審の宣言。これにより、久遠は残り30秒を切ったこの本戦で赤羽から技あり以上を奪わないと判定負けが確定する。

「……ほう、」

離れて見ていた雷龍寺も思わず言葉を漏らす。

「いるものじゃないか。あの久遠とそれほど歳の差がないにも関わらずに本気にさせられる奴が」

雷龍寺の見る先で久遠は立ち上がった。そして、ゆっくり赤羽に近付くと、目にも止まらぬ速さで下段を繰り出した。

「!?」

赤羽は何が起こったのか分からなかった。気付けば左足に尋常ではない痛みが広がっていた。

「すごいね、美咲ちゃん。ここまでやるなんて思ってなかった。だから見せてあげるよ、久遠ちゃんの最初で最後の超本気!」

再び繰り出した久遠の回し蹴り。それは赤羽の胸元に命中し、布を足でひっかける形で持ち上げて、体格で劣る久遠が右足一本で赤羽の全体重を持ち上げて真上に投げ飛ばす。その上で久遠も跳躍して空中で赤羽の左腕をがっちりと掴んで一気に肘関節をねじ曲げる。

「ぐっ!」

「馬場家秘伝・膝天秤!!」

自身の膝を赤羽の鳩尾に当てた状態で着地。その衝撃のすべてが久遠の膝を通して赤羽の鳩尾を貫いた。

「…………ぐうううっ!!!」

ゆっくりと赤羽が崩れ落ち、久遠が下段払いをする。

「技あり!技あり相殺!!」

久遠は立ち上がり、赤羽は腹を押さえたまま痙攣している。

「……馬場家は末妹だろうとやばいな」

甲斐がつぶやく。

「それより赤羽ちゃん、大丈夫なの!?」

「二人分の体重を鳩尾に打ち込まれてるんだぞ……!?下手すると死ぬぞ!?」

「……完全に直撃を受けていたらな」

「……え、」

「……久遠の膝よりも先にあの子の足が着地していた。見た目ほどダメージはないはずだ」

「ってことは……」

視線が再び赤羽の方へと向かう。既に久遠は油断しているのか、視線を赤羽から外す。逆に主審が赤羽へと歩み寄る。

「立てるか?やれるか?」

「……はい」

主審の声に応えて赤羽が立ち上がる。

「まだやるんだ。楽になっちゃった方がいいんじゃない?」

「……」

ふらふらしながら赤羽が久遠へと向かっていく。手が届く範囲まで来ると再び握手をするように手をさしのべる。久遠がその手を払った瞬間。

「……え」

払った手を赤羽が掴み、直後空いた久遠の脇腹に赤羽が回し蹴りを打ち込む。しかも一度ではない。払われるまで4発たたき込んだ。

「くっ、」

距離をとる久遠。しかし赤羽は同じだけ距離を縮める。拳を握りしめたまま。

「……確か青龍……!?」

久遠が構える。赤羽の上半身に集中し、そして繰り出されたのは赤羽の下段前蹴りだった。

「くっ!!」

視線を合わせたままで放たれた赤羽の右の下段前蹴りは久遠の下腹部に命中。金的のギリギリ上と言うラインで直撃を受けて久遠が後ずさる。

「……っ!!!」

「!」

その直後だ。久遠がまるで抜刀でもするように半身を切った。しかし右利きの久遠とは逆の、左腰から抜くかのような構え。

何の技だと甲斐が問おうとした瞬間に

「虎徹絶刀征!!!」

気付けば久遠の右足が赤羽の左足に打ち込まれていた。その足は今赤羽の軸足となっていて、赤羽の体重の大半を支えていた。その足を久遠は一撃でなぎ払い、赤羽の体を再び宙に舞わせた。

そこで、アラームが鳴り響き、本戦が終了する。

「……そこまでっ!!」

「……あらら。ちょっと遅かったか」

久遠が下がる。一方でしりもちついた赤羽は青ざめていた。左足の感覚がないのだ。

「……あの子、まさか今ので左足が折れたのか……?」

「……ううん、折れてはなさそうだけど……」

甲斐と最首が心配する中、主審が試合続行できるかを確認する。ちなみに判定は引き分け。そのため赤羽が試合続行可能であれば延長戦が開始される。

「……やれます」

立ち上がった赤羽。ふらふらこそしていないが足取りが妙だ。

「やめておいた方がいいと思うよ美咲ちゃん。今のでもうその足、ろくに動かせないんじゃないの?」

「……やれますよ。あと久遠。ずっと思ってましたけど」

「何?」

「試合中に私語は慎んでください。こんな形で反則勝ちなんて嫌です」

「……まだ勝つつもりなんだ」

インターバルが終わり、延長戦が開始される。

久遠は不動立ちのまま。赤羽がゆっくりと距離を縮めていく。手が届く距離にまで近付くと放ったのはパンチラッシュだ。

苦手というわけではないが得意というほどでもないパンチでは久遠には届かずすべてが制空圏で弾かれてしまう。そして見つけた間隙に久遠は赤羽の右足へと下段回し蹴りを集中。

「くっ、」

「足が使えない振りして不意打ちをって戦法はもう使わせないからね」

赤羽のパンチを自身の両手で弾きながらひたすら赤羽の右足へと攻撃を続ける。

「……これが本当に交流大会かよ」

斎藤が苦笑する。実際ここまでレベルが高いのは清武会レベルだろう。勝っても負けても二人揃って清武会に参加できるレベルなのは間違いない。ただ唯一、この試合で無事に済まないという例外を除けば……。

「っ、」

赤羽の手が止まる。感覚がない左足、ずっと蹴られまくって激痛の右足。ずっと弾かれまくってて両手も既にボロボロ。フェイントどころか通常の攻撃すら危うい。実際主審はいつ止めるべきかと考えている頃だろう。

「……ねえ、廉君。赤羽ちゃんって全身があれじゃなかったっけ?何で痛覚発生してるの?」

「……こっちの右足は痛覚切られているが彼女の場合全身だから疑似的なものでも痛覚が用意されてるんじゃないのか?」

「……そうなんだ」

会話の二人。やがて久遠が動き出した。しかも取った構えは先ほどと同じ抜刀するかのような構えだ。

「……またあのバカ強い回し蹴りが来るのか……!」

斎藤が戦慄。観客もざわめく。

「これで終わりにしてあげる」

久遠が小さく笑う。赤羽は唾を飲み込み、構えを解いた。

「諦めちゃったの?」

「……待ちかまえているのです。あなたの虎徹を」

「……へえ、久遠ちゃんの虎徹絶刀征をどうにかできると思ってるんだ。それともまたカウンター狙い?そんなこと出来る訳ないと思うけどね」

口を閉じ、集中を開始する。そして、

「虎徹絶刀征!!」

放たれた神速の一撃。甲斐でさえもギリギリで反応できる速度の一撃。対して赤羽は体勢を低くして左腕と上半身全体でその一撃を受け止めた。あまりの衝撃に受け止めた赤羽の胴着が破れてチェストガードに亀裂が走る。さらには赤羽の左腕の人工義手にすら亀裂が走っていき、金属片が足下に散らばる。が、

「……防ぎきった……!?」

それ以上の破壊はなく、久遠の勢いもなくなった。そして、

「白虎絶刀征!!」

「え!?」

赤羽は右足を軸足にして独楽のようにその場で回転。感覚のない鈍器と化した左足で久遠の軸足となっている左足を穿つ。

「っ!!」

軸足を攻撃されて転倒する久遠。対して赤羽は下段払い。

「技あり!!」

主審の応答。ざわめく観客。しかしそれはこの結果による物だけではない。ガードした赤羽の左腕からこぼれ落ちる金属片に着目していた。

「……まずいかもしれないな」

各道場の代表3人が少し表情を変える。

「……私の改造では赤羽美咲のボディはダメージを追うほどに硬質化していくようにしてある。全身義体とは言え生身の部分は残してあるのだろう?」

「だからこそ逆に言えば金属部分にダメージがあると危険なのだ」

「宇宙空間で宇宙服が損傷したようなもの。或いは内臓補助の機械を入れている者のその機械が壊れたようなものか」

「……試合はもう終わりのようだ」

大倉が立ち上がった。コートへと歩み寄れば自然とギャラリーが道をあける。

「……会長……」

主審が気付き、甲斐達が視線を向ける。

「……」

大倉がコート内の状況を見た。左腕の金属片をこぼし、左足の感覚を失いながらも不動立ちのままこちらを見やる赤羽。対して久遠は両足を負傷したのか立ち上がろうとしても立てない状態だ。

「そこまで!!勝者は赤羽美咲!よって本大会の優勝者は大倉道場の赤羽美咲とする!!」

大倉の宣言により沸く会場。

「……あ~あ、負けちゃった」

畳の上で大文字に寝そべる久遠。ヘッドギアを外して赤羽に笑顔を見せる。

「楽しかったよ、美咲ちゃん」

「……私もです、久遠。また一緒に……」」

しかし言葉は続かなかった。赤羽がその場で倒れたのだ。あわてて甲斐と最首、斎藤が駆け寄り、大倉が赤羽を抱き上げる。

「特別救護班!担架を!ラァールシャッハも追随を!!」

「……はいはい」

三船所長が両手をあげながら立ち上がる。代わりに伏見提督がマイクを持つ。

「これより閉会式を始める!赤羽美咲と馬場久遠寺以外の選手は整列を!」



5時間後。午後8時。病室。久遠の容態は決して重くない。幸い骨折もなく、当日のみの入院で事足りそうだった。それを聞いて胸をなで下ろす甲斐。小さく笑いながらその肩をたたく雷龍寺。

対して赤羽の方は左手足の義体に無視できない損傷が見られていて手術と再改造が必要となってしまった。つまり、大倉機関だけでなく三船研究所の力も必要となる。そこに不安を感じながらも甲斐達は赤羽の病室を訪れる。

「……あまり見ないでください」

病室にいた赤羽は左手足が切除されていた。断面には包帯が巻かれていてその先端にはよくわからないタコみたいな機械がくっついていた。

「……不安はあるかもしれない。俺も不安だ。……何の励ましになるかも分からないが今日の試合、よかったぞ。……赤羽」

「……ありがとうございます。甲斐さん」

大倉と三船所長に会釈をしてから甲斐達は病院を後にした。



スタッフの車で学生寮に戻った甲斐。時間は既に10時過ぎ。とっくに食堂は閉まっているだろう。そのためコンビニで弁当を買ってきた。

「……穂南?」

ノックをする。だが、返事はない。しかしドアの向こうに人の気配はある。

「……さてはまた矢尻後輩とやってるのか?こっちは大変だったってのに。入るぞ」

ドアを開ける。まず最初に得た違和感はカーテンの仕切がなくなっていたことだった。

「……え」

そして次に、見慣れない大男が部屋にはいた。

「あなたが甲斐先輩か?」

「……お前は?」

「中等部3年の権現堂と言います。矢尻達真のルームメイトです」

「……矢尻って何だ。今そっちの部屋にいるのか。それでお前は追い出されたってわけか」

「……」

甲斐の軽い口調に権現堂は応えない。気にせず甲斐はベッドについて弁当を食べ始める。

「先輩」

「何だ?」

「……単刀直入に言います」

「ああ」

「……穂南蒼穹先輩が……お亡くなりになりました」

「…………は?」

甲斐はすべての感覚を失った。





・校門前。甲斐はそこに佇んでいた。待ちかまえる相手はただ一人。

「……」

それを待ちかまえながら甲斐は追憶を始めた。

普通の小学校を卒業してから甲斐はそれまで自分を引き取ってくれた家を離れて全寮制のこの学園にやってきた。会いたい人もいたから。

幸い空手を続けられる距離だったこともあって甲斐としては特に引っ越しに関しては特に不都合はなかった。ただ、ルームメイトがいない独りだけの世界は少し寂しかった。帰ってきても誰もいない夜というのはそれだけでトラウマに強く響く。たまに斎藤やほかの友達の部屋に泊まることもあったがいつもそうという訳には行かない。だから孤独な夜を、眠れない夜を過ごす事も多かった。

「……やっぱり家にいた方がよかったかな?」

「……来年を待とうよ。きっと今年だけ奇数なんだよ」

「……けど、」

「ほら、頑張れ。男の子」

毎晩のように励まされたり慰められていた。畳の上からは想像もできない程弱気だった。孤独と強さが比例するのかこの頃の甲斐は負けなし超有望の選手だった。この頃にはカルビ大会にも出場していて早龍寺にも勝利するなど、より上のランクの選手である雷龍寺や剛人からも密かに注目されていた。

そんな中で2年生になった。高3勢が卒業して代わりに新入生が入る。これで男子が偶数になれば甲斐にもルームメイトが出来る。そうなれば少しはこの孤独もなくなるのではないかと思った。だが、実際には運悪くまた男子で一人だけ余ってしまった。のだが、

「……女子?」

何故か女子が一人余ったとかで甲斐と同室になった。もちろん職員室の会議などでも何度も話し合われたが、相手方の方が問題ないと言うことで試験的に一ヶ月だけ同室生活が行われた。

同じ部屋に住む女子の名前は穂南蒼穹。クールというか自堕落というか何を考えているのか分からない女だった。5月という時期に転校して来るというのは確かに妙な点だが、この学校自体が親がいなかったりいなくなったり、家庭環境最悪だったりとそう言う子供達を積極的に集めているためあまり気にはしない。

「……何かルールとかある?」

最初に蒼穹から話しかけられたのはこういう感じだった。

「……え?」

「一緒に住む上でのルール」

「……俺は毎日空手の稽古があるから帰りは遅いと思う。でも、出来れば起きていてほしい。……ただいまって言える人とおかえりって言ってくれる人がほしいんだ」

「……分かった」

それから安眠できる日が増えた。

「最近調子いいみたいだね」

「……まあね」

「でもどうせ男女同室でいいって言うなら僕が一緒ならよかったのに。蒼穹ちゃんにはちょっとジェラシーかな」

「……」

それから数ヶ月後にあの事件が起きる。夏の夜に消防車と救急車が出動し、学生寮近くの無人発電所に集結した。甲斐はその頃一緒だった3人と一緒に肝試しとしてその無人発電所に行き、遊んでいたのだが甲斐のミスにより一部ケーブルが破損。これにより火災発生。幸い甲斐は軽いやけど程度で済んだのだがほか3人は重傷。

「もうお前なんていいよ」

「顔も見たくない」

内二人はひどいやけどを負ったまま退学。どこかの病院で今もまだ安静にしているのだろう。

「……やらかしちゃったようね」

部屋。反省文を書かされることになった甲斐を後ろから蒼穹がくすくすと笑う。

「……笑い事じゃない。俺は大変な事をしてしまったんだ……」

「……私にどうしろって言うの」

「……そばにいてくれるだけでいいんだ。もう誰とも離れたくない……」

「……はいはい」

そう言って蒼穹は甲斐の頭をなでた。感極まった甲斐は蒼穹の胸に……ではなくトイレで吐きまくることになった。

「……いつかのお返し」

「は?何か言ったか?」

「何でもない」

蒼穹はただ便器に顔を埋める甲斐の背中を叩いてやった。

それからしばらくの間、甲斐は空手にも行かなくなってずっと部屋に閉じこもることにした。最初の内は学校にすら行かなかった。それでも蒼穹は気怠げながらもずっと同じ部屋にいた。

「だからその熱で風呂とか無理だっての」

「うるさい……あと、せめてパンツ履くまではこっち見るな……」

調子悪い時には支え合い、

「……えっと、生理の薬ってこれでいいんだっけ?」

「……廉君何してるの?」

寮前のコンビニで生理の薬を探してたところ、最首と道場以外で初めて出会い、その年の新入生だと言うことも知った。その最首に励まされていく内に徐々に空手にも復帰をはじめ、また大会にも出るようになった。

それでもまだあの炎の夜は夢に出る。

「……部屋にいてくれるのは嬉しいけどそんな1年中引きこもってたら体壊すんじゃないのか?」

そろそろ3年生になる日に甲斐は疑問を口にした。蒼穹は明らか最初は甲斐のために部屋にいてくれていたがしかし、もう甲斐が普通に稽古に出るようになってからもあまり外には出ない。

「……余計なお世話よ」

「世話くらいさせろよ。お前には感謝してるんだから」

「……感謝か」

「どうした?また薬でも買ってこようか?」

「…………いらない」

ベッドに寝そべったまま蒼穹は素っ気なく答えた。高校生になり、男女の数に変化がなかったのか甲斐と蒼穹の同居生活は続いた。2つ下に妹である穂南紅衣がいることもその頃判明した。

「妹さんいたんだな。何で教えてくれなかったんだ?」

「……ナンパでもする気?……変に気落ちされると面倒だからよ」

「……あー、なるほど。穂南って結構気遣い細かいよな」

「……うるさい、ばーか」

やがてカルビで優勝した甲斐はいよいよ全国大会に出場することになった。同じくらいから蒼穹は甲斐に隠れて妹からの紹介で知り合った達真と何度か会うようになった。最初はただ、妹の友達ないしはそう言う関係だと思って口も手も出さなかった。だからいつそんな関係になったのか。

「……これも運命って奴なのかもね」

「……運命って言葉、俺あまり好きじゃないです」

最初に関係を持った後、達真はそう答えた。

「俺、少し前に大切な人を失ってるんです。あ、でも紅衣はそう言うあれだと思ってるわけじゃないですから……!」

「……分かってるわ」

「それに、蒼穹さんだって……」

「……達真君。もしも私と紅衣のどちらかを選ばないといけなくなった時には、迷いなく紅衣を選んでね」

「……え?」

「紅衣から聞いたか分からないけど、私達の両親は最悪だった。適応障害の母親は毎日小学生だった頃の私達姉妹を何度も怒鳴ったり殴ったりしてた。父親も父親で母を相手にするのが疲れたのか帰ってこない夜もあった。私が中学生になった頃、紅衣が修学旅行に行って、母親が怪我で入院している頃ね。父親がどこかから連れてきた若い男達に私は陵辱された。その時に私は家を出たのよ。なるだけ遠いところに生きたかった。一度孤児院で世話になりもした。その時に精密検査を受けたらさ、妊娠はしてなかったんだけど代わりに子宮ガンが見つかって、その時には手術して子宮を切除したからまだ大丈夫だった。それからこの学校に来て、甲斐と一緒の生活をするようになった」

「……その事、先輩は?」

「……あいつとの生活が1年くらいした時に少しだけ。もうガンの再発はないってだけ伝えてある。……まだ内緒にしてるけど私がもう子宮がないってことは学校も知ってる。だから毎月やってる私だけの身体検査って言うのは甲斐が約束を守っているかの処女性チェックと言う訳じゃなくて私のガンに関する精密検査なのよ。……それから達真君と同じ頃に紅衣もここに入学した。両親揃って薬物に手を出していきなり自分達じゃ怖いからって紅衣に使いやがった。それで両親は一緒に逮捕。紅衣も精密検査してからの入学。一度だけだからそこまで体に影響がなかったんだけど」

「……そう、ですか」

「……ごめんね、こんな話して」

「……あの、蒼穹さん。もしかしてガンが……」

「…………うん。発見されたのが遅かった。子宮だけかと思ってたけど実は背骨に移っててね。そこからもう手遅れのレベルで全身に回ってる。きっとそんなに長くないと思う。……だから達真君。選ぶなら私じゃなくて紅衣にしてね」

それから達真がしたことは紅衣と一緒に蒼穹も出来るだけ幸せにしてあげようと、ささやかな努力を開始した。それが自分のふしだらな欲望に過ぎないことは分かっていたけどそれでも何か意味を持たせたくて……。



「……来たか」

甲斐が追憶を止めて迫る足音へと視線を向ける。その相手は達真だった。

「……」

「……」

互いに視線を交差させる。

「……穂南を看取ったのはお前だな?何か言い残していたこととかあるか?」

「……自分のことは忘れてほしいって言うのと妹のことを頼むって」

「……そうか」

甲斐は危険な勢いで達真へと歩み寄り、その襟首を掴みあげる。

「どうしてあいつは死んだんだ!?お前が着いていながら、何でだ!?」

「……それは、こっちの台詞だ!!あんたが、あんただってずっと一緒にいたのにどうして先輩のガンに気付いてあげられなかったんだ!!」

「ガンだと……やっぱりまだガンを引きずっていたのか……それともお前が……」

「俺が何したって言うんだよ!!!」

甲斐の手を払い、達真は甲斐の顔面にパンチをたたき込む。

「蒼穹さんはずっと俺のこともあんたのことも心配してた!あんたなら何とか出来たんじゃないのかよ!!そんな右足にするくらいの技術があるんならあの人をどうして救ってやらなかったんだ!!!」

怯む甲斐の胸や顔を何度も殴りつける達真。その拳は常人のそれではない。現時点で赤羽のそれを遙かに上回るものだ。それが今、怒りと悲しみのままに何度も振り下ろされている。

「夜も朝もずっと一緒にいたくせに……どうして今日という大切な日にあんたはいなかったんだ!?」

「……お前だって!!」

甲斐の反撃。放たれた拳の一撃で達真は大きく吹っ飛ばされてコンクリートの上を転がる。

「お前だって、日中俺がいない間ずっと腰を振ってたくせによく言うよなぁ!?あいつの体のことを知っていながら人の部屋で何盛ってやがったんだ!?あぁ!?」

倒れたままの達真を片手で掴みあげる。

「あいつといつから知り合いなのかは知らないが、俺より先に知ってたって言うならどうして病院とかに連れて行ってやらなかったんだ!?」

「相談しなかったとでも思ってるのか!?けど、蒼穹さんは言ったんだ!この前の精密検査の段階でもう手遅れだって!!」

「この前だと!?もっと前があっただろうが!!あいつから何をどう聞かされたのかは知らないが、結局それに乗っかって一緒になってあいつの体を虐めてただけだろうが!何二人揃って絶望ごっこなんざしてんだよ!あいつの男だって言うならたとえあいつから何を言われようとも救ってやらなきゃいけないって事も分からないのか!?」

達真を投げ飛ばし、壁にたたきつける。

「……ぐっ、もう助からないってあの人は言っていた……!助かる見込みもないって……だからあの人は今自分に出来ることだけをしたいって……!!」

「だからって、お前があいつを殺す理由になるかってんだよ!!!!」

立ち上がってきた達真の顔面を思い切り殴り飛ばす。

「ぐふっっっ!!」

吐血しながら達真が再び吹っ飛ばされて何度も足下に血とゲロを吐き出す。

「お前の方こそ、あいつが死ぬって分かってたくせに何もしてやらなかったくせに……俺を憎む権利があるって言うのか!?」

「……何もしてやらなかったのはあんたの方だろう!?」

立ち上がった達真が甲斐に詰め寄ってその顔面を殴りつける。

「いつもいつもあの人に対して素っ気なくて……あの人が最後に誰の名前を呼んだか知ってるか!?俺でも紅衣でもなくあんたなんだぞ!?ただいまが言えなくてごめんなさいって、蒼穹さんはあんたのことをずっと待っていたのに!!」

やや躊躇の後に達真は甲斐の右足に下段を打ち込む。しかし完全に義足の部分に命中したためただ達真が足を痛めただけだった。

「このっ!!このっ!!!」

痛みであがったアドレナリンを利用して達真はひたすら甲斐を殴り続ける。

「あの人と一緒に暮らしていたのはあんただろうが!!死神!!!どうしてその手であの人の寂しさを埋めてやらなかったんだよ!!!あの人が俺みたいなガキを選ぶようになるまで追いつめられるのをずっと傍で見るだけだったんだよ!!」

「その役目はお前だろうが!!」

達真の腕を掴んでそのまま達真を投げ飛ばす。

「穂南がお前にだけは心を許していた!だからお前ならあいつの寂しそうにしている顔をどうにかできると思った!けどお前は何もしなかった!!ただ欲望にかまけて腰振ってただけじゃねえかぁ!!!!」

達真の腹に拳をたたき込む。全国区ですら拳の死神と言われた男の激怒した拳を受けた達真は一気に顔を青ざめて倒れ込む。

「……このままあいつのところに……」

「……そこまでよ」

新たな声。見れば、月光の下に火咲が立っていた。

「……最上火咲……」

「……あんた達二人が争って何になると言うの?ただ怒鳴り合ってるだけじゃない。それであの女が笑ってくれると思うの?」

「……うるさい」

「あんた達二人が揃って、互いに会話もろくにしない他人任せの愚図だったからあの女は、穂南蒼穹は死んだのよ」

「うるさい!!」

「自分の近くにいた女が傷つきながら死んでいったことに耐えられない自分の弱さを八つ当たりするんじゃないわよ!!」

火咲は怒鳴り、甲斐に近付く。

「ば、バカ……お前まで死ぬぞ……」

血を吐きながら達真が火咲に手を伸ばす。

「本望よ。あの女から私はあんた達二人のことを託されたんだから。それであんた達同士で殺し合われてどっちも不本意にこの学校を去るなんて事になったら私は未来で殺されるわ」

「訳の分からないことを……」

甲斐が火咲の胸ぐらを掴みあげる。

「……赤羽美咲にあんたと同じ悲劇を味わわせるつもり?」

「何……?」

「自分がいない間にルームメイトが知人に殺される。それが自分の師匠だったら?せっかく今日名前を呼んでもらったばかりの師匠にルームメイトを殺されたらなんて思うかしら?」

「……ぐっ、」

「あんた達がすべきことは対消滅じゃないでしょうが!」

火咲は甲斐の胸ぐらを掴む。いつかの推測通りにその手に握力はほとんどない。間違いなく日常生活に支障が出るレベルだ。それでもその手で火咲は甲斐を掴んだのだ。

「協力しろだなんて言わない。でも、少なくともこうして自分に優しくしてくれた身近な男達に誰が殺し合ってほしいと思うのよ!もし、これでもまだ続けたいって言うならここから先は私が買うわ。二人揃って私が殺してあげる。不甲斐ないその様をあざ笑うまでもなくね!!」

「……」

にらみ合う甲斐と火咲。そして達真。やがて、甲斐が拳を握った時だ。

「……血なまぐさいことしかできないんですか?あなた達は」

「……!」

新たな声が生まれた。少女の声だ。火咲はその姿を見ると、何故か急に頭痛に襲われた。目眩をしながら見たその姿は自身と同い年くらいの少女だった。こんな夜中に外を出歩いて大丈夫なのかと心配になる白いワンピースの少女。

「……どうしてここに……」

甲斐の表情は間違いなく先ほどまでのそれとは別の色となっていた。

「……」

少女は何も答えない。代わりに火咲の方をじっくりと見る。

「……あなたは違うみたいですね」

「何の話よ」

「知らないなら知らないでいいんですよ。そっちの方が私にとっては好都合です」

「……」

甲斐が少女の方へと向かう。

「どうしてここにいると聞いているんだ」

「視察。それと今日はあなたが荒れそうだったので」

「……まるで今日何が起こるか知ってるって感じだな。まさかとは思うが穂南蒼穹の関係者か?」

その名前を聞いて達真と火咲がややうつむく。

「……まあ、名前だけなら知っていますよ。と言うか昔一緒に会いましたよね?」

「……そんな昔のことはもう覚えてない」

「だからあなたはまた悲劇を起こすのですか?」

「起こしたのはお前だろう!?」

「……お前?」

「……う、」

少女の表情が変わり、甲斐が後ずさる。それを見てから少女は続ける。

「その足の事も聞いていますよ。心配されたくないからって家族にも黙っておくだなんてね」

「……家族?」

ここで達真が初めて口を挟む。

「あんた、さっきから一体誰なんだ?」

「……私の名前は、」

「必要ないことだ。……矢尻、葬式とかはいつやるんだ?」

「……明日。ごく一部の関係者だけで行うって言ってました」

「その中にうちらは入ってるのか?」

「もちろんです。俺と死神先輩と、赤羽美咲。そして何故かそこの最上火咲にも」

「…………」

火咲は視線をかわす。

「……なら今日は早く寝ないといけませんね。一人で寝られますか?何なら私が一緒に寝てもいいんですよ?」

「……余計なお世話だ。矢尻、もういっこ確認だが、穂南の死因はガンなんだな?」

「……はい。心臓、膵臓に回りきっていた末期ガンです。今日のお昼頃俺と権現堂と紅衣とで看取りました」

「……そうか。…………感謝する」

それだけ言って甲斐は一度少女を一瞥してから寮へと戻る。すれ違い様に一度達真の肩を軽く叩いた。

「……どうして最初からそれが出来ないんですかね」

少女がため息をつく。

「……ねえあんた、どこかで会ったことないかしら?もしかして三船の……」

「私は大倉でも伏見でも三船でもありません。そしてあなたとは初対面ですよ、最上火咲さん」

それだけ言って少女は去っていった。

「……あんたもさっさと帰って寝たらどう?あのでかいのが待ってるわよ」

「……お前、死神先輩と何かあるのか?蒼穹さんともいつの間に……」

「……別に。何もないわよ」

軽く手を振ってから火咲もその場を後にした。

「……あの先輩とは逆に今日は一人になりたいんだけどな」

達真は脱力してその場に横たわる。楽になればなるほどに全身を激痛が襲う。

「……死神め、本気で殴りやがって……殺す気か」

幸い骨折や内臓の損傷はない。口の中をかなり切ってるだけだ。

「……あの時ももしかしたらこんなに綺麗な夜空だったのかもな」

春の夜空を見上げる達真。

「……蒼穹さん……陽翼……」

そしてそのまま目を閉じた。


翌日。寮の一室で小さな葬式が開かれた。職員を除けば参列者は甲斐、最首、紅衣、達真だけだった。

入院中の赤羽はともかく火咲が来なかったのはまあまあ予想はしていた。

紅衣はある意味現在唯一の家族を失ったからか丸一日以上泣きっぱなしだった。そんなに面識があるわけではないが最首が一生懸命宥めている。残された甲斐と達真は無言のまま手を合わせた。遺影には二人が見たことのない、今よりやや幼い頃の笑顔があった。

暗い雰囲気のまま蒼穹の荷物整理が行われた。多くは紅衣が回収したが、やはり処分してしまうものも多かった。そんな中甲斐に残されたのは、何年か前に一度だけ誕生日にプレゼントした時計だった。寝坊しがちな蒼穹のために買ってやったものだ。蒼穹のベッドにはスマホとこの時計だけがいつも置かれていた。もう、この時計が彼女を起こすことはない。

「……僕といられて誰が幸せなんだよ……」

甲斐はその時計を抱きしめたまま一人きりの部屋で眠りに落ちた。



懐かしい感覚。何も考えずに勝手に手足が動く。しかし心のどこかで頭の何かがこれを全力で拒絶している。ならばこれは夢なのだろう。

「……甲斐、起きなさい。遅れるわよ」

「……あ、ああ。今起きる」

「昨日も夜遅かったからそうなるのよ」

「……そう言う穂南は完全に健康体なんだな」

「手術受けたからね。もう、いつの話をしているのよ」

「……いや、こんな未来もあったらよかったなって」

いつも通りの朝。蒼穹が珍しく外行きの私服姿だ。年に数度も見れるか怪しいワンピース。

「…………そう」

「なあ、穂南。お前はこの5年間どうだった?せっかくつらい境遇から逃げてこられた先がここでよかったのか?」

「……あんた何か勘違いしてない?男子からは変な目でしか見られないし、女子からもあまりいい関係を築けなかった私が5年間も一緒にいたのはあんただけよ。……悪くなかったわ。最期にあんたがいなかったのはいいような悪いような気もするけどね」

「……穂南……」

「甲斐、もうあなたの過去になってしまう私が言うのもなんだけど、後悔は過去からしか来ないくせにやり直しが効かないものよ。でも、終わってないものならまだ過去じゃない。もう、私のような無念は残さないでね」

「穂南……」

甲斐は手を伸ばす。しかし、それは蒼穹に届かなかった。

「……穂南」

気付けば甲斐は元の一人きりの部屋にいた。夢から覚めたようだった。

「……今頃は矢尻の奴も同じ夢を見てるのかもな」

頭をかきながら甲斐はスマホを手に取る。最首や赤羽からのメールがある。そして、

「……穂南蒼穹」

気付かなかったが時間差でメールが送られてきていた。

「一度言ってみたかったのよ。あんたがこのメールを見る時、私はもうこの世にいないでしょう。……いたならただの冗談って事で」

そんな文面だった。

「……何やってるんだか」

よく見たら空白エンターで下の方に続きがあった。

「三咲さんにまた会えますように」

「……」

悪い冗談なら本当にそれでよかった。けど、もっといい未来のために。

「……少しは頑張ってみるか。後悔しないためにも」

甲斐は急いで最首や赤羽からのメールに返信した。そして、今朝から無視していたそのメールにも手を伸ばした。

「4月からお世話になります」

「……」

1つの現在が過去となり、そして今過去から新たな火種が再び舞合う。

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