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零式暫界  作者: 黒主零
1.紅蓮の煌星(フレイムスター)
3/9

第1話:死神と少女2

・1月22日。月曜日。金曜日の夜に帰ってきた他の同級生達。

「意外と大丈夫そうだな」

「そうでもない。この前は最首に完敗したわけだしな」

「まるで私が型落ちしてるみたい」

登校日。甲斐、斎藤、最首が揃ってこの一週間あったことを伝える。斎藤達修学旅行組はせっかくの京都観光だったのだが終始土砂降りだったせいでろくに観光も出来ずに旅館で歴史の授業やってたらしい。通りで甲斐の方に誰からもひっきりなしにメールや電話が掛かってきていたのか。

「で、甲斐。歩いている分は問題なさそうだけど。その足だと何が出来ないんだ?」

「階段が厳しいな。ちょっとした段差なら問題ないんだが。あと意外と正座が出来なかった」

「宇治先生のところに土曜日行ったんだろ?なんて?」

「…………想定していた激しい運動の解釈違いが起きた」

「は?」

「宇治先生としては普通の学校生活程度を想定していたそうなんだが、こっちはこの一週間退院してから毎日稽古してたし、ランニングにも行っていたんだ。6キロも体重が落ちたから少しでも体力を取り戻そうとしていたんだけど、」

「……怒られたのか」

「……ああ。義足になってから一週間くらい大人しく出来ないのかってものっそい怒られた」

甲斐が、遠い目をする。

「おかげで今度は今月末まで大人しくしていないといけなくなった。稽古もまあ、指導だけならいいけど自分は動くなって」

「まあ、仕方ないな。けど最首がいるし俺もいる。その赤羽って子の稽古は俺達に任せればいい」

「いや、そうもいかない」

「赤羽さんは何故か知らないけど可能な限り接する人を少なくしたいらしいよ。基本的に私か廉君くらいとしか会おうとしないの。私も実力とか年齢とかが一緒くらいの後輩連れて行こうと思ったんだけどね」

「……コミュ障なのか?」

「そう言うわけではなさそうだが。何か事情があるっぽいな」

「どっちにせよ無理強いは出来ないし、大倉会長が直接管理してるっぽいから私達に出来ることは指示に従うことだけだよ」

「ふぅん。……けど赤羽ってどこかで聞いたことがあるような」

斎藤がスマホを見る。

「何してるんだ?」

「いや、前現役だった頃には対戦相手の情報を記録していたんだが。前に赤羽って名前の奴と戦ったことがあるような気がしてな」

「……赤羽って赤羽美咲か?」

「いや、女子ではなかったと思う」

「……ってことは兄……」

「そう言えばあの道場。お風呂に二人分のリンスとかあったよ」

「ってことは赤羽と誰かがあの道場に住んでるのか?」

「でも、リンスはどっちも女性用だったよ?まあ、男の人でもロン毛でおしゃれに気を遣ってるなら使うのかも知れないけど」

「……謎だな」

話している内に校門をくぐり、昇降口に到達した。

「じゃ、また後で」

「ああ」

そこで最首とは別れて甲斐と斎藤は自分達の教室を目指す。いろいろな生徒がいるこの学校ではバリアフリーが充実しており、エレベーターやエスカレーターも存在している。今までは運動のためにとそれでも階段を使っていたのだが散々注意された後と言うこともあって甲斐は素直にエスカレーターに乗って教室を目指すことにした。

「ちなみに、元通りにとまでは行かずとも階段とか正座とかが出来るようにはなるのか?」

「先生が言うには一応可能らしい。それでも最低でも今月中は運動禁止になったけどな」

「じゃあエスカレーターは今だけだな」

「斎藤は別に毎日使っててもいいんだぞ?」

「高校生でいる間は階段でいいや」

3階に到達して教室に向かおうとすると、

「あ、甲斐くん」

右手のエレベーターが開いて一人の生徒が出てきた。

「……逢坂」

「よう、おはようさん逢坂」

「斎藤君もおはよう」

電動車椅子で近寄ってきた生徒。逢坂泉。中学時代の事故で下半身不随となり、下半身丸ごと人工義体化。ちなみにそれ以前の記憶を失っているせいもあって自分でも性別がどっちなのか分からない状態とのこと。

「甲斐くんも義体化したんだって?」

「右足だけな。お前ほどつらくはない」

「僕はもう慣れたから」

「……逢坂、車椅子なしで立てるか?」

「少しの間だけならね。トイレの時とかに車椅子から便器に移る際には自力で出来るよ」

「どれくらいで出来るようになった?」

「う~ん、僕の場合そもそも下半身全部を義体にしたし。今ほど技術が進んでなかったから2、3ヶ月くらいは掛かったかも。義体化に関しては僕の方が先輩だから何か分からないことがあったら聞いてね。甲斐くんの力になれれば嬉しいから」

「ああ、よろしく頼む」

この学校で数少ない寮ではなく自宅から通っている生徒。中学時代からの編入。そして下半身丸ごと義体化でかつ性別不明。いろいろな経緯を持つここの生徒の中でもトップクラスに特殊な存在なのは間違いないだろう。それでも甲斐はどこか逢坂を苦手としていた。過去がなく性別も不明。そんな宙ぶらりんな状態であるのにその状態に不満を持とうとしないその前向きさがどうにも不気味に思えて仕方がないのだ。しかも明らか自分に対して信頼が過ぎている。寮で唯一の男女同室を任されたほど妙に信頼度が高い甲斐。別に多くの生徒は甲斐を全肯定しているわけではない。それでも自分よりかは、と言う理由で甲斐を推している。それだけでも多少の息苦しさを感じているのにこの逢坂泉はもはや宗教的なレベルで甲斐を慕っているのだ。

最初の出会いは3年前。逢坂が転校してきた頃。運悪くエレベーターが故障している際に立ち往生していた逢坂をエスカレーターに乗せてやったのがきっかけだ。それ以来結構な頻度で遭遇しては他愛ない会話をされている。

自分の苦手な奴に慕われる事ほど落ち着かないこともないと甲斐はあまり近づかないようにしていたのだがこの足ではそれも出来そうになく、しばらくの間は諦めるしかなさそうだった。



教室。せっかくの京都旅行を雨の中のつまらない授業で過ごすことになった生徒達のストレス解消は甲斐との会話だった。別に甲斐と話すことがストレス解消になるわけではない。ただあの場にいなかった生徒に愚痴りたいって言うのと甲斐の方で起きた変化を聞きたいという野次馬的なものの2種類があるおかげだ。

男子はもちろん女子の方も甲斐に詰めかけている。

「……もう一人いると思うんだが」

甲斐は離れた席にいる蒼穹を見る。

「……」

目が合った瞬間にそらされた。逢坂の後ではこのツララっぷりが心地よかった。別にマゾではない。

「甲斐甲斐」

「なんだよ」

話しかけてきたのは鷹栖。クラスメイトでムードメイカーでしかし女子からの評価はそんなに高くない。

「女子の私服写真。買ってみないか?」

と、スマホの画像フォルダを見せてきた。

「お前なぁ……」

まあ、風呂を覗いて盗撮したとか下着を盗撮したとかそう言う犯罪レベルでないだけマシかも知れないがそもそも全生徒の9割以上が寮住まいで休日どころか平日でも食堂や男女共同エリアなどでいくらでも私服が見れる環境なのだからあまり需要があるとは思えなかった。

「分かってないなぁ甲斐は。……好きな相手の私服だけを狙って手に入れられるんだぞ?」

「何お前全女子生徒の私服データでも揃ってんの?」

「だとしたら?誰を所望する?ちびっ子ドジデレ委員長の岡部か?巨乳図書委員の風間か?斎藤絹恵絹子の双子姉妹にするか?」

ちなみに斎藤新とは関係ない。この関係でこのクラスに斎藤が3人いることになるが男子の斎藤、双子の斎藤もしくは姉の方の斎藤ないしは妹の方の斎藤で通じるので問題ない。

「……フォルダに男子用ってあるんだが女子用もあるのか?」

「え、お前ホモだったの?うわあ、空手やってるとそう言う……」

「偏見過ぎるわ」

「ギブ!ギブ!右手が左手になっちまう!!」

「……ちなみに僕って入ってるの?」

逢坂が何故か入ってきた。

「い、一応男子用にも女子用にも入ってるし。逢坂はどっちを利用してもいいぞ?」

「……盗撮する代わりに盗撮した写真の中から好みなものを自由に選べるスタイルなんだ」

「盗撮の時点でアウトだがな」

「盗撮?」

その単語に反応したのか風紀委員の渡辺みのりがやってきた。

「ほほうほうほう、鷹栖君や。随分なものを持っていますね」

「お、おう。渡辺も選ぶか?」

「滝のような汗がすごいぞ鷹栖」

とりあえずその場を離れる甲斐と逢坂。数秒後に鷹栖の悲鳴が聞こえてきた。……鷹栖に逢坂にみのり、ついでにさっきの委員長は岡部亜美と言うがどこかの虎龍メインキャラっぽいのは偶然だ。鷹栖はこのような変態だし。逢坂はツンデレでもない素直な性別不明。みのりは風紀委員だし。亜美は読モをやっていない。まあ、よくネタにはされる4人組である。

「そろそろホームルーム始めるぞ」

担任の御坂がやってくる。

「甲斐。足は大丈夫か?」

「はい。激しい運動は無理ですけど日常生活にはそんなに問題ありません」

「そうか。何かあったら他のものを頼るように」

そして一週間ぶりの高校生活が始まった。とは言え、高2の1月だ。2月の学年末テストもあればそろそろ進路を決めないといけない。本来なら修学旅行が始まる前に進路予定を出さないといけなかったのだがいろいろあって甲斐はまだ提出していない。全国で優勝ないしは準優勝にでもなればまだ大倉道場のスタッフを希望するという手段もあったのだが負けてしまった上にこの足では厳しいだろう。赤羽の稽古を通じて指導員としての経験を認められれば加藤師範より任される可能性もある。実際平日はスタッフ不足で悩まされてるらしいし。

「ってわけで放課後の生徒指導室だ。そろそろ進路を決めてもらわないとな」

御坂と何故か牧島までいる。二人の担任に挟まれた甲斐。

「あの、稽古があるので出来れば早めに帰してくれたらと思うんですけど」

「進路予定表を提出すればすぐにでも帰すぞ」

「いろいろあったのは分かるが出すものは出さないとな」

「……いつからヤクザになったんですか」

「土日お前の送迎をして、その後病院にお前の荷物を届けてやった恩人をヤクザ呼ばわりとはな」

「……牧島先生が荷物を取ってきてくれたんですか?」

「いや、穂南姉と矢尻って中等部の生徒だ」

「……矢尻……」

可能性としてはあったが本当に矢尻が蒼穹と協力して甲斐の着替えなどを用意してくれたのか。

「それよりもそろそろ提出してほしい。進学か就職か。別にただの希望だから書いたとおりに進まないといけない訳じゃない。もうスポーツ推薦で大学に行くのは難しいかも知れないが普通の大学に行くのもいいし就職したっていいし。……実際遅くとも明日の昼までに提出してもらわないと困る」

「……じゃあ進学で」

実際二択で可能性が低いのは進学の方だろう。少なくとも自分から進学を選ぶつもりはない。それでも一応他の生徒と同じような、比較的多そうな大学進学という選択肢を選んでおこうと、甲斐はお茶を濁すのだった。



「遅くなった」

いつもより10分ほど遅れて甲斐は道場に到着した。今日は最首は来れないらしいため甲斐と赤羽のマンツーマンだった。

「いえ。厳格に時間を定めているわけではないので」

赤羽は最首から言い渡されていたメニューを先にこなしていた。女子らしく瞬発力とスピードを強化するメニュー。そこに甲斐は何も文句を付けられまい。

「それより今日は制服なんですね」

「あ、ああ。ちょっと学校で遅くなったから。リビング借りてもいいか?胴着に着替えてくる」

「分かりました。メニュー続けています」

反復横飛びを続ける赤羽を背に甲斐はリビングに入る。思えば初日に赤羽の着替えを覗いてしまった時以来初めてリビングに入る。

「……」

つい見渡してしまう。リビングと言いながらテレビもエアコンもない。しかし、何人分かの食器が棚に収納されている。掃除も行き届いているようだし。最首が言ったようにここには誰かが住んでいることはほぼ間違いないようだ。

1分と掛からずに着替えた甲斐がリビングを物色する。

「……」

冷蔵庫を開けてみた。めっちゃ普通に日用品が入ってた。

「……これ隠す気ないだろ」

誰か住んでいるのは確実で赤羽が住んでいる可能性は非常に高い。普通に考えたら親だろう。見たことがないのは仕事にでているからだろうか。

「……稽古に戻るか」

冷蔵庫を閉じてリビングを後にしようとした時。窓の外に目がいった。風に乗ってぴらぴらとパンツらしきものが落ちてくるのが見えたからだ。

「……あれは」

振り向き、窓を開けてとろうとした時。

「……何やってるんですか」

後ろから赤羽の声。

「いや、ほら。何か落ちてきたから何かと思ってな」

「何かって……あ」

窓の外。地面に落ちていた下着を見て赤羽がすぐに玄関に走っていった。

「……あの子のか?いや、何かどこかで見覚えがあるような……」

窓の外で慌てて赤羽が下着を拾い上げてそしてまた戻ってきた。

「……見ましたか?」

「まあ。別にそんな珍しいものでもないし、下心があった訳じゃないぞ?」

「……そう言う問題じゃないと思うんですけど」

「……君、ここに住んでるの?」

「……答えたくありません」

「いや、まあ、別に問いつめたい訳じゃないからいいけど。じゃあそれ片づけてきたら稽古を始めようか」

「……押忍」

そう言って赤羽は階段を上って上の階に消えた。十中八九上には赤羽の部屋があるのだろう。確かに今まで一度も赤羽がこの道場の外に出ていなかった。スタッフの車で送られるのも自分と最首だけだ。

まあ、彼女が言うように問いつめる必要もないだろう。



・稽古が終わり、いつものようにスタッフによって車で送迎される甲斐。

「すみません。途中コンビニ寄ってもいいですか?」

「構いません。あそこのでよろしいでしょうか?」

「はい。お願いします」

いつもと違う道。一番近くにあるコンビニの駐車場に停めてもらう。切らしていたノートを購入するのが目的だ。

「あの、私が行きましょうか?」

「え?」

「胴着姿のままでは行きづらいと思いますが」

「ああ、そう言うの気にしないんで」

そして胴着姿のまま甲斐が降りてコンビニに入ろうとした時。

「おい、」

物騒に声をかけられた。驚きはしたが恐怖はなく、声がした方を向けば180センチを越えそうな長身の男がいた。筋肉質で二十歳前後くらいの外見。ほぼ間違いなく格闘技をやってそうだった。

「何か?」

「その胴着、大倉道場だな?そして甲斐と言う名前。お前が噂に聞く拳の死神って奴か?」

「……そう名乗ったことは一度もありませんがね」

「そんなことはどうでもいい。俺の用事はただ一つ。お前達大倉を潰すことだ」

「……は?」

直後だ。甲斐の顔面に男の右足の靴底がねじ込まれた。

「っ!」

「俺の名前は赤羽剛人。お前達を潰して美咲を返してもらう」

「赤羽って……赤羽美咲の兄か……!?」

鼻血を出しながら後ずさる甲斐。しかし通常よりかも半分にも満たない速度故か剛人は即座に距離を詰めるばかりか再び甲斐の顔面に靴底をねじ込む。

「ぐっ!!」

「弱いな。それで本当に拳の死神か?」

バランスを崩して倒れ掛けた甲斐の胸ぐらを掴んで甲斐を持ち上げる剛人。甲斐はその手を払うも、着地に失敗して膝を折ってしまう。そこへ容赦のない剛人の踵落としが迫り、咄嗟にガードした甲斐の両腕を軋ませる。

「こんな通り魔まがいの事をしてどうするつもりだ……!?」

「その質問に対する答えはもうしている」

立ち上がろうとした甲斐の右肩に踵をねじ込み、怯んだ甲斐を踵落としをした足で蹴り倒す。

「くっ!」

先制攻撃を受けたこともあるがしかしそれだけでここまでの劣勢は普通じゃない。赤羽美咲が初心者に近いとは言え空手の経験者である以上、赤羽剛人もまた空手の経験者で間違いない。それも、甲斐よりも格上だ。身長差がある上甲斐は今立てずにいる状況だ。そこを文字通り上から踏みにじるかのような足蹴の連続。この不利を覆すのは困難と言っていい。

一方的に叩きのめされている内にいつしかコンビニからは離れてしまっていて人目にも付きにくい。

「だからってどうしてこっちを狙うんだ!!」

「お前が美咲と一緒にいることを知っているからだ。美咲の居場所を吐いてもらおう」

「……んなことは先に言えっての!!」

何とか剛人の足を払って立ち上がった甲斐。しかし上半身はめちゃくちゃに蹴られまくっていてダメージが大きい。対して剛人は全くの無傷。

「あの子と会ってどうするつもりだ?そもそも一緒に暮らしていないのか!?」

「一緒に暮らすだと!?どの口でそんなことを!!!」

跳び蹴り。長身と何より手練れの剛人が放つその一撃は甲斐のガードの上から大きな衝撃を与え、再びコンクリートに転倒させるだけの結果を作った。

「ぐっ!」

「俺は美咲を連れ戻す。そして元通りの生活を送る」

「……だ、だからそう言うことは上に言ってくれと……」

「貴様から吐かせた方が早い!」

前蹴り。しかし、それは届かなかった。

「!?」

「いや、遠回りになったな」

剛人の放った一撃を片手で止めている男がいた。剛人ほどではないが長身で筋骨隆々。そしてその顔立ちはあの馬場早龍寺に似ていた。

「あんた……」

「馬場雷龍寺……!!」

馬場雷龍寺と呼ばれた男は剛人の足を払い、甲斐との間に割って入る。

「やっぱりあんた、馬場早龍寺の……」

「……俺にとってもお前はあまりいい印象はない。それでもこいつの横暴は無視できなかった。それだけだ」

「俺の邪魔をするつもりか馬場雷龍寺……!」

「赤羽剛人。お前との決着は畳の上でつけたい。ここは大人しく……」

「!?」

直後、雷龍寺の右手が剛人の丹田を押し掴み、片手だけでその長身を持ち上げ、

「コンクリートにキスでもしとけ」

次の瞬間には全力でコンクリートの地面に顔面から叩きつけられていた。

「……ちっ、死神!勝負は預けた!!」

鼻血を出しながらしかし全然余裕と言った態度で剛人はその場から去っていった。

それを見送ってから雷龍寺は甲斐に振り返った。

「…………助かりました」

「敬語はいい」

「……奴は?」

「赤羽剛人。お前が面倒を見ている赤羽美咲の兄で三船道場の所属だ」

「三船……」

「あいつが直接来るとは意外だったがまあ、お前の立場にはあまり関係がない」

「……赤羽美咲について聞いても?」

「答える義理も権利もない。お前は今起きたことをなかったことにして今まで通り三船のお姫様の相手をしていればいい。それが大倉会長の意志だ」

「……一体裏で何が起きている?こんなの普通じゃない」

「……」

今度は何も答えず、雷龍寺は去っていった。それとすれ違うように運転手がやってきた。

「大丈夫ですか?」

「……病院に行くほどでは」

「……それはよかった。……剛人さんについては私の口からは言えません」

「……大倉会長……に言っても無駄だな。明日彼女から聞くしかないか」

鼻血を拭ってから甲斐はコンビニに向かった。



・学生寮。穂南紅衣の部屋。

「……ふう、」

事を終わらせて達真が部屋を出て廊下を歩く。

毎回毎回そこそこ危険なハードルを越えていることは自覚しているがかと言って今更反故にするには惜しい。

「……こんな中学生いないだろうな」

苦笑しながら自分の部屋に向かう途中。窓の外に人影をみた。

「……」

少女の姿だった。普通に考えればこの寮の生徒なのだろうがしかし見覚えがない。小学生みたいな小柄な癖して胸だけは中高生にはとても見えないほど大きい。そんな特徴があれば情報くらい入ってくるだろう。つまりあれはこの寮の生徒ではないと言うことになる。

「……行ってみるか」

気になったため達真は外に出た。既に夜は7時過ぎ。1月の夜空は肌寒く、一度自分の部屋に戻ってコートを取ってくるべきだったと小さな後悔をしながら窓から見た景色へと足を踏み入れる。先程は気付かなかったが電灯が切れていた。その1つだけの暗闇にその少女は立っていた。

「……」

虚無だけを映した瞳。無気力のままに下ろされた両腕。血糊のついた右膝。足下に転がる用務員らしきのっぺらぼう。

「……お前がやったのか?」

達真が問う。ややあって少女は達真を見やると、虚無の表情のままにまるで吹っ飛ばされたかのように猛烈な勢いで距離を詰める。

「!」

放たれたのは血糊がついた右膝。達真が見慣れた空手のそれとは一線を画す殺意の塊。そう表現するしかない一撃を回避できたのは我ながら奇跡としか言いようがないだろう。

「……ムエタイか」

「……知らないわ」

着地した少女は小さく呟く。決して電灯の届かない場所からはみ出ないように。

「でも、避けられたのは初めてね」

「試してみるか?当てられるまで」

我ながら何を言っているのだろう。一発回避できたことですら実力ではないと言うのに。だが、達真は続けた。

「俺なら受け止められるかも知れないぞ?」

「……そう。じゃあ死ねば?」

前蹴り。少女が振り向きざまにはなったのはやはり空手の埒外の規模の一撃だった。前進する勢いをそのまま威力に使った単純にして破壊以外を考えていない一撃。だが、速度そのものはそこまで逸脱していない。

「っ!」

宣言通りに達真はそれを受け止めた。踝を左右から挟み込むような形で威力を殺す。

「!」

「…………これが…………」

そして威力を殺しきった彼女の足を自分の胴体に押しつける。相手が中国拳法の使い手ならともかくムエタイならゼロ距離での打撃はないだろう。ならば密着した状態が一番安全だ。

「……次」

「え、」

少女が小さくつぶやき、片足を捕まれた状態で一歩前進した。そして振るうは右肘。木こりが薪を斧で割るように真っ向上段から振り下ろす形。体格の違いから肘はまっすぐ達真の額に吸い込まれていくだろう。その軌道を見切った達真はすぐに自分の肘を彼女の肘下に潜り込ませる。

「……」

結果。彼女の肘は達真の額に刺さらず、奇跡と判断した防御を3度やってのけた。

「……私は最上火咲。あんたは?」

「……矢尻達真」

「……そう。何か言っておきたいこととかある?」

「思い切った動きだ。嫌いじゃない。……いや、むしろ美しい」

「……変な奴。でも、私にはこれしかないから愚かに拝承しておくわ」

肘をおろし、改めて達真に向き直る。見れば見るほどにアンバランスな体をしている。先程紅衣や蒼穹の体を見た関係でどうしても少女のアンバランスさに目を奪われてしまう。しかし一番気になるのはその両手。先程から一度も拳が握られていない。確かにムエタイの主武装は肘と膝。だが拳を使わないこともない。それなのに使う素振りも見せなかった。

「おかしな奴だな」

「あんただって人のこと言えないでしょ?私、人殺しよ?」

「見ず知らずの誰かなんて関係ない」

「……ふうん。でもまだ駄目。私はまだあんたに興味ないわ」

そう言って火咲は達真の目をのぞき込む。相手が相手故に接近されることに躊躇がないと言えば嘘になるがしかし達真は微動だにしなかった。

「……他の女のにおいがする。それも一人じゃない。恋人……じゃないわよね。あんたにそんな誠実さ……ううん、何か1つのものを大事にしようなんて小綺麗な価値観ないわよね。つまりただのセフレ。体だけの関係って事。……けど見捨ててしまえるほど器用でもない」

「何が言いたい?」

「私、あんたの前であんたが遊んだ女を殺すわ」

「……何のために?」

「あんたの本気が見たいから」

「……」

「あんたがひた隠しにしている何かをさらけ出したいからよ。その上であんたを殺す。……いいわ、今からそれが私の理由にするわ」

「……本当に訳が分からない奴だな」

そこで、用務員の胸ポケットに入ったスマホからBGMが流れた。電話か何かか。どちらにせよ、これ以上ここにいるのはまずい。

「……じゃあ、楽しみにしててよね」

「あ、おい!」

それだけ言うと火咲はまるでミサイルのような勢いで走り去って行ってしまった。

「…………本当に訳が分からない奴だ」

若干の苛立ちと期待を込めたつぶやきを捨てて達真もまたその場を去っていった。



・赤羽剛人にボコボコにされた翌日。

「……ん、」

何か衝撃のようなものを感じて甲斐が目を覚ます。起きあがると、制服姿の蒼穹がドアの前に立っていた。

「……は?」

「……起きたら?」

それだけ言って蒼穹は部屋を出ていった。甲斐は自分の胸元にあった時計をみる。蒼穹が投げたものだろう。で、言われたとおりに時刻を見たら

「もうこんな時間!?」

寝坊助な蒼穹でさえ一人で着替えて出て行ったのだ。甲斐は急いで制服に着替えて部屋を出ていった。

それから15分後。朝のホームルームが始まり、卒業式の祝辞を誰が読むかの決議をしている中、甲斐が現れた。クラスメイトは全員笑顔だった。

「赤羽剛人……だって?」

休み時間。斎藤と最首に昨日の話をした甲斐。

「……その名前聞いたことあるな。やっぱり前に俺が戦ったことあるような気がする」

「確か三船道場の人だったよね?」

「かなり強かった。が、馬場雷龍寺に助けられた」

「馬場雷龍寺。早龍寺の兄貴か。赤羽美咲の兄貴と馬場早龍寺の兄貴の因縁か。漫画かアニメみたいな展開だな」

「本の中だけの面倒ならよかったんだがな」

「でもどうするの?大倉会長にでも抗議するの?」

「……そう簡単に会えるとは思えない。一応今日あの子に会ったら話してみようと思ってるが」

「けど、赤羽剛人は赤羽美咲を探してるんだよな。兄妹なのに一緒に住んでいない。で、兄の方が探していて妹の方は大倉で特別扱いされている。きな臭いというか妙な話だよな」

「……正直これからどんな顔してあの子に会えばいいのか分からん」

「……そう言えば、何か寮でも誰か亡くなったとかって聞いたんだけど」

「ああ、用務員の誰かだっけ?何でも鈍器のようなもので頭を潰されて死んだらしい」

「……へえ、」

甲斐は朝食をとれなかった空腹を誤魔化すためにさっきから筋トレばかりしている。

「まさかそれも赤羽剛人がやってたりしてな」

「……何の意味があるんだよ」

「っていうか鈍器なんて必要ないよね、あのクラスだと」

「……ん、」

廊下。蒼穹が教室から出てくる。

「穂南」

「……」

甲斐が呼び止めると、蒼穹は視線だけ向けてきた。

「今朝は助かった。アラーム付け忘れてたみたいだ」

「……別に。昨日のお返しよ」

「……あ~、そう言えばそんなこともあったっけかな」

「……」

「……どうかしたか?」

「別に。私妹以外の女子あまり好きじゃないから、今の生活を壊させないでよね」

それだけ言って蒼穹はどこかに去っていった。

「……どういうことだ?」

「ちょっとだけ話題にあがったらしいぜ」

斎藤が出てくる。

「お前がもしも長期入院して穂南が一人になったらどこか女子の部屋に3人住まいしようって職員室で聞いたぜ。本当ならとっくにそうした方がいいって声も出てるけど二人部屋に3人は物理的に問題があるし、どこかの優等生君なら信用できなくもないから今のままでいいんじゃないかって保守的な声がやっぱり強いみたいだ」

「……」

尤もな意見だろう。普通に考えて年頃の男女を同じ部屋で生活させることは異常だ。その点において甲斐も蒼穹も間違いなく最低限の負担を感じている。しかし逆にもう慣れてしまった感が強い。甲斐としても稽古から帰って仏頂面の蒼穹が待っていないと不安になるし、蒼穹からしてもぶすっとしていながらもどこか既に生活の一部に甲斐の存在を含めてくれているということだろう。

「しかしリアルツンデレを見ることになるとはな。お前よく穂南に手を出さずに数年持ってるよ」

「……俺だって何も感じない訳じゃない。けど、せっかくこんな奇跡みたいな状況になってるんだ。それを一時の過ちで崩すなんてこともう二度と起こしたくない」

「……そうか。けどあまり穂南を心配させるなよ」

「心配?」

「この学校に入ってるってことは皆何かしらの事情を抱えている。穂南だってそうなんだろう。どんな事情抱えているか知らないが穂南がお前との同室を何年も許してる以上お前のことももうどうでもいい存在じゃないと思う。そんな奴がついこないだ手術が必要なほどの大けがをして突然帰って来れなくなって、そして昨日はボコボコになって帰ってきたんだ。穏やかで済むとは思えないな」

「……そうかも知れないな」

「赤羽剛人のことで動きたい気持ちは分かるが赤羽美咲に尋ねるだけにしておいた方がいい。次に襲われた時も誰かに助けを求めるなりしてなるだけ危なくないようにしたらいいんじゃないか?」

「……ちょっと格好悪いけどな」

実際に自分一人で何でも出来るとは思っていない。赤羽剛人のことも赤羽美咲のこともきっと薄暗い大人の事情が関わっているのだろう。まだ高校生の自分がそれを解決なんてできるとは思っていない。だとしたら今はただ、赤羽美咲のやりたいことをさせてやって居場所を作ってやることが大事なのかも知れない。

「……分かったよ、斎藤」

「ん?」

「赤羽剛人のことは……あの子には聞かない。間違いなく事情があるのだろうけど、今はあの子の居場所を作ってやるだけでいい」

「……そうか。そうかも知れないな」

斎藤は小さく笑ってから甲斐の背を叩き、教室に戻っていった。


赤羽剛人のことをどうひた隠しにしたまま赤羽美咲との稽古を続けるかを考えながら放課後の道を歩いていると、わずかに見覚えのある車が近くに停車した。

「甲斐廉だな?」

「……あなたは?」

窓を開けて顔を見せたのは20代後半くらいの男だった。

「俺は伏見雅劉。伏見道場のもんだ」

「伏見の……」

大倉道場が連盟を結んでいる2つの道場。1つは赤羽剛人が所属している三船道場。そしてもう1つが伏見道場である。交流戦だけでなく何度か伏見の門下生とは試合をしたことがある。しかし、年齢が離れているとは言えこの車の男の顔にも名前にも覚えがない。

「大倉のスタッフには連絡を入れている。少しドライブに付き合ってくれないか?」

「……どこへ連れて行こうというのですか?」

「伏見総本山」



見慣れぬ町を進むのはあの試合の日以来だ。不安や警戒がないと言えば嘘になる。しかしスマホを見れば確かに大倉道場からのラインメールが来ていた。伏見に付き合ってほしいと。

「……伏見総本山って確か伏見道場の……」

「ああ。選ばれた奴だけがそこで特別な稽古を行う超実戦道場。あ、俺は三日でリタイアしたから」

「……」

助手席に座り、やや警戒をしながら雅劉と景色を見比べる。

「そこで俺に何を?」

「さあね。親父が君のことを呼んでるんだ」

「親父ってまさか……」

「そ。伏見提督とか呼ばれてるあの親父だよ」

「……」

伏見提督。伏見道場の師範であり、大倉会長とは幼なじみだと聞いたことがある。本職は自衛隊員でありそこから伏見提督と言うあだ名で呼ばれているとか。その伏見提督を親父と呼ぶと言うことはこの雅劉は伏見提督の息子と言うことだろう。昔聞いたことがある。大倉会長の息子も伏見提督の息子も学生時代までは空手をやっていたがいずれも父親から才能を継げなかったのか道場を継がずにサラリーマンになったと。

「別にとって食おうなんて思っちゃいないさ。あの親父は軍人やってて結構頑固だけど悪い奴じゃない。君の足のことも知ってる。大倉から引き抜こうってわけではなさそうだぜ。まあ、何の用事かは俺も聞いてないけど」

「……そうですか」

とはいえ警戒が緩めるわけではない。むしろ下手な誘拐とかよりかも緊張する。他の学校の校長に呼び出し食らうとかそう言う謎展開だ。

やがて30分ほどして車は雑木林の中を貫いていく。大丈夫かってくらい林も車も傷ついていくので心配そうに甲斐が視線を向けると、

「いいって。どっちも借り物だから」

何となくこの人に空手の才能が引き継がれなかったことが分かった気がした。

やがて雑木林を貫くこと5分。昔話にでも出てきそうな古い民家が見えた。

「……ここが伏見総本山」

「そんなご大層なもんじゃないけどな」

車から降りて二人が民家の中に入る。

「親父、甲斐の奴連れてきたぞ」

「神聖な道場で言葉には気をつけろと言ってるだろ、雅劉」

薄暗い部屋の中。初老とは思えない筋骨隆々で背筋の張った男がすぐに向かってきた。今まで何度か遠くから見たことがある、伏見提督だ。

「よく来てくれた、甲斐くん」

「いえ、押忍失礼します」

靴を脱いで上がる。ついで雅劉も靴を脱いで上がる。今まで気付かなかったが結構ごつい靴を履いていた。市販には見えない。ひょっとして雅劉は自衛隊員なのだろうか。

「それで、自分にお話とは?」

「遠山理清と言う男を知っているかな?」

「……確かこの前の全国大会で自分と一日目に戦った男かと」

「そう。その理清なのだが我が伏見道場の所属でね。君にリターンマッチをしたいと言ってきているのだ」

「……しかし、自分は」

「ああ。分かっている。翌日の試合で右足を故障したと言う話は私の耳にも届いている。彼にも話したところ、条件を変えてきた」

「それは?」

「君には弟子がいるそうだね」

「……弟子なんてとても言えませんが」

「君の教え子である赤羽美咲。そして遠山理清の弟である遠山直太朗とを試合させてほしい」

「……彼女と……ですか?」

突然の提案に甲斐は言葉を失う。赤羽美咲の存在は大倉だけでなく伏見にも何かしらの影響を及ぼしているということに驚きを隠せない。

「直太朗はまだ中学生。赤羽美咲もまだ中学生。ちょうどいいと思うのだが」

「……1つ質問があります」

「何かな?」

「彼女には何があるというのですか?大倉道場内で特別な扱いをされているだけでなく他の道場の代表であるあなたにまで注目されている。不意に指導役を任された自分には何の説明もない……!」

「……私は赤羽美咲には特別視をしていない。話題性があったのは認めるが今回の試合に関して言えばその話題性を利用しただけに過ぎない。そして赤羽美咲についてはプライバシーがある。私の口からは詳しくは語れない。そもそも和也……大倉会長が君に伝えていないのなら尚更私の口からは語れんよ」

「…………そうですか」

「……試合については大倉からも君の一存に任せると聞いている。一応日程としては2週間後、今月末の土曜日を予定している。場所はここ、伏見総本山で行う予定だ。他に何か質問とかはあるかね?」

「……遠山直太朗の階級は?」

「6級。小学校低学年から道場に通ってはいたが高学年頃からあまり顔を見せなくなった。兄に言われてから最近再開したそうだ」

「……6級」

「ほかには?」

「彼女が望まなかった場合はどうするのですか?」

「その時は中止とすればいい。君の判断に任せるよ」

「……」

「おい親父。あまり高校生いじめるなよ」

「口を慎め雅劉。そもそも既に破門された身で畳に足を踏み入れるでない」

「…………畳なんてないだろ。フローリングされてるし」

「雅劉」

「へえへえ、わぁりやしたよ」

雅劉が部屋から出ようとすると、甲斐が口を開いた。

「あの、返事はいつまでに……?」

「一週間以内に頼むよ。大倉のスタッフに言えば伝わるようになっている。いつもの稽古帰りにでも頼めばいい」

「……分かりました」

一礼し、甲斐もまた部屋を後にする。特に伏見提督との会話はそれ以上なかった。


「あんま気にすることないぜ?」

帰り道。再び雑木林を貫きながらの車内。

「赤羽美咲に興味がないってのも本当の話だ」

「……雅劉さんは彼女のことを?」

「少し耳にしただけだ。もう空手業界からは追放されているんでね。だから詳しい話は俺も知らない。親父は軍人だから女子中学生に興味なんてないって。ただ全国出場者のわがままを特別に聞いてやってるだけだ。何なら今この場で俺から断っておいてもいいぜ?」

「……一応本人に相談してみます。……あ、そうだ。稽古……」

「大倉のスタッフに連絡くらい行ってるだろ。今日は休みか遅れて少しだけってことになってる。スマホか何かで聞いてみたらどうだ?」

「……」

一応最首にメールを送ってみた。すると、自分が赤羽の稽古を対応しているとのことだった。

「……道場にお願いします」

「あいよ。……場所どこだったっけかな。一応カーナビにも登録しておいたんだが……」

慣れない手つきで雅劉がカーナビを操作した。結果20分後にキャバクラに到着した。

「……自分まだ未成年なんで」

「いやぁ、悪い悪い。苦手でさ」

それから35分後に道場に到着した。

「じゃあまた何かあったら会おうぜ」

「はい。ありがとうございました」

雅劉と別れ、甲斐は道場に入る。畳部屋に入るが誰もいない。最首と赤羽が稽古をしているはずなのだが。そう思って和室に入ったところ、

「……あ」

下着姿の最首と赤羽の姿があった。相変わらず黄緑の下着。なだらかな膨らみの最首。真っ白なショーツに最首のそれを大きく上回る立派な膨らみ。

「な、何だ。稽古はもう終わったのか」

「「いいから出てけ」」

二人揃って椅子を投げつけた。

数分後。

「……もう、高校生になってもまた裸見られるなんて……」

顔を真っ赤にしながら制服姿の最首がポカリを飲む。

「……以前にも?」

「まあ、うちの道場何年か前まで更衣室なかったから小6くらいまでは同じところで着替えてたよ……。あと中学時代の合宿の時に……」

「おっと最首そこまでだ」

最首よりも10倍以上赤く膨れ上がった顔の甲斐が制す。

「……中学時代に合宿で何をしたんですか……」

「それは言えない世界だ。それより話がある」

甲斐が制服姿の二人を前にして少しだけ頭の中を整理してから口を開いた。

「伏見道場から試合の申し出があった。相手は遠山……なんだっけ。この前全国で試合した奴の弟らしくてまだ中学生で6級」

「……私の相手ですか?」

「そうだ。2週間後の土曜日に予定されている。だが、望まないなら断ってくれても言いそうだ。正直まだ6級が相手は厳しい」

「……けど、3月の交流試合までに実戦はした方がいいですよね?」

「……乗り気なのか?」

「自分がどこまでやれるのか試したいんです」

「……」

誤算だった。てっきり断ってもいいと注釈入れておけば躊躇してくれるかと思った。伏見提督はともかく大倉道場、そして三船道場で赤羽美咲をどう見ているのかが分からない以上普通じゃない予定は入れたくない。考えすぎかも知れないが今回の予定はあからさま何か仕込まれている。昨日赤羽剛人と遭遇したばかりなのだから警戒するのは当然だろう。大倉会長がこの試合で赤羽美咲の何を狙っているのかが気になる。

「正直今回の話は奨められない。君のガッツは大事にしたいと思っているが相手も状況もよくない。……最首はどうだ?」

「え、私?」

突然話を振られて最首が勢いよく振り向いた。

「……赤羽ちゃん、この一週間で結構強くなったと思うけど流石にまだ10級が9級になった程度で6級を相手に出来るとは思えないかな。しかも小学生ならともかく中学生の男子と試合なんて分が悪すぎるよ」

「……そんなに男女で違うのですか?」

「君は今最首との組み手で強くなっている。それ自体は悪くない。最首は女子の中でもかなり上位。君が目指す理想の1つと見ていい。けどだからこそ男子中学生のパワー相手じゃ分が悪いんだ。最首の方が年も階級も上だろうし、実際に最首が遠山と戦えばほぼ間違いなく最首が勝つだろうが、単純なパワーじゃ遠山に分がある。どうしてスポーツで男女で分けるかと言えばその圧倒的なパワーの違いがあるからだ。ただのスパーリングなっらともかく正式な試合となると勝ち目がない以前に危険だ。……どうして伏見提督もこんな試合に乗り気なのか」

「そうだよね。つい昨日赤羽ちゃんのお兄さんとの件もあったのに」

「……え?」

「……………………あ」

最首の発言に空気が固まった。

「え?廉君もしかしてまだ言ってなかったの?」

「…………はぁ、そう言えばさっき最首いなかったな……はぁ……」

甲斐が深いため息をつく。

「あ、あの、どういうことですか?」

赤羽の表情が変わる。何も聞いていない様子だ。

「……赤羽剛人って君のお兄さんだよな?」

「は、はい……一応……」

「……昨日稽古の帰りに出くわしたんだよ。妹はどこだって」

「…………」

「昔斎藤が……友人の一人が赤羽剛人と試合したことがあるらしいけど三船道場の所属らしいな。ってことは妹の君も……。それがどうして大倉道場の厄介になってこんなことをしているんだ?」

「……それは……」

「ちょっと廉君、深く入り込み過ぎじゃない?」

「本当は知らぬ存ぜぬで障らぬ神に祟りなしと行きたかったけど、棚からぼた餅。聞きたいことは聞いておく」

甲斐はまっすぐと赤羽を見る。赤羽はどうしたらいいか分からないと言った感じで俯いたり目線を泳がせたりと落ち着きを失っている。まるで説教を受けている子供のように。その視線の中には甲斐の怪我も含まれていた。さっき椅子を投げつけられたものじゃない、いくつもの打撃痕。

「落ち着いて、赤羽ちゃん。廉君も怒ってるわけじゃないから。どうしても赤羽ちゃんが話したくないことなら言わなくていいから……」

宥める最首は母親のようだった。自分の失言が元だからか若干こちらも落ち着きがない。これではまるで自分が悪者のようだ。

「無理にとは言わない。俺達は君のやりたいように望むようにこれまで通り稽古を続けるつもりだ」

「…………赤羽剛人は確かに私の兄です。そして私も三船道場の出身です。でも、その、これ以上は……」

顔面蒼白。恐怖を押し殺した表情。

「……分かった。これ以上は聞かない。それで、試合の方だがどうする?最首の説明を受けてもまだ出たいと思うか?」

「……ご迷惑じゃなければ」

「……分かった。じゃあ試合には出る方向で話を進めよう。そしてそれに向けて付け焼き刃かも知れないがこの2週間少し稽古内容を変えよう」

「どうするの?」

「これまで基本稽古をベースに最首の動きをトレースすることで女子としての最適の動きを学んでもらってきたが対男子用にシフトする。具体的には筋トレをメインにしたい。男子と女子とでは筋肉の作りが違うから真っ向から戦うわけではないにせよ、筋力はあった方がいいからな」

そう言うと甲斐はスタッフを呼び、いくつか道具を用意してもらった。

「1つはサンドバッグ。普通のじゃなく重いタイプだ。2分のラッシュをするだけでもかなり筋肉がつく。もう1つは……特に名称はない。片手で持てる鞭みたいなサンドバッグだ。中には水が入ってる」

「……前者はともかく後者は何に使うんですか?」

「防御訓練だ。本来ならパンチやキックを直接浴びて耐久力を強くするのが筋なんだが俺達じゃレベルが違いすぎるからな。怪我どころじゃ済まないかも知れない。だからこれでぶん殴るから防ぐなり耐えるなりして耐久力を鍛えてくれ。……本当なら今から胴着に着替えなおしてもらって稽古を付けたいんだが流石に時間も時間だし明日からにする」

「……押忍」

それから3人で畳部屋の掃除をしてから甲斐と最首は道場を後にした。

「……ごめんね。赤羽ちゃんに黙っておくこと知らなくてつい……」

「……いや、本当なら最首にもすぐに伝えておくべきだったんだ」

車内。二人が会話する。

「あの様子だとお兄さんや三船道場との間で何かあった可能性が高いよね。多分本当に言いたくないような出来事が」

「……そうだな。そして大倉道場に保護された。本人がそれでも空手を望むから稽古をさせたい。けど、おおっぴらに普通の稽古をしていたら三船の連中特に赤羽剛人が襲ってくる可能性が高い。だからわざわざあの家で非公式にそしてこんな護衛がついてまでひっそりと稽古を行っている。……そんな感じですよね?」

甲斐が運転手に声をかけるが返事はこない。

「でも、赤羽剛人さんに関してはどうするの?廉君でも全盛期ならともかくその足じゃ……」

「昨日馬場雷龍寺が言っていた言葉を信じるなら護衛として今もどこかにいるんじゃないのか。46時中あいつ一人は無理だろうから他にも何人かトップクラスのスタッフがついているんだろう。きっとあの道場……と言うかあの子が住んでいるあの家にも」

「……聞かないって決めたけどどうしても気になるくらいスケールが大きい話だよね。でもこんな体制いつまでも続けられるわけじゃないし、どうするんだろうね」

「……或いは明確な期間が決まっているのかも知れないな。大倉の方ではなく三船の方に」

「……それって?」

「……具体例は思いつかない」

「……ふぅん」

やがて寮に到着する。運転手はいつも通りの言動で帰って行った。

「遅くなっちゃったけど食堂とかお風呂とかまだやってるかな?」

「9時過ぎか。ちょっと怪しいな」

二人は急いで食堂へと向かう。すると、

「……」

「……」

他に誰もいない食堂で達真、火咲、紅衣の3人がいた。ただし穏やかな雰囲気ではなく達真と火咲は真っ向からにらみ合っていた。

「……何やってんだあの中学生達は」

「でも穏やかな空気じゃないみたいだよ」

二人は急いで余り物のやや冷たい食事をとると、なるだけ離れたところで食事を始める。

「あんな……その、胸の大きい子なんてうちにいたか?」

「……今さっきのこと思い出さなかった?……けど、見覚えないねあの子。達真君の知り合いっぽいし中学生かな?」

「……にしては、」

「あ、また思い出してる」

「いや、まあ、それもなくはないけど……何となくあの子の顔……どこかで……」



一方。甲斐と最首の咀嚼を尻目に達真と火咲はにらみ合っていた。その中間くらいに紅衣がおろおろしている。

「紅衣、そいつに近づかない方がいい」

「あら?女の子を下の名前で呼び捨て?その子があんたの大事なセフレかしら?」

「……どうしてここにいる?」

「いたらいけない?」

火咲はフランスパンに指をつっこんで持ち上げて貪る。近くにバターがあるのにお構いなしだ。そしてコップではなく取っ手のついたコーヒーカップで水をこぼしながら飲む。

「達真君、あの子手が……?」

「……かもな」

肘と膝を武器とするムエタイを使うのも両手が使えないからと言う理由があるのかも知れない。しかしそんな弱点を見せるなどその余裕がいただけない。しかも相手は知らないかも知れないがこの空間には少なくとも達真より強い実力者が二人いる。手荒なことになったら不利なのは向こうだろう。それに甘えるような選択肢はないが。

「……」

「え、ちょっと!?」

突然紅衣が立ち上がり火咲へと歩み寄る。構える火咲に構わずフランスパンを丁寧にちぎってはバターを塗る。

「はい。これでどうかな?」

「……私のこと怖くないの?」

「何で?いろいろ不自由あるかも知れないけど困ったら言ってね」

「……じゃあ」

火咲が肘を構えた。達真が慌てて立ち上がるがそれより先に火咲の肘が紅衣の頬に迫り……

「女の子の頬は指で撫でるもんだぜ、巨乳ちゃん」

届くより先に甲斐が火咲の肘を止めていた。

「……何よあなた……」

「別に。最近物騒だからな。ちょっとそう言う気に敏感なだけだ」

「……」

甲斐を睨む火咲。すると、

「もう甲斐先輩?女の子にセクハラしちゃ駄目ですよ?」

後ろから紅衣の声がした。

「セクハラ?」

「そうですよぉ、いきなり巨乳ちゃんだなんて」

「……おふ、」

「はいそこ変態。興奮しない」

と、火咲の背後から最首が近寄ってきて甲斐の手を止める。

突然背後を奪われた火咲が警戒レベルを急上昇させた。

「あなた、お名前は?」

そして最首がまっすぐに火咲を見る。火咲と同じくらい背が低い……けど胸は比べものにならない最首。朗らかに見えてしかし一切隙がない。

「……最上火咲」

「最上さんね。私は最首遙。見ない顔だけどここの生徒?」

「……別に」

「部外者は立ち入り禁止なんだけど。紅衣ちゃんや達真君の友達にも見えないしあなたは……」

そこで最首の言葉は終わった。紅衣の目には突然手を前に出した最首の手のひらに火咲の膝が当たったように見えた。つまり超スピードで繰り出した火咲の膝蹴りを最首は片手で受け止めたのだ。

「受け止めた……」

「……最上さんこの膝蹴り素人じゃないよね?でも空手にしては鋭すぎる。テコンドー……いやムエタイかな?」

(やっぱこの人達やばいな……)

達真は冷や汗をかく。今の膝蹴りは達真でもやっと反応できたほどの速さだった。最低でも最首は達真よりも火咲よりも格上だろう。

「昨日の警備員殺害事件。あれに関わってたりとかしてないよね?」

「……だったらなんだって言うのよ……!」

肘、膝、跳び蹴り。放たれたすべてを最首は軽く回避したり受け流したりする。

「元々が戦争用の体術だったムエタイ使いの最上さんに言うのもなんだけど、武術って言うのはやりたいことのために振るうものじゃないんだよ?」

そして最首は軸足にしていた火咲の左足にローキックを叩き付け、火咲の体をルーレットのようにその場で一回転させる。

「……!」

が、直後火咲はその勢いを利用して最首の側頭部にオーバーヘッド気味の蹴りを放った。

しかし、

「はいそこまで」

その一撃は甲斐が掴んで止めた。

「っ!」

それにより火咲は宙ぶらりんの状態になる。スカートも重力に従い、下着が丸見えになるが火咲は隠そうとしない。

「オイタは駄目だぜ?」

そして甲斐は片手だけで火咲を振り回し、最首がやったそれの3倍の速度で回転して椅子に強制着席させられた。

「うううっ!!」

「手が使えなくて食べられないならお兄さんが食べさせてやろうか?その手じゃ風呂やトイレも厳しいだろう?飼育してやるから大人しく……」

「……それ以上俺の喧嘩を横取りしないでくださいよ」

甲斐の肩に達真が手を置いた。達真の方がかなり顔色が悪かった。

「……はぁ、やめだ。どうも最近調子がおかしい」

甲斐は深いため息をつくと軽く火咲と達真の頭を撫でてから食堂を後にした。

「……最上さん。次は手加減しないから」

最首もまた後かたづけをしてから去っていった。

「……なにあの二人。人間?」

「多分な。お前ここじゃ好き勝手出来ないぞ。わざわざ檻の中に来てなにをするつもりなんだ?」

「……別に何でもないわよ」

それだけ言って火咲はパンを食べてから食堂を後にした。



・ところでどうして空手では中学時点で男女分かれて稽古や試合を行うのだろうか。そう考えたこともあるだろう。その最たる原因はやはり男女での筋力差が上げられる。小学生時代まではそこまで男女に差はない。むしろ成長期が先にくる分女子の方がやや有利と言えるかも知れない。

中学生になってからは男子は身長が160を越えて当然でそれに伴い、爆発的に筋力が上がる。小6の頃と中1の頃では別人レベルで強くなる。筋力が付けばつくほど体は重くなるがそれ故にどんどん筋力が上がっていくというインフレに、それほど筋肉がつきにくい女子が付いていけるはずがない。かといって女子も女子で無抵抗というわけではない。女子側にはチェストガードと呼ばれる鉄製のスポブラみたいなのが与えられて胸に巻くのだがそのせいで鳩尾と言った弱点への攻撃が当たらなくなる。かつその重りに慣らして試合が出来るようにと、男子のそれほどではないが重りを持った状態での体力トレーニング及び反射神経を鍛えるトレーニングがメインとなっていく。当然こんなこと普通の女子はやらないため、空手をやっている女子とそうではない女子とで大幅に筋力に差が出てくる。それでもなお男子のそれに遠く及ばないのだから直接的な試合をさせることがどれほど危険か。

最首と甲斐が以前に軽く組み手をしたがそれは最首が男子との試合を何度も行ったことがある上、女子選手としてトップクラスの実力者だからこそ出来たことだ。

「……で、今やってるトレーニングは男子向けのトレーニングと言うことでしょうか?」

畳部屋。赤羽は下は胴着だが上はアンダーシャツの上にチェストガードを巻いただけのラフな格好で重量級サンドバッグを叩き続けている。

「そうだね。男子でもそれだけ重くて固いサンドバッグを叩き続けるのは厳しいんだけどそこは付け焼き刃だよ。男子の鍛え上げられた筋肉ってのは女子の体と全然違う。ただ殴ってるだけでも殴った方の拳にダメージが来るもの。だからここで殴るトレーニングを2週間続けることで男子を殴ることに慣らすのが一歩」

ちなみに赤羽はチェストガードを巻くのは初めてだったため最首に巻き方を教えてもらった。ギリギリ下着じゃない格好だからか甲斐も同じ部屋にいるのだがスマホで何かを作っている。

「……あれは?」

「ああ、うん。廉君には今この2週間でのメニューを作ってもらってるよ。勝ち目があるかはともかくとしてやれるだけのことはやっておきたいからね。ちなみにだけど赤羽ちゃんの身長と体重も教えることになるんだけどいいかな?」

「……どうして体重まで?」

「女子の体はカロリー消費の問題から筋肉がつきにくいから、もし筋トレして逆に体重が落ちたりしたらそれは筋トレしても意味がないってことだからね。体重が増えて筋肉が付いてきてもそれがあまり変わらない程度だったらやっぱりそれもそれで問題だから。それとは逆に筋トレすることでもしかなり体重が増えて筋力が付いていったら女子としては珍しいパワータイプの選手を目指してもいいってことになる。まあ、そうなると私の出番は少なくなるんだけどね」

「……そうですか」

「本当なら3サイズも教えてもらいたいがな。……いや待て200キロ超えるサンドバッグを投げ飛ばそうとするな。体が壊れるぞ。健康面の問題で情報を知りたいだけだ。変な意味は1割くらいしかない」

「……この人、学生寮で健全だから唯一女子と一緒の部屋が許されてるんですよね?」

「……一応年頃の男子だからね。蒼穹先輩とはまあ、熟年の夫婦とか双子みたいな感覚だし」

「誰が熟年の夫婦や双子だ。俺が穂南に殺される」

「……穂南蒼穹さんって人空手やってるんですか?」

「やってないよ。普通の高校2年生の女の子だよ。ちょっと怖いけど」

最首がポカリを持ってきて赤羽に渡す。

「この人と……と言うかこの人とじゃなくても同い年の男子と一緒に過ごせる女子ってすごいんでしょうね」

「私もあまり蒼穹先輩とは話したことないからよくは知らないけどね」

「暴力系だぞ。空手でもやってなければ男子の方が耐えられない。寝過ごしたら鳩尾に目覚まし時計を投げつけてくるような奴だぞ。スタイルはいいのにシャワー後とか普通に下着姿でうろうろしてはちょっとでも見ようものなら鉄製のもの投げつけてくる愉快犯だぞ」

「……男子としては羨ましいのでは?」

「と言うか普通に裸とか見てるの?」

「……下は見たことない」

「あったら大事件だよ!?」

会話をしながら次の稽古に移る。甲斐が両手に1本ずつ持つのは水風船を横に伸ばしたような細長いサンドバッグのようなものだ。

「耐久訓練ですよね?」

「そうだ。これをあらゆる角度から何度もたたき込むから防御し続けるんだ。避けたり受け流したりするのは駄目。また、割っても駄目だ」

「……どうして割ったら駄目なんですか?」

「簡単だからだ」

「え?」

「攻撃してきた相手の手足を防御の体裁で破壊するのは簡単すぎるからだ。ルールに違反しているわけじゃないがだからと言って容易く相手の手足を破壊しておしまいじゃ空手の意味がない。まあ、事故とかなら仕方ないんだけどな」

「自爆って言って互いの膝蹴り同士がぶつかってお互いの膝のお皿が砕けてどっちもリタイア。病院で運ばれて全治1ヶ月とかで選手生命危ぶまれたりとか決して珍しくないからね。そう言うのを気をつけながら戦うのも選手としての義務みたいなものだから」

「……為になります」

「じゃあ、始めるぞ」

それから15分間。赤羽はひたすら水風船で殴られまくった。案外痛いもので打撲とかにはならないが結構ひりひりする。本物の蹴足のように鋭く重い打撃だ。言いつけを守れずに2本とも割ってしまいもした。

「す、すみません」

「構わない。スタッフに新しいものを用意させる。それより畳を濡らしてしまったな……。弁償とかした方がいいか?」

「え?」

「だって君……いや、何でもない」

彼女の事情はなるだけ聞かないことにした。だからここに住んでいることも言及しない方がいいだろう。本当に畳が駄目になったらスタッフがどうにかするだろうし。

「よし、特別稽古はここまで。ここから先は通常稽古に戻る。上を着てきなさい」

「押忍!」

ちなみに和室で赤羽は濡れ透けが起きてブラが丸見えになっていたことに気付いたが何だかどうかしてやろうとはもう思わなかった。

ただ今はやるべきことをやって試合に臨むだけだった。



試合当日。甲斐、赤羽、最首が雅劉の車に乗って伏見総本山へと向かう。

ただ、今日は少女が一人多かった。

「初めまして。都築麻衣ともうします」

助手席にいたのは高校生くらいの少女だった。

「麻衣は伏見道場の生徒でありながら自衛隊員だ。今回はただの見学だから気にしなくていい」

「分かりました。今日もよろしくお願いします」

雅劉の車に乗ってそして最初に到着したのはやはりキャバクラだった。

「やべ、設定したままだったわ」

「……勘弁してくれ」

甲斐が額に手をやり、麻衣がキレて雅劉の首を絞めた。

15分遅れて伏見総本山にきた甲斐達。今度は雑木林を貫くことなく道が造られていた。何でも雅劉が弁償代わりに自費で作ることになったらしい。

「遅かったな、雅劉」

「ちょっと道が混んでたんだよ」

中に入る。既に伏見提督はもちろん大倉道場からは岩村が参加していた。

「岩村さん、お久しぶりです」

「甲斐か。元気そうだな」

岩村に対して赤羽と最首が会釈する。

「赤羽ちゃん、岩村さんを知ってるの?」

「はい。少しだけ会ったことがあります」

「……私のことはどうでもいい。それよりも先方が待っている」

岩村に言われ手先に進んだ先にある部屋。ろうそくの光だけが照らすそこはまるで寺の座禅部屋か何かだった。思わず甲斐と赤羽が身震いをしてしまう。

「……何かこういう神聖な場所って苦手だよな」

「はい。どうも居心地が……」

「二人は悪魔か何かなの?……あっちも来たみたいだね」

反対側の襖からよく似た二人が入ってきた。顔を見れば思い出す。片方は紛れもなく甲斐が数週間前に戦った相手である遠山理清だった。相変わらず気むずかしそうな顔で空手家と言うよりかはどこかの大学で研究ばかりしてる教授見習いとか医大生とかそう言う感じだ。その弟だという隣の少年もまたどこか似たような面影を匂わせている。

弟の方……遠山直太朗が一歩前に出ると赤羽もまた一歩前に出た。

それを見計らって伏見提督が両者の間に歩み寄る。

「勝負は実際の試合と同様に本戦3分、休憩20秒、延長戦3分、休憩20秒、再延長戦3分で行う。それぞれ3分経過ごとに判定が下され、そこで決着が付かなかった場合休憩を挟んで延長戦を開始する。再延長戦では判定で引き分けを設けずにどちらかを必ず勝者とする。主審は私が、判定には岩村君と都築麻衣で行う」

伏見提督の発言にあわせて岩村と麻衣が旗を持って岩村の隣に歩み寄る。

赤羽が赤で遠山が黒だ。

「……自分の実力をぶつけてこい」

「……押忍」

甲斐と赤羽が小さく会話を済ませ、最首が赤羽にヘッドギアを装着する。

甲斐、最首が部屋の隅にまで離れると、

「準備はいいか!?」

伏見提督の声が響く。

「正面に礼!お互いに礼!構えて・はじめっ!!!」

その声と同時に両者が距離を詰める。最初は互いに5メートルほどの距離があったが一瞬でそれはなくなり、遠山のハイキックが赤羽の顔のすぐ横を掠める。

それに怯むことなく赤羽は遠山の軸足に下段を打ち込む。遠山はわずかに身を揺らすが怯まずに上段を放った足で赤羽の鳩尾へと前蹴りを繰り出す。

「っ!」

チェストガードに阻まれ、急所には刺さらなかった一撃。故に赤羽は素早く遠山の右側へと移動。死角となるように左足での上段を繰り出した。

対して遠山は右手で殴るようにその上段を払いのけ一歩を前に出てまだ足を下ろしていない赤羽の懐へと踏み込み、前進の勢いを利用したワンツーを鳩尾へとたたき込む。先程は思わぬ固さによって反射的に威力を落としてしまったが今度は折り込み済みだ。いくらチェストガードが鉄製だからといって完全に急所を覆い隠してしまうほどならばそれは反則だ。どの程度の威力なら届くのかを遠山は今その手で確認したということになる。

その僅かな間隙に赤羽は前蹴りを放つが防がれてしまう。

(やはり想像していたように先方の方が有利だな)

甲斐は特に以外というわけでもなく冷静に試合内容を見ていた。

遠山の動きは甲斐や最首から見ればまだまだ拙さが残る。しかし赤羽からしてみれば脅威と言うほかない。最首仕込みの素早さがしかし遠山にはギリギリで通じない。遠山も最初こそ意外な速さにやや調子を崩されていたが30秒ほどで完全に見切っていて赤羽の動きは無意味なものになっていた。

赤羽も何度も打たれて興奮状態にあるのか1分もすれば通常とは言えない速度にまで加速している。それを以てすら遠山にはギリギリで対応されているから平穏ではいられないと言うことだろう。そして2分も過ぎれば赤羽は肩で呼吸を始め、遠山の攻撃により瞬く間に防御も耐久も削られていく。

(……ここまでか)

甲斐の諦観通り。2分36秒で赤羽は移動の際に遠山の下段を受けて転倒。素早く立ち上がろうとしたところで脳天にかかと落としを受けて一本を奪われた。

「う、う、うああああああああ!!!」

そこで赤羽は激昂。空手でも何でもないただの喧嘩腰で向かっていくが真っ向勝負で勝てるはずもなく残った20秒間をひたすらタコ殴りにされただけで終えた。

「そこまで。判定!」

伏見提督の言葉にあわせて岩村と麻衣が同時に旗を振り上げた。どちらも黒。つまり遠山の勝利だ。

「……はあ……はあ……そんな……」

まっすぐ立つことも出来ないほど疲弊した赤羽を最首が支える。

「お疲れさま、赤羽ちゃん」

「……わたし、なにも……」

ヘッドギアを外され、頭を撫でられる赤羽。そして、その次の瞬間。

「美咲!!」

襖を突き破って姿を見せたのは赤羽剛人だった。

「に、兄さん……!?」

「どけっ!」

剛人は勢いのままに赤羽へと迫り、傍にいた最首を一撃で蹴り飛ばす。

「あぐっ!!」

「最首!!ちっ!!」

甲斐もまた剛人に向かっていくが剛人はカウンターの回し蹴り。それをギリギリで回避できたのは甲斐であっても奇跡のようなものだろう。

「美咲は返してもらうぞ、大倉道場!」

「……させると思っているか?」

声。剛人が振り向いたときには咄嗟に構えたガードに蹴りがたたき込まれていた。

「……またか」

剛人の正面。そこには馬場雷龍寺がいた。

「あんた……」

「死神。いい囮だった。ここで奴と決着をつける」

「……まさかそう言う台本だったのか……!?」

気づけば赤羽は既に雅劉によって剛人から離されていた。さらに出口をふさぐように遠山理清が身構えている。

「……最初から赤羽剛人を誘い出し必ずここで仕留めるための演出だったのか……!!」

「その通りだ」

伏見提督が再び両者間に立つ。

「試合でもしろと?」

「そうだな。俺が勝ったら伏見の捕虜になってもらう」

雷龍寺が上着を脱いで胴着姿になる。

「じゃあ俺が勝ったら美咲は返してもらうぞ」

「好きにしろ」

剛人も上着を脱いで三船道場特有の忍者装束のような独特な胴着姿になる。

「大倉道場所属・馬場雷龍寺と三船道場所属・赤羽剛人の試合を開始する。先程と同じ規定で行う。……礼など不要。試合……はじめっ!!」

伏見提督の合図で両者が同時に前に出る。その速度は先程の赤羽と遠山のそれとは比べものにならない。そして互いにギリギリで手が届かず足だけが届く距離になってからものすごい勢いで蹴りを放ち続ける。まるでフェンシングの試合のように、まるで真剣での斬り合いのように一撃でももらえばその瞬間勝負が付いてしまうような殺意と威力の塊を全力で放ち合い、避け合い、相手の体力を削り合い、裏を読み合う。

何故なら一定以上の実力に達してしまったもの同士は単純な力勝負で殴り合っても決着は付かない。共倒れに終わるのが確定しているのだ。それでは意味がないために真の実力者は一撃だけにすべてを懸けて削り合う。

この領域には甲斐や馬場早龍寺ですらまだ達していない。事態をまだ飲み込み切れていないながらも甲斐は至近距離で二人の戦いを見学できることに身震いしていた。

やがてまだどちらも一度も直撃を許していない中、両者の間に血だまりが生まれた。短時間で何度も激突を果たしたことで互いの踝が砕けた証だった。そしてそれを合図に両者が今までにない踏み込みを果たす。その勢いでガードしたままの両腕同士を激突させた。その密着状態は文字通り互いに手も足も出ない状態。この状態からどう離脱して攻撃に戻るかが次なる決着への布石。言わば真剣同士の鍔迫り合いだ。

「……ぐうっ!!」

「ふんっ!!!」

互いに全力を懸けて腕の甲同士を押し合わせている。そのまま押し切ってしまえるか流して背後をとれるか、はたまたこのまま互いに相手の両腕をへし折るつもりで居るのか。腕だけに注目しがちだが互いに足も重要だ。相手に押し切られないように、逆に押し切るつもりで両者の両足は全体重以上の圧力を加えられている。先程踝が砕けたばかりなのに今度はアキレス腱が切れそうなほど負担が掛かっている。

やがて雷龍寺が剛人の手首を掴み、肘の位置を変えないまま剛人の両腕を外側に開かせる。

「ぬ、ぐっ……!」

尋常でない力により剛人の肘から手首までの間がねじ曲がっていく。このまま行けば第二の肘関節が作られそうだ。だが、

「ふっ、うおおおおおおおおおおおおああああああああ!!!!」

「!?」

骨折秒読みの状態から剛人が巻き返し、逆に雷龍寺の両腕同士を付け合わせ、まとめて押しつぶさんばかりの圧力を加える。そしてついに剛人がジャーマンスープレックスの要領で雷龍寺を背後の床へとたたきつけた。

「がああっ!!!」

砕けたのは背骨か床か両方か。手首から血を流しながら剛人が振り向けば実際に床が破壊されていて背中から血を流しながら雷龍寺がゆっくりと立ち上がってきていた。

「ふぅぅぅぅぅぅっ!!!!ふぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!」

猛烈な息吹により血流を制御している。恐らく無理矢理にでもアドレナリンを高めなければ雷龍寺はもう立てないのだ。そしてその呼吸にあわせて剛人が蹴りを放つ。この期に及んでその速度は序盤のそれを遥かに上回っていた。恐らく全盛期の甲斐であっても反応しきれずに一撃で致命傷ものだろう。

「がぁぁぁぁぁぁっ!!!」

対して雷龍寺はその蹴りを拳で払う。ガードも回避も間に合わないなら最速を出せる拳で対応したということだろう。実際今の一撃で剛人の膝関節が砕ける音がした。しかし剛人はその足を軸足にして逆側の足で雷龍寺に下段を放った。まるで雷にでも打たれたかのような轟音。その一撃で雷龍寺の左足は折れてしまっただろう。が、

「らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

ほぼ同時に雷龍寺の右拳が剛人の胸にたたき込まれた。

「………………ぐぶっ!!」

吐血を放ちながら剛人は僅かに宙を舞い、背中から床にたたきつけられた。

「……俺の……勝ちだ!!」

下段払いをして一本を征する雷龍寺。試合開始から52秒。

「そこまでっ!!」

伏見提督の一喝によりこの勝負は終わった。

その凄惨で超常級の対決にまともに声を発せられたのは他に誰もいない。甲斐も雅劉も理清も岩村でさえ息を飲むのがやっとだった。

「……試合前の通り、赤羽剛人の身柄は伏見が預かる。そしてラァールシャッハの捜索に乗り込もう」

伏見提督が手を叩くと、どこに潜んでいたのか5人の自衛隊員が姿を見せて剛人を拘束する。意識を取り戻した剛人により内一人が内臓を破壊されて昏倒したが残り4人によって完全に沈黙させられた。そしていつの間にか来ていた自衛隊の装甲車に乗せられそうになった時。

どこからか小さな影が猛烈な勢いでやってきて一瞬で4人の両足の関節を破壊。剛人を担いで走り去っていった。

「……今のは」

甲斐と理清が駆けつけたときには既に遠くに背中があった。

「……遠山さん、追えるか?」

「……無理だな。車の音がした。乗り込むまでには追いつけないだろう」

「……そうか」

背後。壁を殴る音がした。伏見提督のものだった。

それから救急車が呼ばれ、雷龍寺と最首が搬送された。5人の自衛官に関してはそれぞれ自衛隊の車両で運ばれていった。

「……伏見提督……」

「……ああ、先程君が気づいたように今回の件は赤羽剛人ひいては三船を炙り出すためのものだった。事前に大倉とも話は付いていて雷龍寺君を寄越してもらったのだ。もしもの時のために岩村君も来てくれたがね。しかし失敗した」

「……提督、教えてもらえませんか?三船は何をしようとしたんです?今回の件、自衛隊だって動いてますよね?ただ事じゃないんですよね?」

「……それは、」

「人体実験です」

答えたのは赤羽だった。

「三船道場……正式名称は三船研究所。所長である三船ラァールシャッハは薬物と科学とを使って人体実験を始めました。人間の限界を超えるための実験が数十年前に始まったんです」

「人間の限界を超えるための実験だって……?」

「そう。最初は非合法などではない。政府からの要請だった」

提督が続ける。

「だがいつしか三船はどこかで仕入れたのか危険な薬物や遺伝子工学を使って非合法な実験を開始したのだ」

「……私の遺伝子は普通の人間とは違う性質があるみたいで私は幼い頃に借金のために両親から三船に売り出されました。それから先に売り出されていた兄さんと知り合って……二人して人体実験を受け続けました」

「2年前に大倉と伏見で発見した時には彼女は既に余命僅かな状態だった。これを救うための技術は大倉には1つしかなかった」

「……まさか、」

「そう。君の足と同じ技術。人工義体。その全身版だ」

「……全身義体……!?」

「君も右足だけとは言えその苦労はわかるだろう。それが全身ともなれば彼女は自分の体を自由に扱えるようになるまで2年を費やした。そして何とか日常生活に戻れるようになった今、自分と同じ義体を持つ君を師に選んで空手を再開させた。当然三船が黙って居るとも思えない。そこで、」

「今回の試合ってことですか。赤羽剛人の初襲来の時点で考えていました。彼女に対する厳重な警備体勢。いつまで続くかもわからない中、厳重すぎる。だから近い内に期限はあると思っていました。それが今回……になるはずだったわけですね」

「その通りだ。……尤も失敗に終わってしまったわけだが」

「……これからどうなるのですか?」

「申し訳ないが赤羽美咲には三船との決着が付くまでの間、伏見で預からせてもらおうと想う」

「……寂しくなりますね」

「それは、お断りします」

赤羽が一歩前に出た。

「君は状況を理解しているのかね?」

「それでもやっと得た自由なんです。もうあんな施設暮らしには戻りたくない……」

「……しかし、」

「向こうも兄さんという最大級の戦力が使えなくなった以上しばらくは動かないと想います。今回のように伏見が大倉寄りで動いていると知ればなおのことだと想います。だからどうかこれまで通りの生活をさせて下さい……!!」

頭を下げる涙声の赤羽。やがて新たな声が続く。

「いいんじゃないかな、雷牙」

「和也……!」

やってきたのは大倉会長と加藤だった。

「これは民事でどうにかなる問題じゃない。政府から自衛隊に依頼があった案件だぞ!?」

「当然捨て置くつもりじゃないさ。ただそろそろ本腰を入れようと想う」

「……まさか、」

「そう。これも政府からの勅命だよ。大倉機関は第二フェイズに移行してほしいと」

「……三船に直接捜査が出来るようになったってことか」

「そう。今日は逃がしたけれども三船の寿命はそう長くない。なら彼女には引き続き甲斐に面倒を見てもらおうと想う。甲斐、迷惑じゃないか?」

「とんでもございません。ちょっと希望も持てました」

「希望?」

「押忍。全身義体の彼女がまだまだ未熟とは言え今日試合を行えたのです。なら自分も右足程度だけなら現役に戻れるんじゃないかと。一度あの日絶望した空手への復帰も彼女となら行ける気がするんです」

「……いい心がけだ。雷牙、他に何か問題はあるかな?」

「……特にないな。雅劉、甲斐君達を送れ」

「あいよ」

「……赤羽君」

「はい、何でしょうか?」

「申請が通った」

「……と言うことは……」

「そう。明後日から君は円谷中学の生徒だ」

「…………は?」

その言葉に甲斐が振り向く。

「どういうことですか?」

「言葉通りだ。彼女をお前と同じ学校に通わせる。もちろん寮も同じだ。稽古に関しても今まで通り行ってもらう」

「……いや、確かうちの寮って人数いっぱいだから穂南が俺と同居しているわけであって……」

「木目田三姉妹と言うのがいるそうだね」

「……」

「彼女達に交渉したんだ。義体と近くにアパートを用意する代わりに部屋を譲ってほしいと」

「……マジか」

「……木目田三姉妹?」

「……あ~、その、あれだ。この3人は三つ子なんだが物理的に離ればなれになれなくてだな……。まあ、ともかく部屋が空いたならそこに君が住めばいい。……けどそうなるとあいつも……」

「?」

難しい表情をする甲斐。その理由を赤羽は察することも出来なかった。

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