屋上男女
人生で1番長い4時間を終えてリュックから財布を出す。弁当は週に3回作り他は購買部で購入することに決めている。
「平は今日も別?」
「いえす」
俺は逃げるように教室を出て購買部に向かう。
「唐揚げとかけうどんで」
「はーい、420円ね!」
会計を済ましつゆがこぼれないように、人に見られないように屋上へ続く階段をあがった。
どうやら彼女はまだ来ていないらしかった。うどんと唐揚げを床に置き、ピッキングを始める。扉の前で待つのが少し照れくさいため先に屋上に出てることにする。
ガチャ
今日も快晴の彼方の富士山が出迎えてくれる。少し眺めていると
ガチャ
一瞬、鍵を開けっ放しにしとくのはまずかったと思ったが、問題ない。彼女だ。
「うっわ、最高の景色だね!」
「だよね」
嬉しかった。長い間誰にも共有する事なく独りいじめしてきた景色、誰かに見てもらいたいという想いは少なからずあった。
「いつもどこで食べてるの?」
「ここだよ。日影になってて心地良いんだ」
「じゃ食べよ!」
僕が壁に寄りかかると、彼女は俺の横1センチまで迫ってきた。動揺を見せまいと気にしない素振りをする。
「あっ」
思わず声が出た。あろうことか割り箸を持ってくるのを忘れたのである。
あたふたしていると彼女が言う。
「私予備の割り箸持ち歩いてるよ」
「え、本当?申し訳ないんだけど使ってもいい?」
「いいよ、ただしこっちね」
そう言って彼女が渡してきたのは弁当箱に付属しているであろう赤の箸だった。
「いや、えーと俺が割り箸使うよ」
「ダメ」
ニヤけながら言う。
「いやぁマジか」
貸してもらう立場の自分には選択権など無かったと心に言い聞かせる。決して下心ではない!
「分かったよ」
と小さく嘘のため息をつく。
唐揚げを箸で頬張った瞬間この女はとんでもない事を言い放った!
「昨日、その箸でオナニーした」
俺は思わず唐揚げを口から出してしまった。
「いや、ちょっとマジで言ってんの?」
俺は半分嘘の嫌悪感を顔に出した。
正直に言おう。実は満更でもなかったのだ。想像してみて欲しい、自分が可愛いと思っている人のことを。貴方は断る?勿論受けつけない人もいるだろうが中には大丈夫な人もいるのでは?俺は相手の女がブスだったらビンタ一発お見舞いしているに違いない。けど、彼女は可愛いのだ。とてつもなく。
「ごめんごめん、流石に嘘だよ」
彼女が笑いながら言った。
俺は彼女が度を過ぎたやべぇ奴では無いという安堵感と少しの悔しさを感じた。
「はいっこれア~ン!」
彼女はおもむろに唐揚げを指でつまむと俺に食えと手を伸ばす。
俺は一瞬躊躇するも今まで経験したことのない"ア~ン"を受け止めた!するとまたとんでもない事を彼女は口にする。
「実は箸じゃ無くて右手でした〜」
一瞬で言葉の意味を理解した俺は唐揚げを普通に食った。そして一言。
「やっぱね。いつもより美味かった」
ここまで気を許して本音を口にするのは人生初だ。人生初の本音がここまで"気持ちの悪いもの"とは我ながら感心してしまった。
「でっしょー、特製汁付き!」
と彼女は柄にもなく少し頬を赤らめ冗談めかして言う。
少しの笑いのあと俺は気になっていたことを聞いた。
「昨日どうして君は扉の前にいたの?」
心地の良い風がほんのり甘ずっぱい匂いを乗せて通り過ぎた。
「君じゃない、私は桜木三波だ」
「俺は平本祐介、よろしく桜木さん。」
「三波でいい。よろしく、祐介」
三波はそっと微笑むと。神妙な面持ちで昨日の事を語りだした。