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火星のオリンピック

作者: オモト ラム

 西暦2224年、火星。

 赤道直下に広がるエリシウム平原で第三回火星オリンピックが開催されている。

 ここメインスタジアムの会場も満員の観衆で盛況だ。

 実況中継をしているMBC(Mars Broudcasting company)の人気アナウンサー、シンイチ・ハトリーが早い口調で語り始めた。

「テレビをご覧の皆さん、こんにちは。今日は砂嵐も無く、オリンピック会場は好天に恵まれ、選手たちにとっては絶好のコンディションとなっています。本日のメインイベントは陸上100メートル決勝。火星最速の男が決まります。」

 スタジアムの貴賓席には来賓である地球の国連事務次官と火星植民地総督が並んでにこやかに歓談しながら観戦している。

 国連事務次官のウザイ・ボルト氏が口を開く。

「まさか火星でこのような立派な大会が行われているとは。映像で拝見しておりましたが、やはり実際に観るのとでは違いますな。」

 総督のピサロ・アデランタードも上機嫌だ。

「お褒めの言葉をありがとうございます。火星の入植が始まって60年が過ぎましたが、移住者たちの努力の甲斐もあって、三年前には総人口が一億人を突破しましたよ。」

 ウザイ・ボルト事務次官が感嘆の声を上げる。

「一億人ですか。火星の表面積は地球の約8分の1ですから、地球で言えば8億人くらいの人口密度といったところかな。」

「そうですね。ちょうど18世紀半ばの地球といったところですかね。」

 小柄なピサロ総督が笑顔で応える。

 ボルト事務次官が多少の皮肉を込めて総督に言う。

「なるほど、18世紀の地球だったら、総督、あなたは差し詰めルイ14世か神聖ローマ帝国皇帝ですね?」

 総督は小柄な体を左右に振って大げさに反応する。

「いやいやとんでもありませんよ。ここ火星は立派な民主国家ですよ。地球のようなうわべだけ共和国と称して一党独裁制を数百年も続けている国や大統領の名の下に周辺国ばかりか地球の裏側の国々にまでに圧力をかけている恐怖政治国家の存在はありません。資源も豊富ですし、貧困もなし、税金もなし、戦争もなしの平和な星です。ご承知の通り、金銀ダイヤモンドを始め、地球の希少鉱物から岩塩まで、有り余る埋蔵量ですから奪い合いをする必要が全くありませんからね。」

 ボルト事務次官が頷く。

「なるほど、真実だとすれば大変羨ましい話だ。ご存じの通り、21世紀の愚かなご先祖達のお陰で、地球は温暖化が加速度的に進み、中緯度帯を中心に今や北緯40度以南、南緯45度以北は不毛の地と化しています。特にヨーエスエーとシャイナ人民共和国の穀倉地帯は砂漠化により壊滅状態で、ケベック連邦やモンゴロシア共和国の援助下にあります。農作物の値段は高騰し続け、昨今ではアジア、アフリカ、中南米でも暴動が頻発している始末です。」

 総督が感慨深げに言う。

「遠い昔、ギリシャではオリンピック開催期間中は戦争の最中でも休戦したと威張ってますが、逆に言えばいつも戦争があったということですよね。ここでは国家発足以来、いやこの地に地球人が第一歩を記して以来、争いは全くありません。」

「確かに....。」

 ボルト事務次官も憂いを帯びた眼差しで天を仰ぐ。

 天上には、衛星フォボスの横に他の恒星よりもひときわ明るい地球が青く輝いているが、火星の大気のせいで、時折揺らめくその様が、消える直前のロウソクの炎の揺らめきに見えてならない。

 程なくファンファーレが鳴ってメインイベントである100メートル決勝が始まった。

 昔々20世紀の半ばにユカタン半島で初めて標高1000メートル以上の高地でのオリンピックが開催された。そのとき陸上競技は短距離走や跳躍競技で新記録が続出した。高地の薄い大気が新記録を後押ししたのだ。増してやここ火星では、大気濃度は地球の80%。地球で言えば標高2000メートルの高地と同じだ。さらに記録を後押しするのが重力だ。地球の3分の1の重力だから地球で垂直跳びの記録が40センチメートルなら火星では1.2メートル、80センチのスポーツマンなら2.4メートル、トランポリンなど不要な環境なのである。

 事務次官がピサロ総督に尋ねる。

「総督、こちらの記録はさぞかし凄いんでしょうな。」

「いえいえ。あなたのような地球産まれの方がここ火星で走れば大変な記録が出るでしょう。恐らくあなた自身でも、そう、100メートルを7秒台で走れるのでは。」

「ではこちらでは超人的な記録が続出してるんでしょうね。」

「いえいえ、そこは公平な対応を取る必要があります。我々の火星オリンピックアカデミーでは、父母いずれの祖先も5代前まで全員火星生まれであることと身体に人為的な施術を行なっていないことを出場資格にしました。」

「そんなに遡るんですか?」

「そうでないと完全な火星人とは言えないでしょう。」

「しかし5代前ともなるとそもそも対象が限られるんじゃないんですか?」

「今は限られているとしても、次世代、そのまた次の世代にはねずみ算式に増えますよ!それに5代目でほぼ火星人類としての体型が確立されているので国民は皆賛同しています。さあ、始まりますよ!」

 ハトリー・アナの場内アナウンスが響き渡る。

「皆さま、いよいよ100メートル決勝が始まります。」

 決勝に残った8名の選手達が並んでいる。

 選手達を見て、ボルト事務次官は我が目を疑った。

「総督、彼らが、その、火星のトップアスリートですか。」

「その通りです。火星移民5代目以降の人類、鍛え上げられたトップランナー達ですよ。」

 総督は目を擦ってもう一度スタジアムを凝視した。

 ランナー達の身長は皆1メートル20センチ前後。傍目には小学校低学年の運動会のスタートラインのようだ。

 もっと異様なのはその体型だ。異様に細いのだ。筋肉は殆ど無く皮と骨ばかり。恐らく体重は20キロもあるまい。地球で目にする飢餓に窮した子供たちのようだ。

 移民3代目で、身長1メートル50センチの大柄なピサロ植民地総督が誇らしげに満面の笑みを浮かべている。

「位置について。ヨーイ。」

 火星の薄い大気の中で、スターターのピストルが乾いた金属音を発した。


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