四月に亡くなったとてもアザトイ令嬢と、また巡り合う冬の始まり
王立アリアドネ学園。王都一の蔵書量を誇る図書館を擁する、貴族に名を連ねる子供達が通っている由緒正しき学園で、泡沫貴族の三男である俺もその学園に通っている。
そろそろ肌寒くなってきたある日。俺は図書館にあるキャレルで、とても古い魔術書、アルスターの魔術書に目を通していた。
「ま、古きが良いとは限らないんだけどな」
「あら、新しきが良いとも限らないのではなくて?」
俺の独り言に、透明感のある美しい声が答えた。
「たしかにその通りだな。だからこそ――」
「古き魔術と新しき技術の両方を学び、自らの頭でどちらが良いか考えるというのですね?」
俺の思考を読んだかのような言葉。
声の主に興味を持った俺は本から目を離し、そこで初めて声のする方へと顔を向けた。たたずむのは、俺達普通科の生徒の制服とは似て異なる高貴なデザインの制服を身に纏う少女。
特別クラスの生徒――つまりは俺よりずっと身分の高い貴族の家の娘であった。俺は素早く席を立ち、彼女に対して貴族流の挨拶をする。
「これは失礼いたしました。私は――」
「アルフレッド・トリニティ。トリニティ子爵家の三男であり、普通科の学年首席を三年連続で獲得した非常に優秀な生徒でしょう? 存じておりますわ」
「光栄です。ローズマリー・スノーフィールド殿下」
即座に応じると、彼女はピクリと眉を上げた。
「わたくしを知っているのですか?」
「いいえ、お目に掛かるのは初めてです。ですが――限りなく銀に近いプラチナブロンドに、高貴なアメシストのごとき瞳を持つご令嬢。その噂に違わぬお姿でしたから」
「……なるほど。目立ちすぎる容姿も考えものですね。次来るときは赤い髪のウィッグでも被って変装しましょうか。ねぇ、貴方はどんな髪の色がお好みかしら?」
「……は?」
唐突に公爵令嬢という彼女の仮面が剥がれ落ちた。艶やかなロングヘアーに指を絡ませ、ちょこんと小首をかしげてみせる。
その仕草の可愛さに、俺は思わず見惚れてしまった。
「ふふっ、同性にしか興味がないと噂で聞いていましたが、わたくしを見てそのような顔もなさるのですね。とても光栄です」
「……からかわないでください。というか、誰ですか? そのような噂をしたのは。それは悪意あるデマだと申し上げておきます」
「そのようですわね」
ローズマリー殿下がクスクスと笑い、釣られて俺も笑った。いまの短いやりとりから、互いに学園では猫を被っているのだと、なんとなく察したからだ。
「話を戻しましょう。貴方は両方を見比べて自分の頭で考えた結果、古き魔術と新しき技術のどちらがよいと思いましたか?」
「……難しい問題です。個で優れているのは魔術でしょう。ですが、蒸気機関は知識を得れば誰にでも作れるし使えるという利点がございます」
熟練した魔術師は空すらも飛べると言われているし、魔術師の作った魔導具は一般人にも扱え、個々の性能は蒸気機関を上回っている。
けれど、魔術は才能を親から受け継ぐ者にしか扱えない。ざっくばらんに言ってしまえば、魔術を使うことが出来るのは貴族だけなのだ。
ゆえに、魔導具を造れるのも貴族だけ。平民階級の者は魔術や魔導具の恩恵をほとんど受けられない。上下水といった、大がかりな施設くらいだろう。
対して、蒸気機関は知識を得たものであれば平民でも作ることが出来る。大量生産に漕ぎ着ければ、魔術の恩恵にあやかれなかった平民にも出回るだろう。
ゆえに、魔術と蒸気機関の二刀流が理想。
「ただ、蒸気機関による空気の汚染は、大気中の魔力素子を減らすと聞いています。それが事実なら、蒸気機関の発展は貴族社会の根幹を揺るがすことになるでしょう」
現に他国では、平民が政治に介入する、民主化の波が押し寄せているらしい。
公爵家のご令嬢に言えることではないが、民主化は一概に悪いこととは言えない。だが同時に、蒸気機関の技術を押さえた特権階級が貴族に取って代わるだけという可能性もある。
「では……貴方ならどうしますか?」
「歴史の流れの前で人はちっぽけで、出来ることはそう多くはありません。運命には逆らわず、可能な限りより良い未来を目指すのが妥当だと考えます」
俺の答えにローズマリー殿下は「ローズマリーでかまいませんわ」と微笑んだ。同時に、右手を差し出されるが、それはさすがに恐れ多いと辞退した。
代わりに「私のことはアルフレッドとお呼びください、ローズマリー殿下」と友好の意思を示す。その瞬間、彼女の態度が一段と砕けたように見えたのは気のせいじゃないだろう。
その後、彼女はまた来ますとだけ言い残して、あっさりと去っていった。
普通科の生徒と特別クラスの生徒が関わることはほとんどない。またと言っても、もう会うことはないだろう――なんて思っていたのだが、彼女は次の日もキャレルにやって来た。
忙しい身の上なのか、話すのは一言二言だけだ。だけど、彼女は次の日も、その次の日も、その翌週も、更にその次の月も、春休みに入っても図書館のキャレルにやってきた。
俺は普通科の生徒で、本も簡単に借りることは出来ない。ゆえに勉強するには図書館のキャレルに通うのが理想。普通科の生徒であれば、それは別段珍しいことではない。
現にこの時期、図書館のキャレルには普通科の生徒が集まっている。
だが、彼女ほどの身分であれば、本を借りることになんの問題もない。いつも連れている側仕えに手続きをさせれば済むのに、自分で足を運ぶなんて相当な変わり者と言える。
けれど、彼女は毎日の様に図書館に顔を出し、会うたびに俺と言葉を交わす。最初は一言二言だったのが、いまでは長ければ五分くらい話すようになった。
そうして知ったのは、彼女の本性はとても可愛らしく、茶目っ気があるということだ。
ときにいたずらっ子のように笑い、ぺろりと舌を出して戯けてみせる。無邪気でとても可愛い、15歳の普通の女の子がそこにいた。
そんな彼女とのささやかなやりとりを、俺もいつしか楽しみにするようになった。
そうして彼女と出会ってから数ヶ月が過ぎた。
春の訪れを感じさせる頃には、彼女の様々な内情も知ることが出来た。彼女は王太子と婚約しているが、それは政略的な理由でしかなく、王子には別に恋人がいるそうだ。
ゆえに、彼女は結婚に夢を抱いておらず、王妃になったら自分の力で服飾のブランドを立ち上げるのが夢だと語っていた。
その日から、俺は少しだけ服飾関連の書物に目を通すようにした。それに気付いた彼女は笑って、わたくしに惚れちゃいましたか? なんて、可愛い仕草でからかってきた。
けど、彼女は王太子の婚約者で、俺はしがない子爵家の三男だ。身分違いは理解しているし、彼女の言葉が冗談なのも分かっている。
努力が報われたいと思っている訳じゃない。ただ、彼女が困ったときに、少しだけ力を貸すことが出来れば嬉しいと、そんな風に思ったのだ。
――けれど、そんなささやかな願いすらも叶わなかった。
春の訪れを知らせる四月。
その日、彼女はキャレルに姿を見せなかった。
いままでにも一日あいだが空くことはたまにあった。だから、今日もそうなんだろうと思っていた。だが、次の日も、その次の日も彼女はキャレルに顔を見せなかった。
そして――
ローズマリー殿下が王子から婚約を破棄され、学園を退学になったという噂が広がった。
俺は持ちうるすべてのツテを使い、彼女になにがあったのか調べ上げた。事の発端はつい先日、学園でおこなわれた特別クラスでのパーティーだ。
彼女は特別クラスの生徒達が集まる中で、王太子に断罪されたのだという。
その主な内容は二つ。
王太子殿下の恋人に嫉妬したローズマリー殿下が、その女性に様々な嫌がらせをおこなったことと、王太子殿下への当てつけに他の男と不貞を働いたというものだ。
断罪のときにあがった証拠から察するに、不貞の相手は俺だ。
王太子殿下いわく、ローズマリー殿下は図書館に足繁く通い、そこで毎日の様に男子生徒と濃密な時間を過ごしていた。未来の王妃には相応しくない穢れた娘なのだそうだ。
一つ目の方は、あり得ないとは思うが、俺に否定する証拠はない。だが二つ目は誓ってあり得ないと言える。だって俺も彼女も、自分達の立場を忘れたことはない。
会話をするのは決まってオープンな図書館のキャレルで、ほんのわずかな語らいのみ。しかも、周囲には他の生徒に加え、彼女の側仕えが必ず控えていた。
仲が良いことを咎められるのならまだしも、密通なんて出来るはずがない。
ローズマリー殿下もそのように訴えたようだ。だが、あるはずのない目撃証言がいくつも寄せられ、彼女は苦境に立たされた。
そしてトドメとなったのは、王太子のセリフ。
『おまえは、その男に懸想しているのであろう?』
ローズマリー殿下は、その言葉に沈黙を返したそうだ。
否定しないのは肯定するも同然だ。それがトドメとなって、彼女は王太子から婚約破棄を申し渡され、罪を贖うために修道院入りを命じられた。
目撃証言があると言われれば、彼女が劣勢に立たされるのは当然だ。だが、それでも、彼女であればその逆境を撥ね除けられたはずだ。
なぜ王太子の問いに沈黙を返したのかと考えずにはいられない。
だが、誰がなんと言おうと濡れ衣には変わりない。それを知っている俺は、彼女の濡れ衣を晴らすために動き始めた。
結果から言えば、相手が用意した偽の証言はあまりにお粗末だった。
たとえば、俺とローズマリー殿下の不貞を証言した女性は、その証言の日、とある家のパーティーに参加していて、そもそも学園にいなかった、などである。
春休みで学園に生徒が少なかった。そのせいで、偽の証人を用意するのも苦労したのか、学園にすらいなかった生徒を証人に仕立て上げる杜撰さである。
そして、王太子と仲の良い女性に嫌がらせをおこなっている証拠も同じようなモノだった。
証言が嘘であることを示せば、ローズマリー殿下の無実は証明されるだろう。そう信じて疑わなかった俺はけれど、事態は俺が思っているより深刻だったことを思い知らされた。
四月の終わり。
ローズマリー殿下が入れられた修道院に賊が押し入り、修道女達が殺されたという凶報が届いた。そして、その修道女達の中には……ローズマリー殿下も含まれていた。
彼女が殺された。その事実を俺は飲み込めなかった。
服飾のお店を開きたいと、彼女が可愛らしく笑っていたのはつい先月のことだ。そんな彼女が死んだなんて信じられなくて、俺は学校を休んで彼女の入れられた修道院を訪れた。
だけど、その修道院は既に閉鎖されていて、近くで暮らす人が墓地へ案内してくれた。そこには小さな墓石が並んでいる。
そのうちの一つに、家名はなく、ただローズマリーと刻まれた墓石があった。
本当に彼女は死んでしまったのだろうかと自問自答する。そこに、見覚えのある女性がやってきた。服装が違うが、すぐに思い出すことが出来た。
ローズマリー殿下がいつも連れていた側仕えの女性だ。
「アルフレッド様。ローズマリーお嬢様のお墓参りに来てくださったのですか?」
「ええ。……本当に、彼女は亡くなったのですか?」
「……はい。亡骸を私が確認いたしました」
「そう、ですか……」
無駄になってしまったと、俺は紙の束に視線を落とした。
「それはなんですか?」
「ローズマリー殿下が無実だという証拠を集めたものです。ですが……無駄になってしまいました。彼女は、無駄に国が荒れることを望まないでしょうから」
ローズマリー殿下が生きていれば、俺はなにがなんでも彼女の潔白を晴らしただろう。だが、もはや彼女はこの世にいない。
王子が公爵令嬢を無実の罪で修道院送りにしたと言うだけでも国にとっての醜聞だ。ましてや、その公爵令嬢が既に死んでいるともなれば、国へのダメージは計り知れない。
国が荒れることを、心優しい彼女は望まないだろう。
「……アルフレッド様のお気持ちだけで、ローズマリーお嬢様はお喜びになるでしょう」
「そうでしょうか? 貴方も知っているとおり、俺と殿下は図書館のキャレルで少し話すだけの関係でしたから、既に俺のことは忘れているんじゃないですかね」
戯けてみせるが、彼女はことのほか真剣な顔で首を横に振った。
「お嬢様がアルフレッド様のことを忘れるなどありません」
「……それは、どういう意味でしょう?」
「ローズマリーお嬢様はずっと前から、アルフレッド様のことをご存じでした」
「以前……新入生代表の挨拶、とかでしょうか?」
彼女は寂しげな顔をして、再び首を横に振った。
「かつて、お嬢様がいまより自由だった頃、ご友人である下級貴族のパーティーにお忍びで参加なさいました。その中庭で迷っているところに声を掛けてくれた男の子が、アルフレッド様だとうかがっています。……記憶にありませんか?」
「……下級貴族のパーティー?」
迷子になった女の子を見つけ、色々とおしゃべりをしたという思い出はある。その子が俺の初恋の相手だと言っても過言ではない。
だけど、その女の子は瞳の色こそローズマリー殿下と同じアメシストだったが、髪は燃えるような赤髪で、ローズマリー殿下のプラチナブロンドとは似ても似つかない。
……いや、待てよ……お忍び?
――赤い髪のウィッグでも被って変装しましょうか?
図書館のキャレルで彼女が口にした言葉だ。まさかローズマリー殿下が赤い髪のウィッグを付けて、お忍びで下級貴族のパーティーに参加していた、のか?
「その表情は心当たりがあったようですね」
「ええ、まぁ……にわかには信じられませんが。……って、待ってください。まさか彼女は、最初から俺のことを知っていたのですか?」
「もちろんご存じでしたよ。あの日は、貴方とどうすれば仲良くなれるかを事前に考え、貴方の好みや趣味を下調べし尽くして、万全を期して図書館に赴きましたから」
「……偶然を装ったのか。意外とあざといな」
「それはもう。髪型を始めとした身だしなみはもちろん、アルフレッド様の気を惹くポーズや仕草を研究して、何度も何度も鏡の前で練習なさっておいででしたから」
「凄くあざといな!」
驚きの事実である。まさか、たまたま出会った感を出しまくっていた彼女が、裏でそんなことをしていたとは。彼女が生きていたら思いっきりからかえたのに、な。
……俺は、そんな彼女の努力にも気付かずに時間を無駄にして、結果的に彼女が浮気を疑われる原因となり、最後には彼女を死なせてしまったのか。
俺が彼女を傷付けたも同然だ。
「アルフレッド様、このようなことを言うのは筋違いで、とても失礼だと思いますが……それでも、あえて言わせてください。貴方は、お嬢様の分まで生きてください」
「それを彼女が望むと?」
「お嬢様はああ見えて、とてもあざとい――いえ、したたかです。だから、貴方が気付かない、いまの関係を楽しんでおいででした。貴方を恨むことなどありません」
「……その言葉、心に留めておきます」
それが俺に唯一残された、彼女への手向けというのなら否はない。
彼女の分までこの時代を生き抜いてやると決意した。
その後、ローズマリー殿下の側仕えと別れた俺は、王都へ戻るための帰路につく。
その道すがら――
「アルフレッド様ですね?」
不意に掛けられた声に振り返ると、腹部に焼けるような痛みが走った。驚きに視線を落とせば、腹部にナイフが突き立てられている。
続けてナイフを引き抜かれ、俺は為す術もなく膝からくずおれた。血の溢れ出る傷口を手のひらで押さえ、自分を刺した相手を見上げる。
見知らぬ男の冷たい視線が俺を見下ろしていた。
「……おまえは、何者だ? なぜこんなことをする?」
「俺がなにものかは関係ない。後者は……おまえが王子の恋人を殺したからだ」
「なにを……言っている?」
殺された? ローズマリー殿下を貶めた王子の恋人が、か?
「修道院に押し入ったのは、王子の恋人が雇った賊だった。それを知ったおまえが復讐を果たし、ローズマリー殿下にその報告を済ませた後に後追い自殺――という筋書きだ」
血を流しすぎたせいか、彼の言っていることが理解できない。だが、なにか大きな陰謀に巻き込まれようとしていることだけはかろうじて理解できた。
「……本当に、王子の恋人がローズマリー殿下を殺した、のか?」
俺がそう問い掛けた途端、男は喉の奥で笑い始めた。
「あの脳天気な令嬢がそこまで大それたことを出来るはずがなかろう。だが、あいつがローズマリー殿下を陥れた証拠はいくらでもある。おまえが見つけたように、な」
「まさか……」
身体が冷たくなり、頭が働かずとも、この男の目的は予想できた。
ローズマリー殿下がお亡くなりになったいま、彼女が無実だったとあきらかにすれば、国へのダメージが計り知れないと、さきほど考えたばかりだから。
「蒸気機関の利権がらみ……」
「正解だ」
俺はグッと唇を噛んだ。
蒸気機関を広めて、民主化を進めるには王族や貴族の権力が邪魔、ということだ。だから何者かが、王家の威信を失墜させるために企てた。
……なにが、運命に逆らわず、可能な限りより良い未来を――だ。ローズマリー殿下が殺されなければ手に入らない未来なんて冗談じゃない。
あの日、ローズマリー殿下に偉そうに言った自分をぶん殴ってやりたい。
「……さて。冥土の土産はこれくらいで十分だろう。おまえは俺の思うとおりに動いてくれた。おかげでこの後がやりやすくなる。だから――楽に殺してやろう」
男がナイフを振り上げた。これが愚かな選択をした俺に与えられた罰なのだろう。そんな風に考えて、ナイフが振り下ろされるのを他人事のように眺める。
その光景を最後に、俺の意識は闇へと沈んでいった。
次に意識を取り戻したとき、俺はなぜか図書館のキャレルにいて、手にはアルスターの魔術書を持っていた。あの日、ローズマリー殿下と再会した日に読んでいた本だ。
……まさか、いままでずっと夢を見ていたのか? それとも、いまこの瞬間が夢なのだろうか? 分からない。けど、もしもいままでが夢なのだとしたら――
「アルスターの魔術書ですか。古き伝統に興味があるのですか?」
不意に響く声に泣き出しそうになる。顔を上げた視線の先には、アメシストの瞳を興味深げに輝かせた、プラチナブロンドの少女がたたずんでいた。
……言われてみれば、何気なく話しかけたにしては立ち姿がやたらと可愛らしい。夢の中の出来事が真実なのかは分からないが、鏡の前で練習したのだと思うとおかしくなった。
「……あれ、思ったより反応が薄いです。もしかして、失敗してしまったかしら?」
そう言って小首をかしげる仕草までもが洗練されていた。もしかしたら、俺の反応が悪かったときの練習までしていたのだろうか?
だとしたら、なんてあざとくて……可愛らしい。もう一度、彼女と仲良くなりたいと口を開き……喉元まで込み上げたセリフをグッと飲み込んだ。
――ダメだ。
決して、夢の中の出来事を繰り返してはならない。俺が彼女と仲良くなれば、彼女はまたそれを利用され、最後には殺されてしまう。
もちろん、忠告できるのならそれが一番だ。だが、自分ですら、あの出来事が夢だったのか、そして真に起きることなのか確信が持てない。
このような状況で、彼女を説得できるはずがない。
だとすれば、仲良くならない方がいい。俺のせいで彼女が死ぬよりはずっといい。もう一度彼女と仲良くなることよりも、俺は彼女が生きて幸せになることを望む。
だから――
「ローズマリー殿下、貴方のような方が自ら図書館へ足を運ぶ必要はございません。他の生徒も驚きますし、どうか本を借りるのには側仕えをお使いください」
ローズマリー殿下は目を見開いて、それから悲しげに俯いた。きっと俺の反応は、彼女のシミュレートになかった反応だのだろう。
そう思ったのだけれど――
「前回は魔術と蒸気機関の話をしてくれたのに、やはり同性にしか興味がないのですね」
「だから、それはデマだと言っているでしょう……って、え?」
目を見開いてローズマリー殿下を見つめる。彼女もまた、大きく見開いた目で俺を見つめていた。そこから得られる結論はたった一つだけだ。
俺は泣きそうになるのに耐えて、あの日は出せなかった右手を彼女に差し出した。
「ローズマリー殿下、俺と一緒に運命に立ち向かいましょう」
お読みいただきありがとうございます。