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気づいたら異世界で雪女になっていました  作者: 花見川港
第一章 ニフルヘイム
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ニフルヘイム(4)

 そして気づけばベッドの上。


 窓の外ではまだ分厚い雲が空を覆っていたが、燭台の灯りがいらないくらいに明るい。


 アーベルとカールロが話し合っているうちに寝てしまったのだろう。せつなは頭を抱えて丸まった。


 そ、そんな子どもみたいな……ううぅ。


 恥ずかしさに耐えたあと、頬に赤みを残したまま部屋を出ようとする。


 しかしドアを開ける前に思い止まる。


 さすがに、このままじゃ……。


 朝に、パジャマ代わりのワンピースのまま人前に出ることに少し抵抗を覚えて悩む。


 他に着れる物はあの着物しかない。一応己の物であるし、遠慮することはないのだが棚の上に置いてあるそれを前にして躊躇する。着物、帯、長襦袢、肌襦袢、腰紐など、着物と一口に言っても付ける物は多い。


 黙考して、服を脱いだ。真剣勝負に挑むような顔つきで、教わった着方を記憶から引き出す。


「えっとまずは肌襦袢」


 どれもこれも真っ白で見分けにくい中、一番薄い布を広げる。裾除けも兼ねたワンピースタイプの肌着だ。


「次に長襦袢……あれ、タオルで補正しなきゃいけないんだっけ?」


 くびれがない方がいいと言われ、試着のときに腰にタオルを巻いたはずだ。衣紋抜き、伊達締め、「難しかったら腰紐も使って」と友人の助言。教わったことは覚えている。しかし、最終的に辿り着く帯。

 

 雪女役の為に作ってもらったのは、動きやすさ、簡略化、金銭事情を考慮した安い生地を使用した、着物というより浴衣に近い物。帯は巻いて、飾りを挿すだけの簡単仕様。そもそも結び方は教わっていないのでわからない。


 長襦袢に袖を通したところで立ち尽くす。


 勝手に変わったなら、着付けも自動的にしてくれないかな。一瞬でパッと、そう、例えば、魔法少女の変身みたいな。


 そう思った瞬間、せつなの体から冷たい風が吹いた。


「え、え?」


 裾が浮き上がり、目の前の振袖と帯がきらきらと輝きながら風に巻かれて消える。残った砂粒のような煌めきが体の周りを一周し、より一層強い風が全身を巻く小さな竜巻になって咄嗟に目を閉じた。


 風が止み、煽られていた前髪が額に戻ったので目を開くと、


「――は?」


 帯は綺麗に締められ、きっちりとした着物姿がそこにあった。


 口元を引き攣らせつつ「まさか」と呟き目を閉じる。脱ぐ、と念じると体を覆っていた物が消え、肌が露わになる。


 着物に見えたこれは、厳密に言うと布ですらなかった。着物を模っていたに過ぎず、本来明確な形を持たないモノだ。一度崩して、中に戻したことで感覚的に何か掴めた気がして、手のひらを見ながら念じる。すると輝く粒子が現れて、集まって帯になった。手触りも本物と遜色ない。


 着物のサイズが変わっていた理由はこれだ。


 もう一度念じると、完璧に整った振袖姿に変わる。


 これは便利だと感動していると、肩部分が微妙に違うことに気づく。今の体格に合わせたゆえか、七五三で見るような肩上げができていた。つまりこれは子ども用の着付け。せつなが意図したものではない。


「……ま、いいか」


 不思議な能力とはそういうものなのだろう。


 多少のことにも目を瞑るぐらい、せつなは気分が良かった。


 軽やかな足取りで一階に降りる。


「おはようセツナ。まあ、可愛い!」


 ニフルヘイムでは馴染みのないせつなの装いをレーナはにこにこと見つめる。


「白くて、ひらひらしてて、まるで『フウィートゥルヴ』ね」


「ふうぃ?」


「あ、そうそう。アーベルなら外にいるわよ」


 希望通りソリを得たアーベルは、すでに出発の準備をしているらしい。


 別にアーベルに用があったわけではないが、トナカイのソリには興味がある。


 そのまま外に向かおうとしたせつなをレーナは呼び止めた。


「あらあらダメよ、そんな薄着じゃ」


 どこから引っ張り出してきたのか、厚手のコートや耳当て付きの帽子をせつなに付ける。「こんな物じゃ危ないわよ」と草履から皮のブーツには着替えさせられ、せつなは裏地が毛皮のもこもこの防寒装備に包まれた。


 暑さを我慢しながら、半ば逃げるように外へ向かう。雪かきした後の家の前は踏み締められた白い地面だが、手がつけられてない部分の雪はせつなの腰辺りほどあった。どの家も十歩以内の周囲だけ雪かきして、残った雪が垣根のように一軒一軒を区切っている。カールロの家の屋根が一番大きかった。


 キンと冷えた空気を肺いっぱいに吸い込む。


 家の前には、想像していたよりも巨大なトナカイが二頭。主に薪用の原木などを運搬するのに使う大きめのソリが一台。すでに後ろには、せつなが入れそうなほどの大きさの木箱が一つ積まれていた。


 ソリの手前では、せつなと同じように頭から足までがっちり防寒具を身につけたアーベルがカールロと話していた。


 気づいた二人が振り向く。


「来たか」


 アーベルは猫のようにせつなの首元摘むと、軽々と持ち上げてソリに乗せた。


「……え?」


 そして箱の隣できょとんと目を丸くするせつなをよそに、前に乗って手綱を取る。


「世話になった」


「おう、気をつけて行けよ」


「あ、セツナ! これ、痛み止めの薬とか入れておいたから」


 家から飛び出して来たレーナは、少し重いポシェットをせつなの体に掛けた。


「アーベルが無茶しないように見張っておくのよ。あなたも体調に気をつけて」


「え」


 ちょっと待って欲しい。


「二人とも、気をつけてね」


 なんだかどんどん話が進んでいるけど、私は——


 ソリが動き出す。トナカイは走り出し、手を振る二人の姿が、村が、白の景色の中へと薄れていく。


 ソリの起こす風に乗り、口の中に入り込んだ雪をせつなはこくりと飲み込んだ。

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