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唯一無二はどちらか

前編だけ、投稿します。

後編は、改稿という形で書き加えようと思います。(3/22)

木の葉が風に舞う。

 

 既に、周囲の木は丸裸。言葉のとおり、空気を読めなかった葉が細い枝の先でひらひらとしがみついている。

 

 落ちたばかりの紅葉なら、風情もあるのだろうが、枯れて丸まった木の葉は、寂しさしか感じさせない。

 

 舞いに舞ったそれは、地面に落ち、ぐしゃりと潰れる。生徒の話し声がする。自分達が踏んだ存在の事にも気付かずに、楽しそうに笑いながら通りすぎていく。

 

 散り散りになった木の葉は恨めしそうにどこともなく消えていった。

 

 

 

 その一部始終を見て、思うことがあった。充ち溢れている人は、あんな風に、枯れていく者なんかに目もくれないのだ、と。

 そうして、踏みつけて、笑って去っていく。その笑顔が憎い訳じゃない。気付かずに踏むのも、仕方がない。

 

 けれど、何故か悲しい気持ちになってしまうのはなぜだろうか。

 

 僕は、今日もまた余ったお弁当に蓋をして、中庭を後にする。

 横を、複数人の女子たちが駆け抜けていく。

 羨ましかった。友達はいる。けれど、そいつは僕と違って、とても人気者だ。いつも人に囲まれて、笑顔に包まれている。彼も、彼の周りも、皆が楽しそうで、その中に入る勇気の出ない僕は、少し離れてそれを眺めているのが日常。

 だから、弁当も勿論別だ。優しいあいつは、毎日誘ってくれる。でも、周りの視線に耐えられず断ることを続けていた。何度も何度も断っているのに、何度も何度も誘いに来るあいつは、きっと変わり者だ。

 

 昼休みの終わりを告げる鐘が鳴る。5分後には、いつもの席に座り、いつものように板書をノートに写しているのだろう。


 皆はそんな繰り返しを嫌いだと言うけれど、僕は授業が好きだ。とはいえ、勉強が楽しいわけでも、先生の話が好きなわけでもない。ただ、その時だけは、教室に居づらく無いから。それだけの理由。周りの目は気にならないし、することが用意されているから手や時間を持て余す事もない。


唯一気負わない時間だ。


 そんなことを思いながら、僕はなんとか席につく。ドア前を支配する奴等の気がしれない。通せんぼされる身にもなってほしい……なんてことを思いながらノートや教科書を出す。いつもなら、それで本鈴を待つだけなのだが、何故かクラスメートがそわそわと話をしているのが目についた。

 「どうせ、今回も良いんだろ?」後ろから声がする。振り向けば、友人がいた。「ビックリするだろ……。」「んでんで、良いんですよね。正直に言えよー?」僕の言葉を無視するな。そう言いたいのを抑えて「返ってこないとわからない。」と言った。そうか、今日は考査の答案用紙が返ってくるんだった。


 皆の落ち着きがない理由がわかった。数学はこの時限に返ってくる。国語と英語はわからないけれど、多分、明日明後日にはすべて揃っているはずだ。「おーい、早く取りに来い。」先生に名前を呼ばれ、少し小走りをする。席に座ったときには、その用紙は、たった1枚の紙切れなのに、重いものになっていた。

書かれた数字で価値が変わるなんて、テストと紙幣位だろう。

そんなものに振り回される人間を馬鹿にしながらも、今のこの僕も、書かれた数字に重さを感じている。そんな事実を否定したいかのように、その紙切れを二つ折りにしようとする手は、さっきと同じ声により、止められてしまった。

 「返ってきたからわかるよな?」いじわるそうに笑う友人に、僕は観念した。「わかったよ、好きに見ればいい。」本当に、そういう頭が働くところも尊敬するよ。僕が頭が回らないだけなのだけど。

 正直、取り柄は勉学以外に無い。今、僕のテスト用紙で一喜一憂している友人は、本当にすごい人なんだ。僕以外に友達なんて山ほどいるし、いつでも中心人物に成りうる。

その上、幼なじみだというだけの、愛想の無い僕にわざわざ構うなんてとことん「良い奴」だ。

 この、「勉学」だけは、それ以外にすることがないために、世の平均ほどはあるけれど、他はすべてそれ以下。だから、その一喜一憂している友人に、僕の持っていないものを持っている友人に、一種の嫉妬を抱いている。

 

 憧れでも、羨望でもなく。

 

 相変わらず、授業が終われば辺りは騒がしくなる。「良かった。」「悪かった。」誰が聞きたい訳でもないのに、聴こえてくる声が鬱陶しい。けれど、そのなかに友人の声もあるわけで。

 本当は、皆と話したい。この休み時間を誰かと楽しく過ごしたい。友人と、話をしたい。けれど、そんな事は、出来ない。その心の矛盾で、僕は勝手に、楽しく話しているだけのクラスメートを嫌う。僕に、そんな、才能をくれよ。そんなに笑える、僕になりたい。

 こんな僕じゃ嫌なんだ。

 

 こんな人生、いらないよ……






 ―――「いってきまーす。」

 僕は、雨が降るほど珍しく、元気にドアを開ける。

 靴が水溜まりを叩くリズム。

 

 それは、水滴がビニールに当たる音に乱されること無く、軽やかだ。

 こんな気が沈みそうな雨空に笑うなんてあり得ない。

 「なんだ、辛気くさいなぁ。」と僕が笑う。

 

なら、僕の身体を返してくれ、と思う。

 

 

 何故か、今朝起きたらこうなっていたのだ。変な奴が僕になっていて、勝手に動きやがる。そのせいで、僕はいつになく楽しそうな僕を見る羽目になってしまっている。

 

 無理矢理にでも、そんな明るい僕を演じることを辞めさせるべきだったものの、僕の手は、僕の身体(偽者)に触れることが出来ない。すり抜けてしまう。

 頼みの綱の家族でさえ、僕の身体にせものを止めてはくれなかった。

 いつもとは違う僕の振る舞いに驚きながらも、少し首を傾げただけだ。

 

 しかも、すぐ隣にいる僕の事に気付くこと無く。

 

 何故、息子が、目の前に二人いることに疑問を抱かなかったのか。なんて問題は、さほど難しくはなかった。見えていないのだ。

 僕の必死の手振りも訴えも、彼らには届かない。姿も、声も……。

 

 無念にも、僕に実体がないことは認めるしかないみたいだ。

 

 

 現に今、同じ容姿の人間が二人歩いていても、町の人たちは見向きもしない。

 これは、絶対に夢だ。こんな非現実的な事が起きるわけがない。

 

 でも、それは、僕の偽者によって否定された。

 「夢でもなんでも思えばいいけど、現実であることは言っとく。

 それから、俺は君の偽物なんかじゃない。

 

 正真正銘、君自身だよ。」

 

 『はぁ?僕は僕だ。偽者なんかが偉そうに。』


 「でも、俺はこうやって、君としてここに存在してる。」

 

 『勝手に身体を持っていっただけじゃないか。ある意味犯罪だ。さっさと返してくれ。こっちは、誰にも見向きされなくて困ってるんだから。』

 

 「見向きもされないのは、元からだろ?」

 

 ……痛いことを言われた。それでも、自分の積み上げてきたものは確かにある。それを壊されたくはない。

 

 こいつは、絶対に何かしらしでかす。

 

 「あのさ、自分の評判気にするなら、俺に話しかけない方がいいんじゃないか?

 これじゃ、独り言通り越して、ヤバイ奴に見られるぞ。」

 

 困るのは君だから、という言葉に、僕は周りを見回す。

 周囲の人が、僕を憐れむような、警戒しているような目を向けながら通りすぎていく。

 そうか、空に向かって話していたら、そんな目も向けられるよな。

 変に納得していると、

 

 「まぁ、俺が上手くやってやるから。」

 

 と、僕の偽者は笑った。

 

 

 その言葉通り、彼はやってのけた。

 僕のペンの持ち方も、ノートの取り方も、全て僕の癖そのままだった。

 教室に入るのは躊躇われたが、どうせ見えていない、と僕は、隅で授業を聞くことにした。

 

 外から、自分を見るのは初めてだけれど、隅から見た偽者は、確かに僕のようだった。

 

 

 

 ただ、唯一違うのは、人との接し方だった。

 

 教室に入って一番、「おはよう」と言い、

 人が物を落とせば、笑って返す。

 人が話をしていれば、面白そうだな、と入っていく。

 いきなり変わった僕(偽者)の様子にクラスの皆は目を白黒していたが、それも最初だけで、はすぐに輪の中に馴染んでいた。

 

 授業だって、高校に入って初めて手を挙げた。

 日頃の成果か、僕の手がなぞった黒板には、先生が大きく丸をつけた。

 

 少し難しい問題だったので、教室内に感嘆の声が挙がる。

 「たいしたことあるかなー。」と言いながら、僕の偽者は席に着く。

 


 昼休みも、僕が色んな奴に話し掛けて昼食をとっていた。

 誰しも必ず驚くのだが、十分後には打ち解けて、昨日までの僕を忘れてしまったかのようだ。

 

  

 その楽しそうに笑う、僕とクラスメートの光景は、僕の憧れていたものだった。

 

 けれど、そこに僕本人は居ないのだ。

 

 

 

 

 

 校舎がオレンジ色に染まり、校門からは多くの生徒がわらわらと出て行く。

 

 「またな。」

 

 僕は、その中に、僕を見つける。

 そう、僕の偽者が、クラスメートに手を振っていた。

 

 しばらく歩くと、独り言にしては大きく

 「な、上手くやっただろ?」

 もう、人気もないし、喋っても大丈夫と判断したらしい。

 

 何処がだ、と文句を言いたい。けれど、あんなキラキラした僕の姿を見せられては、何も言えない。

 

 ただ、この状況に納得している訳ではない。

 

 『それとこれは別だ。

 何故僕の身体に居るのか。

 お前は何者なのか。

 

 きっちり、話してもらおうじゃないか。』

 

 行き道は人が多かったが、今なら、存分に空に向かって話せるだろう。

 

 

 しかし、大事なことだから、といって偽者は閉口してしまった。

 無理矢理話させようとしても、相手が無視を決め込むので、何にも干渉できない僕は、黙って帰路に着く僕を、追いかけることしか出来なかった。

 

 結局、何も理解できないまま、家へ帰りついてしまう。

 

 家族は、朝と同じように、僕に気付くことはない。

 偽者に、お帰り、と言い。

 彼は、笑ってそれを受け入れる。

 

 僕は二階の部屋に上がる。何故か、悲しくなったから。

 

 窓から、曇り空が見える。

 今朝の雨はあがったものの、曇り空は変わらない。

 下からの笑い声に耳を塞ぐ。雨でも降っていたら、自然と掻き消してくれたのに。

 

 

 

 開けっ放しの窓から入ってくるのは冷たい夜風だけで、それはカーテンを揺らしていく。

 

 

 

 カーテンは、何度も何度もなびいた。

 

 僕は、窓を閉めようにも閉められない煩わしさに惑わされる。

 

 

 どうして

 

 こんなことに……。

 

 

 「教えるよ。」

 

 突然の声に振り向くと、偽者が部屋に入ってくるところだった。

 

 「帰り道の話。今、する。」

 

 僕は、彼に向き直った。

 

 見れば見るほど僕そっくりだ。それも当たり前か。だって……

 

 「俺は、ドッペルゲンガーと思ってくれたら良い。」

 

 僕の分身だったのだから。

 

 「もう、こんな人生いらないよ。

 君の言った言葉。覚えてる?」

 

 確かに覚えている。昨日の事だから、ずっと鮮明に。

 そして、それが

 その言葉が、彼に届いたのだと理解した。

 

 「そう。君のいらないと言った人生が欲しいと思った。それだけ。

 

 

 でも、今日一日騒いで疲れたんだ。

 

 明日は返すよ。身体。」

 

 僕は拍子抜けした。

 

 『えぇ!?

 ドッペルゲンガーって、あの、超常現象のひとつの事なら、

 見た僕は死んでしまって……』

 

 僕は信じることは出来なかった。

 

 半ば、諦めていた。

 だって、一度はいらないと口にまで出した、人生だ。

 

 それ以前に、

 

 『こんな怪しいやつが大人しく返すなんて、うまい話があるわけ無い』と。

 

 

 俺って信用無いな、と笑いながら窓を閉める偽者を横目に、僕は床に転がる。

 肉体が無いので、疲れはないはずだけれど、閉じた目は朝まで開くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 目を開ければ、いつもの天井。

 いつも、ベッドから見ている、白い天井。

 

 いつの間に、僕はベッドに移動していたのだろう。

 

 何気なく、僕は、カーテンを開けた。

 

 朝日がまぶしい。

 

 

 

 カーテンを開けた……?

 

 

 そう。

 

 僕の手は、きちんとカーテンを開けることができたのだ。 

 

 

 しゃっしゃっ、とカーテンの開け閉めを繰り返す。

 

 「本当に、身体がある。」

 

 

 不安ながら、リビングへ降りる。

 

 

 家族が、自分を見て

 

 「おはよう」

 

 と言ってくれるだけで、こんなに嬉しく思った日は無い。

 

 

 僕は、本心から笑って、おはようと返す。

 

 昨日今日と笑うなんて、可笑しな日もあるもんだな、と笑われる。

 

 それでも良い。今日のこのおかしな僕は、僕自身なのだから。

 

 

 今日は、土曜日だけれど学校がある。補習と言うやつだ。正直面倒くさい。ようやく身体を取り戻して、これまでにない程明るい気持ちではあるが、教室にたどり着けばひとりぼっち。


 偽者みたいにうまくクラスメートとも話せない。一日限りの僕の輝きだった。

 

 でも、

 

 やっぱりドッペルゲンガーに会ってしまった時点で、 

 

 平凡な学校生活が再開するわけがなかった。

 

 

 

 

 

 ここで笑え。こう返事をしろ。

 耳元で、指図をしてくる声が絶えない。

 

 

 その声は僕そっくりで、聞こえているのは僕だけ。

 

 そして、

 校門をくぐった今も、絶えることはない。

 

 『ほら、クラスメートが来た。挨拶。挨拶!』

 

 嫌だよ、僕、あいつと仲良くないし。

 

 『俺が、昨日仲良くなった。ほら、早く。』 

 もうむちゃくちゃだ。

 

 

 しかも悔しいことに、偽者の言う通りにすれば、うまくいってしまう。

 

 どのタイミングで、どんな行動をすれば良いのか。

 一挙手一投足、言われるがままになんとかこなす。

 

 そのうち、僕は偽者と念話(テレパシー)が出来ることに気付き、わざと小さな声で話す必要もなくなった。なので、補習の終わる昼前にはスムーズに指示をこなすことができるようになった。

 

 あちらは、ようやく気づいたのか、と呆れたように鼻で笑ったが。

 

 

 土曜日補習には、昼休みなんてものはない。

 

 授業が終わってすぐ、生徒たちは各々帰る準備をする。

 僕は偽者の言う通り、クラスメートに手を振り、相手も振り返してくれた。

 

 

 ようやく青春が来たような気がした。毎日が楽しいと騒いでいる彼らの気持ちも、少しはわかった気がする。

 

 

 

 『そういえば、あいつとは仲が悪いのか?』

 偽者が、僕の友人を指差す。

 

 

 「あ、いや?仲が悪いって程じゃない。」

 仲良しだ、というのはおこがましいと思ったので、

 僕は、教科書を鞄に詰めながら素っ気なく返す。

 

 『そうか?あいつは、昨日も今日も、俺……いや、君を避けてたけど。

 あ、なんかこっち来たぞ。』

 

 

 避けられてない、と思う前に友人が僕の前に立つ。透けた偽者と重なって、少し可笑しかった。

 

 「なぁ、明日予定ある?無かったら、いつものとこで集合。」

 

 

 「うん。わかった。」

 

 あいつなりの、遊びの誘いだ。勿論、断る理由も無いのでOKする。

 

 友人が去った後で、僕は偽者に向かって

 ほれみろ避けられてないじゃないか、と小さく口角を上げる。

 

 

 でも、昼食を誘いに来る、あの明るいあいつとは遠かった気がする。

 まあいいか。

 

 僕は鞄をもって教室をあとにする。

 

 靴箱までの廊下から、中庭が見える。地面には赤茶けた葉が舞い、木には枯れ葉一つ付いていない。

 スッキリした裸の木。

 わだかまりが無くなって、高校生活を楽しみ始めた僕。

 

 寂しさを感じていた僕から、成長した。そんな気がした。

 

 

 

 校門から出て、大きく伸びをする。

 ドッペルゲンガーとかいう僕の分身のおかげで、人生がやり直せたと同じ事になった。

 

 

 僕の知っているドッペルゲンガーとは、違って、とても良いやつだと思う。

 ドッペルゲンガーにも個性ってあるのだな。

 

 「どうだ。俺のコミュニケーションスキル、凄いだろ。君だって人気者に早変わりさ。」

 

 そう、鼻を高くする偽者は、どうも出会うと死んでしまいそうな雰囲気を感じさせない。

 皆、勝手に怯えて、思い込みか何かで死んでしまったか、人格が変わってしまってしまい、今のドッペルゲンガーの噂が出来上がったのではないか。

 プラシーボ効果?かわからないが、そういうことだとしか思えない。

 

 だって、この二日、明らかに危害を加える素振りもなければ、僕に悪い影響が有るわけでもないから。

 

 

 どうせなら、ずっと居てくれたら良いのに。

 

 

 

 

 

 日曜日

 

 約束の「いつもの場所」にいく。

 

 あいつは、もう来ていた。

 軽く手を挙げて、来た、と合図する。

 

 「お前、そんな好みだっけ。」

 

 友人の第一声はそれだった。

 

 

 実は、寝坊してしまって、起きたら約束の時間の三十分前だったのだ。

 

 ここまでは良い。

 

 何故か、僕はもう着替えて家を出る寸前だった。(僕、と言うよりは、偽者の方だが。)

 ……つまり今日の格好は、勝手に偽者がやったせいで、地味な僕とは対照的な、明るい色基調な服装になってしまっていた。

 そもそも、こんな服よくあったものだ。

 

 っとまあ、友人にこんなことは言えない。

 

 「親に、用意されてさ…。」

 

 「そうか、うん。」

 

 友人の目が痛い。

 もっとマシな嘘をつけなかったのか、と横から聞こえる。うるさい。他に思い付かなかったんだ。

 

 呆れる偽者と、怪訝な目の友人に挟まれ、心が痛い。

 

 

 「とりあえず、なんか飲み物でも買うか。」

 

 友人は、さっさとコンビニの方へ歩き出す。

 大体、休日に会うときは、世間話でもしながら歩くのに、あいつはずっと早足で一言も喋らなかった。

 

 こう話しかけてみろ、と偽者に言われた通り話題をふってみるも、撃沈。

 僕は大人しくついていくことにした。

 

 

 

 「ありがとうございましたー。」

 

 扉が開いて、ひんやりした空気を身体全体で受ける。

 お茶のペットボトルを持った手だけが、ほわほわと暖かさを主張する。

 友人は、早くも蓋を開けてジュースを飲んでいる。

 冷たい時期に、冷たい空気のなか、冷たい物飲んでお腹壊さないのだろうか。

  

 

 

 

 その後、やっぱり壊したのか、通り掛かった公園のトイレに駆け込んでいた。 

 

 その間、暇なので偽者と会話しながら、お茶にちびちびと口をつける。

 

 小さな公園で、ベンチは二つ。シーソーが一台に砂場が端に。

 

 『えらい、殺風景だな。』

 

 「まぁ、そんな住宅街が近いわけでもないしね。」

 

 『子供が少ないから、こんなでも良いか。ってことか?』

 

 「んー、そうなのかな?」

 

 

 実体がないので、偽者の手は、通り抜けるだけだけど、

 質問を質問で返すなよ、と小突かれる。

 

 

 いつまでも、帰ってこない友人。

 昔から腹が弱いわけではないが、こうしてへまをすることが度々ある。

 やっぱり、冷たいジュースなんてよしておけば良かったのに。

 帰ってきたら、新しく温かいやつを買ってやろうかな。丁度、自動販売機が目の端に写ったから。今居る公園から、さほど遠くない。

 

 『そういえば、君は、俺の事使わないんだな。』

 

 「ん?使うって?」

 

 偽者の言葉に、小銭を探す手が止まる。

 僕は、マルチタスクは苦手なんだ。ということで仕方なく、手の動きの方を諦める事にした。

 

 『いや、せっかく俺という、分身ができたわけじゃん。普通、何かしろとか任せるものだろ。』

 

 「僕、自分の事は自分でしたいから。」

 

 『あっそう……。優等生だな。』

 

 

 偽者の考え込む顔に、勝手に話題の終わりを決めつけ、

 僕の思考は、とっくにジュースに移っていた。自販機の飲み物っていくらだっけな。

 

 百五十円?六十円?

 

 手の中の百円玉と五十円玉に不安を覚え、十円玉を一枚足す。

 あ、でも、もしかしたら缶ジュースはもっと安いかもしれない。

 お釣りが来て、財布をまた開くのは面倒くさい。ただ、値段を見るだけに一往復するのも面倒くさい。

 どうしたものか……。

 

 

 

 そうこうしている内に、友人は、頭を掻きながら戻ってくる。

 

 おかえり、と笑う。

 

 最初はぎこちなかったけれど、偽者が来てから、自然に笑えるようになった気がする。

 

 そうして友人も、おうただいま、と返してくれると思ったのに。

 

 「お前、なんでそんな笑顔してるんだ?」

 「え?」

 

 今まで見たより、遥かに冷たい目。

 

 「金曜日から何かしらおかしいとは思ってた。そんな、不慣れな笑顔。」

 

 今だ慣れぬ僕の行動を言い当てられても、今更驚きもしない。目の前の人物だけが、おかしいよ、と言った訳じゃない。散々と言われた。

 でも、そんな彼らとは違う雰囲気に、僕は戸惑った。

 

 疑われている。

 

 それだけだった──

 

 それだけなのに、恐れている自分が居る。急に変わったことを言及されることに怯えているのだろうか。けれど、それもなにか違うと、心のどこかでは感じる。

 

 「お前、誰だよ。」

 

 ……誰。

 その言葉に、僕の俯きがちだった頭は一瞬揺れた。

 誰か、だなんて、僕に決まっている。僕は、僕なんだ。偽者なんかに、明け渡したんじゃない。僕は、僕の意思でここに居て、僕の意思で笑っている。

 

 本当にそうか?

 

 誰かの声がしたような気がする。

 

 

 いやいや空耳だ。

 

 ……いっそ、本当の事を言ってしまおうか。元来、隠し事が得意な性格ではない。

 僕の分身が居た。そいつの言う通りにしてた。そうとだけ言えば良い。

 なのに、何故か、バレたくないと焦る気持ちに支配される。

 

 

 緊迫した空気感に、口を開いたのは僕だった。

 

 でも、その言葉は、僕の口から発せられたようで、僕の言葉ではなかった。

 

 「誰?……か。」

 

 僕のとなりには、僕と全く同じ容姿の人物が現れる。

 「あと、数時間だったのに。」

 

 偽者は、失敗したや、と嘲笑を浮かべる。

 

 友人は、少し目を見開くも、うろたえる事はなく、むしろ真っ直ぐな視線を向ける。

 そして、もう一度言った。

 

 「お前は、誰だよ。」

 最初より、いささか語調が強い。

 

 が、

 偽者は、友人に向けて、笑ったのだ。

 

 「俺は、分身だよ。君の友達のね。」

  

 「友人君の知りたい、俺の正体は、皆ご存知、ドッペルゲンガーのことだ。」

 


 「そうか、じゃあお前は、俺の友達を殺そうとしてたって認識で良いか。」

 

 「殺すだなんて、とんでもないな。俺は、見られただけで殺せやしないよ。乗っ取る事はできるけどな。」

 

 「乗っ取る……。金曜日か?」

  

 「なんだ、わかってるじゃないか、友人君。ちなみに、俺の存在には、いつ頃気付いてた?」

 

 この質問に、友人は眉を潜める。答える必要があるのか、と。  

 

 のらりくらりとした偽者の受け答えにも、イライラが募っているのに、関係無いことまで話題に持ち出され、ますます怒りのバロメーターは上がっていくようだ。

 

 「昨日だ。だから、今日呼んだんだ。じっくり話せると思って。」

 友人はぶっきらぼうに答える。

 

 「そっか。じゃあ……そこから、もう俺の存在は崩れ始めていたんだ。」

 偽者は、初めて見る、愁いの表情をとる。

 

 「……存在が崩れる?なんでそんなことに話が変わるんだ。」

 

 「条件があるのさ。乗っ取れる条件が。

 そして、それが満たされなければ、俺は消える。

 二度、命の椅子から弾き飛ばされたら、もう、世界にすら、存在を認めてもらえない。」

 

 偽者は、遠くを見ながら、話し始める。

 少し経って、それが昔話だと気付いた。

 

 

 

 朝起きれば、目の前で自分が動いていた。その自分は、俺が嫌なことを全部してくれた。学校での授業のノート取りも、任せろ、と言ってやってくれた。

 

 いくら遅く帰っても、自分の分身が、上手い言い訳をしてくれるし、宿題だってしてくれる。

 実質、俺は、友達とはしゃぐか、ゲームで遊ぶだけだった。

 そんな、ラクで楽しい生活に溺れて、大変なことは全て任せっきり、頼りっきりにしていた。

 世の中が、そんな簡単にはいかないこと。

 けれど、世の仕組みは単純だということ。を全く知らずに。

 

 そして、とうとう告げられた。三日目の夜。

 「君は、要らないよ。」

 

 楽に傾いたシーソーは、俺の存在がなくなると共に、逆向きに動き出す。

 

 自分の身体が薄れていって、分身の方が実体を伴っていく。

 奪われたのだと気付いた。

 

 本当に、馬鹿だな。もう、遅い。

 そんな言葉が頭をめぐる。

 

 彼は、俺に二つの事を教えた。

 

 存在が入れ替わったこと。

 と

 奪うための条件。を。

 

 その条件が……

 「72時間本人以外の他人にバレないことと、

 本人より存在を大きくすることの二つだ。」

 

 だから、どちらも満たせなかった俺は消えるのだ、と目の前の分身は語る。

 

 

 

 

 「存在を大きくすること?ってなんだ。」

 

 「本人がすることをすれば良いだけだ。活動力が少ない人間は、それだけで存在が薄くなるから。」

  

 

 「奪われたから、奪いに来たのか。」

 

 「そうだよ。上手く生きる術を学んだから。今度こそ生きてやるってな。」

 

 友人の問いに、偽者は一つ一つ答えていく。

 

 

 僕の思考は追い付かなかった。

 

 ドッペルゲンガーのようなもの、から、本物のドッペルゲンガーだったというだけでも驚きなのに。

 善良そうに見えた偽者が、実は僕の存在を奪おうとしていたことを知った。

 偽者の過去を知った。入れ替わる条件を知った。

 

 気付いてくれる友人を持って良かった

 乗っ取られなくて良かった

 消えるのが僕でなくて良かった、心の底からそんな思いが湧いてくる。

 

 

 でも 

 

 悪いやつとは思えなかった。偽者のお陰で、楽しさも味わわせてもらった。

 

 消えるなんて、あんまりだ。

 

 それでも、その僕の気持ちとは逆に、偽者は元々より透き通っていく。

 意外と早くにバレてたんだな、なんて笑いながら。

 

 

 もっと、誰かと笑っていたかった、

 談笑していたかった

 ……生きていたかった。

  

 

 僕の声が、僕とそっくりな声が、聞こえた。

 

 そうか、君は寂しかっただけなんだ。僕だって君を良いようにしていたんだ。

 「ごめん。

 消えないで。なんでもするからっ。」

 

 

 

 なんでもする。という言葉に、今までの欲を吐きたくなった。

 『なら、そこを譲ってくれ。』と。

 でも、なんでだろうな。

 

 口から出たのは、別の言葉だったんだ。

 

 「友達をさ、大切にしろよ。」

 


 はっとした表情が、面白かった。

 

 俺には、気付いてくれる友達が居なかった。あんなに、笑いあったとしても、本質に目を傾けるやつは、居なかった。

 

 身体を借りたこいつに、少し嫉妬する。羨ましい。

 

 

 君には、身体を返したとき、

 「今日一日騒いで疲れたんだ。だから、返す。」って言ったけど、本当は、睨み付けてくる君の友人にバレるのが怖かったからなんだ。

 

 独りが嫌で、皆に憧れていた。自分が上手くいくはずがないと思っている。

 だから、一度明るくなれば、頼ってくると思ってた。

 

 でも、意外と強かったんだ。

 意気地無しなところはある、消極的だ。

 けれど、意志薄弱ではない。

 

 なにより、あんな友達が居るなら、きっと上手く生きると思う。

 

 視界が狭くなっていく。

 奪えなければこうなることはわかっていた。消えるのが怖かった。でも、いざ迫れば然程ではなかった。

 

 

 

 今はただ、忘れられたくない。

 せめて、誰かの記憶の中に、「居た」という存在証明が欲しかった。

 

 

 それも、もう手遅れだけど。

 

 

 おめでとう、命の席は君のためにある。

 

 

 

 

 「消えちまったな。」

 最初に口を開いたのは、友人だった。

 昼前に集まったはずなのに、陽は傾く直前にある。

 

 「うん。そうだね。」

 自分の影が、伸びていく。

 

 最期の言葉が頭に残る。

 友達を大切にしろ……その言葉通りにするならば。

 僕は、友人に話しかける。

 「友達って、言っても良いかな。」

 ずっと、友人と呼んできた。友達というのが恥ずかしくて。

 

 僕の友達は、きょとんとした後、盛大に吹き出した。

 

 「えぇ!?何言ってるんだよ。ずっと前から友達だろ?今?……なに馬鹿なこと言ってるんだ。」

 

 

 その後は、ドッペルゲンガーについて、沢山話した。

 僕の偽者が消えたとしたら、もうドッペルゲンガーという存在は無くなるんじゃないか、とか。

 もしかしたら、神隠しが関係しているんじゃないか、とか。

 出会ったら死ぬ、は存在が消えるという意味なのではないか、とか。

 

 とにかく、話題は尽きなかった。

 

 

 

 伸びた影は、自動販売機に届いていた。

 

 そこで、握りしめていた硬貨を思い出す。

 手汗に湿る硬貨は、機械の中に吸い込まれていく。ボタンを押し、出てきたのは二本の缶だけだった。

 

 僕は、友達と、初めて乾杯をした。

 

 

 

 翌日、いつもと変わらず学校へ行く。

 

 いや、でもいつもと同じ、には語弊があるかもしれない。

 勇気を出して、おはよう、と言いドアを開ける。クラスメートの返事と共に、友達が駆け寄る。

 偽者がしていたことを、自分からやってみる。疲れに疲れたが、笑うことが苦ではないと知った。

 

 昼休み、僕は友達の誘いに乗った。けれどあえて、教室で食べるという案は蹴った。

 口を尖らせる友達を連れて、やってきたのは中庭。

 定位置に座り、弁当を開く。

 隣は、既に袋を開けパンを頬張っていた。

 

 「うん。旨い。やっぱり目利き天才かも。」

 

 パンはコンビニの新作を買ったらしく、それがとても美味しいらしい。

 元々、新し物好きなので同じものを食べている記憶はないが、大抵、彼が選んだ物は美味しいと評判なので、目利きの点は本物なのだろう。

 

 ふと、足元を見ると、タイルの隙間から、雑草が控えめに頭を出していた。

 

 色褪せたタイルの上に、青青とした葉は、場違いながらも、春が感じられる。

 

 僕はまた、早々に弁当に蓋をする。何故かはわからないが、無性に空を仰ぎたくなった。

 

 そういえば、昨日の、

 偽者が消えた後に聞こえた言葉。

 

 

 目に見えたのは、一色だけ。

 

 

 

 

 「忘れられたくない」と聞こえたのは、やっぱり空耳だったのかな。

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