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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第三章「片桐裕馬、■■作戦」
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第三章【27】「後手の反撃」


 異形の影を下ろす、車椅子の少女。

 やがて彼女はその特異な肢を駆使し、左右の建物の壁を削りながら路地へと降り立った。

 そうして改めて、正面から合わさる瞳。


「うむ。遅ればせながらお主の要望通り、なんとかしに来てやったぞ」


 小さな身体の背面、長い髪を掻き揚げ、剥き出しに張り巡らされた八つの肢。それらはすべて黒色に塗り潰され、尖端には鋭く研ぎ澄まされた鉤爪が突出している。その様相はまさしく、蜘蛛に近似している。


 女郎蜘蛛。

 その正体に相違ない姿。


 その八つ肢に見覚えはなく、情報としても知り得ていなかった。

 けれど持ち主の色白い柔肌や、今尚浮かべられている不謹慎極まりない勝気な笑み。それらはすべて彼女、俺が知る東雲八代子のものだ。

 つい先刻まで向かい合わせになっていた、喫茶店『八ツ茶屋』の店主。黒い着物を纏った、特級の大妖怪。

 図書館に逃げると言っていた筈の彼女と、まったく同じ風貌だ。


 偽者や、瓜二つの影武者――いいや、きっとそういう類じゃない。加えて東雲八代子の形を模っただけの、ヤツらのような存在とも違う。

 この東雲八代子も、正真正銘、生きている。

 いうならば彼女は、まったく同じ生き物として二人存在している。


「まったく。やはりお主、あまり妾のことを詳しく知らんようじゃな。鳩が鉄砲に撃たれたような、間の抜けた顔をしおって」


「……鉄砲、で」


「はて、少し違ったか?」


 言って、首を傾げる。

 その間も彼女の背後では、四本の細肢が車椅子ごと身体を持ち上げて支え、残りの四本がジャリリと宙を蠢いていた。

 ……鳩だの鉄砲だの、そんなことは今はどうだっていい。


「……生憎、その肢については知らされてねぇが。今はそれどころじゃない」


「もっともじゃな。互いに、聞きたいことは後に回すとしよう」


 が、安心せよ。

 東雲八代子は口元を緩めたまま、断言した。


「妾らが来たからには、もう終いじゃ。連中にこれ以上の狼藉は許さぬ」


「終い、って」


 アレを相手に、そんなにも簡単に?

 それに、――『妾ら』が来たからには?


「八ツ茶屋の妾が言っておったであろう? 会議にも参加しておる、とな」


 確かにそう言っていた。


 喫茶店に居ながら、特級会議にも出席している。

 普通ではない不可解によって、それが引き起こされている、と。

 これがその真相。

 何故か、ではなく。こういうモノとして捉えろ。


 そして、


「つまらぬ打ち合わせで遅くなってしまったが、先に飛び出したあの子を追って、その会議に居た妾がこうして現れたのじゃ。――当然、妾一人である筈もない」


 それは、つまり。


 直後、背後で巻き起こされた爆発に振り返る。

 見れば先程まで居た携帯ショップの外壁が大きく吹き飛ばされ、燃え盛る大火が立ち昇っていた。途端に路地の気温は跳ね上がり、喉の渇きに音を鳴らす。

 慌てて態勢を低く構えるが、けれど。


「かーッ! どこのどいつサ、住民の意識を片っ端から奪った蜘蛛女は! 戦い難いったらありゃしないサね!」


 爆心地から、火の粉を散らして現れた人影。

 それは、敵対する白面のヤツらではなく。


「待たせたサね、ゆー坊!」


 金色の髪を振り乱す、俺たち百鬼夜行の首領。

 大妖怪九尾の狐、九里七尾その人だった。


「遅くなって悪かったね。まったくサぁ、こうまでされてるのに打ち合わせだの作戦会議だの。相手の目的がなんであれ、対話の余地なくブチ殺して成敗がベターでしょうに」


 不満を漏らしながら、ゆっくりと細道を歩いて来る。

 飄々とその両手で――力無く項垂れた人型を、ズルズルと引き摺りながら。


「……な、七尾さん、ソイツら」


「おーっと! 近付くのはオススメしないよ、ゆー坊。コイツら半ば不死身みたいだし」


「不死身、って」


「文字通りサね。腕を絶っても首を絶っても、腹の真ん中に穴をブチ開けてもすぐに元通りになる。今はコイツらの体内やら関節部位やらに狐火を捻じ込んで燃やし続けてるから、再生するのにかかりっきりだろうけど、――サ!」


 と、途端に。

 右手にぶら下げていた白面、その頭から突如生え出した土色の腕を、七尾さんは難なく撃退して砕き割った。……自らの額を使った頭突きで。


「下手な不意打ちだねぇ。おまけに脆い。その程度の突貫工事で造られた腕じゃあ、掴まれたって簡単に振り解いちまって終わりサ」


 言って、ボロボロと崩れ落ちる腕を見送る。

 こぼれて灰になっていく破片たちは、小石や土が集まり、固められているようだが。


「ふむ。どうやら無作法な客人の正体は、土の化物のようじゃな」


 同じく成り行きを見ていた東雲八代子が、そう口にした。

 土の化物。その崩れていく腕の様を見れば、内側に至るまで、構成する全てが土石で出来ていることが分かる。

 やっぱりコイツらは人間ではなく、人の形をしただけの別の物。

 俺たちとは大きくかけ離れた、異界のモノか。


「さあて、それじゃあ念の為の二体も確保したところで、殲滅といきたいところサねぇ」


 七尾さんが呟き、空を仰ぐ。

 すれば丁度、呼応するように、空から白影が複数迫り来る。


『――――』


 音もなく降りて来る、白面無面の人型たち。

 大きく広げられた背後のマントには、破壊を巻き起こす魔法陣が光を帯びて幾つも展開されている。

 俺一人であったならば、どうしようもない絶望的な光景。成す術もなく、一網打尽に手足を飛ばされ地面に倒れ伏せるだろう。

 だけど、今はそうじゃない。


「ゆー坊は乙女に連絡して指示を仰ぎな。ここは、アタシらがなんとかするサ」


「お主一人でも十分ではないか? まあ妾も運動不足故、多少は手伝ってやらんこともないが」


 迎え撃つは、この街が誇る二大戦力。

 特級の階級を与えられた、日本の大妖怪だ。

 その力は、俺の想像を遥かに超えていく。


「っ」


 直後、空に瞬く重なり合った発光。

 目を細める程の明滅が起こされ、間もなくして、ヤツらを隠す程の魔法が展開された。降り注ぐは、燃え滾る炎や迸る雷、空気を鳴らす暴風や一直線の青白い閃光たちだ。

 それら複数入り混じった魔法攻撃を、――七尾さんが、一歩踏み出し。

 真正面から見上げ、睨みを利かせる。

 それだけで、


「ま、確かに一人で十分と言えば、十分サね――ッ!」


 彼女を目前に、それら全ての魔法が、消失した。

 魔法を呑み込み上書きする程の業火が、その全てを焼失させた。


 一見には、サリュの焔にも匹敵――いいや、凌駕するか。

 それ程の炎を、七尾さんは、ただ視線を尖らせただけで発現させたのだ。


 そして、それだけには終わらない。

 残った炎はそのまま現存し、大きな渦を描き、


「――狐火」


 七尾さんの呟きと同時に、複数の火柱が撃ち放たれた。

 周囲を茜に染め上げる程の、唸り猛る炎熱。それらは一直線に、宙へ並ぶ標的らへ。対抗し再び魔法を展開する影は、けれどもその魔法ごと丸呑みにされ形を潰された。回避を選択した個体さえも、腕や足を焼かれ大きく損失を受ける。

 街を破壊し、鬼血で硬化された身体さえもいとも簡単に貫いてみせた魔法。それを更に上回り、圧倒する力。その発現に、九尾の狐は専用の式を組み立てるまでもない。準備も溜めも必要とせず、一歩も動かないどころか手足の挙動すらない。

 まさしく特級。

 俺たちとは桁が違う、特異の中で更に選ばれた存在。

 それ程の力を振るいながらも、七尾さんは、


「ほら、離れなゆー坊! アタシはアタシの、ゆー坊にはゆー坊のやることがあるサ!」


 いつもの調子で、ニッと歯を見せる。

 そう焚きつけられて、俺は。


「……ああ、分かってる」


 分かっているんだと頷き、彼女へ背を向けて走り出した。

 ここは役者が違うのだと、納得して。


 ――本当にそうか?

 なんて、そんな後ろ髪を引かれながら。




     ◆   ◆   ◆




 過去、幼いあの日。

 薄暗い廃ビルの一層で、成長の兆しを語ってくれた騎士。

 ヴァン・レオンハートは、真っ直ぐボクを見つめながら尋ねた。


「教えて欲しい。君は、どうやってこの世界で生きてきたんだ?」


「――ボク、は」




 あの時、どうして初対面のヴァンさんに、安心感を覚えたのか。

 どうして深く眠りにつき、その後も警戒することなく彼に歩み寄ることが出来たのか。

 当時のボクにはその理由に自覚がなく、けれど今のボクなら、理解し納得出来る。


 全ては、この眼が。

 この眼が、見抜いていたからだ。


「――強化を。――全てを、見通せ」


 小さな呼びかけと同時に、温かな熱が全身を包み込んだ。妖精から与えられた力が、この身の内側へと染み入っていく。

 鼓動の高鳴り、脈拍の上昇。強化によって増強されるのは、腕力や堅牢さだけではない。この身に備わる身体の機能そのものが、内部から引き上げられる。新陳代謝も、情報の理解や処理の速度も、桁違いに跳ね上げられる。

 特別な魔法や装備、準備なんて必要ない。

 ボクはただ、自身が生まれ持ったモノをそのままに、強化を施すだけでいい。


 そしてその強化を集中させる部位。

 それは、二つの眼球だ。


 まぶたを持ち上げ、開かれた世界。

 どこまでも続く青空が、複数の白影たちに遮られている。遠くない向こうで火の手が上がり、黒衣の魔法使いが戦っている。少し視線を下ろせば、壊れた街並みが無惨にも広げられている。

 映る景色は変わりなく、ボク個人の強化で変わる筈もなく。

 ――けれどもボクだけには、まったく違う様相を明らかにしていた。


「――ああ」


 曰く、この時のボクの瞳は、周囲には金色に輝いて見えるらしい。キラキラと眩い妖精の鱗粉が、強化と一緒に集められているからだろう。

 生憎ボクには、ボク自身の変化は見て取れない。思えばこの状態で鏡を見たこともないが、そんな状況では使わないし、わざわざ確認する必要もない。


 ボクに見えるのは、この瞳に映る外界だけでいい。

 そして映された情報を、殊更理解出来るだけでいい。

 今この瞬間に、それ以外に必要なものなんて、ない。


「――見える」


 これは、大袈裟な誇張ではなく。

 今のボクには、全てが見えている。




 ボクの力の真価は、この身が生まれ持つ二つの瞳だった。

 命を授かったのは、あまりに過酷な世界。古くに文明が崩壊し、光を奪われた国。

 日中に身を晒せば途端に蛮族や獣の類に襲われ、夜間に足下など照らしてしまえば、即座に補足され命を散らされる。

 光に覆われることは、即ち死を意味する。

 そんな世界だったからか、環境へと対応するように、または偶然の産物によって。

 ボクは全てを見抜く目を持って生まれた。


 ただ不幸だったのは、その特質が、あまりに世界に求められ過ぎていたことだ。

 目が良いことなど、生き残るには必要不可欠。それは既に、生き残った誰もが持ち合わせていて当然の要素でしかなかった。

 だからボクは、自身の目が殊更優れていることに気付けず。主張したところで、幼い意見など聞く耳も持たれず。


 今更になって思い返しても、どうしようもなかったと思える。

 ヴァンさんに救われたその時点で十代と少し。それより前に多くの人たちと行動を共にしていたのは、もっと幼く未熟な小娘。

 そんなボクが安全を提案したところで、誰が聞き入れようか。

 この目に映る安全が、絶対の未来であろうことなど、誰が考慮しようか。


 だからこの瞳はずっと、自らの生存と、――多くの死ばかりを映してきた。


 この力は、生き残る為の力だ。

 自分自身だけを生存の未来へ導く。用途はたったのそれだけ。それだけにしか使えない、あまりに自分よがりな瞳。

 ずっと、そう思っていた。

 その本質は、今だってなにも変わっていない。

 けれど、


 生きる力は戦える力だと、そう言ってくれる人が居た。

 なにも出来なかったボクに、それでも新しい道はあると、示してくれる人が居た。




 さあ、目に映る全てを暴け。

 想定外など、なに一つ起こさせない。


 来たるべき勝利を、絶対の確約に昇格させろ。



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