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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第三章「片桐裕馬、■■作戦」
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第三章【25】「加速する攻防」


 金髪を振り乱し、ギラギラと瞳を尖らせて。

 特級の階級を与えられた少女騎士が、戦線へと加わった。


「――――」


 ヒカリは警告することも、ためらうこともない。

 颯爽と、いとも簡単に、標的の急所を斬り断つ


『ばか――ナ』


 音もなく首を離され、断末魔の後に頭部が地上へ落ちていく。

 その容赦のなさや突然の合流に、思うことは幾つもあった。けれどそれ以上に、わたしは彼の行く末に目を見張った。

 首の切断面からは、やはり血の様な体液が噴き出すことがない。いいや、そもそもその断面は、綺麗な平坦に削り取られている。骨や臓器の一切は晒されることなく、ただ壁や岩を斬ったかのように、なにもないモノが詰まっている。

 どころか、頭部を落とされる程の損失を受けて尚、


『――が、がガ、ガ!』


 その身体は音を立てて、四肢をぐらりと動かしてみせた。


「ヒカリっ!」


 声を上げて、警告を叫ぶ。

 駆動した直後、頭を失った身体は振り返り、その両腕でヒカリへと掴みかかる。羽交い絞めを狙うかのような、大きく広げられた攻撃だ。


 その動きに、けれどヒカリは動揺をしない。

 冷静に後ろへ一歩程引き下がり、同時に。


「おっ、と」


 閃く斬線。

 迫る両方の白腕は、肘の部分を瞬く間に斬り飛ばされた。

 置き去りにされたのは、通り過ぎた淡い刃の残像だけ。彼女は手の振りを見せることもなく、全てを終えた白剣をだらりと下げている。

 白影はそのたったの指先すらも、触れることを許されはしない。


 それでも、まだ、終わる筈などなく。


『ま、――ダ、だ!』


 直後、両腕を落とされた身体は、あろうことか。

 その失われた首元から、突如として腕を造り出し、振り上げたのだった。


 ボゴリと音を立てて噴出した、土色の右腕。それは幾つもの凹凸のある固形が、石や岩のように見える物体たちが寄せ集められ、人の腕や手のひらを造り模っている。

 大凡今までの形からは想定出来ない、第三の腕による不意の強襲。


 しかしそれすらも、ヒカリは。


「甘い」


 気付けば振り抜かれた後、右方へ晒された白刃。

 遅れて平然と通り過ぎた横薙ぎの斬撃が、またしても接近する腕を落としたのだった。

 頭部と同様に、根元から切り離され力を失う右腕。ヒカリもわたしも、暫しその腕へと視線を固定させられる。ようやく顕わになった白色とは違う土色の部位に、彼らの本質を見定める。


 そんな、思考の隙を突くように。

 四方から放たれた光線が、明滅の後に少女の一帯を爆炎で包み込んだ。

 攻防の間に彼女らを取り囲んでいた、他の集団による一斉攻撃だ。果たして彼らは仲間意識すらも持ち合わせていないのか、魔法は相対していた個体をも巻き込んで、真っ赤な炎と黒い煙を振り撒く。


 だけど、彼女がそのくらいで倒される筈もない。


「この程度が全力なのか、この程度で壊せると見られたのか、一応は仲間への配慮で威力を抑えてしまったのか」


 呟きの後、火の粉を散らして煙幕から踊り出す。

 ヒカリは一直線に、文字通り空を駆け、そして。


「どの道手こずる程度だね、君たちは――っと!」


 近くに浮遊し魔法を放った後の白影へと、一気に迫り刃を繰り出した。

 上段から下段へ、今度は大振りな一斬を。人型は肩口から腹部を大きく斬り開かれ、衝撃で僅かに仰け反る。それを更に追い詰めるように、続け様、ヒカリの刀剣がブレると同時に、その身体は四肢を断たれマントすらも幾重に切り裂かれた。

 手足を奪われ、魔法式の組み込まれたマントも削られた。防御も攻撃も、なに一つまるで間に合いはしない。


「フ――っ!」


 最後、再び振り下ろされた一斬によって、続く個体は真っ二つに両断されるのだった。

 そうして、突如現れ場を搔き乱したヒカリ。相対した二人がいとも簡単に斬り伏せられた現状は、一団へと少なくない動揺を与える。取り囲む個体たちは当然、街を攻撃していた連中も、彼女への意識を高めざるを得ない。


 それは、わたしへ接敵する奴らも同じだ。

 僅かでも関心を逸らし、手を緩めたその隙を、わたしは逃さない!


「炎幕よ、開けッ!」


 右手を突き出し、号令を。そして発動させた炎の魔法によって、わたしは目前の五体を真っ赤な炎で包み込んだ。

 轟々と燃え盛る火炎は、彼らの装束を焼き尽くす。その苛烈さ、生身の人間であったなら、肉を焦がされ骨すらも削られていただろう。魔法によって変形していたマントも同様に、彼らの武具はことごとく灰と化した。


 けれども彼らのその身体は、それ程の火中であっても形を保つ。

 だけどその結果、わたしは彼らの隠されていた正体を暴くに至った。


 白の装束に包まれていた、人型の内側。

 それは――、


「――っ」


 その様相に、目を見開く。彼らは、人ではなかった。

 そしてやはり、わたしの思う生物とも、明らかに違う造りをしていた。


 彼らは、――土石だ。

 ヒカリへ掴みかかった、三本目の腕と同じ。幾重にも積まれて合わさった、大小凹凸様々な岩石の集合体。


 それが五体を模って、人の形を成していた。


「――どうして?」


 驚き以上に、疑念。

 晒された彼らの正体に、混乱ではなく困惑する。


 人ではなく、生物ですらない。わたしたちや妖怪とも、まるで違う。

 なのにどうして、人を模したの?


 疑問に答える声はない。

 身包みを剥がれた岩石たちは、躊躇いなく自らの腕を伸ばす。武器を失ったことなど、きっと構いもしていない。残された力を以って、わたしを潰しにかかってくる。

 たとえ指先が盾によって削られ破片を散らそうとも、振り切った拳に大きな亀裂が入ろうとも、更に深く己の身体を傷付けながら。


 その風貌が、その行動が、他でもない彼らの正体。

 力を知らしめる為に街を焼き、自らの欠落すら物ともしない。

 捨て身だ、なんて。きっとそう感じているのも、わたしだけなんだろう。


 ああ、これはもう。

 どうしようもなく、違うんだ。


「……わかったわ」


 そんなあなたたちとは、戦うことが、壊し合うことが、正しい向き合い方なのかもしれない。

 憤りも、哀しみも、全部ごちゃ混ぜにして。

 真正面からぶつかることこそが、彼らの流儀といえるモノへの返答に相応しいのかもしれない。

 だったら、わたしも。


「わたしも、この力を振るうわ」


 今度こそ。

 桁違いの威力を誇る灼熱が、相対する頑強な身体を呑み込んだ。




     ◆   ◆   ◆




 ねえ、サリーユ。

 キミは駆け付け容赦なく斬りかかったボクを、人でなしや薄情と思っているだろうか?

 あるいはキミだけなく、他の特級や皇子がこの場に居たなら。ヴァンさんが隣り合わせに刃を握ってくれていたなら、あの人はボクを叱責しただろうか?


「ふ――ッ!」


 妖精の力で光を帯びた両刃を振るい、またしても標的の首を断つ。

 同時に背後から迫る魔法の光線へすぐさま向き直り、続けて刃を振り下ろし両断して退ける――に、終わらず、即座に宙を駆け距離を零へ。絶え間なく迎え撃たれた雷撃や色違いの光線たちも全て斬り除けて、ボクはまた首を跳ねた。


 疑念やほのかな不安を抱くも、行動に支障はない。対話の段階であるならばいざ知らず、これ程の破壊行為を行った相手に、今更倫理観など欠片も邪魔にはならない。そんな歩み寄りは、既にサリーユが済ませている筈だ。

 だけど、考えてしまう。


 それでも流石に、挨拶代わりに斬り付けることはないんじゃないだろうか?

 それでもまずは、自分自身で対話を図ろうとするんじゃないだろうか?


「この期に及んで律儀だなぁ、ボクも」


 ほんの一瞬でも過ぎってしまえば、面倒にも中々拭えない。目を背けようとすればするほどに、堂々とボクの前に立ち塞がって来る。そしてそれを皮切りに、サリーユとの出会いや決闘を吹っ掛けたことに関しても、間違いだったと反省を始めてしてしまう。

 自分自身思う。まったくらしくない自己嫌悪だ。

 今この瞬間とこの先のことしか見えない癖に、考えられない癖に。


「よ、っとぉ!」


 その証拠に、身体は正直だ。ボクのちっぽけで行き場のない悩みなんてお構いなく、あっという間に接敵した相手の両腕を、両足を斬り千切った。なにしろこれでも死なない相手だ、他のことになんて構ってられない。


「む」


 嫌な感じを察知し、咄嗟に後退を。

 すれば直後に、四方から目前へ放射された光線たち。遅れて巻き起こる爆発に身体を煽られて、ふわりと尚更爆心地を離れていく。

 身体を回してざっと振り見れば、周囲を取り囲む白装束の集団。未だ新品で綺麗な個体も少なくないが、大半が、岩の様な頭部や手足を剥き出しにしている。衣装もマントもボロボロで、使える魔法や行動も随分抑制されている筈なのに。

 どころか傷痕が目立つ連中はことごとく、例外なくボクが斬り伏せた後なのに。その頭も腕も、全部千切ってやったのに。


「大きく削れば少しは動かなくなってくれるけど、時間が経ったら生えてきて元通り。胴体を両断しても直にくっつくし、不死身とまではいかなくとも凄まじい復元力だね」


 装束や魔法を発動させているマント等、装飾品が直らないことが救いだ。なにもかも元通りだったら、今以上に手間がかかって面倒この上ない。

 もっとも本体の活動を停止させることも、まったく不可能ではないだろうけれど。


「そこはせっかくだし、張り切ってるサリーユに任せたいところだね」


 呟き、ふと目先の空を眺める。

 そこには真っ赤な業火が渦巻き、黒く塗り潰され灰に還される連中の姿があった。

 当然それの中心に堂々と浮遊するのは、焔を操る一人の魔法使いだ。

 先程までとは打って変わって、それこそボク以上の容赦のなさで、転移者たちを欠片すら残さず焼き払っていく。触れた先から腕を、脚を、身体の全てを消失していく奴らの姿は、見ていてあまりに儚く、無情さや理不尽さを覚えるくらいだ。


「飛んで火にいる夏の虫、っていうんだっけ?」


 それでも尚、奴らが死に急ぐのは、そういう存在だからなんだろう。成す術もなく、けれど後退を知らないから、特攻以外に選べない。

 このままなんの問題もなければ、間もなく決着だろう。空の戦力も底を尽きて、それから街を降りた数体を潰してチェックメイト。

 ボクがこれ以上どうこうする必要もなく、こうして時間を稼いで褒めて貰えるくらいの戦果を挙げればいい。なにしろ半ば不死身の敵を六体程相手にしているんだ、文句はないだろう。


 そう、このままなんの問題もなければ、だ。


「だから、さ」


 この寒気に似た嫌な予感は、摘まなければならないだろう。

 なにしろ命も顧みない連中だ。これ程の劣勢に立たされて、なにもしない筈がない。もしもの隠し玉は、十分に考えられる。


 それにボクは先程、サリーユをこう評価していたじゃないか。

 ――彼女は切札には成り得ず、切札によって敗れるだろう、なんて。


「面倒だし疲れるし、出来ればご免だけど」


 そのもしもが起こされてからでは遅い。発生した予想外の先が、ボクにとっても大きな問題である可能性も捨て切れない。なによりサリーユが倒されでもしたら、残る大軍をボクが相手取らなければいけない。そっちの方がよっぽどか面倒だ。


 だから、その結末を断ってしまおう。

 ボクのこの剣と、――ボクを特級たらしめる、切札を以って。


 ゆっくりと目を閉じ、暫し視界を黒に落とす。

 そして、妖精へ命じた。


「――強化を」


 それだけでいい。

 特別な魔法や装備、準備なんて必要ない。


 ボクはただ、自身が生まれ持ったモノをそのままに、強化を施すだけでいい。

 それだけで、


「――――」


 まぶたを持ち上げ、再び開かれた世界。

 映る景色は変わりなく、――けれどもボクには、まったく違う様相を明らかにしていた。





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