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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第三章「片桐裕馬、■■作戦」
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第三章【24】「対話の先」


 爆発も、硝煙も、空の上だけの出来事では終わらない。

 地上の街に並ぶ建物たちが、そこに居たであろう沢山の人たちと一緒に、まとめて弾けて真っ赤な炎に呑まれてしまう。火の手はそのまま隣接する別の屋根へと移って、果ては街道へもこぼれて全域の熱量を上昇させていく。

 一つ、二つ、三つ。

 繰り返される破壊の狼煙は、尚のこと苛烈さを増していく。

 熱線が、落雷が、砲弾が、下ろされる天からの魔攻が、街をより深く崩落させ、傷を刻み付けていく。


「――――」


 いとも簡単に、彼らは命ずるだけだ。

 途轍もない時間を使って元に戻るモノも、二度と戻らないモノも、全部まとめて壊していく。

 魔法の力によって、全てが蹂躙されていく。


「――――あ」


 それを、咄嗟に防げなかったのは、他でもない。

 その光景に、見覚えがあったからだ。

 かつてこの目で見続けて来た、この手で引き起こして来たモノに、あまりに告示していたからだ。


 自国の繁栄の為に、正しい行いだと妄信して。

 跡形も残らない様に消し去って、なにも見えないようにして。

 わたしの魔法が――。


「――わたし、は」


 かつて、かの騎士がユーマを狙った。

 ヴァンがわたしを危険因子だと、転移を許すことは出来ないと、言葉も説明もなくユーマやわたしに斬り掛った。わたしの真意を窺うことも、わたしという個人を欠片も知らぬまま、――魔女と、そう突き放して。

 

 わたしもそうするべきだったのだろうか?

 わたしと同じ大きな力を有し、更にはわたしへ攻撃してきた。その時点で重度の危険と判断し、対話を図ることもなく燃やしてしまうべきだったのだろうか?


 そうしていれば少なくとも、街に被害を加えられることはなかった。

 傷付く人も、命を奪われる人も、居なかった。


 この街を、この世界を守るために、他所から来た不穏分子なんて、摘み取ってしまえば。


 だけど、そうじゃなかったから、わたしは。

 襲い掛かって、建物や図書館の人たちを傷付けて、危害を加えて。

 それでも、そんなわたしを受け入れてくれる人たちが居たから。


 それを、

 果たして彼らへも、当てはめなければいけないのか?


「――ッ、だめ」


 思考を打ち切る。

 意識を引き戻し、巻き起こされた現状へ注力する。

 ほんのひと時、たった十数秒の凝然で、一体どれだけの破壊を許してしまったか。これまでも、これ以上も、なんとしても止めなければいけないのに。


「魔法を――ッ!」


 叫び、自分自身へ号令を飛ばす。

 遅れを取るな、先手を打たれるな、この身に静観を容受するな。

 同様に、倒れることも許されない。その全てに対応してみせろ。


 ――あの頃の壊す側だった自分を、罪だと抱えるなら。

 ――先日倒れてなにも出来なかった自分を、未熟だったと恥じるなら。


 ここで応えてみせろ、サリーユ・アークスフィア!


「炎よ、雷よ、氷塊よ!」


 右手を突き出し、声を上げる。

 目前に迫る十三人の白影だけじゃない。その向こうで街へ近付く彼らをも標的に定め、魔力を活性化させ魔法を発動させた。

 かの転移者たちと同じ法則で、けれども大きくかけ離れた圧倒的な威力と物量。撃ち放った火球や雷撃の群れが、一直線に宙を射て肉薄する。

 人体であれば重傷以上、下手に直撃したならば致命傷にもなり得るであろう魔法攻撃。その容赦のない光の強撃を、しかし、


『無駄だ』


 彼らはそれを、躱すことすらしなかった。

 その身に受けて、退くことすらなかった。

 火球の接触によって全身を焼かれた者。雷撃によって胸部を撃ち抜かれた者。氷柱の尖端に肩部を、更には頭部を貫かれる者も。

 なのにその白塗りの人型は、活動を停止しない。支障をきたすことすらない。


「なん――ッ!?」


 驚きに喉を鳴らすも束の間。

 接近していた武器を構える集団が、攻撃を受けるも構わず、わたしとの距離を更に詰め寄って来た。再び振り上げられる白の戦斧や長刀たちへ、咄嗟に次の魔法を発動。今度は一閃の光線によって、寸分違わず頭部の無面に穴を空けてみせる。

 が、それすらも。


『――――!!!』


「そんな、っ!」


 止まらない。

 面の中心に空洞を開かれながらも、彼らは構えた白刃を繰り出した。

 その斬撃打撃が、取り囲む障壁を殴打しわたしを後退させる。続けて追い縋り、更に重ねて連撃を叩き付けてくる。

 後方に控えた影たちも、燃え盛る身体や放電する四肢を動かして、ひるがえるマントから魔法攻撃を飛ばして来る。

 当然、街への攻撃も、止まることはない。


「なん、でッ!」


 致命傷どころか、恐らくダメージすらも入っていない。

 思わずもう一度驚愕を口にして、――だけどすぐさま考え至る。


 人型で衣服を身に着け、魔法や武具を扱う。それだけで、彼らを同じ造りの生物だと誤認した。

 彼らはきっと、種族の違いなんてレベルじゃない。

 その身は貫いて尚、体液すら欠片もこぼれていないのだから。


『生憎だが、我々は君たち程に脆弱な肉体ではない』


 近接する武器持ちたちの後方で、魔法を放ちながらそう言葉を発する。

 思えば言語を扱っているのもあの個体だけだ。他の影たちは仮面の内側から唸りの様な音を響かせてはいるものの、意思疎通の出来る表現をしてはいない。

 もっともあの個体を含めても全員が同じ風貌。彼もまた右の胸部を雷撃によって大きく削られ、白布の奥に黒く焦げた内側を見せている。あれが本来の体皮の色合いなのか、どういった性質なのかも、遠目では判別が困難だ。

 未だ正体不明。その目的すらも、明らかに出来ていない。

 一体、彼らはなんだ?


『どうやら君は我々側の魔女君に等しく、強大な魔法を扱うようだが。――この程度では、我々を活動停止に追いやることは出来ない』


「……活動停止に。出来ることなら、そうはしたくないわ」


 その言葉は、わたしの最後の歩み寄りだった。

 これ程の事態の中、それでもまだ、彼らに手を取り合う意思があるのなら、って。

 けれど、彼は。


『ほう、ならば好都合だ。そのまま我々の力を、破壊を思い知るがいい』


 個体は、両手を左右に広げ、そう言ってみせた。

 そうして後方から放たれる、迸る雷撃の魔法攻撃。それを障壁で受け止め、わたしはその個体を睨んだ。

 どうして。


「……どう、して?」


 立て続けに迫る魔法攻撃を防ぐ。変わらず下ろされる斬撃を弾く。

 それらの攻撃をすべて凌ぎながら、わたしは彼へと叫んだ。


「ねぇ、どうしてなの!」


 色とりどりの魔法が瞬く空の中で、爆炎にまみれた街の上で。

 相対する彼らへと、尋ねる。


「あなたたちは、なんなの!」


 分からなかった。分かる筈などなかった。

 種族も、生物としても違う可能性がある。そんな彼らの考えなんて、もはやわたしには、測ることも出来ない。

 だから尋ねるしかなかった。

 せめて言葉が通じるというなら、それを使って図るしかなかった。


「あなたたちの目的はなに! なんの為に、どうしてこの街を攻撃するの!」


 わたしには知り得ない理由があるのかもしれない。彼らの世界にしか存在しない、彼らという生物しか持ち得ない、彼らなりのルールがあったのかもしれない。


「答えなさい! これは、最後の警告よ!」


 本当に、最後だ。


「あなたたちはなんの目的で、わたしたちの世界を破壊するの!」


 どうしようもない理由があるのなら、そこに彼らなりの志があるなら。

 それならまだ、わたしは。

 わたしたちは――。


『……ふむ』


 その問いに、彼らは。


『そんなもの、異世界へ訪れた我々には、一つしかないだろう』


 彼らを率いた、男は。


『――我々の目的は外交だよ』


 そう、言った。


 仮面に覆われ表情は窺えず、けれどもその声色は、平淡飄々に。

 まるでそれが、なにも間違っていない当然のように。


 彼は、堂々とそんなことを言ってのけた。


『我々は、この国と手を結ぶ為に派遣された』


「――は」


 外交?

 手を、結ぶ?


『我々はこの国と、世界間での同盟を結びたい。我々は相互理解の末に、互いに利益を得ることの出来る関係を造りたい。訪れた我々だけでなく、我々の世界と、この国とだ』


「それが、どうして」


『どうしてもなにも、我々の存在は、世界へ知らしめなければならないだろう?』


 だから、

 だから、彼らは。


『だからこうして知らしめているのだ。――我々は建物を破壊し、群がる民衆の命をいともたやすく散らせることが出来るのだと』


 かの使者は言った。


『お互いの力量を正確に把握し、その上で立場を弁えることは、交渉の為に大切だろう?』


「――――」


 ああ、なるほど。

 どうやらわたしは、間違えていたみたいだ。


「……これが」


 これが、異世界。

 違う世界の住人と、出会うということの本質か。


「――焔を」


 呟き、再び右手を突き出し構える。


 正真正銘、もう終わりでいい。

 これ以上、対話を図る必要なんてない。


 頭部や胸部を撃ち抜く程度では通用しない。活動停止に、追いやることは出来ない。

 だったらわたしは、それ以上を。

 彼らにも、それ以上の破壊を。


 そう決意を新たに切り替えた、――その時だった。

 不意に、


「へぇ。それじゃあ君たちの作法に則って、互いの立場を明確にしようか」


 響いた少女の飄々とした声色。

 遅れて、言葉を発していた個体。

 彼の頭部が、ふらりと傾き、


『あ――?』


 無面の額は音もなく、空から地上へと落ちていった。

 突如として首を断たれ、頭部を失い、人の形を崩された身体。

 その向こう側に、同じく白の色を基調に着飾った騎士が立つ。

 けれども浮かべられた活き活きとした笑みは、彼らと大きく異なり、その感情を溢れんばかりに滲みだしている。


「まったく、派手にやってくれるじゃないか。ボクのお気に入りの世界を、こんなにしてさ」


 金髪を振り乱し、ギラギラと瞳を尖らせて。

 彼女が――ヒカリが、この戦線へと加わった。





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