第三章【23】「避けられぬ強襲」
わたしは問う。
「どうして、わたしと同じ魔法式を使っている」
白い装束、白面無面。
間違いなく、彼らはわたしと同じ法則の魔法を使っている。
対面しているだけでも感じられる、彼らの身を包む既視感。その背後で揺らめくマントが形を変えた時、それから閃光を撃ち放つ際、微かに見えた魔法陣の明滅。空中へ浮遊していることさえ、そうなのかもしれない。
『……ほう』
四十数人。
彼らの先陣に立つ人型が、静かに仮面へ右手をかざした。
暫し、なにかを熟考するように。けれどその表情、本質は隠されたままで。
やがて、
『――なるほど。君は、かの魔女君と同じか』
魔女、と。
低い声色で、そう口にした。
それが、なによりの返答だ。
「――――」
それはかつて、わたしを差す言葉でもあった。
わたしたちを表現するに、決して間違いではない。
やっぱり、彼らは知っている。
わたしたちを知り得ている。
けれど、その詳細を再度問い改める間もなく。
『予想外の邂逅ではある。が、作戦に変更はなしだ。殲滅部隊より三人こちらに回し、対応しよう』
男が、仮面の下より指示を送る。
直後、
『迅速に、かかれ』
話し合いの猶予などない。
号令を合図に、白塗りの影たちが一斉に行動を開始する。
当たり前のように空中を浮遊し、散り散りに集まりが解けていく。それは複数人ごとの、それぞれグループに別れるような挙動だ。
そしてその内、こちらへ直進してくる複数人。その数、ざっと十数人。
彼らはマントをはためかせながら、速度を上げて距離を詰めて来るのだった。
「ッ」
明らかな敵対行動。
動揺も疑念も全部呑み込んで、思考を切り替える。まずは目前に迫る集団への対応をと、体内の魔力を活性化させて。
遅れて、彼らの挙動に息を呑む。
「――な」
接近する内、取り分けて前進する五人。彼らは総じて魔法式を発動させて、白布を変形させていく。先程の大砲か、それとも別のなにか。
予想外だったのは、その後方――控える八人だ。彼らもまたマントに、幾つもの魔法陣を展開している。
だけどそれらは、変形の為のものではない。
即時発動させる、攻撃用の魔法だ!
「盾をッ!」
咄嗟に右手を突き出し、叫ぶ。
すれば、間髪入れずに瞬いた複数の輝き。発動した魔法陣が、炎弾を、雷槍を、光線を、一斉に撃ち放つ。それらは先陣を切った五人の合間を縫って、一切の狂いなくこの身へと叩き込まれた。
それらの魔法攻撃を、魔法壁の展開によって防ぎ切る。
先程までもヒカリとの戦いで使っていた、球体状に周囲を包む半透明の防壁。それはことごとくの爆発を遮断し、わたしへ届かせることを許さない。
「ふ、っ」
全ての攻撃を凌ぎ切って、浅く呼吸を。
しかし息を吐くも束の間に、爆炎の中を突っ切る白影たち。まんまと防御したわたしへ、彼らは欠片の動揺を見せることもない。
勢いを落とすことなく空を直進し、
『――!』
唸りのような音を上げて、この身へ向けて白刃を叩き付けた。
「ッヅ!?」
大きな衝撃。
計五つ、立て続けの斬打。
それらの攻撃は同様に、魔法壁によって弾き止められている。けれど力強い衝突を完全に受け切ることは出来ず、わたしは盾を維持したまま大きく後退した。
距離を置きながら、遅れて視認する。
接敵した五人の白面たちは、その手に近接の武器を握っていた。
ある者は巨大な戦斧を。ある者は長刀、ある者は鋭く尖ったスピア。それぞれ違った形を以って、必殺を振り下ろしていた。
その全てが、白布が形を変えた得物だ。
「……なるほど、ね」
頷き更に後退し、追い縋る魔法の次弾を盾で弾く。それでも尚、苛烈さを増していく追撃の飛礫も、再度叩き込まれた近接の連撃も、一つたりとも躱さず正面から防ぎ切ってやった。
そうして二、三度凌げば、からくりは明らかになる。
遠近両用、自由自在。
状況に応じて形や性質を変えるだけでなく、その上即時発動可能な魔法攻撃。恐らくは、防御の手段も備わっているだろう。
彼らのマントには、あらゆる想定がされた膨大な量の魔法式が組み込まれている。
それこそ、わたしの爪先に刻まれた程度の、簡易の魔法式とは比べ物にならない。下手をすれば、自分の身体に刻み付けていたあの子に匹敵する程に、数も質も桁違いな。
「なんてアプローチ」
わたしと同じ法則を使っている、なんてレベルじゃない。
応用の上で、更に活用されている。確かな脅威として立ち塞がる程に、一つの完成形にまで昇華されている。
「……ああ」
厄介で、手強くて。
けれど、――それだけだ。
「よかったわ。あなたたちが、魔法使いではなくて」
やっぱり、わたしたちとは決定的に違っている。あくまでわたしたちと同じ法式を使っているに過ぎない。
いうならば、彼らは魔法使いではなく、――魔法式使い。
近しい土台に立ってはいても、同じ高さには至れない。
「悪いけれど、遅れは取らないわよ」
正面に対峙する十三人。再び近接の武器や砲台を構え、わたし一人へ狙いを定める。けれどちっとも、負ける気はしなかった。
恐らく他の散らばった全員が集まろうとも、わたしは敗れないだろう。
わたしこそが魔法使いだ。その法式を扱うのであれば、わたしの方が遥かに秀でている。この程度の力と人数なら、苦戦こそあっても敗北は有り得ない。
でも、油断はしない。
張り詰める緊張を解いたりはしない。
別の技術や別の手段を行使されても、その全てに対応出来るように。奥の手の、更に奥の手までもを想定して。
なにせわたしは、彼らをなに一つとして知り得ないのだから。
そう思った傍から、やっぱり予想外は巻き起こされる。
「――っ」
不意に、耳を叩いた轟く爆音。突風が巻き起こり、視界に赤い炎が映り込む。
それはわたしを目掛けたものでもなければ、わたしの手が届くところで起こったものでもない。わたしとの戦いによって発生した爆発じゃない。
それは、離れた眼下。
この街に振るわれた、大きな火の手だった。
失念していた。
彼らの目的が、わたしとの戦いである筈がないのに――。
◆ ◆ ◆
遥か上空で起こされた爆発に、大気が震え地面が揺れる。
立て続けに明滅する炎や雷の迸る輝きは、明らかに常識外の現象だ。
苛烈過ぎる、突如として巻き起こされた空中戦闘。それは、突拍子もなく出現した白塗りの転移者たちと――、
「――サリュ」
俺のよく知る小さな少女との、超常的なぶつかり合いだった。
「なにが、っ」
見れば同様に、目を開き空を仰ぐ神守黒音。当然、この事態は彼女にとっても想定外の筈。切迫した状況に驚愕し、混乱も相当だろう。
にも関わらず、その右手にはいつの間にか、黒い銃器が携えられていた。
この先に待ち受けるであろう、より悪化した状況への備えか。異常事態に対しての反射的な対応か。どちらにしろ、
「無関係では居られねぇよな」
このタイミング、この東地区上空という場所。あまりに出来過ぎたコレは、一体誰の計算に含まれているのか。本当に作為的な、誰かによって用意されたものだというなら、避けることは出来ないだろう。
いや、たとえ逃げることが出来たとしても、許されない。
何故なら白塗りの連中は、サリュへと攻撃を仕掛けただけに終わらない。
この街そのものを破壊し始めたからだ。
「ッ!?」
公園から離れた、並ぶ建物たちの向こう側。同じく店や家屋が密集していた街道が、大きな爆発と共に真っ赤な火を噴き上げた。
遅れて響き渡る轟音と烈風、立ち昇る黒い煙。それから、甲高い叫び声。
やはり事態は、大凡最悪の方向へと転がり始めた。
それは同じくして、俺たちにも降りかかる。
目と鼻の先にあった喫茶店が、降り注ぐ光線に撃ち抜かれる。そのすぐ隣に並んでいた書店が、炎塊によって爆散させられる。バラバラに砕かれ、焼かれた破片が飛び散り、一瞬にして黒煙に呑まれてしまう。
唯一の救いは、煙の中から走り出して来た利用客や店員たちか。焼け落ちた制服や焦がした頬を晒して、喉の奥から絶叫を震わせながらも、それでも生きている。
だが、そう思ったのも束の間。
どうしてか、彼らはその後、事切れたようにその場に倒れ伏せるのだった。
「な――」
逃げることも、叫ぶことも止めて、ただ力無く転がってしまった。
それを、咄嗟に助けようとして、
「駄目よ!」
身体を傾けた、その目前。小さな手のひらがかざされる。
神守黒音が、その手で俺を制する。
「助けに行ってる場合じゃない! 起きたことよりも、次に備えて!」
「ッ、でも!」
「それに、倒れたのは多分、奴らの攻撃の所為じゃない! 東雲さんが、――だからッ!」
「なにを――」
言っている意味が分からなかった。
しかしそれを問い詰める間も、無視して助けに行けるだけの時間も与えられない。
行動を、救援を、全てを封殺するように。
奴らが、俺たちの前へと降り、立ち塞がる。
大きなマントをはためかせた、人型の転移者たち。
白い羽織衣装。額を覆う仮面すらも、模様のない一切の白尽くめ。同じ白を基調としていても、どこぞの騎士たちとはまるで雰囲気が違う。
ただただ異様で、不自然で、不可解。果たして全てを白に覆われ隠された中身は、一体なにが渦巻いているのか。
『――――』
言葉を発することもない。
無面の白影は、ただ静かに君臨し相対する。
そして、容赦なく。
一瞬の後、開けた公園風景は、戦火に包まれた。




