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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第三章「片桐裕馬、■■作戦」
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第三章【22】「接敵」


 果たして絶対的な信頼を置ける相手とは、存在するのだろうか?


 生憎ボクには、そういった相手は居ない。信じて頼って、その望み全てに応えてくれる対象なんて、居る筈がないとすら思っている。

 裏を返せば、そのような形のない熱量を向けられるのも御免ということでもある。


 けれどボクには、裏切られても構わないと思う相手であれば居る。

 昨日一昨日の積み重ねなんて全部なかったことにして、斬り掛られてもまったく動転しない。きっと「そうなっちゃったか」くらいに思って、仕方がないと呑み込める相手が。

 もっとも、その裏切りを受け入れるとしても、――果たして易々と裏切られてやるかと聞かれれば、それはまた別の話だけれど。


 そんな捻くれたボクとは対照的に、どこまでも真っ直ぐに、真摯に、信頼を寄せてくれる人が居る。迷わず背中を預けてくれる、騎士が居る。

 だけど、それが出来るのは、彼が優れた気質の人間だからではない。

 他でもない、彼が強いからだ。







 藤ヶ丘センタービル、その屋上階。

 庭園と呼ばれる、とても高層ビルの内側とは思えない緑の溢れる階層。

 そこに集められたボクら特級の戦士たちは、大小の度合いは違えど、全員が動揺に眉を寄せていた。

 かくいうボクも例外ではない。


「……これは」


 サリーユとの一対一の立ち合い。

 緊張も高揚も最高に昂った、剣と魔法のぶつかり合い。お互い初撃から手の内を晒し合いながら、いよいよ本番に差し掛かろうかと思ったところで、水を差されてしまった。

 けたたましく響いたサイレン音に、一時は憤慨し声を上げもした。無粋だと吐き捨てたりもした。

 けれど後に続けられた女声のアナウンスによって、状況への理解は一変する。


『同時多発転移を確認。同時多発転移を確認。――総数、四十六。組織的な意図を持った転移の可能性があります』

『転移先、照合、不明。情報にない世界からの転移の可能性があります。直ちにアヴァロン国への報告を行い、高いレベルでの警戒を推奨します』


 遅れて、幾つもの機械的な通知音が重なる。

 見れば部屋の隅に離れていた各々が、懐から自身の通信機器を取り出した。ヴァンさんも、九尾の狐も女郎蜘蛛も、手に取った機器へと声を荒げる。詳細までは聞こえないが、表情の陰りを見れば、由々しき事態であることは明白だ。

 そうやって、皆が通信によって情報の照合を行っていたからだろう。機械の身体をしたグァーラも静止して、多分、なんらかの処理によってアナウンスの内容を確認していた筈だ。

 だからボクとサリーユと、皇子とオークのドギー。

 機器を持ち歩いていなかったボクらだけが、結果としていち早く事態を把握することになった。


 何故なら状況は、見るに明白。

 このビルのガラス張りの向こう側、青空にこそ、件の彼らの姿があるのだから。


「――もしかして、アレ?」


 思わず、すっとんきょうな声を上げてしまう。

 その光景に、ボクは目を見開いた。


 ここから少し遠くの空に、複数重なる影たちが浮かんでいたのだ。

 それこそ四十数人程の、人型が集合した影が。


「おいおいヴァンよ! こういうのをこの世界では、灯台下暗しっていうんだっけか? 電話より先に目の前を見ろ目の前を!」


 皇子の指摘によって、遅れて外部と連絡を取っていた人たちも気付く。

 あそこに集まっているのが、平然と浮遊しているのが、その異世界からの転移者だって。

 誰もが言葉を失う中。


「……あんなにも堂々と、馬鹿な」


 先に動揺を言葉にしたのは、ヴァンさんだった。


「偶発的にあの場に転移したのか、それとも異世界転移における常識や秩序をまるで知らないのか? いやしかしあの人数、四十六人と言っていたか。それ程の集団が、なんの知識も意図もなく転移することなど、――有り得る、のか?」


 恐らく、他に例を見ないであろう異例の異世界転移。

 あまりに突然すぎる非常事態に、なにも分かる筈もない。


 けれどそんな中で、ボクと、それからサリーユだけが。

 彼らから得られる情報があった。


 と、次の瞬間。


「――ッ! 焔よ!」


 不意に響き渡る号令。

 遅れて、視界の端を業火の渦が走り抜ける。

 それは足元の土草を焦がし、多くの酸素を燃焼させ、一直線に外壁の硝子へと叩き込まれた。その威力は、先程まで彼女が扱っていた炎の中でも、群を抜いて苛烈なものだっただろう。

 当然、硝子壁は木端微塵に飛び散り融解し、大きな円形の空洞を作り出された。頑丈な造りなど、これっぽっちも構いはしない。

 そうして開かれた穴を通し、暴風が吹き込み階層全体を震わせ――、


 魔法使いの少女は、その風の中でビルの外へと飛び出すのだった。

 追い風を物ともせず、足場の有無など関係なく。

 真っ直ぐに、現れた影たちへと目がけて宙を駆けていく。


「なッ!? 待て、サリーユ!」


 ヴァンさんが制止を呼ぶけれど、遅い。なにより聞こえていたところで、彼女が止まる筈もない。

 恐らくボクの認識が間違っていなければ、彼女にとって、彼らは――。


「――ボクが追います!」


「ヒカリっ!」


 返事は待たなかった。

 暴風を駆け抜け、開かれた硝子の先へ向かう。


 迅速な判断と対応。

 誰かが彼女を追わなければならなかった。

 彼女を止める、または状況に応じて、彼女と共に事態へ対応する。たとえサリーユが特級に匹敵する実力者であったとしても、単独での接触は好ましくない。

 そしてボクの知る限り、残された中で空への移動手段を持つのはアヴァロン騎士団の面々だけだった。当然、ヴァンさんは皇子の護衛を務めるべきだし、ドギーとボクならボクが適任だろう。

 なにしろ相手は所属不明の正体不明。オーク族の高い戦闘力よりも、ボクの特質で状況を見極めるべきだ。


「さ、頼んだ」


 階層の端に右の足先を掛け、踏み締める。

 これより先はなにもない空。広がる宙に一切の足場はなく、先行する魔法使いも、その力によって浮遊して飛び進んでいる。なんの手段もなしに躍り出れば、そのまま重力に引かれて落下は避けられない。

 だからボクも彼女のように、小さな声で号令を。


「――妖精たちよ、足場を」


 そうして、踏み出す続く一歩。

 下ろした左の足先は、しっかりとナニかを踏み締めた。

 それは白く淡い、妖精の鱗粉だ。


 妖精。

 所属するアヴァロン国の本国、その世界にのみ生息する使い魔。

 手のひらよりもずっと小さな、蝶のような翼を持った人型の生き物。日本国でいう妖怪と同じ、人間とは別種の存在。

 白く輝く鱗粉は、その妖精の翼からこぼれる恩恵だ。

 ボクらアヴァロン国の騎士たちは、その鱗粉の結合によって造られた足場を踏み締め、宙を駆け回る。

 他でもない、妖精たちの意志や力を借りることで。


 勿論、生き物である以上、意思を持ち合わせている。

 取り立ててボクの妖精は、主人に似たのかとても好戦的だ。


「分かってるよ。今度こそは、キミの力を存分に使わせて貰う」


 頭の周囲をぐるりと浮遊する、小さな隣人へ笑いかけて。

 ボクらは魔法使いの後を追った。


 けれど果たして、手遅れだったのかもしれない。

 追い付くまでもを待たずして、事態は急劇に加速する。


 瞬間。

 思わず息を呑み、空中にて足を止める。


 突如として行く先で巻き起こされたのは、あまりに豪快で、盛大。

 ――視界を真っ赤に明滅させる程の、巨大な爆発だった。



     ◆   ◆   ◆



 かくして、わたしは爆発に見舞われ、対峙することとなる。

 真っ黒な煙が薄れた向こう側――再び姿を現す、彼らと。


『――これが新型の魔導機巧か。威力も戦略性も桁違い、抜群だな』


 くぐもった声が、一つ。

 わたしは目を見開き、彼らを凝視した。


 コートのようにはためく白の装束と、背面で翻る厚手のマント。

 その姿は人型でありながら、手のひらの指先までもが白の手套で覆われ、一切の外皮を徹底して見せない。

 当然、額も同様だ。

 彼らは総じて、頭を四角い面で覆っている。


 その面もまた、異様。

 なにも記されていない。

 果たして視界を開ける、小さな空洞すら見当たらない。

 おぞましい程に白々しい、白面無面。


『――しかし、あの攻撃で無傷とは。我々六人で撃ち放った主砲、挨拶代わりとはいえ相応の爆発であった筈だが』


 その声色から、一歩前進する彼が男であることは窺える。

 でも、それだけだ。

 白い影の一員、その個体の違いはまるで分からない。


『ただの少女と見誤ったか。成程、単身で飛行し我々を出迎えてくれたのだ、それなりの実力者であることは想定すべきであったか』


「……なんなのよ、あなたたち」


 彼らに問う。

 その存在を、その正体を。


 爆発の直前、わたしは確かにこの目で見た。

 集団の中の複数人、恐らくは六人が、背面ではためくマントの形状を変化させていた。

 変化――いや、アレは変形か。

 自律し渦を描くように巻かれ、筒状の、まるで砲台のように形そのものが変わっていた。


「――――」


 そして直後、撃ち出された閃光。

 完全な不意打ちでありながら、咄嗟にそれを防ぐことが出来たのは。


「――どうして」


 間違いようがない。

 アレは、わたしと同じだ。


「どうして、わたしと同じ魔法式を使っている」


 彼らのマントが形状を変形させるその時。

 砲台から放たれたその一撃。

 確かに、発現していた。――円形に描かれた陣が、明滅していた。

 わたしの使っている方式を乗っ取った、まったく同じ法則の魔法式が発動していた。


 偶然なの?

 偶然にも、同じ方式に辿り着いた異世界があったの?

 それが、しかもこのタイミングで、この世界へ訪れて、わたしの前に姿を現したの?


 けれど、明確に違う部分が一つだけある。

 わたしたちは物体の形状を変えるなんて、そんな二度手間は踏まない。わたしたちは魔法式のみで、同様の現象を引き起こすことが出来る。

 それ故に、魔法使い。

 だから同じでありながら、別物だ。


「――違う」


 そう、違う。

 いうならば、それは。

 同じ方式を以って、まったく別の答えに辿り着いている。


「――っ」


 そうしてわたしは、一つの仮説に思い当たる。


 もしもわたしたち魔法使いが、なんらかのアプローチを発見したなら。

 別の要素を取り入れることが出来たなら。


「……違う、世界?」


 異なる常識に触れた先に、辿り着いたのだとしたら。



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