表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第三章「片桐裕馬、■■作戦」
90/263

第三章【18】「理解の外側を」


 東雲八代子。

 車椅子に乗って現れた白肌の少女。

 髪を長く伸ばし、黒塗りの着物に身を包んだ彼女は、曰く、彼女がこの喫茶店『八ツ茶屋』の店長であり、更には特級の階級を与えられているのだという。


 にわかには信じ難く、同時に状況としても噛み合っていない。

 今現在、この街では特級会議が行われている。アヴァロン国が主催し、その称号を与えられた戦士は、半ば強制的に招集を受けている筈だ。

 それがどうして、ここに居るのか。


「……」


「では黒音、ソファーをどけてくれ。後は妾一人で良いから、仕事に戻るがいい」


 訝しむ俺を気に掛けることなく、彼女は傍に立つ神守姉妹にそれぞれ指示を送る。神守黒音は言われたままに、俺の正面のソファーを移動させた。

 そして開かれた低いテーブルの向こう側に、車椅子の彼女が位置取る。

 その少女と改めて、正面から向き合わされる。


「……東雲、八代子」


「如何にも。お主の姉――確か乙女と言ったか。あやつに聞いておったか?」


「いや、聞いてない」


「ほう? もしやお主、妾が目当てで訪れた訳ではなかったか? 勝手に早とちりをして場所まで用意させたが、ただの休憩が目的であったなら謝罪しよう」


「あー、その、大丈夫だ。一応、店長にも会って来いと言われてる。不在ならいいとも言われていたが」


「言いおるのう。まさか妾が本当に特級会議へ参加して、店を留守にしておるなどとは思っておらぬだろうに」


 驚きだ。

 その言い分を真に受けるなら、この人は正真正銘の特級で、会議への招集を蹴っているということになる。

 実は名ばかりで、あまり有用な会議ではないのか?

 けれど、そんなほのかな疑問以上に、


「……」


「なんじゃ? 妾の顔になにか付いておるか? それともまさか、お綺麗ですねなどと世辞でも言うつもりか」


「別に、そういうつもりはないが」


「面白味のない。そこは冗談でも乗るべきじゃろうが。つまらん男に育ったのう、片桐裕馬よ」


「あー。えっと、それなんだが」


 そう、その部分だ。

 久し振りと、そう呼ばれた。それに今の言い方も、明らかに俺を知っている。

 けれど申し訳ない話、俺はまったく覚えていないのだ。


「気を悪くしたらアレなんだが、俺たち、面識あったのか?」


「ははっ。俯いておると思ったら、なんじゃそんなことか」


 尋ねると、東雲八代子は大口を開けて笑った。


「まったく。つまらんというか、小心者というか。余計な事柄に引っ掛かりおって」


 聞けば怖がることもなく、単純な話だった。

 東雲八代子と俺が知り合ったのは、十年近く前になるのだという。


「正確には記憶しておらぬが、お主が今よりずっと小さかったことは明白じゃのう。それも知り合ったというよりは、ほんのひと時、同じ場所に立ち会ったと言う程度が相応なくらい。むしろ覚えていたと聞かされる方が驚きだ」


「なんだ、そういう」


 それなら確かに、覚えていない方が自然だ。

 しかし、彼女程の白い肌や独特の雰囲気、なにより特級という階級。そんな相手と居合わせたことを、こうもしっかり忘れられるものだろうか?

 まあ十年近くも前だってんなら、姿も全然違うのだろう。その辺りは、後で軽く姉貴に聞いてみれば分かるかもしれない。

 で、今はそれより。


「それで? 不在であれば構わぬ程度の用事とはなんじゃ」


「……だよなあ」


 当然、そうなる。

 しかし参ったことに、会う以上のことも言われていない。居たら顔を見せとけって、本当にそのくらいにしか話されていなかったのだ。

 その旨を伝えると、東雲八代子はますます怪訝そうに眉を寄せた。


「なんじゃ。先程の考えとは逆で、お主の姉は、妾が特級会議へ出席しておると思っておったのか? だとしても、簡単な用事くらい持たせておくのが道理であろうに。引き受ける引き受けないはさておき、頼みたいことなど幾らでもある筈じゃ」


「どうなんだろうな。……朝一番で寝起きだったから、思い付かなかったとかは」


「ほうほう。ああ見えて存外、隙の多い人間であったか。であれば、あやつを攻める時は早朝じゃな」


「……はは」


 よくないことを話してしまっただろうか?

 冗談だと思いたい。


「それとも、もしや妾が会議にも行かず店にも居ない可能性を考えておったか? ――いや、そもそも用事などなく、妾がこの時間に店に居たかどうか、それを聞きたかったのかもしれんな」


「そう、か?」


「有り得ぬ話ではなかろう。特級会議には件の魔法使いや女狐めが参加しておるようだし、店にもお主が来た。双方共に妾の姿がなければ、即ち妾はまったく違った場所に居ることになる。この時点での妾の所在を知り得ておきたかったと、それなら納得も出来よう」


「はあ。なる、ほど?」


 分からなくはない、か?

 もっともそれが本当だとしても、ますます目的が分からない訳だが。果たして姉貴は俺になにをさせたいのやら。

 そんな首を傾げる俺に、彼女は。


「まあ魔法使いの方からも情報は行くであろうが、お主からも姉に伝えよ。妾は喫茶店にも居るし、特級会議の方へも出席していた、とな」


「――は?」


 余計に頭がこんがらがるようなことを言うのだった。

 至極真面目に、真っ当な口調で。

 喫茶店に居て、特級会議にも出席している?


「どういう、ことだ」


「そのまま、言葉の通りよ。妾は特級会議に参加している。先程言った通り、まともには出る気がない故、適当な形ではあるがな」


「……言葉遊びか?」


「先程から疑問ばかりじゃのう。ちっとは自分で考えてみてはどうだ。少なくとも、お主の姉であれば即座に理解するであろうよ」


「姉貴なら」


「そうとも。なにかしたんだろう、とな」


 言うと、彼女はニヤリと口元を緩めた。いたずらっぽく歯を見せ、実に楽しげだ。

 やはりからかわれているのかと思ったが、そうではない。

 東雲八代子は笑顔のままに、「しかし的を射ている」と言うのだ。


「現状、妾はお主と共にこの場所に在る。だが後に魔法使いに聞いてみるがいい。そちらもこう言うであろうな。東雲八代子は車椅子に座り、特級会議に参加していた、と」


「それは、おかしいだろ」


「如何にも。故に、なにかをしておるのだ」


 普通ではない不可解が引き起こされている。

 おかしい。辻褄が合わない。納得できない。


 つまりそれは、そういうモノだ。――そう、理解しなければならない。

 そういうナニカだと。


「思慮が浅いというべきか、まだまだ若いというべきか。図書館で働いていると聞いているが、まだまだ深みにはハマっておらぬようじゃな」


 深み。

 知り得るだけではまったく足りず、関わり合ってもまだ浅い。


 東雲八代子は静かに俯いた後、思い付いたように話題を変えた。


「時に、お主は異世界に行ったことがあるか?」


「え?」


 思えば、その問いを投げ掛けられたのは初めてだった。

 我が物顔で当たり前のように受け入れながら、ごく自然な現象として接しながら。


「もう一度聞こう。言葉にし、応えるのじゃ」


 それをこの身で体感したことは、なかったのだ。


「片桐裕馬。――お主に異世界転移の経験は、あるか?」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ