第一章【09】「騎士の強襲」
◆ ◆ ◆
不快感。砂埃が巻き上がり、その欠片が舌の上で転がる。
ここは、なにもかもが失われた荒野。家屋の残骸や草木の塵、横たわる沢山の手足や胴体。頭部、眼球が転がる。
それらは死骸。
行き着く先、成れの果て。
「――ああ」
全てを失くした。壊して潰して千切って、最後に燃やして更地へと変えてやった。
他でもないわたしが、この手で、この力で。
「サリーユ」
わたしを呼ぶ、優しい声。
「よくやったわ、サリーユ」
送られる称賛。
それは一つじゃない。
「凄いよサリュちゃん」
「流石です先輩」
「こんなの出来っこない」
喝采、羨望、更には栄誉まで。誰もがわたしを高く評価した。
その全てに首を横に振るけれど、彼女らはそれを謙遜と呼んだ。
笑えもしない。
わたしがなにをしているのか、本当に理解しているのだろうか。
「サリーユ。本当に素晴らしいわ。貴女は最高の兵器よ」
わたしはこんなことの為に、魔法を学んできたわけじゃない。
◆ ◆ ◆
混血。
本来混じり合う筈のない二つの人種が結ばれ、生まれた子どもに流れる血。ハーフとかクォーターとか、一般的にそう言われるものだ。
ただし人間とそうではない種族とでは、血が混ざり合うことの影響が違う。
異世界人との混血や、同じ世界でも異なる存在達とのハーフ。それは人間の中に違う構造を取り入れるに他ならない。
日本国では片桐家や涼山家のように古くから妖怪と関わり合ってきた家系がある。その過程で妖怪と契りを交わし、家系に血を取り入れることは珍しくない。
つまり、涼山千雪は半分『雪女』であり、残り半分は人間。俺や姉貴を含む片桐家にもまた、異なる常識の血が流れている。
日本古来より人を仇名す存在として語られてきた、『鬼』という妖怪の血が。
◇ ◇ ◇
一閃。
鞘から抜き放たれ、地面と平行に振り切られた大刃。
その剣の眩い輝きに、視界の全てを埋め尽くされ――。
「ぐ――」
身体を断たれる寸前。その刃に対して両腕を突き出し、受け止めた。
バキリと、大凡人体と刃物の接触では考えられない破音。それが断続的に響き、そして――。
「――おッ!?」
勢いのままに大剣は振り抜かれ、弾かれた身体が大きく吹き飛ばされた。
まるで弾丸のごとく、背中から森林へとぶん投げられる。
轟く爆音と飛び散る木々の破片、土埃。何度も大木に衝突し、度に幹を砕き突き抜け、深く森の奥へ。
速度を失い倒れ伏せる頃には、飛ばされてきた道が一直線に開拓されていた。草木も地面も大きく抉り取られ、クレーターが開かれている。
対する俺の身体は五体満足、――……なんて上手い話がある訳ない。
「か、ハ――ヒ、ッ……が、ガ」
喉に詰まった血溜まりを嘔吐し、ようやく呼吸を再開させる。
痛みなんて感覚じゃない。全身が熱い。火達磨にされているみたいだ。転がり回ろうにも背骨も内臓もぐちゃぐちゃで、のたうつことすらままならない。
特に発熱しているのは両腕。理由は一目瞭然だ。肘から上が失われ、骨やら筋肉やらが真っ赤に剥き出し状態で。
熱い、熱い熱い熱い。
熱い熱い熱い熱い熱い熱イ熱イ熱イ熱イ!!!
「が、ががガがが、ぐ……づッ」
でも、死なない。
ここまで苦しいと死んだ方がマシとさえ思えてくるが。心臓はより躍動を増し生命活動を加速させる。
更に遅れて、バチリと、全身から激しい紫電が弾けた。体内や剥き出しの血肉を、紫色の発光が包み込む。
そしてビデオの逆再生みたいに、根元から骨や筋肉組織が元の姿へと形成されていく。
あっという間に。
完成された腕の型は、上から皮膚が包み込み、傷一つない状態へと戻された。
その頃には当然、全身の熱も引いている。最後に喉から血の塊を吐き出して、ゆっくりと立ち上がった。
残っているのは、痛みの残滓だけ。
口内に広がる鉄の味すら、気付けば失われている。
「……畜生、なに、が」
「なるほど珍妙な。それが混血種の超再生というやつか」
男が目の前に降り立つ。
いつの間に、などと驚愕する時間はない。
「ッ!」
再度突き出された刃に対し、こちらも右拳を正面から突き合わせる。
――衝突の直前、拳の皮膚を赤黒い泥に染め上げながら。
ガキリと固い炸裂音。刃は弾かれ制止し、――けれども弾いたこちらの拳も、割れ砕けて血飛沫を上げる。
しかしその傷も、身を引き距離を取る間に再生し、元の掌へと返っていた。
「鬼血!」
叫び、全身の熱を沸騰させる。より高鳴る心音が、張り巡らされた管の指先にまで、異形の血を送り込む。
即座に、その右腕を赤黒い泥が包み込んだ。
右腕だけじゃない。左腕も両足も、胸部や頭部まで全身が赤黒く染め上げられていく。
……やがて、泥は互いに結ばれ合い、一つの塊へ。
身体を覆い尽くした後に、堅牢な盾へと変化する。
その後に、ギロリと、男を睨み付けた。黒々と塗り潰された身体に、爛々と鈍色の光を放つ瞳。
俺の姿はまさしく、凶悪な鬼そのものだろう。
「鬼血。古来より鬼の皮膚は岩の如き硬さとされ、その血を宿した混血の人間もまた、鬼の血を活性化させることで全身を硬化させるというが」
「ハ、ご解説どうも」
先刻の宣言通り、全て把握されているということか。
男は無表情のままに、ゆっくりと歩み距離を詰めてくる。右手に携えた輝く大剣がゆらりと揺れ動き、その度に緊張で身体が強張った。
「ッッ」
不味い。
アレは正真正銘、ヤバイ代物だ。
「少女も居るものと思っていたが、君一人なら『キャリバー』を持ち出す必要も無かったか」
キャリバーって響き、間違いなく宝剣とか聖剣の類だろ。
そんな大層な物で相手にして貰えるなんて、身に余る光栄だ。だから鞘に納めるか帰ってほしいもんだが。
「くそっ」
本気で不味い。
あんな得物持った奴に殺すとか宣告されて、生きられる筈がない。鬼では相手が違い過ぎる。
とはいえ、じゃあ死にますともいかないわけで。
「……フー」
とりあえず腰を落として拳を構える。ファイティングポーズってやつだ。
大丈夫。相当な爆音が響いた筈だ。きっと誰かしらが気付いて助けに来てくれる。
それに賭けて今は生き延びるしかない。
ああ、だけど。万が一その誰かが来たとして。
あの剣を前に、なんとか出来るのか?
「フ。戦意はあるようだが話になるか? 無駄に足掻く程度なら、自死を選んで欲しいところだが」
月明かりが木々から漏れる。
照らされた男の顔は、やはり無表情なままだ。
「死んでくれ、混ざり者」
次の瞬間。
今度はザンと、右腕が肩口から斬り飛ばされた。
「ッ!?」
いつの間にか、男が眼前に移動し刃を振り終えていた。
あまりに突然過ぎる。俺には男が踏み出す際すら見えなかった。
いくらなんでも冗談が過ぎる。
再度、無理だと諦め――そうじゃねぇだろと叫ぶ。
咄嗟に残された左の拳を突き出して。
が、今度はそちらの腕も真っ二つに両断されてしまった。綺麗に真ん中でパックリ割れて、断面があまりに鮮やかでグロテスクな……。
じゃ、ない。なんとかしろ。
なんとかって、どう、なんとか?
出来るわけないだろ?
「フ――!」
容赦なく大剣を振り上げる男。
対応しようにも、左腕は見るも無惨。右腕は再生が終わったばかりで人間の皮膚。鬼血の硬化が間に合わなければ、なんの防御手段にもならない。
いっそ足で蹴り上げて対抗するか? 一番なんとか出来そうだが、それで足を斬られたらいよいよ詰みじゃないか。
避ける? 脳天両断は避けられそうだが、身体を削られて終わりそうだ。そのまま続け様に、微塵切りにされちまって……。
じゃあもしかして、もうすでに詰んでるんじゃないか?
いやいやまだまだだ。なんとか避けきれ、それか外れろ。
偶然聖剣の力が失われて鬼血に弾かれろ。それともここで目覚めるか、俺の真の力。
死ぬのはご免だそれは嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
「死にたく――」
でも俺には、どうすることも出来ない。この聖騎士様にも、慈悲も容赦もない。
誰か――アッドは来てくれないか? 駄目だあいつは酔っ払って二次会だ。
千雪は? ――いや、来てくれても無理だろ。
万が一、姉貴が――来てくれたって、あの聖剣を相手には出来ない。
無理だ。誰が来てくれても、なにかが間に合っても、先延ばしにした死を回避することは出来ない。
今度こそ、死ぬ。
でも、――あの子なら。
もしも、彼女が来てくれたなら。
「サリュっ!」
叫んだ。
ただ生きたくて、恥も外聞も捨てて彼女を呼んだ。
「頼む、助けてくれ!」
大剣が下ろされる、その瞬間まで。
この身が両断される、その際まで。
最後まで、叫んだ。
「助けてくれ、サリュッッッツツツツヅヅ!!!!!!」
だから――――届いた。
彼女が、間に合った。
「見つけたぁぁぁあああ!」
可愛らしく、力強い掛け声。
同時に俺と聖騎士の僅かな隙間に、爆風が巻き起こり炸裂した。
双方共に反対側へと吹き飛ばされ、俺はまた勢いよく大木へと激突する。背骨が砕け、内臓がぐるぐると回される。
だけどこれくらいなら、なんとか回復出来る。
対する騎士は悠々と着地する。
が、彼が地を蹴る際。俺と男の間に、割って入る影が一つ。
小さな身体でありながら、この絶望を打ち砕いた。
圧倒的な、一人の少女だ。
「来たか、ヴァルハラの魔女め」
とんがり帽子に黒衣の少女。魔女と呼ばれた彼女はそれを気にもかけず、こちらへ振り向き窺った。
その大きな瞳に、変容した俺の姿を映す。
「ユーマ、よね」
目を見開き、息を呑む。
当然だ。それ程までに禍々しく、邪悪なものに視えているだろう。
醜く覆った鬼の血も、無残に散らされた傷口も、全てが目を背けたくなるような絵面に違いない。
だけど少女は、小さく喉を鳴らして。
「大丈夫よ、ユーマ。今度はあなたの味方」
そう言葉にした。
力強く、笑ってみせた。
「助けに来たわ!」
サリュはそう言って、聖騎士の前に立ちはだかった。