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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第三章「片桐裕馬、■■作戦」
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第三章【14】「切札」


 例えばこの先、本当に戦争が勃発したなら。

 ボクはサリーユ・アークスフィアを、友軍の最前線に配置するだろう。

 彼女単身における攻撃力・防御力の高さは、大軍へ対する制圧戦でこそ発揮される。彼女の役割とは、いかに素早く大勢の敵軍戦力を削り取ることが出来るか。それに尽きるだろう。

 いわば、制圧兵器。

 これは決してサリーユを軽んじている訳ではない。彼女にはそれが出来るだけの力があるという、純粋な戦力評価だ。

 間違いなく、彼女の有無で戦況は大きく変化するだろう。ボクなんかでは比べ物にならない程の戦果を挙げて、多くの戦士たちに希望や憧憬を灯すことになる。戦場の女神か、あるいは死神か。そんな風に神格化されて呼ばれることも十分に有り得るだろう。


 けれど彼女がどれだけ戦況を左右しようとも、勝敗を別つ絶対的な決定打にはなり得ない筈だ。

 これはボクの勝手な私見だけれど、

 ――彼女は最高の兵器でありながら、必殺の『切札』ではない。

 むしろ逆説的に、こう考えてしまう。

 ――彼女程に圧倒的過ぎる兵器は、その『切札』によって倒れ伏せるだろう、と。


 つまるところ。

 ボクとサリーユの競い合いも、結末はそこに向かっている。


「――フ」


 複数入り乱れ迫り来る、迸る雷撃の魔法。

 それらを銀剣で斬り裂き、更に踏み込み距離を詰めていく。

 再び放たれる氷塊も刃が届けば両断し、飛来する炎弾を躱し、左右へのステップや跳躍を繰り返す中で、決して退かずに近付くことをやめない。


 間もなく、ボクは彼女を斬り伏せるだろう。

 元より初撃の時点で、この結末は見えていた。


 魔法の障壁を斬り付けたボクへの、半ば無意識的な反撃。咄嗟に繰り出された、触れた物全てを焼き尽くす業火の渦。

 アレこそが、彼女がこぼした最初で最後の本気だ。

 それをボクは無傷で退けてみせたんだ。

 それより後に続いた攻防なんて、理性に囚われて制御された魔法に過ぎない。あの炎以下のモノで追い詰められることなど、それこそ有り得ない。


 だから言ってしまうと、初撃レベルの必殺で対応されてしまえば、ボクも全力で臨んでギリギリの競い合いにはなるだろうけれど。

 彼女の様子を見るに、それは期待出来ない。眉を寄せて思い悩んでいるのは、きっと余計な加減や状況分析だ。

 そのまま思考の渦を抜け出すことなく、ボクが刃を突き付けて終わる。


「残念だよ、サリーユ」


 呟いた独白は届かない。

 友達になれるかもしれないと思った。そう言った。キミなら対等に隣に立ってくれるかもしれないと、そう期待していた。

 同じ場所で戦って背中を預け合える、切札たり得る戦士だって。


 だけど、ただの兵器だというなら、もう見るものはない。


「キミの本質は理解した」


 終わらせよう。

 形だけの友になったところで、一緒には戦えない。恐らく今日より会える機会もない。

 キミは第一級戦士として、その力を存分に振るい続けるといい。

 ボクはボクの道を行くだけだ!


 そして、最後の踏み込み。

 動かなければ直撃だった九つの同時光弾を、同じく九つの同時斬撃を以って斬り伏せる。

 さあ、ボクの距離だ。


「フ」


 一息に、一閃。

 右手に握り締めた銀剣。突き入れた切っ先を、少女の腹部へ直進させる。

 浅くは済まさない。彼女へ教訓を痛感させる、情けを込めた容赦を捨てた刺突。急所を避ければ、致命傷にはならない筈だ。

 その痛みと流血にて幕を引こう。

 ボクはその刃が、確かに彼女へ届くのを直視し。


「――」


 けれど、直撃したその瞬間。

 サリーユの小さな身体が、勢いよく吹き飛ばされた。

 遥か後方へ、ボクとの距離を開いて、ずっと向こう側へ。


「――え?」


 ボクの手に、間違いない感触を。

 人体にしては高度過ぎる手応えを残して。


 大きく宙を舞った後、音を立てて着地する魔法使い。

 彼女は両手で腹部を抑え、再度こちらを窺う表情は、苦痛に眉を寄せていた。

 それから目にする、床へと落ちた赤い流体。彼女の顎を伝ってこぼれた、ボクの想定とはまったく違う流血。


「――なぜ」


「……っ。失敗した、わね」


 サリーユは大きく呼吸を繰り返しながら、言った。


「……なんて、重い斬撃。上手く守れたみたい、だけど、衝撃の計算を、まるでしていなかったわ」


「はは、やるね。なるほど、手強い」


 驚くべき誤算。

 いや、称賛すべき対応か。


「よくぞ受け止めてみせたね」


「嫌味かしら。お腹の中、ズタズタよ」


「素直な褒め言葉だよ。正直、キミを見誤っていた」


 まさかそれだけ大きな力を持ちながら、それを縮小して使ってみせるとは。


 そうして目に映る。

 彼女の身体を覆う、焔の揺らぎを。


 圧縮された力による、苛烈で強力な盾を。



     ◆   ◆   ◆



 迫り来るヒカリを前に、懸命に思考する。

 あらゆる魔法が斬り裂かれ、躱され、突破された。間もなくわたしは、彼女に懐へと入り込まれてしまうだろう。

 その剣線によって、この身に痛みを下されることになる。


「――――」


 どう対応する?

 先程は無意識の発動だったけれど、同様に渾身の焔であれば振り払うことが出来るか? 

 いいや、きっと無理だ。同じ手が通用する相手ではない。今度は迎え撃たれ、一歩も退くことなく突破されてしまうだろう。

 それじゃあ防壁の展開を――いいや、それも旨くはない。すでに彼女の連撃によって破壊されてしまっている。ほんの少しの時間稼ぎにしかならない上に、やはり同じ手では前回よりも早く対応されてしまうだろう。

 数で押しても、全て捌かれてしまった。

 大きな攻撃は、周囲の皇子たちを巻き込みかねない。

 どうする? 


「なにか」


 なにか違う手を考えなければ。


 避ける。現実的じゃない。多少の加速程度では追い付けない。彼女の強みの一つが、その速度の領域なのだから。

 じゃあいっそのこと受けるか。肉を切らせて骨を断つ、みたいな。……いいえ、それこそまるで現実的じゃない。決死過ぎるし、なによりそれは抵抗の手段を失っているに他ならない。


 その程度のわたしでは、ヒカリに認めてはもらえない。

 彼女たちの領域へと到達できない。


「――ふ」


 深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

 そうして一気に魔法を発動させ、一気に九つの光弾を放った。けれどそれも、いとも簡単に掻き消されてしまう。


 目前、迫り来る少女と白刃。

 時間切れだ。

 わたしはこの刃を、受けざるを得ない。


「――――――――」


 ああ、それなら。

 この身に受け入れるというなら。


「焔よ」


 わたしは小さく呟き、魔法を発動させた。



 彼女の攻撃は、わたしの魔法への有効打に違いない。

 だけど決して、全てを一振りに終わらせる程のものではない。幾つもの斬線を重ねて、高速の連撃によって処理しているだけだ。

 だからそれを封じることが出来れば。

 一斬だけど受けて、離脱することが出来ればいい!


「合わせて、重力操作!」


 わたしの策は、見事に成功し。

 けれど大きな痛みを伴うことになった。


「……っ。失敗した、わね」



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