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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第三章「片桐裕馬、■■作戦」
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第三章【11】「真実の影の対等を」


『殺すべきだろう』


 機械の身体を持つ老人は、そう断言した。

 今度こそ敵意を孕んだ瞳で、わたしを睨む。


『てッきり儂はこの嬢ちャんがその件についての罪状で呼ばれ、その罪への罰則や軽減の為に特級として戦力行使するッて、そういう話かと思ッていた』


 その上で彼はわたしを、日本国への在住を許容すべきではない、別の国へ飛ばすべきだと提案するつもりだった。

 けれどそもそもにおいて、話は違っていた。


『それを聞いてりャあ、やれ自由だのやれ権利だの。特級殺しをそのまま特級へ迎え入れてやろうだッてェ? オイオイオイオイ冗談はやめてくれやァ!』


 グァーラは鉄の喉元から、甲高い金切り声を上げた。

 認められない。認められる筈がない、と。


『儂はこの場で嬢ちャんを袋叩きにする、そんな作戦だッたと言われてもおかしくないと考えてたくらいだぜェ? なにせ特級会議だァ、特級殺しを裁くのにこんなに相応しい舞台もねェ! なんならこの後そういう腹積もりだったかァ? だッたら悪ィなァ、台無しにしちまッたァ!』


「グァーラ殿」


『んだァ、騎士さんよォ。そッちの国にも情報は入ッてんだろォ?』


 制止を図るヴァンへ、グルリと赤い左眼を回す。

 叫びは収まらない。


『お前さん、イカレてやがるぜェ? よくもこんなとんでもねェ殺人鬼を野放しにした上にィ、特級にしようなんて提案できる? 一体どういッた贔屓だァ? それともどういッた考えだァ?』


「……彼女らの戦いは、極めて私的なモノであったと報告されている。日本国内における、組織同士の諍いであった、と」


『そうだァ! 私的な争いによッて、お前さんらの言う一大戦力が失われたんだァ! ただ事じャねェだろ、アァ?』


 畳み掛けられる言葉に、騎士が押し黙る。

 言い合う二人を前に、わたしはなにも言えない。

 言える筈もなかった。


 彼の指摘は最も過ぎる。

 わたしは確かに、この手で一人の命を奪っているのだから。


「――待ちなヨ、爺様」


 と、そこで口を挟んだのは、またしてもナナオだった。

 いや、だけじゃない。


「フム。妾も女狐同様、待ったをかけさせて貰いたい」


 同時に、車椅子に座った少女も静寂を破った。

 ずっと静寂を守っていた、女郎蜘蛛とされる少女が。


「いや、妾が待ったをかける、が良いであろうな。女狐も言葉を慎め」


「……どういうつもりサ」


「女狐めが口を挟んだところで、出て来るのは騎士と同じ魔女っ娘側の意見であろう。それでは押し問答になるだけという話。騎士と機械ジジ、双方とは違った視点を持つ妾が状況を説明させて貰いたいが――」


 言って、少女は皇子を窺った。


「俺?」


「ウム。妾が仲立ちし、説明しても構わんか?」


「んなの俺に確認取らなくても大丈夫だぜ? 車椅子ちゃんに任せるよ」


「よしよし。では皇子にも許可を貰ったということで、妾が話を引き継ごう。よいな?」


 恐らくは、それが目的だったのだろう。

 この場に居合わせた全員の中で、最も高い地位にいる存在。皇子たる彼から許可を得るということは、半ば話し合いの場を任されたに等しい。

 加えて本人が中立を主張し、先んじてナナオの意見も封殺してしまった。元より相対した彼らと議題のわたしを除いて、この場で効果的に口を挟めるのは二人だけだ。

 けれどその二人、少女もオークも。


「ボクは構わないよ。むしろ詳しくないから、聞かせてほしいくらい」


「おれも一向に構わん。聞かせよ」


 共に反論はなく、耳を傾けるだけだった。

 よって今一度、話は車椅子の少女へと預けられる。


「ではまとめさせて貰おうか。サリーユ・アークスフィア。彼女が二週間前に起こした、特級殺しの件についてじゃ」




     ◆   ◆   ◆




 ボクらは暫し、特級、東雲八代子に状況整理を任せた。

 内容は二者で意見の別れた、サリーユ・アークスフィアの処遇。その問題となる、彼女が行った特級殺し、その全容についてだ。

 ボクも聞きかじった程度でしかなかったし、多分皇子様もそんな感じだったんだろう。ボクたちは東雲八代子の計らいに、静かに耳を傾けた。


 今日より二週間前、この街でとある小競り合いがあった。

 いいや。小競り合いと言ってしまうには、あまりに甚大な被害を被ってしまった大事件。

 藤ヶ丘北地区の高層ビルが、突然のテロに襲われた。それも最後は爆発に終わり、二十数名の死者を出してしまう結末。今尚この国のニューズで大々的に取り上げられ、復旧作業や真相解明が続けられているという。


 その真実は、ただのテロではない。

 一夜百語と呼ばれる組織がビルを占拠し、それに百鬼夜行という組織が対応した。公には認められない存在の者たち同士が引き起こした、本来明るみに出てはいけない衝突。

 常識を外れた裏側の住人のいさかい。

 事件とは、その末路だ。


 そしてその一方の組織、一夜百語のボス。占拠の首謀者とされ、更には多くの命を奪った爆発を引き起こした張本人。

 それが妖怪、がしゃどくろ。

 特級の階級を与えられた男であり、事件収束の際に死亡した。

 百鬼夜行の一員、第一級戦士サリーユ・アークスフィアとの戦いに敗れて。


「一夜百語の目的はアヴァロン国管理からの脱却だったそうじゃ。それが百鬼夜行越しに要求され、叶わなければこの世界の平穏を破壊する、自分たち異物の存在を公に晒す、と。そう言ったらしい。妾も聞いて呆れ、笑ったものじゃ」


「あいにく俺は笑いも呆れも出来ないな。彼らの行動はすなわち、我が国への不平不満が故だ。死んでいった方々には頭を下げても足りない」


 皇子が頭を抱え、重く息をこぼす。

 するとヴァンさんがそれを制し、自身が深く頭を下げた。

 悪いのは自分である、と。


「その件にアヴァロン国の責任があるのであれば、それは僕の責任だ。事件より先刻、別任務にこの国の騎士たちを連れ出している。結果、付け入る隙を与えた。僕の失態だ」


「フム。無関係ではなかろうが、それは騎士の言う通り、結果の話じゃな」


 東雲八代子が、そう言葉を挟んだ。

 結果論だ、と。


「どういうことだ?」


「騎士の行動は間違っておらぬ。そうせねば別件の任務に支障が出たであろう。つまり今回の失敗は、その機会を向こうに気取られ使われてしまったことじゃ。情報の管理不足を猛省すべきじゃな」


「情報の管理、だと」


「大方、新聞じゃな」


 言って、大きく息を吐く。

 本当に気付いていないのかと、軽い呆れを含んだ吐息だ。


「お主らの国が発行している新聞、正しくは情報通達だったか? アレに堂々と書かれておったぞ。異世界戦争の兆しアリ、アヴァロン国が対応に注力中、とな」


 恐らく一夜百語の組織はそういった情報から、自分たちに優位があると判断して行動を起こした可能性が高い。例え阻まれたとしても自国の別組織、少なければ要求した百鬼夜行だけになりえると。


「なる、ほど」


 その指摘に納得する。

 と、同時に、ふと思い当たる。


「……もしかして」


 気付けばボクはヴァンさんを窺い、ヴァンさんもまたボクを見ていた。そうして視線が合わさり、互いに頷きを交わす。

 先日ボクが対応した、アヴァロン国へ侵攻する異界からの軍勢。昨夜は単なる威力偵察だと話していたけれど、東雲八代子の話を考えると見方が変わる。

 アヴァロン国が何らかの調査に注力しているのであれば、本国の守りは手薄なのではないか? 威力偵察と同時に、大きな打撃を与えられるチャンスなのではないか?

 そんな思惑があったとしたら……。


「八代子殿。ご指摘に感謝を。そして我が国の至らなさに、改めて謝罪を」


「フム。その面持ちを見るに、他にも思い当たる節があったようじゃな。用心することじゃ」


 して、話を戻すが。

 東雲八代子は本題を続ける。


「結果、様々な要因が重なり一夜百語は事を起こした」


 そしてビルの占拠と、百鬼夜行との対立が起こった。

 その対立に際して、サリーユとがしゃどくろによる対決も行われた訳だ。


「さて、そういう訳で確認したいのじゃが」


 そう前置きをして、彼女は言った。


「事件の際、妾はテロ後の情報操作や隠蔽工作に駆り出され、とても他には手出し出来ぬ状態であった。事件を発生を速やかに感知し準備を整え、百鬼夜行の要請を受けて行動を起こし、事の鎮静に注力した訳じゃ。――して、女狐めはどうしておった?」


「……いちいち聞くんじゃないサね」


「そうじゃな。この街に居らんかったのじゃ、仕方ないわな」


 つまりこの件には一切関わることが出来ていない。

 九里七尾はバツが悪そうに、東雲八代子から目を逸らした。

 重ねて、次は。


「して、機械ジジ。当時この街に居ったであろうお主は、なにをしておった?」


『……あァー』


 グァーラも同じように視線を逸らし、後ろ頭をガリガリと掻く。

 そういうことだ。


「まったく。行動を起こしたのは妾だけのようじゃのう」


『うるせェ。儂は状況把握に努めてたんだよォ。なにしろ一夜百語もがしゃどくろもォ、そもそも作り話かナニカッて話じャなかッたかよ、あァ?』


「何度か特級会議で議題に挙がった際、妾は言うておった筈じゃぞ。ヤツは存在している。かの組織もまた動いておらぬだけで、指揮系統は在る、とな」


『だッたら何故予め言ッておかなかッたァ? ここまでの事を起こす脅威だッてなァ! そうだッたらこんな事態にならなかッたんじャねェのかァ!』


「それは妾の軽視故の失策。そしてお主も含めた特級全員の慢心、怠慢であろう!」


 声を上げたグァーラへ、東雲八代子も応対した。

 金属にまみれた巨躯。そこから繰り出される怒声もまた強い威圧だ。けれど車椅子に座った小さな少女の身体からも、まるで気圧されない怒気が発せられている。

 ボクもヴァンさんも、サリーユでさえ咄嗟の事態に構えていた。


「妾や女狐も正体を知りながら、ヤツが不干渉故になにも言わなかった! お主らもそれで良しと追求することはなかった! 事はそれが招いた、当然の結末じゃ!」


『だから動かなかった儂に嫌味と説教を垂れようッてかァ? 当日対応したからそれで良しッて、てめェのミスも棚に上げてよォ!』


「なにも良いことなどなかろうが! 妾たちの失策によって起こった事件、妾は後処理にしか動かず、お主も女狐も動くことはなかった! ソレに対応したのが百鬼夜行、あの魔法使いという話じゃ!」


『――ッ! んだァ、てめェはァ! 結局中立だなんだ言いながらァ、あの嬢ちャんの味方がしたかッただけかよ、あァ!?』


「馬鹿も休み休み言え! 戯けたジジィが!」


 そして、東雲八代子が言った。


「全ての尻拭いを行ったのがあの子だ! それを考慮せず、なにが対等だ! なにが罪状だ! ふざけるのも大概にしろ!」


 彼女はグァーラを睨む。

 それだけで終わる筈もない。

 彼女の視線は、ヴァンさんをも射止める。


「お主もじゃ騎士風情! お主らの国の情報放流によって機会を見図られた、お主らのミスによって計画は起こされた。そうして引き起こされた戦いの、その最前線を張ったのがあの子じゃ! 偉そうに上から特級に迎え入れるだなどと、調子に乗るでない!」


 彼女の声に、誰もが息を呑むのが分かった。

 東雲八代子。彼女が先刻、言った通りだ。

 ――双方とは違った視点を持つ。

 彼女の仲裁とはすなわち、どちらの肩をも持つわけでも、どちらの肩をも持たないわけでもない。

 両者を真っ向から否定する。問答の焦点そのものが馬鹿げていると、そう言っているんだ。


「――だから双方共に、それを判った上で処遇を決めよ。妾は機械ジジのいう危険因子の意見にも賛成はしておる。特級昇格は別件として考えるべきであろう。じゃが――」


 東雲八代子は、最後に。


「間違っても殺してしまえなどと、ふざけたことは言うでないぞ」


 そう言って、言葉を収めるのだった。







 こうなればもう、後の話は簡単だ。

 彼女の立場は明白になり、彼女の危険もまた周知。

 話は戻る。

 サリーユ・アークスフィアを特級に迎え入れるかどうか。

 それだけだ。


「――おっと、いけねぇ。聞き惚れて呆けちまってた」


 遅れて、皇子が声を上げる。

 そうして皆の注目が集まる中、皇子は咳払いの後に提案した。


「よし、一旦多数決を取ろう。それで文句があれば話を続け、最終的にまた多数決で決めればいい」


 話を進める為、立場を明らかにする。

 確かにそれは妙案だと頷き、他の誰も反対することはなかった。

 そして各自が、自身の見解を告げていく。


「僕は変わらず推薦者として、彼女を特級へ迎えたい」


『儂も変わらず反対だァ。女郎蜘蛛の話を考慮してやっても、特級へ迎えるのは時期尚早。様子を見るべきだろうよォ』


 二人の意見は変わらず対立したままだ。

 続けて九里七尾もまた、賛成の声を上げる。


「アタシは当然賛成サね。部下たちからの声や活躍を聞いて、相応しいと思うのサ」


 流れに乗って、皇子も手を挙げた。


「俺も賛成だ。八代子さんの話にも納得だし、是非特級を与えたいな」


 皇子がそう言えば通りそうなものだけど、その皇子が多数決を望んでいる。

 流れは続き、東雲八代子へ。

 すると、彼女は。


「ウム。妾は反対じゃぞ」


 予想外にも、そう言った。

 流石に皆が驚き、九里七尾が声を挟んだ。


「いやいやいや! なんでサ! 賛成の流れでしょうヨ!」


「機械ジジと同じ意見じゃ。時期尚早。世話になったのは認め感謝し、この恩は返そうと考えておるが、これはそれとは別じゃからな」


 そう言って、シシシと歯を見せる。

 多分本当にそう考えた上での回答なのだろうが、驚かせてやったと楽しげだ。

 なるほど本当に、公平な立場だったらしい。

 それから、


「――おれも反対だ」


 静寂を貫いていた巨躯のオーク、ドギーも反対派だった。


「特級とは同盟国の絶対戦力だ。いざとなれば国の為に戦わなければならない。彼女には難しいだろう。彼女は恐らく国の為でも組織の為でもなく、個人に心を置いているように思う」


 ある意味、もっとも的を射た意見であったかもしれない。

 誰も言葉を挟むことはなく、当の本人すら言い返すことはなかった。


 ああ、そして。

 本人を除いて、残るはボクだけになった。


「…………」


 現在意見は、賛成三人反対三人。

 皇子という絶対的な立場の人が賛成している状態だが、数だけ見れば両意見共に同数。多数決で行くなら、残り一人の意見によって決定する。

 ボク次第ということになる。


「うへー。こうなるなら最初に言っておけばよかったなぁ」


 なんて、肩を落とす。

 落ち込んだように見せてみる――けれど、


「ま、あくまで最初の多数決だしね」


 責任なんてない。

 ボクがどちらにつこうと、結果を元に再度話し合いが始まるだけだ。

 だからボクは自由気ままに、自分の意見をそのままに口にさせて貰う。

 ボクは――、


「ボクはね、――決め兼ねている」


 それが現在用意できる答えだ。

 静かにボクを見つめ、流れに身を委ねる彼女。

 サリーユ・アークスフィア。

 なんの文句も言わなければ、なんの主張もなく。話されるままに聞くだけで、一切口を挟むつもりがない。実にお利口さんだ。

 違う。

 きっと彼女は、この案件に興味がない。

 別にそれは構わない。ボクも正直自分が特級だとかどうでもいいし、むしろヴァンさんが特級じゃないことに何度も異議申し立てをしている。きっとドギーさんも、自分の階級なんて気にしてないんじゃないだろうか。

 だからそれは構わない。

 だけどそれが気に食わない。


「正直言うと、ボクは彼女が特級に相応しいか相応しくないか、まるで判断出来ないんだ。判断材料が少なすぎる」


 だからボクはボクの勝手な意見として。

 この会合に、彼女を巻き込んでやるんだ。


「確かに働きは立派だけれど、女郎蜘蛛の言う通りそれはそれだ。特級を殺したって話に関しても、その実、単独での殺害じゃないって聞いてるよ。何人かで協力して、組織的に勝ち越したんでしょ?」


 ――果たしてそれを、彼女が殺したとは言えるのか?

 ――サリーユ・アークスフィアは、特級を倒せし程の実力を有していると言えるのか?


「ボクはキミに問いたい、サリーユ」


 これが国の決定であるなら従おう。彼女が特級であると国が認めるのであれば、法の下で剣を振るう騎士に異議などありはしない。同じ特級として肩を並べるだけだ。

 だけどボクの意見が求められるというなら。

 ボクの言葉が許されるなら。


「キミは、ボクに力を証明できるか?」


 もっとはっきり言おう。


「ボクと立ち会ってくれるかい? サリーユ・アークスフィア」



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