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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第三章「片桐裕馬、■■作戦」
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第三章【10】「特級会議」


 アレックス・オヴェイロン。

 アヴァロン国第三皇子を宣言した彼の到着によって、役者は揃い踏みとなった。

 彼を取り囲むわたしたち、七人の戦士。計八人が、此度の会合に招集され、それに応じた。


 果たして特級会議とは、一体なんなのか。

 わたしは何故、この場に呼び出されたのか。


 疑念渦巻く中、最初に口を開いたのは――予想外にもヴァンだった。

 金髪の鎧騎士は静かに応じへと歩み寄り、速やかに頭を下げる。


「アヴァロン騎士団所属第一級戦士、ヴァン・レオンハート。第三皇子アレックス様へ、恐れ多くも説法をお許し頂きたい」


 名乗りに続けられた文句の断り。

 堅苦しい騎士の言い草に、赤髪の男は笑ってみせた。


「久し振りだな、ヴァン。相変わらずお堅いヤツめ。説法というのもアレだろう、いつものお説教だろう? おうおう好きに言ってみろ」


「……では、進言させて頂きます。皇子よ、何故単独で参られたのですか?」


「愚問だな。お前は俺に第一級程度の騎士を引き連れて来いというのか? この場は特級の集う会合だぞ? ゾロゾロ何人連れたところで、一網打尽もいいところって話だ。明らかに不要だろ」


「しかし、万が一ということもあり得ます」


「万が一に手間を掛けるなら、残りの九千幾つかの可能性を考慮し、別の任務に宛てた方が有意義極まる。大体、転移さえ済ませればお前たちが待っているだろうが」


「それがもし、なんらかの妨害で合流出来なければどうなるのですか。我々が全員殲滅され、敵対した特級が待ち受けていたら、皇子はノコノコと首を差し出すのですよ」


「ハッ、それこそ一貫の終わりだな。ヴァンや他の同盟を結ぶ特級戦力たちが敗したとなれば、俺の首など一溜りもない。実に妥当な死だ」


「皇子……ッ!」


「はいはい。ったく、相変わらずマジなんだから。だったらお前から国に護衛の強化を進言してくれ。護衛の数ではなく、特級を遣わせるくらいのな。俺の価値がそれ程までになれば、少しは自衛も考えてやるさ」


 言って、ますます大きく口を開けて笑う。

 ヴァンはといえば、頭を抱えて肩を落としていた。

 国の皇子。わたしも王宮に仕えていた立場から、そういった貴族の血筋や大きな権力を持った、高い位の人たちと接してきた。高慢で高飛車な人も居れば、腰が低く民や兵士に近しい距離の人も居た。

 けれど彼のようにここまで手前勝手な、それこそ無鉄砲な人は見たことがない。ユニークな人だとは思うけれど、仕える方の身になって考えると怖気がする。

 気に入らない騎士が相手ではあったけれど、流石に少し同情した。

 皇子様はまるで意に介さず、実に楽しげだ。


「はっはー、自分で言ってて納得だ。敵から狙われるだけの貴族称号なんて、足枷もいいところ。半端な護衛で老い先短いってんなら、その分自由に満喫させてもらわねぇとなあ」


「お戯れを」


「戯れ結構。つーわけで、ヴァン。今日はこの国の美味い店に連れて行ってくれ」


「そういうことなら皇子、ボクの方が詳しいかもしれませんよ。来る度に食べ歩いてますので」


「いやいやアタシの国サね。こりゃあアタシの専売でしょ!」


「いいね、最高! じゃあ今日は遅くまで、美女美少女を両手に咲かせて呑み明かすとしようじゃねぇの! 特級二人の傍付きなんだ、文句はねぇだろ?」


 なんて、ナナオやヒカリも突っ込んでしまった。暴走状態一歩手前だ。

 しかし、流石にこれ以上は見過ごせなくなったのか。


「……皇子」


 ヴァンは眉を寄せ、重く咳払いをした。


「それ以上のご冗談は、今はお控えください。此度の目的は会議であります」


「そう言うなよ。雑務だろ」


「――アレックス」


 その名前を口にする。

 瞬間、場に居合わせた全員が、騎士の威圧に煽られた。

 目に見えない力の奔流が、胸を打ち背筋に緊張を走らせる。静かなる咆哮は、微かに空気を震わせる程だ。


「……お、おう」


 自由奔放な皇子であっても、その圧力には両手を掲げて口をつぐんだ。

 空気が締まる、とはまさしく、こういうことを言うんだろう。


「アレックス、定刻は過ぎている。雑務だというなら、我々重要戦力を無駄に縛るな」


「はは、悪ふざけが過ぎたな。おーけー、ヴァン。分かってるよ」


 苦笑し、赤髪の彼はわたしたち特級をぐるりと見渡した。

 緩んだ表情は変わらない。しかし再びかち合わせた瞳の奥には、先程までは感じられなかった強い芯のようなものが覗き。

 そして今一度、落ち着きと余裕を持った声色で言った。


「では改めて。――よくぞ集まってくれた、我が国の強力な戦士たち、特に優れた我が剣たちよ。しかも此度は七人もの参加だ。近年、会議など不要と軽んじられる情勢において、五人を越える集まりは稀も稀。この献身には、感謝の言葉が幾つあっても足りない」


 皇子は両腕を広げ、わたしたちを抱擁するかのようだった。

 その言葉に、その姿に、わたしは今更思い起こす。


 百鬼夜行に所属し、百鬼夜行の指令で動き、この国で任務にあたってきた。

 第一級戦士、サリーユ・アークスフィアとして。

 けれどそれは、彼らによって定められた階級。彼らの法によって認められた、日本国内の組織への所属。彼らの管理下における任務の遂行。


 その実は、彼の言葉通り。

 ――わたしたちは彼らの剣なのだ。


「なあに今日は内容も内容だ。うちの騎士は強く気を張っているようだが、アレはいつもの通常運転。諸君らは、下手に構える必要もない。いつもの状況確認と、もう一つ」


 そう前置きをして、彼は、


「魔法使いのお嬢さんを、特級に迎え入れるべきかどうか。その審議だけさ」


 わたしに用意されたその案件を、明らかにするのだった。






 そうしていよいよ会議の本題へと入った、途端。


『乗ッけから言わせて貰うがァ、儂は反対だなァ』


 発言し流れを切ったのは、機械仕掛けのお爺さんだった。

 すかさずヴァンが、それを制する。


「……グァーラ殿。僕はまず、現在の状況確認から入るべきだと思うが」


 恐らくは、用意されていた順序のようなものがあったんだろう。

 けれど彼は、そんなヴァンの言葉を真っ向から否定した。


『いいやァ騎士さんよォ。お嬢ちャんが特級でないなら、ここから立ち去ッて貰わねェといけねェ。大事な話はその後、だろォ?』


 グァーラ。そう呼ばれた彼が、その赤く覗いた左の眼光をわたしへ向ける。

 そこには不満や疑念、訝しげな色合いが鈍く渦巻いている。


「邪魔者扱いされても困るわ。わたしは呼ばれたから来ただけよ。特級の話だって、今初めて聞いたのだから」


『そうは言うが、何も考えずにノコノコ来やがッた訳じャあねェ。大方予想は付いてただろォ? それに自分が突出した力の持ち主だッて自覚も、無いとは言わせねェ』


「……それは、そういう考えがなかったと言えば、嘘になるけれど」


『多少は言葉に詰まる、か。思ッていた程の慢心はなさそうだがァ、取り繕うのが上手なだけかァ? どうなんだい、お嬢ちャんよォ』


 ガチガチと、言葉の合間に不気味な金属音が挟まる。聞き心地の悪い不協和音が、平静な心を乱そうと掻き立てる。

 見え透いた挑発。にも関わらず、簡単には逃がすまいと脳の奥まで追いかけて来る。

 と、それを。


「珍しいこともあるサね」


 ナナオが口を挟み、遮ってくれた。

 彼もナナオの乱入を受け、素直にそちらへ視線を移す。


『あァ? んだァ、女狐めェ』


「珍しいって言ってんのサ。グァーラの爺様が初っ端から噛みつくなんて、そんなことあったかいネ」


『珍しいッてお前さんよォ、儂に会ッたのが何年振りか自覚あんのかァ? なにを以ッてんなこと言ッてやがる』


「ハハッ、そいつを言われちゃあ困るがねぇ」


『だッたら妙な茶々を入れるんじャねェよ。そりャあ今も昔も積極的なつもりァねェが、大事な要件には口を挟む性分だぜ』


「へぇ、この件は爺様にはそれ程のことかい?」


『まァな』


 そう言って彼は、今度は皇子へと視線を向けた。


「ん? 俺に話か爺さん」


『あァまァ、お前さんというか、お前さんの国にだなァ。現在日本国に、どころかこの街藤ヶ丘に在住する特級が何人か、皇子様はご存じかィ?』


「少なくともここには三人居ると察せられるが、あー、すまない。現時点で何人かは把握していないな」


『五人だ』


 グァーラが鉄と配線の敷き詰められた右手を開き、その五つの指をかざす。


『この場の儂と、九尾の狐に女郎蜘蛛。それから今日来ていない奴らが二人。計五人もの特級戦力が、この街に在住を決め込み、集まッてやがる。この事態をお前さんらはどう考えてる?』


「……五人も?」


 彼が示唆したその人数がどれ程の脅威なのか。わたしには恐らく大きく遠くはない予想が出来た筈だ。

 なにしろその特級の一人と、先日この身を削り合ったのだから。


『長いこと在住してる儂のどのツラ下げて言うんだッて話だろうがァ、まあ自分もその一員だからこそ気掛かりになるッてもんだ。こんなに特級戦力が集まる中、これからもう一人増員ッてのは許されんのか?』


「さて、その辺りをどう考えているか。我が騎士ヴァンよ」


 投げられた問いを、皇子はそのまま騎士へと渡した。

 何故ならそれは、他でもない。


「そもそもお嬢さんを特級に推薦したのはヴァンだ。こいつなりに色々と考えがあってのことだろう。聞かせて貰えるか?」


「え?」


 わたしは思わず声を上げてしまった。

 特級への昇格は、ヴァンが推薦したもの?

 見れば彼は、名指しされながらも堂々とした態度を崩さない。静かに目を閉じ、「畏まりました」と頷いた。


「グァーラ殿の指摘は最もだ。一つの世界、中でも一つの街に特級が複数人集まるという事態は、あまり多くない。現在の日本国の五人ですら、稀に見る異例だ。そも我々アヴァロン国にも、在住を希望する特級戦士は三人しか居ない」


「はは、どーりで俺の護衛に回れない訳だ。我が国は人気が無いのかねぇ。皇子は悲しいよ」


「あー、口を挟みますが皇子様。実はその内の一人はボクなのです。絶賛任務や休暇で世界を飛び回っている、多忙な騎士なのです」


「そうだったのか、ヒカリちゃんが俺の愛すべき民だったとは。……って、休暇くらいは国へ戻ってゆっくりしておくれよ頼むから!」


「恐れ多くも皇子様。アヴァロン国は少々前時代的過ぎます。せっかくのイケてる異界文化をもう少し取り入れて頂けないと、ボクら若者には受けが悪い現状です」


「言ってくれるな年頃ガール! 旧態依然としたお堅いお国柄であることは認めざるを得ないが、こればっかりは国風なんだ! 皇子でも如何ともし難い!」


「……話を戻すが」


 ヴァンが咳払いをし、脱線した二人を制する。

 そうして改めて、グァーラへ言った。


「しかし残念ながら、皇子やヒカリの言った要因も無関係ではない。日本国に特級が集まっているのは、この国の良さ故だろう。グァーラ殿もそういった要因で在住していると聞くが」


『ギシシ、違いねェ。この国は比較的治安も良く、更には資源、物価、物流が最高だ。自分の研究所から一歩も外へ出ずして、品質の優れたモノを手に入れられる。技術こそ儂の国に数段遅れちャあいるが、んなもんは儂が作る。部品さえありャあ天国だぜェ』


 おまけに美味い飯も沢山だ。と、どうやら彼はこの国での生活を相当満喫しているらしい。

 彼の言う物資や物流に関しては、わたしの知識は明るくない。けれど治安やご飯といった身近な観点においては同感だった。

 多くの世界を知る訳ではないけれど、少なくともわたしの世界よりは、ずっと暮らしやすい。わたしもそれらの恩恵を、満喫している。


 では、そういった理由で一つの世界に戦力が集中しても構わないのか?

 ヴァンの回答は、予想外にもイエスだった。


「そもそも異世界法において、一つの世界に在住する特級の人数を定めるような法は無い。反対に、特級が自身の住居の自由を約束される法がある程だ。よって現状、我々は特級たちに人数が理由での退去命令を出すことはない」


『なるほどなァ。じャあ儂も今のところは安泰な訳、かァ』


「ああ。そしてサリーユ・アークスフィア。彼女がこのまま日本国への在住を望むのであれば、尚更特級である方が都合が良い訳だ。そうすれば、住居の自由を行使出来る」


 もっとも他の階級であっても、余程のことがない限り縛られることはない。しかし特級が与えられる自由は別段、法の中でかなりの優先度を持つらしい。

 力を持つが故に、その力を同盟として国の下へ収めるが故に。他でもない「個人の自由」という権利が、誰よりも強い権力となっている。


 ヴァンはグァーラにだけでなく、わたしたち全員にそれを聞かせた。

 特級が与えられている、その特例の一端を。

 にも関わらず。


『ギギシ。つまりお前さんは、このお嬢ちャんに忖度したい訳だなァ?』


 他でもないそれを見に受けているグァーラが、そう口にした。


「グァーラ、殿?」


 それには一行に態度を崩さなかったヴァンさえも、訝しげに眉を寄せる。

 当然彼らだけでなく他の者たちも、わたしも押し黙り、暫しその動向を注視した。


「……忖度、とは?」


『贔屓ッて言ッた方が分かりやすいかァ? お前さん、なにを企んでる?』


「邪推だな。僕は公平な立場で彼女を評価し、国へ進言しただけだ。彼女にはそれだけの力が備わっている。その力を我が国の法で縛るというのであれば、彼女には相応の称号と報酬が与えられるべきだろう」


 ヴァンはそう断言した。

 それを忖度だと、贔屓だというのであれば、それは力持つ者全てへの忖度であると。

 特級制度そのものへの否定となり、グァーラ自身の立場をも危ぶませるものだと。


 その筈なのに、グァーラは笑った。

 ギシシと鉄歯を擦り合わせ、濁音を鳴らした。


『ッ、ギギギ、ハハハ』


「……何故笑う」


『いやァなに、どうにもおかしいと思ッてなァ』


 そして彼は、ガラガラと機械音を絡め、声を上げた。


『その力ッてのはァ、特級を殺す力ッてことで合ッてるんだよなァ?』


「っ」


 息が詰まる。

 と、同時に理解した。

 彼が反対する、その理由は――。


『果たしてその力はァ、歓迎するべきモノかァ? 断罪するべきモノじャあねェかァ?』


 最初からグァーラの狙いは、一つだったんだ。

 わたしを特級として認められないのは、その力故に、その危険故に。

 彼は至極真っ当な理由で、自身の立場を守っていただけだった。


『――殺すべきだろう』


 機械仕掛けの老人は、そう断言した。




 逃げるなと、今一度退路を断たれる。

 紛れもない事実に、わたしは追い詰められてしまった。





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