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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第三章「片桐裕馬、■■作戦」
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第三章【09】「集いし者たち」


 藤ヶ丘センタービル、その屋上階。

 幾つもの階層を吹き抜けに開かれた、硝子張りの巨大空間。

 白い煉瓦が敷き詰められ、辺りを緑の草花で囲まれたこの場所は、まさしく庭園と呼ばれるに相応しい景観だ。

 今日は天気も良いからきっと、転がり込めば気持ちのいい時間を過ごせるだろう。本を持って来ていれば、そんな憩いをゆっくり満喫することも出来たかもしれない。

 けれど残念ながら、わたしは用事があってここへ来ている。

 そんな余裕を許されない相手を前に、立ち会わされている。


「――――」


 部屋の中央部。円形に敷かれた石畳に立ち並ぶ人型たち。

 人の形で在って、けれども一人として普通の人間は居ない。

 その総数は、わたしを除いて――六人。


 金色の髪、頭の上に目立った獣の耳。

 赤と紫の着物を纏った九尾の狐、ナナオ。

 同じく金色の髪に、白のスーツ姿。

 アヴァロン国の騎士を名乗った女の子、ヒカリ。


 それから既に知っている人物に、見知った顔の騎士がもう一人。


「案内ご苦労、ヒカリ。面倒をかけさせた」


「偶然居合わせただけですから、お気遣いなく」


 などと、ヒカリと声を掛け合う男。

 彼女と所属を共にする、白き鎧を纏った聖騎士。

 金色の髪にキザったらしい顔立ちは、忘れもしない。


「ヴァン・レオンハート」


「ああ、久し振りだなサリーユ。随分活躍しているようで、なによりだ」


「こちらこそ、友好的な挨拶でなによりだわ」


「おや、未だに初対面のことを気に持っていたとは。君は遺恨を引き摺るタイプではないと見立てていたが、存外、認識を改めた方がよさそうかな?」


「……それは少し違うわね。わたしはあなたの方こそ、引き摺っていると不憫に思っていたのよ。どうやら思い違いだったみたいで安心したわ」


「それはそれは、お気遣いに感謝しよう」


「それより気になるのだけれど、あなた、特級だったのね? わたしの知る限りでは第一級だった筈だけれど、いつの間にか昇格していたのかしら?」


「その点は君の知る通り、第一級のままだとも。及ばぬ立場ながら招待を受ける身だ、弁えているよ」


「そうなのね。ま、どっちでもいい話だけれど」


 なんて、思わず言い合ってしまう。

 悔しいけれど、彼の言い分も遠からずだ。わたし自身のことについては、当初の対峙を気にも留めていない。が、ユーマやリリへの件を思い起こしてしまうと、どうしても高圧的になってしまう。

 お互いの立場上仕方がなかったとは納得しているのだけれど、こればっかりはどうしようもない。合わないそりだと呑み込もう。


 それから彼を視線から外し、残りの三人を見やる。

 初めて目にする、なにも知り得ない者たちを。


「……おれを含め七人、現在定刻五分前か。恐らくはこれで全員であろう」


 まず、低い声で確認する大男。

 緑色の肌にギョロリと開いた大きな瞳。頭の左右から生えた、天を突く鋭い角。重ねて身の丈二メートル以上の大巨漢。

 恐らくはオークか、それに類する種族だろう。


「前回の日本国での会合が、おれとヴァンと女郎蜘蛛の三人であったことを考えると、なかなかの進歩であるな。喜ばしい」


 けれど図書館に勤めている見知った彼らとは、まるで雰囲気が違う。

 格好からして、まさしく戦士だ。

 身に着けた鎧は分厚い革製で、地面へ立てた大刃の柄へと両手を合わせて乗せている。巨大な体躯に鮮やかな白刃の大剣、なんて力強い圧迫感だ。

 加えて、大剣から滲みだす禍々しい感覚。剣気、とでもいえばいいだろうか。

 アレは多分、ヴァンの輝く剣と近しいモノだ。それを抜き身に突き立てて、余計な動きをすれば断つと、そういった抑止力のつもりだろうか?


 大袈裟だとは思わない。

 だってここに集まっているのは、それ程の存在ばかりだ。


「喜ばしいだなどと、ドギー殿は甘いお方よのう。ここではない異界の者共はさておき、日本国生まれの女狐めはいつ振りじゃ? 自国の会合を数十も蹴りおって、よくも今更へらへらと頬を緩めて来られたものじゃ」


 ゆったりと口調で罵りナナオを睨むのは、まさか小さな少女だった。

 大きな瞳に小さな鼻立ち、長く伸ばした髪を肩の向こうへ下ろす。身に纏う衣服はナナオと同じ着物で、黒一色の物に紅い帯を巻いている。

 髪色も合わせて彼女の殆どが黒く塗り潰されてしまい、白い肌や裾から覗く細い手足が際立つ。その結果、彼女には尚更健康的ではない印象を受けた。

 更に少女は、自らの足で自立が出来ていない。

 彼女は車椅子に腰掛けて、わたしたちを見上げている。


「……こんな子が?」


 一見すれば、身体の弱いはかなげな女の子だ。

 だけど、そんな筈もない。


「言ってくれるじゃないサ、八代子。んでもってサリュ、油断するんじゃないヨ。アイツは正真正銘、この場に相応しいおっかないババアなんだからネ!」


 ビシリと人差し指を突き出し、大声で宣言するナナオ。

 なんとも不思議な言い回しだったけれど、その指摘のお陰で遅れて気付く。

 気付いてしまう。

 注視すれば見えてしまう、奇妙な違和感に。


「……な、に?」


 少女の背面。

 車椅子の背もたれに隠れた、その更に背後で、――ナニカが蠢いている。

 その蠢きに合わせて、彼女の後ろ髪が細やかに動かされていた。

 背筋が凍る感覚。けれどそんなわたしの怖気なんて気にも留めず、少女は口の端をニヤリと吊り上げた。

 楽しげな笑顔の先は、わたしではなくナナオだ。


「ハッ、ババアとは口汚い言い様じゃ。月日が経ったところで、育ちの悪さは一向に変わらんのう。妾が婆であるなら貴様も婆よ。むしろ見た目が若い分、妾の方がよくはないか?」


「なッ! 言わせておけば、若く見えりゃあいいってもんじゃないサ! アタシくらいの年齢の方が丁度いいってノ! このロリババア!」


「ロリと呼ばれる程に幼くもないと思うが、まあそれも悪くはなかろう。イマドキはそういうのが流行なんじゃろう?」


「んな流行とっくの昔に終わったっツーノ! この行き遅れ年増ノジャロリババア女郎蜘蛛!」


「いやいや盛り過ぎじゃろ。それに一番後ろのはただの正体じゃぞ」


 などと、言い合い喚き合う二人。

 信じられないけれど話を聞く限り、あの子は相当の年齢を重ねているらしい。それもきっと人間の常識とは、比べ物にならないくらい。

 それと、女郎蜘蛛。

 つまり彼女の正体は、ユーマたちと同じ。


「……っ」


 不意に感じた、強い視線。

 振り向けばそこには、残るもう一人の姿があった。


 集まった人たち、その最後の一人。

 残された彼は、他の初見の二人以上に、見るからに異様だ。


『なんでェい。話には聞いていたが、実物は更に幼少だなァ。これで儂らに匹敵する力を内に秘めてるッてかァ? 異世界ッてのはまッたく、油断も隙もねェ』


 しわ枯れた声色や人称から、それなりの年齢を感じさせる。けれど果たしてそれが声だけのものなのか、実際の年月によるものなのか、まるで見抜けない。

 何故ならその様相は、そもそも生物ではないからだ。

 

 果たして貼り付けたように被せられた皮は、生まれながらに持ち合わせていた物なのか。頭髪の一切は見当たらず、薄過ぎる頭皮には内側が透けている。合わせて目元や頬がこけやつれ、頭部はまさしく骸骨の形を浮かべていた。

 けれどもわたしを睨み付け、値踏みをする右目。その眼力には、とても骸とは思えない熱と緊張を感じさせた。

 そしてもう一方、左目。

 そこには在る筈の眼球が失われていた。

 大きく開かれた空洞の奥。そこに、代替と埋め込まれた赤いレンズが光を帯びている。加えてその赤い瞳を中心に、左の前頭部も、皮膚ではなく鈍色の金属によって覆われていた。


『ギギ、シシ。んだァ、儂が怖ェか? 奇妙かァ? ま、だろうなァ』


 金属の歯を鳴らして、笑う。

 悔しいけれど、彼の言う通りだ。

 わたしは初めて、知らないものへ対して畏怖を感じている。


「……あな、たは」


 当然、異様な風貌は頭部だけでない。

 その身体も、生物のものとは大きく異なっている。

 露出された上半身の肌は変色して黒ずみ、皮膚の下から金属片のような物体が幾つも突き出している。両腕も肩口から銀色の鋼が剥き出しになり、二の腕から指先に至るまで、その全てをおびただしい鉄と配線によって造られていた。

 腰元を覆う布切れの向こう、ガシャリと重く踏み鳴らされた両足も、腕と同じ金属製だ。右手に握る金色に塗られた鮮やかな杖は、その足だけでは支えられない自重を預けられているのだろうか。


「……あなたは、なんなの?」


 人型機械、人造人間、サイボーグ。

 そんな知識の感想が、頭に浮かぶ。

 けれど到底理解出来ない。

 本当に、こんなモノが存在しているなんて。


 そんな彼へと、ヒカリが平然と声を掛ける。


「久し振りだね、グァーラ」


『オウ、ヒカリ嬢ちャんか。どうだァ、調整してやッた服の調子はァ』


「お陰様で快適だよ。グァーラの方はどう? しっかり寝てる?」


『言ッてんだろうがァ。儂の機能は見掛け倒しじャねェッてよォ。睡眠だの休息だの、とッくの昔に克服済みッてなァ』


 後に知らされることになる。

 曰く、身体の九割以上が機械仕掛け。

 異なる世界の発達した機械技術を利用し、今尚、新たな技術に触れる度に変化し進化を続ける。

 ――永遠の向こう、究極への到達を目指して。

 ――瞬間瞬間において、世界の最先端を自ら担う。

 その為に生物の肉体を持って生まれながら、自らそれを脱ぎ捨てた。


 異世界においても更に異質。

 それがこの老人、グァーラという名の男だった。






 それで全員だ。

 集まったのは、計七人。


 第一級の聖騎士と、所属を同じくする女騎士。

 妖怪九尾の狐と、女郎蜘蛛と呼ばれた少女。

 大剣を携えたオークの戦士と、機械仕掛けのご老体。

 そしてわたし、異界から訪れた魔法使い。


 間もなくして、午前十時を迎える。

 約束の時間は、誰かがそれを告げた訳ではない。


「――さあさお待たせした、紳士淑女皆々諸君!」


 どこからともなく響く声。

 それはわたしたち七人の、誰の声でもなく。


 その声と共に、突如として現れた八人目が、その合図となった。


「――え?」


 男は、なにもない空間に突然出現した。

 屋上階の中心部、その丁度中央の、誰も居なかった空白の場所。

 そこに、赤髪の男が姿を現したのだ。


「ふむふむ、七人か。今回はなかなかに集まったようだな」


 わたしたちを見回し、そう言って頷く。

 赤い髪を肩まで下ろした、白いスーツ姿の男。その格好から察するに、もはや彼の所属は明らかだろう。

 それが分かって、遅れて理解した。


「……あ」


 ああ、なるほど。

 そういえば目にしたのは、初めてだった、と。


 なんの異変も起こらず、ただ最初から、その場に在ったかのように。

 ――これが、異世界転移なんだ。


 そして男は、わたしへ向いて。


「君は、俺の記憶に違いがなければ、初めましてになるな」


 彼は、自らを名乗った。

 その立場を、共に添えて。


「俺はアレックス。アレックス・オヴェイロン。アヴァロン国第三皇子にして、この日本国の総管理を任せて貰っている。以後よろしくな、お嬢さん」




 そうして揃った八人によって、定刻より開かれる。

 特級会議の幕が上がった。



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