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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第三章「片桐裕馬、■■作戦」
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第三章【08】「この街の中心部」


 金色の髪と、白のスーツで身を整えた少女。

 アヴァロン国の騎士にして特級の階級を与えられし戦士。

 名前を、ヒカリ。

 彼女に連れられて、わたしとオトメは建物に入った。


 踏み込んだビルの内装は、知識にある一般的な商業ビルのイメージと変わらない。入って正面に受付があって、警備員の人たちが複数人。柱に添えられた観葉植物が緑を彩り、それらの奥に長いエスカレーターが見える。

 なんの変哲もない。強いて言うのであれば、床や壁の白いタイルが、あまりに綺麗過ぎるくらいだろうか。まるで新築の様に汚れが見当たらない。

 行き交う人たちもスーツや落ち着いた衣服。皆一様に当たり前の格好をしている。


 完璧すぎる程に、違和感がない。

 そんな様子にキョロキョロと視線をさ迷わせていると、前を進むヒカリに指摘された。


「頻りに見回したって、一階に珍しいモノはないよ。アヴァロン国の敷地は四十階以上の階層だからね」


 小声なのは、周囲に配慮してのことだろう。

 現在わたしとナナオは姿を気付かれないようにしているから、ヒカリが一人で歩いているように見えている為だ。

 と、それより気がかりなのは。


「アヴァロン国の敷地、って」


「そうだよ。ここ、藤ヶ丘センタービルの上階は、アヴァロン騎士団の日本国支部として使わせて貰っているんだ」


「そう、だったのね」


 道理で特級会議の場所に選ばれる。

 任務で使うような、顔が利く関係者のビルどころの話じゃなかった。

 この場所こそが、彼女らの本拠地だったんだ。


「ほんとに凄いのね。そうやって腰を据えてまで管理してるなんて」


「まあね。だけど日本国程に力を入れている場所は多くないよ。大体は全部その国に丸投げして、時折立ち寄ってお話しするくらい。ここまでするのは、日本国が異世界特区に指定される程の特別な世界だからさ」


 言われて思い当たる。

 この世界に来て少し経った時に、オトメかチユからそんな話を聞いた。

 

 日本国は現在、転移多発区域――異世界特区とされていると。


 するとナナオが、大きく息を吐いた。


「まったく、ほとほと迷惑な話サ。得体の知れない事件や連中がどんどん押し寄せてきて、アタシら妖怪が四苦八苦。人間様にコキ使われて対応してやれば、今度は異世界人の管理を受け入れろと来タ。当時はそりゃあもう荒れたネ」


「ボクも噂は兼ねがね聞いてるよ。騎士団が激しい抵抗に遭って、一時期は戦争にまで発達するかってところまでいったとか。でも結局、珍しい食べ物や優秀な部下を手配することで、嬉々として受け入れてくれたってね」


「マ、新しいモノも好きだからネ。それに、アタシら自身が奇妙な存在。同じ穴の狢だと思えば、手を握るのもやぶさかじゃないサね」


 あっけらかんと言ってのけるけれど、当時どれ程の選択がなされ、それがどれだけの影響を与えたのか。わたしにはとても、考えが及ばない。

 だけど結果として手を取り合ったことで、こうして今の現状がある。その流れの中に、わたしも取り込まれているんだ。

 決して無関係な話じゃない。


「そういう昔の話、もっと聞きたいわ」


「お、いいサね。――って言っても、アタシよく街を出てるから、詳しくは話せないかもしれないけどネ」


「ボクも同じく。あいにく日々色んな世界に派遣されてるから、知ってるのは聞きかじった話ばかりだよ。それでもよければ話せるけど、……今は会議だからね。時間も迫っているし、先を急ごう」


 そう言ってヒカリが先導したのは、目前に迫る大きなエレベーターホールではなかった。そこを横切って進んだ奥、「この道専用通路」と書かれた案内の更に先。

 三つの扉が並ぶ、こじんまりとした別のエレベーターホールこそが、わたしたちに宛てられた場所だった。

 その内の正面から見て右端。ヒカリがボタンに触れると同時に、待っていた扉が開かれる。

 促されるままに、わたしたちはその向こうへ足を進めた。


「左が四十階以上に各階停止で、真ん中が五十階以上に直通。そしてこのエレベーターが、このビルの屋上階への直通になってるんだ」


 そんな軽い説明が終わって、扉が閉ざされる。

 それからゆっくりと上昇する感覚に、少しの緊張を覚えた。

 この国の技術による浮遊感。魔法も使っていないのに、空へ向かう身体。大丈夫だとは分かっているのだけれど、建物の高さを外から知っているからか、不安に感じてしまう。


 けれどそんな不安感など、一瞬で掻き消される程の存在が。

 待ち受ける『彼ら』との邂逅が、もうすぐそこに迫っていた。




     ◆   ◆   ◆




 初見。

 二人の姿に、ボクは仰天させられた。

 センタービルの入口前で立ち並ぶ、風変わりな格好の人物たち。一方は派手な赤と紫の着物姿に、加えて獣の耳が頭上に見えている。もう一方も彼女ほどではないにしろ、黒の帽子とワンピースはあまりに場違いだ。

 けれどすぐに、周囲の注目が集まっていないことから、なんらかの隠匿手段を講じているであろうことが窺えた。

 それでもボクの目には、人混みに紛れない彼女らの姿がありありと映されてしまう訳で。


「目が良すぎるのも考えものだね」


 それに鉢合わせてしまった以上、見過ごす訳にもいかない。

 少し面倒にも思うけれど、あの小さな黒衣の少女こそ、件の魔法使いだ。先んじて挨拶を済ませておくのは悪くないだろう。

 その上良好な関係を築くことが出来たなら、それに越したことはない。

 そう考えて、彼女らへ歩みを進めた。

 ――瞬間、だ。


「――――」


 空気が張り詰め、膠着した。

 あらゆる音が遠ざかり、周囲の全てが停止したような錯覚を覚える。

 忽然と、ボクだけが時間を許され、その他の全ては生殺与奪の選択を失った。濃密な瓦解を、ただ受け入れるしかないと。

 ――果たしてボクでさえも、無事に済まされることはないだろう。


「――っ」


 崩落の引き金に指をかけているのは、――彼女らだ。

 近く立ち合い、触れ合う二人。

 どうやら少女は今に至るまで、接近する狐に化かさられていたらしい。完全に意識の外側から、一切気付かされることなく。不意に身体に触れられてしまったようだ。

 だから咄嗟に、少女は身構えてしまった。周囲に破壊の余震を轟かせ、攻撃の態勢を取りながら振り返ってしまった。

 そして重い制止の中、ボクは振り向かれた少女の紅い瞳を覗いた。

 色深く渦巻く、彼女の瞳の熱量を、見た。


「……冗談じゃない」


 間もなく緊張は解かれたが、一触即発。狐が上手に収められていなければ、大惨事になっていたかもしれない。

 気付けばボクも、態勢を低く構えてしまっていた。

 危うく数瞬の後に、この手には武具が握られていたかもしれない。


「……ますます放ってはおけないな」


 大きく肩を落とした後、ボクは彼女らへ歩み寄った。






 サリーユ・アークスフィア。

 九里七尾。

 慣れない二人を先導し、ビルの中へと案内する。

 思えば九里七尾がこの建物へ来るのを見たのは初めてだったし、特級会議へ出席していた覚えもなかった。とはいえ自国の施設を異国のボクに案内させるというのは、如何なものだろうか。なんて文句を付けても、狐は笑ってお終いだろう。

 そしてサリーユは、頻りに内装や歩く人たちを気にしているようだった。かと思えば続けてボクと狐の会話から歴史に興味が移り、かと思えばエレベーターに乗った途端、硝子張りの向こうに覗く街の風景に目を惹かれて瞳を輝かせていた。

 聞きかじるもの、目に映るもの全てが気になって仕方がない。

 彼女はそんな、子どもみたいな情動に思う存分振り回されている。

 羨ましいと同時に、ほんの少しだけ妬ましい。


「――――」


 過去のボクにとって、見たことのないモノは脅威でしかなかった。新しい光は即ち、身の危険に繋がっていた。

 その怖れを抑えることに精一杯で、楽しむ余裕なんてなかった。

 だから羨ましくて、妬ましい。

 それと遅れて、もう一つ。


「……心配だな」


「え?」


「……いや」


 振り向き首を傾げるサリーユへ、なんでもないと首を振った。

 ボクは恐怖の先に興味を知った。新しいモノへの楽しさや感動を、ようやく味わうことが出来るようになった。その入口は、彼女と逆のものだ。

 だから真に逆であるなら、彼女はこれから行き会うことになるのかもしれない。

 見えなかったものが、知らなかったものが行く手を阻む、その恐ろしさと。


 どうかそれによって、彼女が挫けない様に。

 今日という会合を皮切りに、歯車が軋むことのないように。


 小さな祈りの行く末は分からないまま、容赦なくその時は訪れる。

 優しい機械音が、ボクたちに目的地への到着を告げた。


 そうしてボクは彼女らを導く。

 藤ヶ丘センタービル、屋上階。

 本来設計の予定すらなかった、存在しない筈の空間。


「――ようこそ、ボクたちの庭園へ」


 その場所へと。




     ◆   ◆   ◆




 エレベーターの扉が開いた、その瞬間。

 わたしの視界に広がったのは、生い茂る自然の草木だった。


 大凡建物の内側、それも高層ビルの上階とは思えない光景。

 広々とした空間には一切の壁や仕切りが存在せず、外装の硝子張りをぐるりと見通すことが出来る。そして広がりは前後左右だけでなく、見上げれば高く複数階分の吹き抜けが空へと続き、同じく硝子の天窓が太陽の光を透過している。

 階層の四方の角には、点在する巨大な木々たちがそびえていた。硝子の壁へ幹や蔦を這わせ、その隙間からは見下ろす街並みが銀色の輝きが差し込む。


 そして昇降機を降りれば、足下には古びた白の煉瓦が敷き詰められていた。

 真っ直ぐ階層の中心部へと道を形作り、その道先、円形に開かれた空間を除き、一帯は麗美な草花が埋め尽くしていた。


 庭園、と。

 まさしくその呼び名に相応しい、緑の溢れる屋上階。

 気付けばその光景に、わたしは深く息をこぼし。


「――綺麗な場所」


 と、感嘆の言葉をこぼしていた。

 

 けれど残念ながら、感情に浸っている場合ではない。


「ほら、油断しちゃだめだよ」


 ヒカリの声に、はっと気付く。

 気付いてしまう。

 ――清廉な草花の向こう、石畳の道の先。

 ――開かれた中央部に待つ『彼ら』。

 等間隔で立ち並ぶ複数の影を、わたしは確かに捉えた。


「ヘェ。こりゃまた今日は随分、人数が多いサね。余程の事態か、それ程サリュが注目されているのか。気が抜けないネ」


 そう言って先に、ナナオが歩みを進める。

 悠々とした足取りでヒカリの隣を通り抜け、『彼ら』の待つ場所へと向かっていく。

 ヒカリもまた、その後に続きゆっくりと踏み出した。


「行くよ、サリーユ・アークスフィア」


「……ええ」


 今一度、深く息をこぼし。

 開かれ提示された先へと、更に足を延ばして入り込む。




 やがて辿り着いた、その中心部にて。

 わたしは『彼ら』と向き合わされた。


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