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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第三章「片桐裕馬、■■作戦」
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第三章【05】「帰還したお狐様」


 九里七尾。

 彼女の突然の登場に、誰もが言葉を失った。

 驚愕し、息を呑み、むせ返る者も少なくなかった。

 あまりに予想外。

 誰一人として想定していなかった帰還だ。


 しかし、それは決して悪い感情からのモノではない。

 その証拠に、


「うおおおおおお! オマエら、馬鹿やってるか~い!」


『ウオオオオオオオオオオオオ!!!』


 数分後には、大絶叫が響き渡る。

 テーブルに立ち乗る彼女によって、店全体が先導されていた。


 打って変わって。

 変装姿から着替えた七尾さんは、見慣れた赤と紫の着物を纏っている。

 他の従業員たちの物よりも鮮やかに色深く、遥かに分厚い生地が重り合わさる。その様は、歴史に出てくる古き時代の貴族のようだ。本人が目立っているのも当然ながら、衣装の煌びやかさにも目を惹かれ、まじまじと追いかけてしまう。

 だがそんな高価で落ち着いた和の装いは、活発に躍動する彼女の動きに振り回されて乱れてしまう。はだけた胸元は大きなものがこぼれ出しそうな危うさで、裾から覗く生足も目のやり場に困るったらたまらない。


 一歩間違えば大惨事の格好で、けれども踊れや歌えや大騒ぎ。

 空になった瓶を振り回し、時には満タンの物を机から掻っ攫い、一気に煽り飲み。首領自ら大手を振って、店を熱く滾らせる。


「サあサあ飲め飲めェ! まだまだ行くサねェ!!!」


『オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』


 掛け声に合わせて、有象無象が絶叫を返す。

 さながらテレビや映画で観るような、有名アーティストのライブ会場を思わせる。それ程の、店全体が震える程の盛り上がりだった。


「ったく、まんまと引っ掛かりやがってサ! 腑抜けてんじゃないのかい、えエ? 声出せ声を、オラア!!!」


『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』


「そこの筋骨隆々のオーク野郎! 大人しく座ってジョッキで酒呑んでんじゃねェ! 瓶で煽りなァ! んだい、オマエらァ! 騎士団に飼われて行儀よくなってんじゃないサ!」


『ウオオオオオオオオオオ!!!』


「スンマセン、マスター!!!」


「派手に行きますゼェェエエエ!!!」


「オラアお前らァ、もっと盛り上げるゾ!!!」


『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』


 そんな有様を遠目に眺め、思わず枯れた笑いがこぼれた。


「…………はは」


 正直ついていけない。まったく乗っかっていけない。

 呆然と喉の渇きにジョッキを傾ければ、気付かぬ内に中身が空っぽになっていた。遅れておかわりを頼もうと向き直るが、カウンターの向こう、あいにく店員も心ここにあらず。

 彼女の自由さ唐突さには、千雪も重々しく肩を落とすばかりだ。


「……不覚。まさかこのタイミングで帰って来るなんて」


「まんまとやられたみたいだな。なにも聞かされてなかったのか?」


「一言も、ね。つい三日前くらいに定時連絡をした時も、そんな素振りなんてなかったのに。あの人、海外に居たんだよ?」


「お、おう」


 まさか国外進出までしていたとは。どこかで遊んでいるもんだろうとは思っていたが、完全に予想の範疇を越えていた。

 その上なにも告げずに三日後には帰還とか、突発的にも程があるだろ。


「まあ今になって思えば、サリュちゃんの件とか、解体された一夜百語の件とか、結構興味深そうに聞いてくれてたんだよね。帰って来ても不思議ではなかったかも」


「それにしたって急過ぎるだろ」


「いやいや、あの人が本気になれば、その日の内に帰って来るから」


 むしろ連絡から三日開いたことの方が予想外だと、千雪は息を吐いた。

 そんな俺たちの会話など知りもせず、当の本人は存分に盛り上がっていらっしゃる。


「久し振りに会ったな」


 最後に見かけたのは春頃じゃなかっただろうか。丁度隠れ家から歩き去る後ろ姿を、遠目で見送った覚えがある。

 かれこれ四カ月程、国外にまで出て、果たしてなにをしていたのか。

 などと考えていると、丁度。


「凄い盛り上がりね」


 人混みを掻き分け、向こうからサリュが歩いて来た。

 そのまま先程まで七尾さんが座っていた、隣の空席に腰かける。


「ちょっと休憩、っと」


 座るなり、息を吐く。随分楽しんでいるように見えていたが、やっぱり疲れは溜まるみたいだ。軽く肩を上下させて、手首を回したりしている。

 是非ゆっくり休んでほしい。――が、色々と話していたのもあり、少々緊張してしまう。

 加えて、いつもの魔女っ娘衣装とは違う隠れ家の給仕服だ。落ち着いた紺色の着物がこれまた静かな雰囲気で、普段の明るいサリュとは別の色を思わせる。大人びたというか、どことなく色っぽい感じだ。

 今はちょっと直視し難いと、視線を逸らしてしまった。

 そんな俺の様子に、千雪はニヤニヤ楽しげだ。畜生め。


「サリュちゃんお疲れ様。ちょっとの休憩だけど、休んでて」


「ええ。代わりにお願い」


「勿論。せっかくだし、素敵な彼氏さんに労ってもらってね」


 なんて余計なことまで言い残しやがって、千雪はカウンターを後にした。

 みんな大興奮で向こうのテーブルに集まっているから、そっちの手伝いだろう。あの勢いに七尾さんまで居る現状、ブレーキを踏めるのは千雪くらいだ。

 だから必然的に、俺とサリュの二人が残されてしまい。


「……あー。お疲れ、サリュ」


「うん、ありがとユーマ」


 そわそわしてしまうも、はにかみ合って乾杯を。もっとも俺のジョッキは空だから、サリュが飲むのを眺めるだけになってしまったが。

 可愛らしく喉を鳴らして、ほのかに香るりんごの匂い。

 それから一息吐くと、サリュはすぐに視線を向こうへと伸ばした。

 キラキラした瞳に映るのは、勿論、件の七尾さんだ。


「凄い人、よね」


「そんなに気になるなら混ざってきたらどうだ?」


「久し振りに見えた人なんでしょう? みんなを差し置いていくのは気が引けるわ。それに、あの勢いにはついていけないかも」


「流石のサリュでも難しいか」


「それに、軽く話を聞いてからでもいいかな、って」


 言って、サリュがいたずらっぽく歯を見せる。

 どうやらそういうことらしい。


「それで、ユーマ。あの人ってなんなの?」


「なんなの、と来たか」


 さて、なんと言うべきだろうか。


「妖怪、九尾の狐って分かるよな」


 それが彼女、九里七尾の正体だ。

 金色の髪と色白の肌は、思わず息を呑む程の美麗。しかし頭部には目立つ立派な狐耳を持ち、魅力以上の、異様な存在感を放つ。普通の人が立ち会わせたならば、目を惹かれるどころか、彼女を映したまま視線を縫い付けられるだろう。

 尋常ならざる存在。

 人型でありながら、この世界における異なるモノ。

 その中でも、更に特異で強大なる怪――大妖怪。


「そう、ね。知識はあるわ。九つの尾を持つ狐の妖怪で、元は中国から伝わって来たとされてるのよね。それでいて、この国では三大妖怪とも言われる程の、凄い存在だって」


「それってアレだよな。俺がサリュの縁者になったから」


「ええ、ユーマから与えられた知識ね」


「ならあいにく、九尾の狐についてそれ以上教えられることはねぇな」


 なにしろそれが俺の知識の限界なのだ。

 だから話せることと言えば、あの人個人のことに限られる。


「七尾さんについて話すとなると、さっき本人や千雪が言った通りだな。この店、狐の隠れ家のマスターであり、俺たち百鬼夜行の首領」


「つまり現状では、一応わたしの上司ってことにもなるのよね」


「そうなる、な」


 加えて今のサリュは隠れ家でバイト中だから、雇い主ってことにもなるか。

 その辺りはほとんどの舵取りを千雪がやっているから、正直実感がない。ここ最近は任務に関しても姉貴が指揮を執ることも増えて、気を抜くと誰の組織なのか失念しがちだ。

 思えば、あの人の指示の下で大した役割をこなしたこともないような。

 俺だけだろうか?


「それでユーマ、他には他には?」


「人柄的なことなら、見たまんまだぞ」


 一言で、破天荒。

 常識外れで奇天烈で、加えてかなりの気分屋。暴走列車みたいな人だ。


「なんかの用事で隠れ家に来る度に、あの人に絡まれてばっかりだったよ。夜はいつも飲んだくれの酔っ払いで、昼間は二日酔いの不機嫌全開で。毎回毎回、面白い話をしろ、なければ面白いことをしろって、無茶振りされたもんだ」


「楽しそうな人ね」


「……それはそうなんだが、色々と不味いエピソードもあってだな」


 例えば、西地区カジノの炎上事件。


「当時西地区で流行りのお店があってな、結構大きなカジノだったんだけど、酔っ払ったあの人が店を燃やしたんだよ。賭け事に負けたからって、腹いせで」


「え、ええ……」


「しかも翌日に事情聴取に来たアヴァロン国の騎士にも反撃して、負傷者多数の大騒動だ」


 その際も隠れ家が倒壊し、修繕で暫し休業になっていたか。

 千雪の要請で応援に駆け付けた時には、煙を上げる隠れ家と、横たわる十数人の騎士たち。荒れ狂う七尾さんが「遠隔だ!」だの「騎士共も結託している!」だのを迫真の表情で叫んでいたのを、今でも鮮明に覚えている。

 俺が言ってはなんだが、あれこそ鬼の形相、鬼の所業というやつだろう。


「まあ実際にアヴァロン騎士の数人が裏取引的なのをしてたらしいから、難癖って訳でもなかったんだけどな。にしたって、双方共に被害多数。よく許して貰えたと思うよ」


「凄まじいのね。……でもわたしも、初めて来た時は図書館で暴れてしまったわ」


「確かにそうだな」


 言われて、失礼ながら口元が緩んでしまった。

 そういえばサリュも、とんでもないじゃじゃ馬だったな。


「他にも、任務で敵味方の区別が付かなくてまとめて全員昏倒させたり、他所の妖怪組織に単身乗り込んで暴れて来たり、今回もふらりと居なくなって海外へ行ってたらしいからな」


 こう思い返してみると、七尾さんが個人でやらかした出来事が多い。百鬼夜行の組織で動く際に関しては、あまり問題行動を起こしていない気がする。

 恐らく作戦行動等の際は、千雪や姉貴が手綱を握っているが故だろう。一体どれ程の苦労に頭を悩ませているのか、機会があれば聞いてみたいが。

 などと話していると、不意に、盛り上がる本人と目が合ってしまった。


「うげ」


 不味いと思ったが、目を逸らすも遅い。

 七尾さんがニヤニヤと口元を緩め、皆を引き連れズンズンとこちらへ歩み寄って来る。

 ああくそっ、最悪だ。


「オウオウゆー坊! 目が合うなり鼻先をつままれたような顔してサ! どーせアタシの悪口でも肴にして盛り上がってたんでしょ? エェ?」


「悪口は言ってねぇよ」


「悪口は、ねぇ。まったく、上手に逃げようとしてサ。見ない内に可愛らしい彼女まで作っちゃって、子どもの成長ってのは速いもんサね!」


 それからすぐにサリュへと向き、ニッと歯を見せた。合わせてサリュもジョッキをカウンターに置いて、静かに向き直る。

 そうして七尾さんは、すっと右の手のひらを差し出した。


「今更だけどサ、改めて。初めましてネ、サリーユ・アークスフィア。千雪から話は聞いていたけれど、こうして会えて嬉しいワ!」


「こちらこそ。えっと、クノリナナオさん?」


「ナナオでいいサ。乙女のこともそう呼んでるんでしょ? 代わりにアタシもサリュって呼ばせて貰うからサ!」


「いいの? それじゃあ、初めまして、ナナオ」


「オーケーオーケー! めちゃくちゃ頼れるみたいだし、今後とも御贔屓によろしくネ!」


「ええ、よろしく」


 サリュもまた右手を差し出し、互いの手のひらを重ね合わせる。


「けれどごめんなさい。その、あなたの組織に入れて貰えたお陰で、随分助けられたわ。なのに今日まで、挨拶が遅くなってしまって」


「アハハッ、そんなの気にしない気にしない。むしろアタシの方こそ、可愛い仲間の顔を見に来れなくて、組織の首領としては失格サ」


「そういうものなの、かしら?」


「少なくとも、アタシはそれでいいサ。それに、異世界から来たのにそうやってこの国の礼節を気にしてくれるなんて。それだけで嬉しいことヨ。ほんとにいい子ネ」


 憎い男だよコノコノと、肘で小突かれる。

 それから「それをいうなら」と、七尾さんは続けた。


「こちらこそサリュに、ごめんなさいとありがとうヨ。街の為に色々と任務を受けてくれてるみたいだし、その上がしゃどくろともやり合ったんだってネ。千雪に聞いたヨ」


 面倒だったでしょう、色々と拗れたオッサンの相手をするのはサ。

 その物言いからして、多分七尾さんはそれなりに知っていたんだろう。あの人の正体や、その能力についても。

 彼女の言葉に、サリュは少し考えた後。


「まあ、大変ではあったかしら」


 顔色一つ変えることなく、飄々とそう応えるのだった。

 そんな気取ることのないサリュの返答に、七尾さんは口を開けて笑った。


「ハッハハ! アレを相手に大変で済ますかイ! こりゃあなるほど、アイツらが本格的に動き出すのも妥当な判断かネ」


「ナナオ?」


「いやあネぇ。実は今回アタシが帰って来たのは、そんなサリュに用事があってのことなのサ」


「そうなの?」


 応答するサリュは、首を傾げて次の言葉を待つ。どうやら七尾さんの言う用事とやらに、思い当たる節がないみたいだ。

 だがそんな彼女とは反して。


「七尾さんが、サリュに……っ」


 俺は思わず、息を呑み喉を鳴らした。


 サリュに用事。

 しかも、百鬼夜行の首領である七尾さんが、直々に。


 予想外であると同時に、言い知れない不安感に煽られる。

 なにかに追い詰められるような、取り返しが付かなくなるような、そんな感覚だ。


「サリュ。いいえ、ここはしっかり。第一級戦士、サリーユ・アークスフィア」


 そして七尾さんは言った。

 それは七尾さんの口から語られるには、あまりに予想外の案件で。

 ――けれど同時に、いつかは来たると考えていたことだった。


「――アナタには、明日開かれる特級会議への出席を命じます」


 その言葉に、今一度、空気が凍り付く。

 店内が静寂に包まれる。

 七尾さんだけがその沈黙を破り、言葉を続ける。


「時刻は午前十時、場所はセンタービルの屋上。破っちゃ不味い命令だから、加えて百鬼夜行のボスとしても命令させてもらうワ。厳守でお願いネ」


「えっと、その……」


 サリュは右手を顎に触れさせ、少し首を傾げて考えた後。


「つまりは、そういうこと?」


 と、尋ね。


「ま、詳しくは明日ネ。急な話だろうけど、アタシも居合わせるからサ。ま、どうにでもなりましょ!」


 七尾さんも、ニコニコ笑顔ではぐらかす。

 けれど否定は一切なくて、むしろノリノリで。


「は、はは……」


 つまりは、そういうことなんだろう。

 そして、遅れて。


『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!?』


 隠れ家は再び、阿鼻叫喚に包まれるのだった。


 七尾さんの帰還。

 それから、サリュの特級会議への招集。

 二大ニュースに話題が尽きることはなく、その夜、隠れ家の明かりはいつもより遅くまで灯り続けていた。



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