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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第三章「片桐裕馬、■■作戦」
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第三章【04】「片桐裕馬、恋愛作戦」


 あの事件から二週間弱。

 サリュと出会った日から数えれば、もう一カ月が過ぎただろうか。

 図書館の仕事で一日一緒なこともザラだし、部屋で二人きりも日常茶飯事。何度もご飯を食べに行ったし、一応デートという名目で遊びに行ったりもした。

 にも関わらず、俺たちの関係には、なんの進展もなかった。

 それこそまさに、まるで脈がないかのように。


「終わりだね」


「終わり、か」


 今日の千雪は本当に容赦がない。

 互いにジョッキのジュースを煽り飲み、カウンターテーブルへと強く下ろす。ガツンと重なる音は、けれども店の喧騒を前に簡単に掻き消され。

 遅れてこぼした溜息もまた、虚しく霧散していくのだった。

 などと、落ち込んでも仕方がない訳で。


「残念だけど、ゆーくん」


「……おう」


 千雪は続きを口にした。


「勢いでプロポーズして、流れで付き合って一カ月。本物じゃなかったなら、そろそろ頃合いだと思うよ」


「言ってくれるじゃねぇか」


「だってそうでしょ。特殊な事情や状況があったとはいえ、言ってしまえば一目惚れみたいなものなんだから。もっと悪く言えばナンパだね」


「わざわざ悪く言うんじゃねぇよ」


「でも実際、そういう感じなの。運命とかしがらみとか言ってても、会って間もない男女がときめいて付き合ったの。そういう恋愛のパターンに類するの」


「……なあ千雪。お前もしかして、結構恋愛にうるさい?」


 いわゆる恋愛脳ってヤツなんじゃ。


「私はどうでもいいの!」


「お、おう」


「実際どーなの? 近況とか進展とか置いておいて、ゆーくんはサリュちゃんに、ラブなの? ライクなの?」


「……それはお前、アレだよ」


「アレってどれよ」


「…………………………とにかく、なにもなかったんだよ」


 答えを逸らし、濁す。

 げんなりと呆れた視線を向けられるが、仕方ねぇだろ。その辺りは俺もまだ全然分からねぇんだよ。


「私が恋愛にうるさい以前に、ゆーくんが恋愛に静かすぎるよね」


「んなもん、分からねぇんだから仕方ねぇだろ」


「まさか初恋がまだとか言い出さないといいけど」


「…………」


 まあ、それはさておき。

 このままではいけないというのは、言われるまでもない事実だろう。仲良しこよしで置いておくのは、少々無責任というもの。たとえ長期戦を見据えるとしても、ある程度は言葉や形にしなければならない。

 周りに促されずとも、はっきりさせて行動に移すべき事柄だ。


「確かにここ二週間、言ってしまえば出会ってから一カ月。なにもなかった、なにも出来なかった。――だけどな」


 決して、なにも考えていなかった訳ではない。


「一つだが、思い付いた策がある」


「へぇ、ゆーくんの策か。百鬼夜行参謀を姉に持つんだから、さぞかしの妙案よね」


 是非とも聞かせて貰おうじゃないの、と、千雪が不敵に笑う。

 俺はそんな彼女を正面から見つめ、極めて真剣に返した。

 冴えた一つの計画を。


「名付けて、特別なデート作戦だ」


「特別な、デート?」


 そうだ。ただのデートじゃない。

 特別なデートを行う。


「今までデートという名目で、ショッピングやテーマパークには行った。休日を一緒の部屋で過ごしたりもした。でも考えてみれば、それらは比較的、軽いデートってヤツなんじゃないだろうか?」


「お部屋デートは比較的ディープな気もするけど、どうぞ続けて」


「そこから更に考えて、俺は気付いたんだ。俺はサリュと、深いデートってのをしたことがない」


 そう、つまり。


「――夜を一緒に過ごしたことがない」


「あんぽんたんかな?」


 無表情で首を傾げられた。

 今のは俺の言い方が悪いな。


「すまん千雪。夜ってのはそういう一夜とかじゃなくてな、夜の時間なんだよ」


 時間的に言えば、午後二十時以降か。

 この二週間、日が落ちる前にはサリュと別れていた。デートの際も図書館に送り、そのまま何事もなく終わりだ。驚くことに、夕食すら一緒じゃなかった。

 戦いの後や任務の都合で夜を過ごしたり寝泊まりしたことはあったが、それは有事故の対応だ。

 プライベートで、デートという彼女との時間で、夜を過ごしたことがない。

 それらを伝えると、千雪は頭を抑えた。


「……なんていうか、私の方こそ勘違いしてごめん。悲しいくらいに、健全だね」


「哀れむな」


「でも意外だなー。ゆーくんは狼タイプだと思ってたのに。相手のサリュちゃんも、念願の巨乳美少女なわけじゃない。物凄い据え膳だと思うんだけど?」


「その通りなんだが」


 何故か上手く行かないというか、そういう雰囲気にならないというか。

 一緒に部屋に居ても本に夢中だし、食事の時はご飯に夢中だし、何処へ遊びに行っても場所に夢中だし。

 それらはまったく悪いことじゃない。ないのだが、瞳をキラキラさせたサリュを見ていると、どうしても恋だの愛だのといった感情に至らないのだ。

 こう、なんというか、小さい妹が出来たみたいな。


「それは、分かるけど」


 千雪も心当たりがあるようで、渋々といった様子で頷いた。

 さて、ではここからが本題な訳だが。


「それで? 特別なデートっていうのは?」


「具体的考えているのは、夜景を楽しむとかだな」


「ほう?」


「例えば、夜の街を見渡せる展望台のレストランとか、イルミネーションが綺麗なスポットを一緒に歩くとか、秋祭りの花火を楽しんだり――」


「ほうほう?」


「――――――――……………………忘れてくれ」


「なんで!? 悪くないと思うけど!?」


 真ん丸と目を開かれ、大声で突っ込まれた。

 いや、悪くない。悪くないとは思うんだが、如何せん直球だ。真面目に話していて、自分で恥ずかしくなってきた。

 いくらなんでもベタ過ぎる。コテコテ過ぎる。


「……なんで俺はこんなことを千雪に話しているんだ」


「それは私もちょっと驚いてるけど、それだけ真剣ってことなんじゃないの?」


「真剣って、お前。…………その通りだけど」


 お陰で変な特番を見て姉貴に爆笑されたり、書店で羞恥に震えながらも特集雑誌を買ったり。ここ数日は散々だった。

 そうやって考えた結果が、特別デート――という名の王道作戦だ。


「畜生、死にてぇ!」


「いやいやいや、そんなに恥ずかしがらなくても大丈夫だって。結構良い線いってるって」


「そうか? お前と行った定食屋よりはマシか?」


「断然マシだって。……というか、根に持ってたんだ」


 散々ネタにされりゃあ気にもなる。


「結構良い線、か。良い線かー」


「んー、どうなんだろ。方向性としてはなにも間違ってないと思うし、もっと具体的に形作っていけば、全然大丈夫そうだけど」


「もう千雪がプラン組み立ててくれよ。そういうの得意っていうか、専門だろ」


「それは勿体ないって。せっかく考えてるんだから、このままゆーくんのプランでいこうよ。その方が絶対良いんだから」


 不安なら相談に乗るから、絶対そうしなさい。と、重ねて絶対を念押しされる。

 ともあれ、酷い痴態を晒してしまったが、協力には漕ぎ付けられたらしい。自分主体ということに変わらず不安は残るが、そこは千雪がフォローしてくれるだろう。

 なにより、その方が良いというなら、俺も良い方を選びたい。

 成功失敗もだが、大事なことだからな。


「じゃあ千雪、さっそくなんだが」


「え? めちゃくちゃ付箋出てるその雑誌はなに? というか今から本格的にやるの? サリュちゃんも店内に居るのに?」


「サリュは当分向こうに取り掛かりっきりだろ。それに、鉄は熱いうちに叩いてくれ。冷めたら逃げ出す」


「いやそれはそうかもしれないけど、ええ、ええ???」


 驚きを隠せない様子だが、別段拒否されているわけではないだろう。

 今晩は時間が許してくれる限り、千雪の意見やアドバイスを貰い、具体的な形を作っていこう。そうして完成したら、早ければ明日明後日には行動に――。

 そう、思っていたのだが。



「――ッ、アハハ! アッハッハッハッハッハ!」



 突如、大きな笑い声。

 それは瞬く間に店内へ響き渡り、俺や千雪だけでなく、誰もが暫し、手を止め静観した。

 発生源は不覚にも、すぐ右隣のカウンター席だ。


「ハハハハ、あー。あのゆー坊がここまで真剣に恋愛なんてサ、大きくなったもんサねェ!」


「なっ」


 隣に座っているのは、小麦色のフードを被った人型だ。

 座高は俺と同じくらいの高さで、甲高い声色から女性であることがうかがえる。手元には空のジョッキが十数並び、吐息は酒臭が強く、相当出来上がっている。

 最初は、変な酔っ払いに話を聞かれてしまったと後悔した。今晩の肴にされてしまえば、最悪サリュ本人の耳にも届いてしまいかねない。やってしまったと、背筋を冷や汗が伝う。

 だが、遅れて気付いてしまう。


「――――は?」


 フードを下ろした、その人物の正体。

 隠されていた素顔に、突き付けられてしまう。


 後悔どころではない。

 この手の話を、絶対に聞かれてはいけない相手に聞かれてしまった。

 俺を「ゆー坊」と呼んだ、この人は。



 顕わになったのは、金色の髪だ。

 金糸のごとき艶やかな長髪が揺れ凪ぎ、粒子のような眩さが一帯に広がる。そのあまりの美麗に目を惹かれ、けれども同時に、頭部の異物にぎょっとなる。

 ぴょこぴょこと動くソレは、真っ直ぐ生えた獣耳だ。

 それは彼女が人型でありながら、紛れもない異形であることを証明するモノ。



 果たしてなんの主張もなかった隣人が、突如として圧倒的な存在を公とした。

 鋭い三白眼がこちらを射抜き、後にゆっくりと周囲を見渡す。


「まったく。簡単な気配遮断とフード程度で謀れちゃってサ。そりゃあお店も盛大に壊されちゃうって話サね」


 あれ程盛り上がっていた筈の店内に、彼女の声だけが響く。

 誰も声を挟むことも、身動きを取ることも出来ない。

 それ程に、この人の存在感は強く、同時にあまりに予想外過ぎて――。


 そんな中、唯一事情を知らないサリュだけが首を傾げる。


「え、ええっ? このただならぬ気配の人、居たら不味い人だったの? ずっと居たのに?」


 そう言って圧倒されることなく、自然な流れで身体を動かし、半信半疑に右手を構えるのだった。

 その手が淡い光を帯びて、ようやく。


「――っ、待てサリュ! 待て待て待て違う!」


 慌てて、制止の声を叫ぶ。


「オオオオオオお嬢ちゃん待て待て待てィ!!!」

「駄目ダ駄目ダ駄目ダ!!!」

「手を下ろせェエ!!!」


 サリュの周囲に居た妖怪たちも、大慌てで彼女の前に立ち塞がった。落ち着け落ち着けと声を上げ、違う違うと両手をブンブンと振るう。

 当の本人は、慌ただしく混乱を見せる店内にご満悦。

 大口を開けて大笑いだ。


「ぶアッハハハハハハハハハハハ! やっぱり退屈しないわねぇ、ココは! 最高サ、百鬼夜行の皆々!」


「えーっと、ユーマ? この人、なんなの?」


 重ねて尋ねるサリュ。

 答えたのは、頭を抱えて大きく息を吐く、千雪だった。


「……この人はね、ちょっととんでもない人だよ」


 その説明に、店内の全員が深く頷く。

 まったくその通りだ。

 そして千雪ははっきりと、その詳細を口にした。


「この人は、九里七尾さん。大妖怪九尾の狐で、このお店のマスターで」


 千雪の言う通り、とんでもない人で。

 サリュの言う通り、ただならぬ人で。


「アタシがこの組織、百鬼夜行の首領って訳サね! よろしくね、新入りの魔法使いちゃん」


 長らく街を留守にしていた、俺たちのボスだった。



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