第三章【01】「輝ける騎士」
故郷の記憶は、荒れ果てた情景に塗り潰されていた。
高層の建物が傾き、赤く錆びた外壁は幾つもの穴を穿たれている。小さな家屋も骨組みしか残らず、足場は砂と鉄屑が敷かれる。夜闇に落ちれば、手を伸ばせる距離すら真黒に閉ざされてしまう。
そんな、発達していた何十年も前の名残を、市街地などと呼んで拠点としていた。
――光だと、誰かが震えた声で叫ぶ。
失われたこの街にとって、ソレは死に等しい。
他所から来た文明人の力、攻撃を意味する危険の信号だ。
小さく反射する月光は、冷たい細刃を突き立てられる。
パッと瞬くノズルフラッシュは、轟音を重ねて人体を撃ち抜く。
不意に灯される炎の揺らぎは、超常的な蠢きで追い縋り、焼き尽くす。
光は死だった。
決して逃れることを許さない、終わりの宣告。
けれど、あの日見たモノは、違う。
――黄金の、輝きだった。
「安心しろ、こちらに戦闘の意志はない」
白い衣服に鎧を身に纏った集団、その先陣。
輝く大剣を手にした騎士が、優しい言葉で語りかけてくれた。
「我々はここより遠い世界から来た。この土地に疎く、情報が欲しい。話を聞かせてはくれないだろうか」
――では、そこの君。
――幼く愛らしいお嬢さん。
「勿論、相応の見返りはさせてもらう。君の傷を癒し、骨張った身体に栄養を与え、汚れた衣服を整えよう」
「…………」
「不服か? ではそうだな、高い身分の用意も約束しようか。転移初期段階での貴重な情報提供者なのだ、それくらいの特例を受けても不思議ではなかろう。……それとも、言葉を話せないのかな? ならば教育から始めるべきなのか」
首を傾げる、金色の髪をした彼。
言葉を知らない訳ではなかった。ただ、こんなのは初めてで、どうしていいのか分からなかったのだ。
単純に混乱していた。見知らぬ格好の彼らにも、優しい声色にも。
なにより、
「……あ、あ」
暗闇の中で光に照らされながら、未だ生きていられることが、不思議で。
「……アナ、タは?」
ようやく紡げた言葉は、きっと彼の望んだ返答ではなかったと思う。
だけど彼は「しまった」と眉を寄せた後、にこりと笑ってくれた。
「そうだね、君の疑問は当然だ。人に物を尋ねる前に、自分が何者かを証明しなければ」
それで、彼は言った。
「僕はヴァン・レオンハートだ」
遠い異国、アヴァロン国からやってきた騎士団、その一員。
輝く聖剣を携えた騎士、ヴァン・レオンハート。
「さあ、それじゃあまずは、君の名前から教えてくれ」
それが彼との出会い。
ボクを光へ導いてくれた、ヴァンとの出会いだった。