表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第二章「黒薔薇の仮面」
72/263

第二章【37】「エピローグⅡ」


 午前十時を過ぎた頃。

 待ち合わせ場所に指定された、北地区の喫茶店へと訪れた。

 私を呼んだ片桐乙女は、既に席に着いていた。店内ではなく、オープンテラスのテーブル席にて、新聞を眺めコーヒーカップを口元へ傾ける。

 四人掛けのテーブルを独占して、平然とした表情。一見、贅沢に朝のひとときを満喫している。

 こんな場所を指定しておきながら。


「……悪趣味な人」


 店の反対側へ振り向けば、昨日のビルがよく見えた。

 壊され剥き出しになった鉄骨や大きな亀裂、取り囲む何台ものクレーン。破壊の傷跡を、ありありと見せつけられる。

 億劫ながらも彼女の元へ向かうと、片桐乙女が新聞から顔を上げた。


「ここは結構人気な店でね。普段ならテラス席も満員御礼なのだが、流石にあんなモノが見えては、皆控えるようだ」


「嫌味ですか」


「勿論だとも、神守黒音。おはよう」


 言って、僅かに口の端を持ち上げる。

 私は応えず、対面の椅子を引いた。


「つれないな。こちらは休日を返上して時間を作っているというのに。しかも昨日も含めて二日連続、どちらもお前が用件だ」


「……だから来ました。それ以上をお求めですか?」


「いや、そう聞こえたならすまないね。ついつい高圧的に出てしまう」


 敵対していたからか、日頃からの癖が抜けきらないのか。

 呟き、彼女は店内をうかがった。


「メニュー表をお願いしようか。勿論、私の奢りだ」


「別に、結構です」


「遠慮しなくてもいい。それとも朝食を済ませたところかな?」


「まだですけど」


「おいおい。まさか今さっき起きたところ、って話ではあるまいな?」


「……喉を通らなかったんですよ」


 食欲なんて湧くはずもない。まともに寝られてすらいないくらいだ。

 昨日の今日で、そんな図太い神経は持ち合わせていない。

 だっていうのに、この人は。


「じゃあ簡単にトーストを頼もう。飲み物は牛乳で構わないかな」


 そう断って、左手をかざし店員を呼んだ。

 私の意見を聞くまでもなく、テキパキと注文を済ませてしまう。


「……なんで勝手に頼むのよ」


 店員が去ってから、私は大きく息を吐いた。

 一体なんの嫌がらせだ。

 対して、片桐乙女は至極真面目な様子だ。


「大事な話をするんだ。寝不足に関しては寝てもらう訳にもいかないが、せめてしっかり食べて頭を回してもらわないとな」


「大事な、ね」


「まったく、過剰に落ち込みやがって。考え過ぎ、悩み過ぎだな。うちの愚弟にそっくりだ」


「……愚弟って」


「ご存じ、お馬鹿で手のかかる弟だよ。ま、あいつの場合は身体が正直なのでな。悩んでいようと腹を減らしてがっついている。健康的でいいことだ」


 などと言いながら。

 彼女はテーブルの下から、一枚の封筒を取り出した。


「どうやら世間話という気分でもないみたいだな。あまり空気を悪くしても問題だ。それならとっとと、本題に入ろうか」


 ふと覗けば、足下に四角い黒の鞄が立てられている。他にも複数の紙束が溢れているが、なにか他にも用事があるのかもしれない。

 もしかすると、私はその用事のついでということも――と邪推するが、そんな思考は一瞬で遠ざかった。


「――これ、は」


 提示された封筒には、

 ――黒音へ。と、見覚えのある筆跡で記されていた。

 片桐乙女から、それを手渡される。


「この封筒は昨晩、私の部屋の郵便受けに投函されていた。これ以外にも複数あり、当然お前だけでなく妹にも、私に宛てられた物もあったが」


「……暮男さんから」


「悪いが中身は確認させて貰っている。まあ私の家に突っ込んであった物だ。検閲が必要な物など、紛れさせる筈もなかったが」


 だから中身は一切変えていない。

 彼女の言葉通り、取り出した書類たちには一切の問題が見られなかった。だってそれらは、住民票や税金の手帳、覚えのない私名義の積立通帳などだ。とても人伝に渡される様な物ではないだろうが、一般的な範疇の話だ。

 常識を外れた物や、危険を伴うような物は含まれていない。

 私が今まで通りに、これまでと同じ神守黒音として生きて行く為に、必要な物たちだ。


「ちなみに私に宛てられた封筒の中身は、中居ハウスの権利書や一夜百語の情報。それから謝礼金と名を打たれた金銭だな」


「…………」


 それは一体、どういうことなのか。

 そんなの、少し考えれば分かる。


「本当に逃げるつもりなら、私たちを殺すつもりなら、こんな用意はしていない。全てはあの男の手のひらの上だった、とでも言うつもりなのかね」


 押し黙る私へ、片桐乙女は続けた。

 それは彼女なりの推測、そこから語られるイフの可能性だ。


「これはあくまで私の想定だが。暮男が動かなかった場合、朝のテロの時点で君たちは終わっていただろう」


 わざわざ蒸し返されなくても、自覚はある。

 百鬼夜行は、私たちの上をいっていた。あの人の横槍がなければ、確実に制圧されていただろう。

 私もあの場から逃げられていたかどうか、正直分からない。


「それに、被害に関してもどうなっていたか。あの時点では不殺の作戦が守られていたように思われるが、制圧が進めば、連中の動きも変わっていただろう」


 人質が傷付けられ、殺される可能性も十分に有り得た。

 だからいってしまえば、テロが行われた時点で、被害者が居ないなんてことは不可能で。

 やっぱり私は、根本から間違えていたんだ。


「まあそんなことを言い出してしまえば、君たちが殺す覚悟で動いていたなら、事態はどうなっていたか。私たちは要件を呑まざるを得なかったかもしれないし、こちらも人質を捨てる覚悟で突入していたかもしれない。そうだったら、より酷い有様だったろうね」


「……そんなつもりは、なかったわ」


「それもそうか。そうだったらなんて、有り得ないことだ」


 結局はそういうこと。

 考えたって仕方がないこと。


「君は殺しを許容した策を立てるつもりはなかったし、暮男も尻拭いで殺してでも動くつもりだった。他の結果はなかったんだ」


 だから、そんな「もしも」を考えるくらいなら。

 私たちは、選んだこの未来の先を思案しなければならない。


「中居暮男は死に、一夜百語も事実上解体された。そしてお前たち神守姉妹のこれからは、私の判断に委ねられている」


「……媚びろとでもいうの?」


「そんなことをされても困る。どう扱うかもどれだけ譲歩出来るかも、完全に私の都合だ。お前がなにをしようとも、私に出来ることは変わらない」


 それ故に、媚を売る意味などない。

 必要なのは、要求。

 それだけだと、片桐乙女は言った。


「なにが欲しい?」


 自由は与えられない。勝手を許すことも出来ない。

 私はもう、この女に支配されざるを得ない。尋ねるということは、そういうことなんだ。

 子どもがお菓子をねだるように、行き先を告げるように。

 私たちは、管理されている。


 言葉にしなければいけない。

 なにが欲しいのか。

 なにを求めるのか。


 私の答えは――。


「――今は、なにも」


 私は、応えた。


 その条件に反するだけのものを、行動原理を、私は持っていないのだから。

 正しさも作り直しで、生憎間違ったモノも持ち合わせがない。

 だから。


「今は、いいです。貴女の指示で動きます」


「そうだね、分かってきたじゃないか、黒音」


 彼女は、私をそう呼んで、頷いた。


「今はそれでいい。けれどなにか思い付いた時には言いなさい。森でも言ったでしょう」


 片桐乙女は、いたずらっぽく笑いながら。


「知人の娘ということで、ある程度は見過ごしてやってもいい――ってね」


 そう言ってくれた。






 ようやく届いたトーストにはソフトクリームが載せられ、蜂蜜のシロップがたっぷりかかっていた。見ているだけで胸焼けしそうな、なんとも甘ったるい一品。こんなおやつみたいな物を朝食にするなんて、とても受け入れ難い。

 けれど強過ぎる香りが、嫌でも味わいを連想させる。丁度よく小麦色になったパンの生地も、きっと素敵な食感だ。


「……」


 一緒に並んだナイフで小さくカットし、フォークで刺して口元へ運ぶ。

 味わいは、予想通り。


「…う」


 甘い。甘過ぎる。

 じわりとお皿に、溶け出したソフトクリームが広がっていく。


「…ん」


 だけど、その強過ぎる甘さが。

 きっと今の私には、ようやく感じられたものだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ