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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第一章「異世界の魔法使い」
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第一章【07】「喫茶店『狐の隠れ家』」



 結局サリュは替玉を三杯頼み、その上ライスも煮卵も炒飯も餃子もと続き。もう雷雷亭に関してはこれでもかという程に食べ尽くした。

 おまけに「塩ラーメンと葱ラーメンも」と呟いていたのが、堪らず強引に連れ去った。

 そして今は隣で歩きながら、肉まんを頬張っている。右手に持った食べかけの一つと、大きな袋に五つも持ちながら。

 ……にわかに信じ難いが、ぺろりと食べきってしまうのだろう。


 ちなみに財布は随分軽くなった。勿論アッドの奢りも含めている。

 人の不幸は蜜の味か、大笑いしながら仕事に戻っていきやがった。畜生が。


 ともあれ一体、サリュのその小さな身体のどこに食べ物が収まっているのか。一見同じ人間だが、実は内部構造がまったく違っているのではなかろうか。異世界の住人である以上、十分有り得る話だ。

 或いは常軌を逸する程に、魔法使いは燃費が悪いのかもしれない。単なる育ち盛り、というにはかなりオーバーだが、有り得なくもない。見た感じそういう年頃だろう。


 ……じゃああの胸が、更に大きくなっていく可能性も?

 冗談だろ?


「むっ。やらしー視線を察知」

「通行人の誰かだろ。目立つからな」

「ふーん。どうやら目立つものが視られてたみたいね」


 じっとりとした目線。まんまと吊られてしまった。

 けれどそれだけで、さっきまでのように顔を逸らされたりはしない。頬を赤めながらも、近くでこちらを見上げたままだ。

 目が合い、サリュが首を傾げる。


「? どうかした、ユーマ?」

「いや別に」

「肉まん、食べる?」

「もうお腹一杯だよ」


 一緒に食べたおかげか、距離も近付けたみたいだ。

 そんなこんなで食べ歩きながら入口へ戻る。

 これから再度地下へ潜って掃除の続きだと、そう打ち合わせていたのだが。




 丁度、門の下に姉貴の姿があった。

 向こうも話が付いたのだろう。小さく手を振り、俺たちを迎えた。


「さて愚弟よ。こんな雰囲気もへったくれもない場所へおめおめと連れてきて。せめてもの甲斐性は見せたか?」

「残念ながら見せつけたよ」

「ほう?」

「オトメ!」

「おう、可愛い義妹よ。随分馴染んだみたいだね。いっぱい食べたか?」

「ラーメン三倍に色々トッピングして、今は肉まん六つも買っちゃった。一つ食べる?」


 と、当たり前のように言って、袋から肉まんを手渡す。

 姉貴は空を見つめていた。


「……………………とりあえず肉まんありがとね」


 流したな。

 それよりと、姉貴が咳払い。

 どうやら話が終わって迎えに来てくれたわけではなく、用事があって待ち伏せていたようだ。


「お偉いさんに話を通して、概ねの準備は出来た。いよいよ本格的に手続きを進めていくわけだが、サリュには引き続き部屋の掃除をお願いしたい」

「サリュには?」


 ということは。


「裕馬は手続きを頼む。書類等、諸々の用意だ」

「うげっ。面倒臭ぇ」

「私の手伝いとしてここに居るんだから、それが仕事だ。違ったか?」

「それはそうだが」

「私にもサリュとの時間が必要でね。女の領分、適材適所ってやつ」


 嘘だ。嘘でなくとも、そういう流れを作っている。

 絶対に姉貴が面倒なだけだ。


「それに、結婚を見据えているんだろう? 今後は色々と書かなきゃいけなくなる。練習だ練習」


 ニヤリと笑顔で、そんなことまで言われる始末。

 これはもう逃がしてはくれないだろう。

 それに、まあ。


「け、けけ結婚。そそそそうよね。ゆくゆくはそうなるのよね!」


 などと、動揺して声を上げる少女を見ていると。

 ……単純ながら、やってやるかという気分にもなってしまうわけで。


「わかった、やるよ。やればいいんだろ」


 頷き、了承した。


 しかし書類等の作業となれば、『隠れ家』に行かなければならないだろう。

 現在時刻は間もなく二十一時に差し掛かる。これは一体何時に帰れることやら。

 げんなりするも乗り掛かった船ということで、忙しなく走り回ることになった。




 ◇     ◇     ◇




 図書館で書類の封筒を揃え、建物を出て歩くこと三十分弱。

 藤ヶ丘市の外れも外れ。鬱蒼と茂る森のふもと、ぽつりと建った目的地に到着する。


 真っ暗闇の中、唯一の光源であるその場所が『狐の隠れ家』と呼ばれるバーだ。


 入店は、カランカランと重いベルの音に迎えられて。

 暖色のライトに照らされ、机椅子やカウンター全てが木造りになった店内。森の傍に在るということで、なんとも自然の香りが心地良い落ち着いた場所で。

 ……というのは、昼間や開店直後だけだ。


 今はもう、ごった返しの大賑わい。

 アルコールや煙草の臭いが混ざり合い、薄暗い店内を銀色のライトが照らし回る。立ち飲みする大勢の面々も、やれ飲んだくれてやれ騒いで。行ったことはないが、クラブってのはこういう感じだろう。


 そして店内を進むや否や、集まる視線は……俺へ向けたもので。

 勿論向けられる感情は、興味や関心、遊んでやろうというものばかり。

 まあ、仕方がない。今日やらかしたのは俺なのだから。


「ヒャッハー! 本日の主役の登場だぜ!」

「大迷惑のプロポーズ! いやぁ若いってのは最高だな!」

「赤髪不良坊主にも春が来たってか! お前の代わりに飲んでやるよオラァ!」

「オレッちの活躍もあッたんダゼ! だから姐サンをオレにくれェェエエエえええぇぇぇぇ嘘ですスンマセン、ヤメテヤメテ!」


 なにやらアッドの叫びと物騒な音も聞こえてきたが、気にしないでおく。


 ここは、狐の隠れ家。

 通称『隠れ家』と呼ばれている。


 この場所に集まっているのは、図書館と同じ有象無象の訳有りばかりだ。

 いや、一層混沌としているかもしれない。

 異世界から来たリザードマン、スライム、オークにゴブリン、鳥人間。そして雪女や河童、ろくろ首、から傘お化けまで、日本を代表する妖怪たちの数々。その中に自然な形で紛れ込む人間もちらほら。

 ここはそういった普通ならざる者たちとその関係者が集う酒場だ。


「くああアア! 離セ離セィ! オレ様だッテ大活躍したンダ! 今日は語らせロォ!」


 盛り上がりも最高潮といったところ。

 突如、揉みくちゃにされていたアッドがテーブルに飛び乗った。

 堂々と立ち上がり、丁度置いてあった酒瓶を持ってひと煽り。物の数秒で一気飲みだ。緑の鱗も薄っすらと赤みを帯びており、これは完全に出来上がってる。

 周りの集団も勢いのままに煽り立て、アッドは雄弁に語り始めた。


「そもそも事ノ発端はァ、昔々ヨ! 自称世界の管理者たるアヴァロン国の使者ガァ、日本国の世界を補足しタァ!」


 ここで手身近なオークから酒瓶を奪い取り、またゴクリと煽り飲む。

 あっという間に空になり、瓶は壁へと投げ捨てられた。


「その際ニィ、異世界人とのコンタクトを図リやすくスル為、選ばれたノガ妖怪の皆サンヨォ! 九尾の狐サマや天狗サマ、雪女チャンにお化けサマサマ方ァ! 普通とは異なる妖怪サンなら、お話が早いッテなァ! 世話になッテマスぜェエ!」


 語られるのは、今の情勢の成り立ちだ。

 これで何回目だろうか。好きだなぁ、あいつも。


「手を取り合ッテ世界を守ろうッテ契約ヨォ! オレら転移者を受け入れてくれるッテいうアリガテェ温情ヨォ! ダガァ! 気付けばアヴァロンの連中が中心に取リ仕切ルようになッテ来タ今日この頃ォオ! オレは激オコだッテ話ダァ!」

『ウオオオオオオオオオ!』

「この辺りはナァ! 古くから妖怪サマ方ァ、百鬼夜行ガ取り仕切り守ッテ来テくんなさッタんダよォォォオオオ! 土地を与エ住まわセテくれてんノモ、ぜエエんぶ妖怪サマ方ヨォオオ! 管理スルだけの騎士サマ風情ガ、我ガ物顔で歩くんじゃねェエエエエエエ!」

『ウオオオオオオ!』

「よく言ったアッド!」

「百鬼夜行万歳!」

『ウオオオオオオオオオオオオオオ!』


 盛り上がりに盛り上がり、店全体が雄叫びを上げ始めた。

 正直飲まないこちらとしては怖くて仕方がない。大人の飲み会ってのはこういうもんなのか、人外揃いだからなのか。

 それとも、お酒の力なのか。……多分、お酒か。


 ジャンプまで始めた一行の間を掻い潜り、一番奥のカウンター席へ向かう。

 道中「やったな!」と背中を叩かれながらも、なんとか無事到着。


「怖ぇよ、酒」


 思わずこぼれた呟きに。




「そうだね。こうまで上がっちゃうと、ちょっと怖いよね」


 と、笑う少女が一人。

 彼女は俺が席に着くや、ジョッキにコーラを注いでくれた。




 青い長髪に水色の着物。

 今は仕事中だから、その上から白いエプロンと頭にヘッドドレスを付けて。

 ――いわゆる着物メイドの少女。



 涼山千雪。

 静かで落ち着いた雰囲気と色合い、涼しげな名前も含めて。


 正真正銘の、()()だ。



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