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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第二章「黒薔薇の仮面」
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第二章【33】「最期の灯」


 私は目を見開き、その時を捉えた。

 二つの致命傷が、男の身体へ深く刻まれる。


「……あ」


 背後から突き立てられた白刃が胸部を貫き、多すぎる血流を伝わせている。

 重ねて、赤黒く硬化された腕が頭部を引き裂いた。頭骨諸共三つ四つに絶たれ、内側の脳漿を飛び散らせている。


「……う、あ」


 その男への怒りがあった。煮え滾る殺意も、その反面恐怖すら覚えさせられていた。

 けれど見知った顔が解けていく様は、思った以上に胸の内を渦巻き、乱し。

 ――なにより、真っ赤な飛沫の向こう側。

 ――とどめを下した彼女らの、達成感や高揚など微塵もない表情が。苦悩に深堀された眉間や、納得出来ようもないという歯噛みが。


「ッ」


 どうしてこうなってしまったんだろう。

 どうすれば間違えなかったんだろう。

 そんな、どうしようもない考えが想起され、



 しかし事態は、未だ後悔を許しはしなかった。

 まだ早すぎるだろうと、黒色の幕が光景を上書きする。



 突如として。

 死に体の身体から空へと、黒い光が放出された。

 遠く空の果てへと伸びていく、黒の柱が立ち昇る。


「なに、が」


 その出現によって発生した、冷たく重苦しい圧力。尋常ならざる緊張感が、全身にのしかかる。呼吸が詰まり、球粒の汗が額を覆う。立っていることすらやっとな程だ。

 まだ終わりではないのか。

 この男もまた、頭部や心臓を潰しても死にはしないのか。


「神守姉妹、下がれ!」


 片桐乙女が声を上げた。

 それでようやく意識が判然と戻される。すぐさま震える足で大地を蹴り付け、重い身体をなんとか後退させた。向こうで片桐乙女も、遅れて真白も引き下がる。

 直後、


「アガ、アガガガガ、アガガゴゴゲガガガガギガガガガガガガガガ■■□■■■!!!」


 絶叫。

 響き渡る叫びに、私の知る男の理性は感じられず。


「■■■□■■■■■ッッッツツツ!!!」


 そして黒い光、その柱の内側から突き出される。

 白く生気の失われた、身体を覆う程の巨大な一撃。

 ――五本の指を開いた骨手が、突如として襲い来る!


「な、ん」


 なんで、と。

 驚愕をこぼす間もなく、私はその骨手に叩き飛ばされた。

 開かれた手のひらが全身に打ち付けられ、勢いのままに宙へと弾き出される。衝突によって額の骨は砕け、体内から手足の指先までズタズタに割れ裂かれる。

 僅かに意識が残されたのは奇跡みたいで、だけどそれすらも、全身からの危険信号に埋め尽くされて正常ではない。

 そんな中、ただ一つだけ、意識に刻まれた唯一の手段を。

 神具の力の解放を、ひたすらに訴え続ける。


「――かっ、ゴッ!?」


 だからギリギリ繋ぎ止められた。

 ドシャリと地面へ落とされた直後、肩代わりが発動される。痛みの残滓や死へ落ちる恐怖だけを残し、全ての傷が他へと移される。


「ハァ、ぐっ、あああああッ!」


 粉々に散った草葉へ手を下ろし、割れた土を踏み締め。

 まだ終わっていないと、立ち上がる。

 まだ終われないと、標的を睨む。


「中居、暮男ッツ!!!」


 そして黒い光が消え去る。その全てが、天へと昇華し失われる。

 男が、姿を現し。


「……ハハ、ハハハ、ハハハハハハハ!」


 その場に残されたのは、首の奪われた肉体ではなかった。

 男の身体は、酷く変容していた。


「殺したな! 僕を殺したな! 黒音、真白ォ!」


 失われた頭部が戻され、クツクツと笑いに歯を鳴らす。その表情はまるで読み取ることが出来ない。だって、ただ口を動かすだけで、他の変化が見られない。唯一、ギョロリと剥き出された眼球だが辺りを見渡している。

 それ以外にはまるで生気を感じられない。その額から、身体から全てが削ぎ落とされ、人の形を保つだけの化物。

 中居暮男は死んだんだ。

 だから、そこへ至った。


「言った筈だぞ、腕は力の一端だと。完全な姿は、死んでからのお楽しみだと!」


 背後に蠢く骨腕だけでなく、その身が、骨組みへと成り果てた。

 それこそが、妖怪がしゃどくろ。

 表情などある筈もない。額も、ボロボロになった衣服から突き出す手足も、その全てが白塗りの死に体だ。

 中居暮男は、もう、人間じゃない。


「ハハハ、最高の心地だ! 力が漲る! あのおぞましい恐怖からも解放された! 最初からこうしていれば、とっくの昔に死んでいればよかったのか!」


 両手を広げ、夜空を見上げる。

 笑い声に呼応し、骨手たちもまた空を仰ぐ。

 その様相に、気付く。

 広げられた腕たちが、増えている。


「こうしていれば神守、君も! ……ああ、だけどなにも感じられない。あれ程苦しかった痛みも、風も温度も、自分の心音さえ失われた。なにもない、なにもないよ!」


 彼は自らの顔を撫でる。

 カツリ、カツリと、乾いた音を響かせながら、叫ぶ。


「骨だ、ただの骨だ! 父や祖父も言っていた、これが末路か! 生まれながらにして背負わされた宿命か! 生きれば不運に見舞われ、死して尚虚無に憑りつかれ、なんて不条理を課すんだ! ハハハハハハ!」


 元より十四、男を取り囲む程にあった骨手。

 それが彼の狂笑に呼び起こされるように、二十、三十と、億劫になる数が展開されていく。きっと単純な数だけでなく、その強度や内包した力も、比べ物にならない。見ているだけで身体が震え、重苦しい緊張に鼓動が早鐘を打つ。

 まだ終われない。けれど、どう立ち向かえばいいのか。


「……っ、真白」


 男の背後に真白は見当たらず、片桐乙女の姿すら消えている。無事逃げおおせたと考えるのは、あまりに楽観的過ぎるだろう。私と同じ一撃を受けているとしたら、肩代わりを持たない二人は一溜りもない。

 それでも、片桐乙女は鬼の血を持っているが、真白は――。


「ははは、あー、すまないね。真白を殺してしまったかな?」


「ッ! 貴方は、どこまで私をッツ!」


「勿論、殺すまでだ。それを選んだのは君たちだろう?」


 そうして、彼の背後から腕たちが放たれる。

 視界の上部、覆い被さる骨手の群れ。まるで雨雲のように夜空を阻み、その膨大な数を振り下ろし襲い来る。

 抵抗の手段はない。私に出来ることは、ただ神具によって肩代わりをするだけ。なんとか凌ぎ死を遠ざけるだけ。

 それもどこまで持つか。再び戻される痛みの連鎖に、どれだけ意識を保っていられるだろうか。いつまで抗うことが出来るだろうか。

 逃げない、終われない。

 けれど出来るのはそれだけで、ある種の諦めを受け入れ。

 そんな私を、引っ張り連れて行く。

 まだ立ち止まるなと、首根っこを掴まれる。


「諦めは利口だが、命までも投げ出すんじゃない」


 片桐乙女が力尽くで、立ち尽くす私を引き連れた。

 途端に、落ちて来ていた腕たちがピタリと止まる。どころか、素早く男の元へと引き戻される。

 それは他でもない、腕を向けるべき対象が切り替えられたからだ。

 私など足元にも及ばない程の、絶対的な脅威へと。


「神守黒音、これ以上はお前には無理だ」


 私のやるべきことは終わった。私に出来得る役目は、確かに果たされた。

 だから、


「だから後は、あの子に任せろ」


 片桐乙女がそう言って、出番の終わった私を戦場から捌けさせた。


 さあ、これで幕引きだ。

 彼女が示す未来、その焔道の通る直線を開け、と。




     ◆   ◆   ◆




 入り組んでいた筈の森の奥は、数々の破壊の爪痕によって大きく開かれている。僅かに残された木々も幹を削られ、大地を起こされ傾き、黒ずみ生気を奪われたものもある。

 だから離れていながらも、俺たちには見えていた。


「……中居、さん」


 その変容は、遠目にも明らかだ。

 中居暮男は死んだ。だから正真正銘、妖怪がしゃどくろの力を発揮させている。

 頭蓋も手足も骨身に削ぎ落とされ、背後の増殖する骨手は彼の脅威を上昇させていく。質も数も桁が違う。深く重い圧力に、思わず喉を鳴らした。

 けれど、それだけだ。

 それらの腕には、先程までの冷たさが感じられない。圧倒的な恐怖が、死が、絶望が失われている。



 当然だ。中居暮男は死んだのだから。

 あの男はその果ての、がしゃどくろでしかない。

 貧乏神として与えられた生は、すでに絶たれたのだ。



 先程打ち上げられた黒い柱は、即ちその神の力が還ったものだろう。

 遠くで見ていたから分かった。あの柱には中居さんの身体から放出したモノだけでなく、周囲から吸い上げられていた黒も混ぜられていた。黒腕の破壊や肩代わりによって塗られていた大地の汚れが、全て昇華されていた。

 あくまで状況判断でしかない。原理も詳細もまるで不明な、不確定の推測。

 けれども、この身に感じていた冷たさが消えた。その感覚だけは確かなものだ。


「……は、あ」


 喉に詰まる息を吐く。

 強大で多数の骨手は、確かな脅威として立ちはだかっている。俺の力などでは到底太刀打ち出来ない、遥か上位の力だ。

 だけど、黒腕にはまるで及ばない。力の根本が異なっている。比べるには、アレは次元が違い過ぎる。


「……頼んだ、サリュ」


 ああ、もう大丈夫だ。

 神程の力でなければ、彼女の次元へ到達することは出来ない。


「――焔よ!」


 声を上げ、少女が右手を夜空へ掲げる。

 今度こそ手のひらに、燃え滾る焔の大剣が顕現した。

 煌々と輝く紅の光は、闇夜を照らし影を平伏させる。標的である男とはまるで別種の、純粋な力の奔流による重圧。

 曇りも淀みもない、ただ際限なく苛烈に燃え上がる焔だ。


「……っ」


 小さな呻きをこぼし、サリュは唇を固く結ぶ。

 彼女も決して無事などではない。あの黒の柱が消える最後の瞬間まで、その身体は負の力によって傷付けられていた。俺が抱きしめ身代わりとなった着地の際も、幾度か転がる中で血を流していた。

 引き裂かれ、打ち付けられた外傷の数々。体内の異変によって浮かび上がった青痣や、何度も吐血し汚れた口元。その立ち姿は、とても万全とは程遠い。

 それでも少女は、弱音をこぼすことはしない。

 その手のひらに、焔を灯す。



 さあ、中居暮男――がしゃどくろ。

 特級の位を与えられた、一夜百語を牛耳る大妖怪。

 お前のその腕で、異界の脅威を凌げるか?



「――焔の大剣!」


 号令は高らかに。

 襲い来る無数の骨手たちへと、紅蓮の大火が振り下ろされた。



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