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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第二章「黒薔薇の仮面」
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第二章【29】「正気の狂気」


 視界の先を、紅蓮の炎が覆い尽くす。

 迫り来る脅威はその全てを燃やされ、灰となって消失する。先端を失った骨腕たちは、進行を断念して主の元へと戻される。

 そして空より、眼前へと降り立った少女。

 黒衣を纏い、とんがり帽子を被った小さな女の子。熱風に髪を煽られ、それでも振り向く彼女の表情は、余裕と自身に満ち溢れていた。

 炎の海より尚紅い、大きく澄んだ瞳。

 なんて力強く、真っ直ぐなんだろうか。


「ユーマ、助けに来たわ」


 彼女の到来を待ち侘びていた。

 けれどもその姿を目にして、喜びや安堵と混ぜこぜに、黒い感情が胸の内を渦巻く。

 無力感。それから、劣等感だ。


「サリュ」


 彼女は彼女に与えられた役目を。俺は俺に与えられた役目を。それぞれ別の場所で任務を与えられていた。本来なら彼女が間に合う可能性は低く、有り得ないとすら言える状況だ。

 だからどれだけ予想外の出来事が起こっても、どれだけ強大な敵が立ち塞がっても、俺は自分の力で解決しなければいけなかった。俺が歯を食いしばって、なんとか達成しなければいけなかった。

 だけど姉貴やアッドが居て、サリュも駆け付けてくれた。

 結局俺一人では、なにも成せなかった。


「ああ、くそっ」


 情けないと、苛立ちを覚える。

 どう逆立ちしたって、どうしようもなかった。どうにも出来ない相手だった。そんなことは分かっているけれど、悔しい。

 けれど、


「ユーマ?」


 不安げに首を傾げる彼女へ、そんなことを言っても仕方がない。

 そんな悪感情は、全部呑み込んでやった。


「助かった、サリュ」


 俺はまだまだだ。だけどそんなことなんて、関係ない。

 今この状況は、どうしたって打破しなければいけないんだ。

 それこそが、成さなければいけない役目だ。

 俺の応対に、サリュが口元を緩めた。


「……ユーマったら。助けに来たとは言ったけれど、素直に助かった、って。まだ終わってないのよ?」


「そうだな、悪い。思わず気が抜けちまった」


 そうだ、まだ終わっていない。

 頷き、足を踏み出す。数歩だけの前進で、彼女の隣へ。

 決して忘れてはいけない。つい今朝だ、あれだけ優勢に思えたサリュが傷付けられ、倒れてしまったのは。

 今度こそ、そうはさせない。

 サリュが打ち勝つ為に、俺はサリュと一緒に戦う。

 立場の役目もなんだって構わない。俺が持つ全ての力で、活路を切り開く。邪魔するモノを全て払いのける。

 俺たちで、ここで、アイツを打倒するんだ。


「何故、君がここに?」


 対して、男は。

 中居暮男は腕を組み、眉を寄せていた。

 苦い笑みを浮かべながら、参ったことになったと零す。


「西地区廃工場での騒動、テロを起こした一夜百語の残存勢力を掃討していた筈ではなかったかな。そう僕が指示し、それが十分な誘導になると思っていたが」


 それともなにか、把握していない問題が起きたのか。

 神守黒音を見やる中居さんだったが、件の少女もまた目を見開き絶句している。つまり彼女は、その誘導に妨害は行っていない。予定通りに進んだものと思っている。

 答えは明らかだ。


「ええ、あなたの言う通り、まんまと廃工場へ誘導されていたわ。だからその掃討を終わらせて、わたしはここに来たのよ」


「……笑えない冗談だ、一時間もかかっていない。多くない数とはいえ、僕の腕やビルの崩落から逃げ延びた精鋭だぞ。それを、簡単に」


「着いた時には仲間割れしている状態だったもの。わたしたちだってそれなりの数だったし、正直苦戦という苦戦もなかったんじゃないかしら」


「なら、どうやってここまで来た。西地区からここまで、一体」


「移動手段かしら。見てたでしょ、空からよ。なにも邪魔がないから、ひとっ飛びであっという間よ」


 わたし、そんなにおかしなことを言っているかしら?

 逆にサリュが首を傾げた。

 にわかに信じ難いが、彼女の言う通りなんだろう。


「……まったく、味方ながら冗談じゃねぇ」


 常識を外れた俺たちにとっても、更に大きく外れた異なる存在。

 それが彼女ら、転移者ってことだ。

 並みの想定なんて、通用する筈もない。


「……なるほど、道理で乙女さんが大人しくなった筈だ。僕が黒音を捕まえた頃には、既に制圧完了の知らせを受けていた訳か。やってくれる、やってくれるよまったく」


「それで? わたし、今来たところだからあまり状況を理解出来ていないのだけれど、あなたが敵ってことでいいのよね?」


 サリュがゆっくりと、右手を男へかざす。

 中居さんは静かに「違いない」と呟き、頷いてみせた。


「そうだ、僕が敵だ。テロ組織を率いてビルを破壊した、一夜百語の首領。中居暮男、がしゃどくろだ」


「がしゃどくろ。日本国に伝わる妖怪の一種ね。背中から腕が沢山生えて、知っているイメージよりも気持ちが悪いわ」


「言ってくれる。対して君は、噂に聞いた裕馬くんのフィアンセだね。気持ちが悪い僕とは違って、随分可愛らしい魔法使い様だ。出来ればこういう出会い方はしたくなかったよ」


 軽口を叩きながらも、中居さんは敵対する意思を変えない。

 彼の背後の骨腕たち、炎によって消滅した手のひらたちが、少しずつ再形成されていく。虚空から砂たちが積み重なるように、パキリパキリと指が構築されていく。

 そうして宙へと持ち上げられ、構えられた腕たち。控えていた腕も動員され、捕まれていた神守黒音さえをも投げ捨てた。


「っ、黒音お姉ちゃん!」


 咄嗟に神守が駆け寄ろうと踏み込むが、駄目だ。手放されたところで、横たわる彼女は中居さんの後方に居る。

 十四の骨手が、未だに俺たちを阻み続けている。

 俺も神守も、その攻勢を前に足が止まる。続く一歩を進めることが出来ず、立ち尽くす。

 けれどサリュは、怯むことなど有り得ない。


「――悪いけれど、手加減はなしよ」


 そう高々に宣言し、右手の指先へ光を灯した。

 当然、中居暮男も引き下がりはしない。


「魔法使いの君は、不死身や高い治癒能力を持っていないと聞く。取り返しのつかないことになっても、どうしようもないからね」


「嫌だと言ったら致命傷は避けてくれる? 降参してもらえると助かるのだけれど」


「責任は取ろう。君の命を奪った罪に心を痛め、殺戮者として逃げ続ける」


「それは可哀想ね。楽にしてあげるわ」


「お気遣いどうも。だけど遠慮しよう。――好きで背負うモノだ」


 そして、戦端が開かれる。


 大きく指の開かれた十四の骨手。

 その全てが一斉に、サリュを目掛けてこちらへ放たれた。

 ――伸縮自在。腕節を引き伸ばし、主が一歩も動くことなく、その手のひらを届かせる。

 ――長大可変。更に骨身が関節、指先に至るまで膨張し、圧倒的な物量となって迫り来る。

 長く巨大な骨手たちが、前面の景色を埋め尽くす。

 少女一人を圧し潰すには、あまりに過剰な力の奔流。それが逃げ場を失くすように覆い被さり、重なり合って叩き込まれる。

 我先にと伸びてくる手のひら。その爪先が触れるだけで、身体は悠々と切り裂かれて血飛沫を散らすだろう。骨身を受け入れてしまったなら、簡単に骨肉は砕かれ生き残る筈もない。

 それを目前に、サリュは。


「雷よ」


 静かに命じる。

 正面へとかざされた、光の灯る彼女の右手。そこにバチリと、放電の火花が走る。

 そして号令を。


「――腕を絶て!」


 次の瞬間。

 巨大な雷撃が、骨手たちへと叩き込まれた。


「――ッ、おおッ!?」


 大気を震わせ、激しい旋風が撒き散らされる程の衝突。

 その衝撃に、両腕で顔を覆った。

 サリュの声に合わせ、周囲の空間から放たれた雷撃たち。爪先に刻まれた魔法式によって発動した、雷の魔法攻撃。複数の眩い光がガリリと濁線を描き、空を裂いて腕へと直進した。

 それが十四発。全ての骨手と正面から打ち合い、火花を散らしその身を削り合っている。


「ふ――――!」


 永続的に放たれ、光線を繋ぎ続けるサリュの魔法。その雷を受け止める形になった骨手たちは、ぶつかり合うことで進行を留められ、制止を余儀なくされた。

 どころか大きく破片を散らし、次々と亀裂が刻まれている。再生を上回る破壊の継続に、腕が耐えられていない。指が折れ落ち手のひらが砕けるのに、そう時間はかからなかった。

 やがて骨身を削り切り、貫通した雷撃が、中居暮男へと襲い掛かる。


「――これ程とは」


 ここに来て、ようやく。

 その場へ君臨し続けた男は、地面を蹴り、後方へと大きく退いた。

 雷が大地へ突き刺さり、拡散する放電が土草を焼き切る。二撃目、三撃目と続けて骨手を突破した魔法攻撃たちも、中居さんは左右へ回避し躱してみせた。

 腕へと打ち勝ったとはいえ、威力の減退は避けられない。細く縮まり減速した雷撃では、決定打にはならなかった。

 どころか、魔法が骨手を貫き、通り抜けてしまった結果。

 ギギギと、再構築される腕が稼働を始めてしまう。


「サリュ、駄目だ!」


 声を上げ、サリュへと注意を促す。

 だがそんなことなど俺に諭されるまでもなく、彼女はとっくに知り得ている。

 グワリ、と。

 形を取り戻した腕たちが、再びサリュへと襲い掛かる。その小さな身体へと掴みかかり、圧し潰さんと指を閉じる。

 が、その指先が彼女へ触れることはない。

 何故なら彼女の周囲には、変わらず、絶対の壁が立ちはだかっているのだから。


「無駄よ」


 サリュの呟きと同時に、骨手が防壁へと接触した。

 なにもなかった筈の空間が放電し、異物の侵入を阻んでいる。半透明に薄っすらと姿を現すのは、彼女を囲む球体の盾だ。

 それが叩き付けられた一撃を、続いて重なり突き立てられる爪先を、全てを受け止める。やがて十四の腕をことごとく受けて尚、彼女は微かに後退するだけに留まった。

 かすり傷の一つすら許容しない。かつて友人であったリリーシャが扱っていた防御魔法を、完全に使いこなしている。

 その上、防ぐだけでは終わらない。


「――掃え!」


 発せられる号令。

 直後、彼女の纏う盾が強く放電し、一際強く発光した。

 放たれた光の束は取り囲む骨手たちを貫き、力の奔流が骨身を吹き飛ばす。

 そしてすべての腕たちは、まるで鋭い刀に切り刻まれたかのように、バラバラと分解された。鬼血に匹敵し幾度も爆発と打ち合った硬度が、いとも簡単に。


「――馬鹿な」


 崩れ落ちる腕の残骸に、男は目を見開く。

 十四という数。重ねて一本一本が必殺になり得、その実ビルを破壊したのもまた、たった一本であったというのに。

 それを、これ程まで。


「……なるほど。これが、魔法使いか」


 勝敗は決した。

 サリュの右手が白く灯り、カッと瞬き閃光が放たれる。宙を裂く白線は崩れていく骨たちの合間を縫い、男の身体へと直進した。

 その一撃で決着だろう。例え躱したところで時間の問題だ。腕を砕かれた彼には、サリュへの勝ち目が失われている。

 もう戦いにすらならない。方法は残されていない。

 その筈、だ。



「――分かった。僕も覚悟を決めよう」



 なのにどうして、不敵に笑うのか。

 どうしてこんなにも、恐怖を覚えるのか。


「ッ」


 途端に、音もなく。


 サリュの閃光が消失した。


 躱された訳でも、なにかに阻まれた訳でもない。

 中居さんへ到達するその寸前で、消え去ったのだ。


「なん、だ」


 なにかがおかしい。

 静かに、状況が変化している。


「……サリュ」


「……ええ。ユーマも、気を付けて」


 サリュさえも呟き、未だに気を抜ける状況ではないと、態勢を低く構えた。

 中居さんの背後で、砕かれた腕たちが再生されていく。肘関節を構築し、二の腕を、手首を、手のひらや指を形成していく。

 だが、再びその形が元通りとなったその瞬間。


 十四の腕たちが、突如として黒色へ染められた。


 根元から指先までも、白く無骨だった腕が、黒へと塗り潰されていく。

 それはまるで俺の鬼血のようでありながら、まったく違う。外側から覆うのではなく、腕そのものが黒へと変容している。形だけが元を伝いながら、まったく違うモノへと成り代わっている。


「――――」


 何故か、ソレを恐怖した。

 ソレがなにかも知らないのに、反射的に恐怖を自覚していた。

 怖ろしい。あの黒い腕は、ただただ怖ろしい。

 サリュも押し黙り、神守も、男の後ろへ控える神守黒音すらも、目を見開き固まっている。恐らく誰しもがソレがなんであるかを判らず、けれどもその脅威に震えている。

 そんな中で、姉貴だけが、言葉を零した。


「……暮男、正気なのか?」


 姉貴の言葉へ、中居さんは眉を寄せて、苦い笑みを返す。

 そんなことは分かっている、正気を疑って当然だろう、と。


「言った筈だよ、乙女さん。僕には責任がある、尻拭いをしなければならないと」


 彼はポケットから、右手にスマートフォンを取り出した。ルビー色の濃い手のひらサイズの、一見何処にでもありそうな機種だ。

 中居さんはそれを、ゆっくりと宙へ放り投げ。


「――これは、僕が始めた戦いだからね」


 直後、黒塗りの右腕が、投げられた通信機器を握り潰した。

 それが合図だった。

 そんな、なんでもないような動作をきっかけに、周囲の空気が変容し、


「――ガ、ぁ!?」


 瞬間、――心臓の鼓動が、停止した。



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