表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第二章「黒薔薇の仮面」
61/263

第二章【26】「厄介な弟、妹」


 血の気が引いていく。

 昂っていた熱も、怒りも、鼓動が制止すると同時に収められていく。

 無数に弾けた鉄片によってズタズタに裂かれた心臓が、紫電の光を上げて修復されていく。十数秒の時を経て再び活動を始めても、流される血流は正常に異質だ。

 同じくして千切られていた胸部周辺の骨肉を復元して、それで一旦抑えられてしまう。

 あれだけ熱を帯びていた感情が、強制的に冷まされてしまった。


「神、守ッ!」


 だとしても、行動は変わらない。

 未だ傍らで右肩に手を触れさせる少女。その身体へ、再び鬼血で硬化した左腕を振り被り。

 瞬間、ズンと、足下の土が大きく沈み込んだ。それだけでなく振り被った腕が、全身が重たく感じられる。一際強烈に、重力に引かれている。


「これ、は――ッ」


 下ろしそうになる腕と挫きそうになる膝。必死で抗い殴り掛かろうと構えるが、重過ぎて制止するのがやっとだ。

 そんな俺へと、神守が口元を緩める。

 触れさせたままの右手の指先を、トントンと叩いて遊ばせながら。


「重力の肩代わりです。真白とトカゲさん、一人と一匹の体重分ですけど、いかがでしょうか? トカゲさんはさておき真白は女の子なので、それ程の負担にもならないですよねっ」


「なに、を」


「ああでも勿論、全てではありませんのでご安心下さいっ。本当に全部あげちゃったら、真白たちの身体が浮かんじゃったり、弾けちゃったりしますので」


 言って、神守は左足を振り抜いた。そして左手で触れていたアッドを、その爪先で蹴りつける。

 とても大きな力が込められていたとは思えない。本当に軽く蹴りつけた程度。だけどその程度で、アッドの身体が吹き飛ばされた。

 斬り裂かれ少なくない血を流す身体が、粉塵を散らして木へと叩き付けられる。


「カ、ハ――」


 擦れる嗚咽を零し、黄色い瞳の細い眼がグルリと回る。アッドは意識を奪われ、その場へ力無く倒れ伏せた。


「これでまた二人っきりですね、先輩っ♪」


「ふざけんな!」


 悔しいが、アッドが飛ばされたことで自重が軽くなった。神守が加えられていたところで百キロは越えない。

 振り被っていた左腕を突き出し、彼女の顔面へと殴り掛かる。

 だがまたしても、首を傾ける程度で簡単に躱されてしまう。

 だけでは終わらない。


「酷いですよ先輩っ。今度は真白の愛らしい小顔を狙い撃ちだなんて。おこです激おこです、ぷんぷんっ」


 ふざけた物言いをして頬を膨らませる神守。

 しかし俺の拳を凌いだ彼女の身体は、静かにその場へと沈み込んでいた。態勢を低く身構え、両手の拳を握り締めている。

 そう、今度はなにも握られていない、ただの小さな拳だ。


「真白も肉体攻撃で仕返しですっ!」


 そして振り抜かれる右腕。

 少女の細腕から繰り出された、あまりに愚直な右ストレート。躱すまでもないと身体を硬化し、続く返しの一撃を用意しようと、俺もまた右腕を振り被った。

 ――直後、腹部を貫く激痛と重たい衝撃。

 気付けば足は地面を離れ、後方へと殴り飛ばされていた。


「ヅヅヅッッッツツ!!?」


 理解が追い付かない。

 今までの銃撃や剣戟ならば、まだ納得出来る。不可解な程に貫通される鬼血を、特殊な武器や威力によるものだと呑み込むことが出来る。

 だが今のは違う、ただの拳だ。

 小さな少女の細腕に殴られた程度で、鬼血が破壊され吹き飛ばされている。


「なん、でッヅ」


 着地し膝を折り、跪かされる。

 口元の血を拭い、傷口を癒し、再び神守を睨み付ける。

 神守真白は両手を広げて見せびらかし、にっこりと満面の笑顔を振り撒いてきやがった。

 どうですかどうですか? などと、おちゃらけを見透かせながら。


「不思議ですか? 理解不能ですか? 実はこれも肩代わりの神具の効果なんですよ、先輩っ。なんて、種明かしをしてあげる優しい真白でした」


「肩代わりだと? 馬鹿な、デタラメだ」


「そうでもありませんよ。今の真白パンチは、先輩の硬い防御を利用したモノなんです。反動を肩代わりしたって言えば、伝わりますか?」


「反動を肩代わり、だと」


「はいっ。人を殴ったら自分も痛いですよね。硬いものを殴ったら、それこそ先輩の鬼の身体を真白なんかが殴ったりしたら、骨がバキバキになっちゃいますよ。だから、その返ってくる威力を全て、殴りつけた部位へと肩代わりさせました」


 つまり真白パンチ+反動ダメージですっ!

 そう言って、満足そうな表情で両手にピースを作る。

 冗談じゃない。自らの傷を返すだけでなく、触れた他者の傷や重力を移すことも出来る。その上、そんなものまで肩代わりさせることが出来るってのか。

 ほとほとおかしいだろ。なんだよ、それ。


「それが真白たちの、神守の神具です。古くより神様のモノだと伝えられてきただけはあります。凄まじい力ですねっ」


 そうして、神守は胸元から取り出して見せた。

 アンダースーツの下に隠れていたペンダント。吊り下げられたその神具を、右手のひらに乗せて掲げる。

 それは青白い石だった。淡く光を発する、半月型の石。

 片方の側面が綺麗な半円に整えられていながら、もう一方はギザギザと不格好な凹凸が並んでいる。

 姉と妹。半分に別たれた石を、双子がそれぞれ持ち合わせているのだろう。


「……ハッ。割れた神具とか、一見縁起が悪そうだけどな」


「割れたというか、割ったんですよね。お姉ちゃんが」


「は、いやいや。余計に駄目だろ、それ」


「真白もそう思って止めたんですけどね、お姉ちゃんが聞いてくれないんですよ。『これは道具だから神罰なんて有り得ない』って。それに割ったら壊れちゃうかもとも忠告したんですけど、『私たちは二人の姉妹なのだから、受け継がれた力も別たれるべきだ』なんて強硬されちゃって。結果的にそうなってるんですから、面白いですけどっ」


「どんな姉だよ、ったく」


 うちの姉貴といい、目上の家族ってのは強引過ぎるもんなのか。


「畜生が」


 結局、神守の神具を拝めようが、それが割れていようが関係ない。その力は十分に発揮され、肩代わりは絶対的な異能として立ち塞がっている。

 アッドは破れ、俺も圧倒され続けている。いつの間にか遠くから聞こえていた破壊音が止んでいるが、それも姉貴が勝ったからだとは手放しで考えづらい。

 現状、これ以上の善戦は困難。追い詰めるどころか、恐らくこの先も追い詰められ続ける。

 でもそれで構わない。足掻き続ければ、彼女らを逃がしさえしなければ、最終的には俺たちが勝ち得る筈だ。

 西地区での戦いを終わらせたサリュたちが、駆け付けてくれる筈だ。

 そうすれば数でも力でも、俺たちが圧勝出来る。


「はー。もうもう、もうっ。旨いこと先輩たちに遊ばれちゃってますよね、真白たち」


 こちらの思惑など分かり切っている。

 神守は息を吐き、大きく肩を落とした。


「あ~あっ。合流して逃げるだけで終わりだと思ってたのに、その為の準備も色々動いてたのに、結構順調だったのに。やっぱり上手くいかないものですね」


「……なに腑抜けたこと言ってやがる。まだ終わってねぇぞ」


「それもどうなんでしょう。片桐先輩のお姉さんたちが来た時点で、真白たちは積んでいるのかもしれません。もしかすると今朝テロを実行した時、既に終わっていたのかもしれません」


「やる気がねぇなら降参するか」


「有り得ませんよ。お姉ちゃんが諦めない限り、真白も止めませんから」


 即答する。言い切る。

 それは、つまり。


「神守。お前は、姉の黒音に従っているだけなのか?」


「愚問では? 先輩だってお姉さんの命令に従ってるじゃないですか」


「……言いなりって訳じゃねぇよ」


「真白だってそうです。やり過ぎだってうるさく注意されますし、ふざけるな態度を改めろって口を酸っぱくされてます。でも真白は真白のスタイルを変えるつもりはありません」


 でも姉の方針に背くことはしない。

 不殺を誓い、加減を守り、作戦に従う。

 それは先輩も同じでしょうと、神守は俺に問うた。


「先輩だってお姉さんに口答えをしながら、作戦に抗ったことはない筈です。作戦を前に、自分の感情をぶつけたことはない筈です。そうでしょう?」


「そんなことはない!」


「ありますよ」


 神守は並べ立てた。

 先輩は痛みを訴えたことがありますか?

 先輩は戦いを拒否したことがありますか?


 ――先輩は、お姉さんを拒絶したことがありますか?


「先輩自身のことだと分かりにくいですかね。じゃあサリュちゃんについてはどうでしょうか。先輩はサリュちゃんが戦うことに賛成ですか?」


「……それは」


「サリュちゃんには力があります。作戦を左右する程の強大な力が。だけど戦いに必要であることと、参戦を望むか望まないかは別の話です。戦ってほしくないんじゃないですか?」


 それこそ愚問だろう。

 戦ってほしい訳がない。


「それじゃあ先輩は、その意志をお姉さんに訴えたことがありますか? サリュちゃんを戦わせないでほしいって、言ったことはありますか?」


「……ねぇよ。それが、なんだよ」


「別になんでもありません。ただ、真白のことを理解してほしかっただけです。真白もそうなんだって、伝えたかっただけです♪」


 そう言って、神守真白は笑った。

 笑顔のままに、両手へ銃を取り出す。

 それが当然の帰結であると、再び対峙の意志を示す。


「長々と語っちゃいましたけど、結論、お互い厄介な姉を持って大変ですねって、それだけです」


「神守、お前は」


「もう喋らないで下さい。真白も余計なことを喋り過ぎちゃいました」


 そして向けられる二丁の銃口。

 会話は終わった。ならば後は、選ぶだけだ。

 引き金を弾くか、それとも離すか。

 その弾丸を受け入れるか、拒絶するか。


「ハッ」


 どうするかなんて、互いに考えるまでもない。

 ああ。確かに俺たちは、似た者同士かもしれないな。


「……アッド」


 未だに横たわるアッドを窺う。酷い傷だが胸部はリズムよく上下し、急いてはいるが呼吸も続けられている。

 悪いがもう少しだけ堪えてくれ。

 今はコイツを逃がさないことが、戦い続けることが役目だ。


「神守。俺はお前が諦めるまで、喰らいついて離さねぇからな」


「どちらが先に音を上げるか、根競べですねっ」


 身体を硬化し、向けられた銃口へと意識を集中させる。

 さあ、戦いだ。殴り合い、削り合い、痛めつけ合う。

 交差する視線が火花を散らし、やがて。


「じゃあ、――いきますねっ♪」


「来いよ、――絶対に倒れねぇからな!」


 宣告し、互いに一歩を踏み出す。

 再び戦いの幕が開かれる。



 だが、踏み鳴らした足音は、続く轟音に掻き消されてしまった。



「ッ」


 地響きが大地を揺らす。

 俺も神守も踏み止まり、重い振動へとその身を委ねた。


「これは、一体ッ」


「なん、ですかっ」


 答えは間もなくして、明らかになる。


「――あ」


 視界に映った、白く巨大な五つの柱。

 それらは突如として神守の背後、森の奥から突き出された。三十メートルはあろうかという建造物が、天へと向かい聳え立つ。


「なんだよ、アレは」


 間もなくして、根元の木々へと振り下ろされ、叩き付けられる。

 巻き上がる土煙や、無惨に散らされる木片や草花たち。その威力、光景を、立ち尽くし眺めることしか出来ない。

 あれだけ笑顔を絶やさなかった神守すら、振り返ったきり物音一つ立てない。破壊の影響を、ただ目で追うばかりだ。

 遅れて、思い出す。

 俺はそれを知っている。見たことがある。


「今のは、まさか」


 今日、件のビルで、あの惨状の中で目撃している。

 建物を貫き、足下を突き抜けてきたアレを。人々を持ち上げ、天井諸共に潰し砕き、無惨に血肉を散らかしたアレを。

 白塗りの骨腕を、俺は知っている。


「がしゃどくろ、か」


 そして木々の向こうから、影が躍り出て来た。

 初見一つに見えたそれは、重なり合った二人のモノだ。一方がもう片方に腕を回し、身体を抱え上げている。

 その二人は、


「姉貴!」


「黒音お姉ちゃん!」


 俺たち二人の姉だ。

 姉貴が神守黒音を抱えて、森の奥から飛び出してきた。

 一見、傷だらけの姉貴が目立つ。少女を抱えた右腕とは反対側、左腕が血濡れになり、肩が大きく手前へ落とされている。額や頬にも血痕が付着し、全身隈なく紫電の光が発せられていた。

 対して、神守黒音は無傷。それだけ見れば、肩代わりによって姉貴がダメージを与えられていると、そう判断してしまいかねない。

 だが、少女の瞳。鋭く細められた色濃い瞳が、現れた森の奥をずっと睨み続けている。

 真に敵対しているのは俺たちなどではない。もっと深く感情を顕わにしている相手が、その先に居るかのように。


「……そっか。来たんだ、お父さん」


 神守が、小さく呟いた。

 お父さん。そう呼ばれる相手は、一人しか思い当たらない。


「お、真白に裕馬君も発見だ。近くに倒れているのはアッド君かな」


 この場にあまりにも似つかわしくない、飄々とした男の声。

 木々の合間、暗闇の奥から姿を現す。今朝も顔を合わせ、つい数時間前にも話したばかりの、馴染みの深い顔見知り。

 随分世話になった気がする。

 気の合うおじさんだなんて、そんな風に思っていた。


「これで役者は勢揃い、か。魔法使いのお嬢さんが居ないのは大助かりだ。彼女が居たなら、僕もただでは済まないだろうからね」


 現れた、くたびれた風貌の男。

 マンションの管理人、貧乏神、神守姉妹の育て親。


 そして明らかになったもう一つの正体。

 ――妖怪、がしゃどくろ。


「……どんだけ顔があるんだよ、中居さん」


 中居暮男。

 男は口元を不器用に吊り上げ、乾いた声で言った。


「さて。それじゃあ娘たちを逃がして貰おうか」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ