表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第二章「黒薔薇の仮面」
56/263

第二章【21】「神守姉妹」


 中居暮男。

 私たちを引き取ってくれた彼は、お父さんの友人だった。

 私も真白も、何度も会ってお世話になっている。

 特に真白は幼少期に人形を買って貰ったのが好印象で、「リコちゃん人形のおじさん」と呼んで随分慕っていた。私も髪飾りや衣類を買って貰って、嬉しかったのを覚えている。

 今思えば羽振りの良いおじさんではなく、彼の体質的なものも関係していたのだろう。ある程度お金を失わなければ、貧乏神としての側面が弱まってしまう。そう聞いている。

 そんな、特異な体質を持った人が、私たちの新しい父親になってしまった。


「ほとほと運がないね、君たち双子は」


 暮男さんに引き合わされた際、彼は私たちにそう言った。

 運がない。まったくその通りだ。

 けれど何故か、――申し訳ないと、彼は続けた。


「申し訳、ない?」


「もしかすると、君たちの不運は僕が招いたモノかもしれない」


 彼は全てを話してくれた。

 引き取り手になった以上、隠し事はしない。全てを知った上で、自分が相応しいのかどうかを決めて欲しい。

 それが、暮男さんの意志だった。


「僕は貧乏神だが、それはなにも金銭的な話だけではない。心の貧化、人の欠乏も司っている。不運神や不幸神、疫病神と言えば伝わりやすいだろうか」


 つまり、彼はあらゆる不運を引き寄せる。

 そしてそれは、時として他者を傷付けることで降りかかる。


「友人を失ったばかりか、可愛がっていた君たち双子が身寄りを奪われた。目を背けがたい現実だ。――どころか、運命に導かれたように、君たちは僕の元へと来てしまった」


 彼が私と真白を見る。

 思えば、酷くやつれているようだ。目の下にも色濃いくまが出来ているし、髪も髭もまるで整えられていない。

 まるで生きていただけのよう。

 清潔感ではなく、生活感がない。あらゆる部分に手が及んでいない。


「…………」


 ああ。

 でもそれは、私たちも似たようなものか。


「出来れば逃げ出したいモノと向き合わされている。君たちの悲痛な姿から、目を背けることが許されない。一緒に暮らすとなれば、お酒で薄めることすら認められなくなる」


 ――それは間違いなく、僕の不幸だ。

 ――僕が君たちの両親を奪ったと、そう考えられてしまう。

 暮男さんは、そんなことを言ってのけた。


「……そんなこと、ない、筈です」


 応えられたのは、真白だった。


「中居さんは、悪くない、です。そんなの、違うと思います」


 真白は言葉に詰まりながらも、優しい言葉をかけられていた。笑ってさえみせ、彼を受け入れようとしていた。

 けれど私は。


「……っ」


 私は、歯噛みした。

 彼の言葉が事実であるなら、その可能性は否定出来るものではない。

 彼が望んでいなかったとしても、その体質が不幸を引き寄せたのだというなら、それは紛れもなく彼によるものだ。

 彼と父が出会って居なければ。

 私が彼を拒絶して、早いうちに縁を断っていれば。

 彼が不幸を感じることすらない、他人として居られれば。

 そんなことを、考えてしまう。


「……私、は」


 だから、言ってしまった。

 感情を、吐き出す。


「私は、貴方を許せません」


「……黒音ちゃん」


「貴方が居なければよかった。知り合わなければよかった。貴方が死ねばよかったと、そんなことさえ思ってしまいます」


 許せない。

 そんな話を聞かされて、許せるわけがない。

 だけど。


「でも、貴方も悲しんでいる。それは、分かるから」


 分かってしまうから。

 もう、そうするしかないよね。


「許せないけど、許しますから」


「それで、いいのかい?」


「貴方が引き取ってくれないと、私たちは施設に入れられるんじゃないですか。親戚も居ないし、他に身寄りなんてないんです」


「……そうなるだろうね」


「それは嫌です。だから、苦しんでください。責任を感じているなら、自分が悪いと思うなら、不幸になってください」


 でも、それだけじゃなくて。


「でも、お酒を飲んでもいい。遅くまで帰って来なくていいし、なんなら一緒に暮らさなくたっていい。逃げたっていい。貴方が悲しむことを、許すから」


 だから、貴方も。


「ごめんなさい。私が貴方を恨むことを、許してください」


 こんな私を、許してください。

 それは生きて行く為に。

 これからも、前に進む為に。

 抱え続けなければいけない、必要な苦しみだと思うから。


 ――それに。


「それに、たとえ貴方による事故だったとしても、お父さんたちは助かった筈よ」


「……お姉ちゃん」


 私の言葉に、真白が小さく声を挟んだ。

 まるで縋るような、行かないでって訴えるような、そんな声で。

 だけど、私は。


「お父さんたちを本当に殺したのは、あの場に居た人たちでしょう?」


「黒音、ちゃん?」


 暮男さんすら、首を傾げている。

 私にはむしろ、真白たちこそ不思議だった。

 悪いのは、アイツらでしょう?


「事故が起きたのは、鳥がフロントガラスにぶつかったからだって聞いたわ。偶然の所為だった、本当に不運だった。運転手の人も、一緒に死んでしまって」


 それが貧乏神によって引き起こされたというのなら、余計に運転手を恨もうとは思わない。被害者だとすら考えてしまう。

 事故は避けようがなかった。仕方のないことだった。


 じゃあ悪い人は居ないのか?

 それは違う。

 あの場には、間違ったヤツらが、大勢居た。


「誰も助けに来てくれなかった。自分は関係がないと安全な外野から、ただ騒ぎ立てていた。面倒だ迷惑だなんて、そんなことをほざくヤツまで居た」


 誰かがすぐに動いてくれたなら、なにかが変わったかもしれない。

 一人でも助けに動いてくれたなら、誰かは助かったかもしれない。

 あれだけの人が居て、誰も、なにも。


「アイツらは、無関係を装った」


 僅かに残されていた可能性が、ただ見逃された。

 無関係で、無関心。あまりに不条理すぎる。

 許せない。

 許せるわけがない。


「誰一人として助けに手を伸ばさないなんて、間違ってる」


 だから、教えてやらなければならない。

 無関係なことなんてない。

 危険はいつだってすぐ傍に合って、運が悪いだけで降りかかるもの。助けを求める人はどこにだって居て、お前たちだって例外じゃない。

 それを、解らせてやらなければいけない。


 そして幸運にも、私は知っていた。

 それを可能とするモノがあると。

 こんな私でも抗う方法が、この世界には存在していると。




      ◆   ◆   ◆




 現れた神守黒音と向き合う。

 彼女が右手に握る銃口は、真っ直ぐ俺へと向けられたままだ。

 だが、先程放たれた銃弾は、俺へと迫る鉄杭を退けた。それはまさしく、俺を攻撃から守ったかのように。

 何故だ?

 そしてなにが狙いで、ここへ現れやがった。


「お……マエ……ヅ」


 口を開くが、血反吐が散らされ言葉が乱れる。

 そんな俺に、彼女は呆れたように息を吐いた。


「まったく。しゃべる前に、まずはその胸の杭をどうにかしたら?」


「ヅヅ。どういう、つもり、だ――ッ!」


 右腕を硬化させ、身体を貫く杭へと振り下ろす。それによって芯を圧し折り、短くなった刃先を力づくで引き抜いた。

 開かれた空洞から再び血が巻かれるが、それも少しの間だ。痛みも傷も、紫電の光に包まれた後、元の状態へ治癒されていく。

 ついにこの身体は、心臓を穿たれても死ぬことはなかった訳だ。もっとも腕や頭を吹き飛ばされておきながら、今更の感想だが。

 それより、この状況。

 一体どうなってやがる。


「黒音お姉ちゃ~ん」


 猫撫で声で姉を呼ぶ、神守。

 銀色髪の真白と、黒髪の黒音。対峙する姉妹の髪色は、真っ向から正反対だ。装いもまた、黄色い着物で派手な妹と裏腹に、姉は黒の全身スーツを身に着けている。

 満面の笑顔と、静かで冷たい無表情。もはや在り方すらまるで違うように思えたが、その横顔は、確かに似通っているものがあって。

 神守黒音は、ゆっくりと構えていた右手を下ろした。その手のひらからは、握られていた銃さえも消え失せる。

 彼女は神守へと言った。


「ここまでする必要はないでしょう、真白」


 低く、怒気を孕んだ声色。合わせて彼女の瞳が、店を左右へ見渡す。

倒され砕けた机や椅子、穴の開いた床や、鉄杭に貫かれた壁。隠れ家店内は、見るも無残な酷い有様だ。

 しかし叱責された神守は、歯を見せて笑った。


「はは、お姉ちゃん。ここまでって、お店のことかな? 片桐先輩への仕打ちのことかな? それとも、別のことかな?」


「……真白」


「あはは、ごめんごめん、全部だよねっ。そっちから出て来たってことは、裏口から入って来たんでしょう? じゃあ控え室も通ってるよね」


「あれも、真白の仕業なのね」


「勿論だよ。み~んな、真白がやったんだよっ!」


 言って、神守は両手を広げた。

 左右へ大きく、全身を見せびらかすように開く。

 そしてその着物の袖から、なにかが零れ落ちた。

 彼女の銃や鉄杭と同様に、どこからともなく、バラバラと床に転がっていく。


「……なん、だ?」


 それは、白色の筒状の物体だった。手のひらサイズの小さな筒で、半透明な側面から、内部の赤い色合いがにじみ出ている。

 赤いなにかが、収められているのか?

 一体ソレは、なんなんだ?


「大丈夫だよ、お姉ちゃん」


 神守は笑顔のまま、言った。


「倒れてるけど、眠ってるだけ。顔色が悪いのも、み~んな、ただの貧血だから」


「……貧、血?」


 おい、それは、どういう?

 みんなって、まさか。


「真白、貴女っ!」


 声を上げる姉へ、彼女は飄々と説明した。


「ジュースに睡眠薬を潜ませて配ったんだけど、それだけじゃあ不安でしょ? 一応強力なのを使ってるけど、人それぞれ耐性は違うだろうし。なにより妖怪や転移者たちは、効果が十分とは言えないよね。だから、念には念を入れて、ね」


「待て、神守。お前、なに言ってんだ」


 睡眠薬? 貧血? 念には念を?

 一体、お前は、なにを?

 混乱する俺に、神守は――。


「分かりませんか? 先輩」


 ――心底不思議そうに、首を傾げた。

 そんなの当然でしょう、と。

 簡単に理解出来る、当たり前のことでしょう、と。

 そう言うかのように。


「ッッッツツツ! 神守テメェ!」


 冗談じゃねぇぞ!

 神守、お前はッ!


「ここに居たみんなを眠らせた挙句、血を奪ったって言うのか!」


 その転がる赤い筒は、みんなの!

 それを、お前が、全部ッ!


「全部お前がやったのかよ! 神守ィィィイイイ!!!」


 神守真白は、ただ。


「――ふふふっ♪」


 変わらず笑顔で、楽しそうにしていた。

 それを、許容出来る筈もない。


 だが。


「動かないで」


 後頭部に突き付けられた、固い感触。

 先程の拳銃とは思えない、大きな接触面。恐らくは俺の頭など悠々と吹き飛ばし、鬼血での硬化も通用しないのだろう。


「神守、黒音。なんで、お前がここに居る」


「やっぱり知ったみたいね。私たちのこと、色々と」


「答えろ! なんでここに居るって聞いてんだよ!」


 爆発が起こされた西地区の廃工場。そこにテロ組織の連中が逃げ込んだって話の筈だ。

 それがなんで、黒薔薇のコイツがここに居る。


「私がここに居ると困る? 例えば包囲作戦とか、そういう予定だった?」


「お前、知ってやがったのか」


「知るもなにも、全て私が仕組んだものよ」


「は?」


「西地区の廃工場で起こった爆発は、私が起こした」


「……馬鹿な」


「あら、少しでもおかしいとは思わなかったの? 逃げ集まったテロリストがわざわざ爆発で騒ぎ立てるだなんて、出来過ぎてるでしょ」


 だとしたら、あの爆発の意味は。


「……誘導、か」


「正解。でも安心して。貴方たちの目論見通り、私以外のテロリストは大方捕まえられる筈よ」


「どういう、ことだ」


「後で分かるわ」


「ハッ、ふざけやがって」


 なにが後で、だ。

 こいつがなにを狙っているのかは分からない。だが爆発による誘導が行われ、結果としてこの女が包囲を逃れ、ここに居る。その時点で俺たちは、こいつの手のひらの上で躍らされている。

 いや、正確にはこいつら、だ。

 神守真白が、知らなかった訳がない。


「お姉ちゃ~ん。合流も出来たし、とっとと離れようよ。そろそろ気付かれちゃう頃だよ」


「大丈夫よ。気付いたところで、西地区からここまで三十分はかかる。それに、私が居なくたって向こうは大盛り上がりに違いないわ」


「だけど急ぐに越したことはないよ~。先輩なんてちゃっちゃと片付けちゃお~」


「もう少し待って」


 ガチリと、銃口が強く押し付けられる。

 振り向いて即座に反応、ってのは間に合わなさそうだ。その前に頭を吹き飛ばされて、今度こそ逃げられるだろう。

 成す術なし、か。


「……くそ、嘘ばっかり吐きやがって。どこが不仲なんだよ」


「あら、それは違わないわよ。嫌いって訳じゃないけれど、仲がいいとは思っていないわ」


「え~っ! 酷い~っ!」


 神守黒音の言葉に、神守が声を上げる。

 冗談みたいに頬を膨らませて、わざとらしい不満顔だ。

 もっともその右手に、今度は巨大な大斧が握られているわけだが。


「また物騒なモノを取り出したわね真白。仕舞いなさい」


「お姉ちゃんこそ、早く引き金を弾いてよ。頭吹き飛ばして退散しよっ。でなきゃ真白が先輩を叩き斬って真っ二つだよっ」


「そういうところよ。私が仲良くなれないの」


「なんで~っ。その方が絶対効率いいのに~っ」


 言いながら、神守が歩み寄る。

 にこにこと笑顔を崩さないまま、ゆっくりと距離を詰めてくる。


「それにしても、先輩っ。真白とお姉ちゃんが不仲って話、ほんとに信じちゃうなんて。目論見通りの家族観でした」


「……んだと」


「いや~、片桐先輩には通用すると思ったんですよねっ。お姉さんと不仲そうだったし、実際仕事の関係だなんて、悲しいことまで言っちゃって」


「っ」


 俺も姉貴も、互いを気にしていない。

 必要以上に干渉しない。

 別段嫌いな訳でも、嫌われているとも思わない。

 それが、俺たちで。


「普通に考えて下さいよ。たとえ仲が悪かったって、家族をそう簡単に売る訳ないじゃないですか」


「……クソ、が」


 だから気付けなかった。

 神守の嘘をまるで見抜けなかった。

 俺も姉貴も、上手い様に躍らされた。


「ふざけ、やがって」


 馬鹿言い合ってた後輩は嘘ばっか。俺も姉貴も揃いも揃って、年下の双子姉妹に上手いことやられて。全部知らされても尚、まるで歯が立たずズタズタにされて。

 鬼の力をもった第四級の戦士が、妖怪の血を持つ化物が、こんなにも無力だ。

 ふざけている。

 笑えない冗談にも、程がある。

 だってのに、なんで。


「お姉ちゃ~ん。さ、早く始末しちゃおっ!」


 なんでコイツは、ずっと笑顔のままで、楽しそうなままで。

 こんなのおかしいだろ。

 こんなの、間違ってるだろ。


「……………………」


「――落ちぶれたわね、片桐裕馬」


「…………は」


 押し黙る俺へ、神守黒音がそう言った。

 なんだよ、そりゃあ。


「……そういえばお前、俺のこと知っていたような素振りだったな」


「ええ、知っていたわ。……知っていた、忘れもしない」


「それが、すぐに俺を殺さないことと、関係あんのか」


「殺さないのは、私が殺したくないからよ」


「なんの冗談だよ。あれだけの人を殺しておきながら」


「――――」


 答えはない。

 ただ、少しの間をおいてから、彼女は。

 神守黒音は、俺に言った。


「――私が貴方を知ったのは、中学の時よ」


「…………は?」


「後に知ったわ。その日が貴方の運命を、大きく変えた日だったって」


 中学の、時。

 なんだって、そんな言葉が出て来る。

 それに。


「運命を、大きく変えた、日」


 コイツは、一体、なにを。

 彼女は続けた。

 容赦なく。妹と同じく、この身を突き刺し抉るように。


「私は貴方が、貴方の同級生を殴り付けるところを、目撃している」


 どうして今更、こんな状況で、そんなモノと向き合わされるのか。

 俺にはなに一つとして、理解出来るものがなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ