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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第一章「異世界の魔法使い」
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第一章【05】「自己紹介」



 それから、俺たちは姉貴の書庫へと戻された。


 書庫と呼ばれているこの部屋だが、何度もいうように私室だ。

 当直や夜間勤務などの際には寝室としても使われており、設備もなかなか揃っている。

 洗面所にトイレ、風呂にベッド。簡単なホテルのワンルームくらいはあるか。


 ちなみに全従業員が私室を与えられているわけではない。

 あんな姉貴だが業務はしっかりこなしているらしく、評価も高いようだ。


「無理なく匿えそう、ではあるな」


 身を隠す場所としては、むしろ快適なくらいか。


 そんな上質空間の筈だが、……あくまで、掃除すればの話。今現在は、どこもかしこも本に埋もれている。

 洗面所に行くにも、優に胸元まで届く本の波を掻き分けて向かう必要がある。座り込む場所すらない。


「この滅茶苦茶な本の沼を片せと」


 一体何時間、いや、何日かかることやら。


 これがゴミなら簡単な話だ。まとめて捨てしまえばいい。

 しかし書籍であり、種類もバラバラな上に私物と図書館の借り物がごちゃごちゃときた。いっそ全部まとめて図書館にブン投げてやりたいところだが、どの道姉貴が整理することになって俺に回って来るオチが見える。

 どうあがいても逃げられない。最悪だ。


 しかし、そう不貞腐れてもいられない。

 隣を窺えば。


「あ、この本面白そう! こっちのも、この世界の勉強になるかしら!」


 なんて楽しそうに、すでにサリュが本に手を伸ばしていた。


「……はは」


 姉貴の言っていた通り、話をつけてくれている現状。

 当事者の俺たちが下手にうろつくのはよくない。大人しく隠れているのがベストだ。

 それでどうせ籠っているなら、せめて手を動かせって話、なんだよなぁ。


「わーったよ」


 黙って待っているのも性に合わない。

 面倒極まりないが、腕まくりをして本に向かった。


「えっと、じゃあ、サリュ」

「あ、ええ。よろしくねユーマ」

「おう。あー、俺はこっちをやるから、えー、サリュはそっちから頼めるか?」

「うん。わかったわ」

「やり方なんだけど、えっと、ここにある本には二種類あって、姉貴の私物と図書館の物が混ざってて――」


 そうやっていざ始めてみれば、量こそあれ手順は簡単だった。

 図書館の本には背表紙にシールがあり、それで姉貴の私物と区別が出来る。それを頼りに整理していくだけだ。

 あとはサリュが個人的に気になったものも別にしておく。


 この単純作業だが、サリュが一つの提案をした。


「その、ユーマ。よかったら、わたしの魔法を使ってもいいかしら?」

「魔法?」


 それはさっき大広間を破壊していたアレのことだろうか。

 まさか部屋の天井や壁をぶち壊して広くしよう、なんて言い出すわけではあるまいな。

 不安に思っていると、表情に出ていたのかすぐに訂正される。


「ち、違うの! 魔法って色々便利で、さっきも言ってたけど壊れたものを直したり、物を浮遊させたりも出来るの!」

「お、おう悪い。ついつい攻撃的な側面を考えちまった」

「仕方ないわ。その、ゆ、ユーマ」


 納得し頷けば、さっそくサリュが宙に手のひらを掲げる。


「風と重力で空間をねじって、こうこう、こうやって」


 ぶつぶつとよく分からない事象が呟かれ、彼女の手が光を帯びる。

 すると、突如天井近くに、()()()()()()()()が作られた。

 真ん丸大きな、ボール状の空間。

 プールの水がくり抜かれて、そのまま浮かんでいるような感じだ。


「これで、っと」


 言って、サリュが出来上がった空間へと本を投げ入れる。

 それがひとたび、その場所へと入った途端、宙に浮遊した。


「凄ぇ」

「よかった。やっぱり基本的な魔法は問題なく使えるみたい。重力原理も、わたしの世界と変わらないのね。ここではリンゴが落ちてどうこうらしいけれど」

「サリュの世界では違うのか?」

「わたしの世界で重力が発見されたきっかけは、ブドウの実が下がって粒が落ちたからよ」


 どちらにしろ果物かよ。


 世界間の違い。俺には「そうか」としか思えない事柄だが。

 歴史や成り立ちに興味がある人なら喜んで飛びつきそうだな。

 姉貴も結構その手の話が好きだった筈だ。


「じゃあ、これで本を分けましょう」


 ともあれ、サリュが天井に魔法空間を発生させてくれた。

 なのでそこに、シールの付いた図書館の本を集めていく。


 姉貴の物は床に積み上げ、図書館の物は宙へ。

 そうして宙の本が多くなってきたら、浮かんだ本たちをサリュが動かして。そのまま部屋の外に用意しておいた台車へと積んでいく。

 本の波が空中を流れる様は圧巻で、それを人差し指一つで操作するサリュは、本当の魔法使いそのものだった。


 便利な力だと感心する。

 と、サリュは恥ずかしそうにはにかんだ。


「そう、かしら。これくらいなら結構簡単に出来るんだけど」

「サリュの世界では一般的な魔法なのか?」

「まあ、そうね。そこそこ修練を積んでれば、出来ると思う」


 視線を逸らしながらではあるものの、時折目を合わせ、こうやって話してくれる。まだほんの僅かな歩み寄り。

 でも現状、幸か不幸かお互い逃げられない状況だ。


「あー。色々話、聞かせてもらっていいか?」

「うん」


 本を仕分けし、部屋を片付けていく。作業に混じりながら話をして。

 手探りだが、そうしていれば少しずつ近付いていけると信じながら。


「そうね、うん。改めてだけれど、自己紹介しましょう。ユーマのこと、もっと詳しく知りたいわ」

「そうだな」


 さっきは姉貴も交えて簡単に紹介しただけだ。

 状況を進める方が優先だったから、本当に触りの部分しかされていない。

 互いにもう一歩、踏み込むために。

 順番に自分たちのことを話していくことにした。




 まずは提案したサリュからだ。


「わたしはサリーユ・アークスフィア。魔法使いよ」


 サリーユ・アークスフィア。

 サリュ。


 アークスフィア家はサリュの世界では有名な魔法使いの家系で、魔法の腕もさることながらお金持ちでもあったとか。

 つまりはサリュは、いいとこのお嬢様らしい。

 本を読むのが好きらしく、時間があれば努めて手に取っていたそうな。


「そもそも魔法って書物から学ぶことが多いの。この世界でいうところのお勉強と同じよ。当たり前に在るものとして学び、身に付けていくの」

「いよいよ魔法世界って感じだな。ファンタジーすぎるだろ」

「ファンタジー、おとぎ話、夢物語。この世界では魔法ってそういう存在みたいね」


 サリュは続けた。


 名家に生まれた彼女は魔法の勉学に励み、読書の習慣があったのだという。

 その過程で気付けば読書が趣味になり、物語や歴史などにも興味を持ち始めたと。


「じゃあここは最高の場所なんじゃないのか?」

「そうなのよ! しかもここはただの図書館ってだけでなく、異世界を受け入れる場所でもあるのでしょう? この世界に限らず沢山の知識が集まってるなんて、素敵だわ!」

「凄ぇな。……あー、俺はそういうの苦手だ」

「勿体ないわ。せっかくこういう場所にいるのだから、手を伸ばさなきゃ。知らないことを知っていくことで、わたしたちは成長していくんだから」


 にこりと笑う。

 とても柔らかな表情と、しっかりした口調。

 格言めいた物言いだからというのもあるが、強い芯のようなものを感じる。


 勿体ない、か。


「いや、自分でもそう思う」


 しかしどうにも苦手で、本に手を伸ばせない。

 びっしり埋め尽くされた文字を見ていると頭が痛くなる。我ながら職場に向いていない。


「……なんだ」


 話してみると、考え方がある程度固まっているようだ。案外、同い年くらいなのかもしれない。

 世界によっては、環境や食べ物で成長のスピードが違うことも考えられる。

 大きな瞳や小さな鼻立ち、はにかむ表情は、妹が出来たような気分だが。

 ……なお、時折揺れ動く胸部を除いて。


「ユーマ?」

「いや、なんでもない」




 続いてこちらも自己紹介をする。


 片桐裕馬。

 姉貴の手伝いということで、図書館に通い働いている。

 趣味や好きな事柄については、ぱっと思い浮かばなかった。

 なのでとりあえず、定番の食べ物について話すことに。


「好きな食べ物は油物全般って言って伝わるか? 特にここ最近はラーメンってのにハマってるんだが」


 そう言うと、サリュが目を輝かせて食いついた。


「ラーメン! 不思議ね、知識にあるわ! 見たことも聞いたこともないのに、頭の中にイメージが湧いてくるの!」

「気になるか?」

「勿論! 美味しいんでしょう? 美味しいっていうのも知ってるのに、なんでか分からないの! 見た目も食欲をそそるわ」

「じゃあ連れて行ってやるよ」

「約束よ! 今ね、とても不思議な頭の中なの。ラーメンもハンバーガーもピザも、どんな形でどんな味でどんな物なのか知っているのに分からないのよ」

「知識だけ共有してるから、みたいな?」


 少々面倒そうだ。

 しかしサリュの中では、「わくわく」になっているらしい。

 あれだろうか。子どもの頃の、テレビでしか見たことのなかったテーマパークに実際に行けるような。

 やっぱりどうにも子どもっぽさが拭えないな。


 そんな風に話していると、ふと、サリュが思い出したように頬を赤くして視線を逸らした。


「ごめんなさい。ちょっと盛り上がっちゃって」

「いやいや、かしこまられた方が困る。勢いで続けないとなにも言えなくなる。そもそも話すの苦手だし」

「そうなの?」

「疑問に感じるところか?」


 今も結構いっぱいいっぱいだが。

 次になにを話せばいいのやら、正直全然話題が浮かんでこない。


 そんな俺に、サリュは「それなら」と言った。


「それなら色々聞いてもいいかしら? ユーマにとっては当たり前のことでも、わたしにとっては新しいものばかりだから」

「そう言ってくれるなら」


 まあ確かに、話題は尽きないが。


「上手く話せるかは保証出来ないぞ?」

「いいわよ。……わたしは話し方も含めて、ユーマのこと、知りたいし」


 そんな風に、自分で言っておきながら顔を真っ赤にしてしまうサリュ。

 勿論こちらも歯がゆい気持ちでいっぱいだ。


 色々と複雑な気持ちだが、どうやらサリュは押せ押せで来るタイプらしい。

 嬉しいような恥ずかしいような、どうしていいのやら。


 情けない話、俺としてはまだ、――殺されかけたことも消化しきれていないのに。


「まーそうだな。じゃあなんでも聞いてくれ」

「そうね。それじゃあ、そのラーメンの話なんだけど」

「お、おう」


 そこからか。やっぱり食べ物が気にかかるらしい。

 そうしてラーメンに始まり、食文化や生活文化について。

 お互い気になったことを話し合いながら、ゆっくりと時間が過ぎていく。


 と、本の山から時計を見つけ出した頃には、動く針が二十時を回っていた。まだまだ作業は残っているが、時間的にはいい頃合いか。

 丁度、サリュの方から可愛らしい音も聞こえてきた。見ればお腹を抑え、力ない瞳をこちらへ向けている。


「一回休憩するか。なんか食べよう」

「助かるわ」

「でもどうするかな」


 部屋に食べ物はなさそうだし、外に出ることになるが。

 果たして大丈夫かと考えたところで、軽快な通知音が響いた。スマホを取り出し確認すれば、姉貴からのメッセージが入っている。


「スマホ、よね。メールってのが届いたの?」

「まあそんなところだ。姉貴が話付けてくれたから、部屋出てもいいってよ。流石に図書館外はやめてくれって感じだけど」


 まあなんとかなる。

 図書館内で食事を済ませてしまおう。

 そうと決まればすぐにでも動き出したいが。


「腹減ったけど、風呂にも入りたいな」

「お風呂あるの?」

「あるにはあるんだが、水場までの道のりが険しい」


 まだまだ本にまみれたこの部屋の最奥だ。

 行くのは構わないが、入ったところで帰ってくる頃には埃だらけになってしまう。替えの服もないし。


 すると、サリュが目を丸くして尋ねてきた。


「お風呂ってこの時間に入らなきゃいけないのかしら? 夜に入って汚れを落とすものだって認識してるんだけど」

「間違ってはないが、汚れを落とす意味の方が大きいな。食べに行くのに汚い格好だと、ちょっとマナー違反かなって」

「そうなんだ。なら、別に今はコレでいいかしら」

「ん?」


 なんだと尋ねる暇もなく、サリュが右手の指をパチンと鳴らした。




 瞬間。




「――は?」


 視界が歪み、全身が謎の浮遊感に包まれる。

 こ、これは!?


「サリ――がぼっ!?」


 口を開けば泡がこぼれ、代わりに液体が入り込んでくる。

 特に味のしない、……これは水か?


 そして再度、反響するパチンという音。

 すると今度は一瞬だけ、全身を高熱が走り抜けた。

 爪先から髪の先まで隅々を、火だるまにされたような熱さが駆け巡る。


「っち! なんだなんだ!?」


 気付けば、全て終わっていた。


 身体には水滴の一つも残らず、火傷の痕も見当たらない。

 それと同時に、服も掌も汗と埃で汚れていたものが、一通り綺麗に洗い流されている。


「――今の、は?」

「洗浄の魔法よ。乙女の嗜みってね」


 たった一瞬で肌も服も全部洗える。

 相変わらず魔法ってのは凄ぇなおい。


「やるならやるって言ってくれよ。ビビる」

「あら、ごめんなさい」

「でもまあ、助かった。便利だな」

「でしょう。さ、じゃあ先に部屋を出てて。わたしも洗ってから出るから」

「一瞬で終わるだろ。待つぞ」

「……めくれるのよ」

「は?」


 サリュはもじもじと目を背けながら。




「水に包まれる瞬間にめくれるのよ、服の裾とか、色々と」




「あー、なるほど」

「分かったら出てって。ほら、早くっ!」


 背中を押され、半ば強引に退出させられる。




 どうやら、ただただ便利な魔法ってわけでもなかったらしい。



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