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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第二章「黒薔薇の仮面」
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第二章【11】「不可解な流血」

 

 絶対的な強者など存在しない。

 これは私の持論だけれど、今のところ破られてはいない。


 どれだけ強い力を持った存在も、なにかしらの欠点を持ち合わせている。例えばそれは力の代償であったり、力そのものであったり。慢心や油断といった精神的な面もあるだろう。

 だからどれ程驚異的に見える相手であっても、絶対に勝てないということはない。


 それでも戦いにおいて絶対を示せと言われたなら、私はこう返すだろう。

 全ての戦いの中に、絶対に、なにかしらの勝ち筋が存在している。


 ならば、私に求められるのは力ではない。

 勝ち筋を見つけられる目を。勝ちを手繰り寄せる為の手段を。


『――――』


 例に違わず、今日もまた私は勝ち越した。

 足元に横たわった鎧の騎士。手のひらを開いて得物を転がし、力無く倒れ伏せている。


 強者と呼ばれる騎士を、私は見下ろしている。


『……っ、が、あ』


 簡単ではなかった。

 沢山痛めつけられたし、潜り抜けた死線も十を越えている。駆け付け応戦してくれた同志たちも、私を除いて立ち残ってはいない。

 大きな身体の大男も、水を操る異世界人も、鋭い牙を持った狗の妖怪も。全員が倒された。


『……それが、どうしたというの』


 取り立てて誇示するようなことでもない。

 騎士には慢心があった。動きも素早く洗練されたように見えて、大振りの際には力が籠って隙が大きくなっていた。分厚い鎧だって、何度も攻撃すれば貫通しえた。


 全部、そこに落ちていた勝ち筋だ。

 拾い上げるのは、難しいだけだ。


 それでいて、難しい工程にも慣れた。何度も何度も傷付いて、何度も何度も繰り返して来たから。お陰で今日も、私だけがこうして立っていられる。

 私の持論は、今のところ破られてはいない。


『――――』


 荒れ果てた部屋を見渡す。

 穴の開いた天井、崩れた壁、ひび割れた床。倒されたデスクも拉げた椅子も、在る物はことごとく傷付けられている。


 未だに唯一無事なのは、部屋の隅に集められた人質たちだけだ。

 身を寄せ合い小刻みに震え、青褪めた顔で私を見る。言葉にならない小さな悲鳴を零して、ボロボロと涙を落とす。

 どうして、どうして。そう、うわ言のように呟く女性が居た。


 まだそんなことを言っているのか。こんな状況に放り出されて尚、そうやって理解を拒んでいるのか。

 どうして、貴女はそうして居られるのか。私の方が聞きたい。


 救われない奴らめ。


 私は彼女らへ向き、言った。


『好きにしなさい』


 それだけを残して、部屋を後にする。

 この場所はもう駄目だ。床も壁も吹き抜けで、監禁に優れていない。

 騎士たちが攻め込んで来た以上、戦闘は避けられない。おずおずと人質を引き渡してやるつもりもないが、一人勝ちの低い戦いに臨むのも愚かしい。


『戦闘要員じゃなくていい。せめて人質を見張る誰かと、まともな部屋だ』


 それさえあれば、まだ戦える。私は勝ち続けられる。

 とはいえ、じきにこの建物は制圧されるだろう。こちらも用意はしているが、向こうも攻撃して来た以上、あらゆる状況に対して備えている。

 重ねて、なんらかの手段で通信機器も破壊された。連携は失われたに等しい。

 ある程度抵抗したら撤退だ。私の目的は、既に達成されている。


『それでも欲を出すなら、第二級か、第一級か』


 攻撃してきた連中の中に、名の知れた強者が居てくれるなら。

 私はそれを討つ。私の絶対を、そいつに叩き付ける。

 その為に、私は上階を目指した。


 そして私は対面することになる。

 第一級の転移者。


 ――まったく世界の違う、圧倒的な強者に。




 ◆   ◆   ◆




 三十六階の廊下。

 通って来た上階に比べて幾分か広い造りになっているが、飾られた観葉植物程度の障害物しか存在しない。奥の部屋に人質が居るから過剰な攻撃は出来ないが、サリュの力を持ってすれば、あっという間に標的を片付けられるだろう。

 そう思い、邪魔になるまいと後ろに控えた。


 だが、予想外に。


「なんなんだ、コイツは」


 対面した黒薔薇の仮面を被る女。

 彼女の実力は、予想を大きく上回っていやがった。


『――――』


「ッ、あ!」


 サリュが右手を振りかざし、爪先に光を灯す。流れ込む魔力によって起動された魔法式が、刻まれた魔法を無数に撃ち放った。

 火花を散らす雷撃、直進する氷塊、高熱渦巻く炎弾や突き抜ける光線など、効果も種類も多彩な魔法攻撃だ。


 だがその全ての魔法を、女は寸でのところで躱し続けている。


 床を蹴って壁へと張り付き、間もなくして今度は天井へと飛び上がる。それから一瞬でまた床へと降りたかと思えば、瞬きよりも早く後退し、奥の部屋の扉の前へ。

 縦横無尽。高速の移動はアッドを思わせ、魔法がその姿を追い切れない。

 部屋の前へと逃げられたら尚のこと、威力は勿論、攻撃手段も制限される。


「こ、の――ッ!」


 撃ち放ったのは小さな火の粉だ。

 数こそ二十を越えているが、あまりに弱々しい。


 そうなれば、女も簡単に対応し得る。

 両手に拳銃を取り出し構え、乱れる発砲音を重ねた。火の粉に弾丸が衝突し、威力が拮抗して相殺される。幾つかの攻撃は彼女の元まで到達するが、身体を屈めて簡単に回避された。

 そうして躱され、壁へと穿たれた火の魔法。それも小爆発が起こされる程度で、まるで破壊力がない。全弾直撃していたとしても、大した痛手になったかどうか。


 しかし威力を増すことは危険だった。

 その程度の攻撃であっても、奥の部屋へと通じる壁が、徐々に削られ穴を開いていく。


 そこから、見えてしまう。

 隙間から覗いた人質の姿。怯えて身を寄せ合う彼らの表情。それらが余計に、強力な攻撃を躊躇わせる。


「……っ」


「……サリュ」


 眉を寄せ、力強く歯を噛み合わせている。再び右手に光を灯しているが、続く攻撃へと踏み切れない。

 これでは攻め切ることが出来ない。


「なんとかしねぇと」


 見ているだけでは居られなかった。

 状況を打破するべく、身体を低く構える。俺にもなんとか、出来ることを。


「鬼血ッ!」


 鬼血を活性化させ、脚部から順々に身体を赤黒く塗り潰す。身体能力を向上させ、鬼の力で硬化し、人質を助け出そうと隙を見計らう。

 サリュの魔法で女が怯んだなら、その瞬間に突撃してなんとか。銃弾を浴びせられるかもしれないが、多少の傷なら治癒してそのまま。


 だが、その準備がすでに許されない。


『――――!』


 再び重なり響く複数の発砲音。

 気付いた時には、右足が幾つもの弾丸によって穴空きにされていた。


 血が噴き出し、痛みと合わせて力が抜ける。

 膝を着かされ、行動を制された。


「ッ、アイツっ」


「ユーマ!」


 振り返るサリュへ頷き、致命傷ではないことを伝える。

 失敗した。いつの間にか、サリュの後ろから右足が逸れていたらしい。彼女を守る障壁から外れてしまった。


「それにしたって、正確無比にも程があるだろ」


 おまけに、鬼血の硬化も軽々と撃ち抜かれた。

 その威力には、流石のサリュも苦戦を強いられている。


「っ、手強い!」


 攻撃の合間。ほんの少し魔法を止めたサリュへと、鉛玉が襲来する。

 それらは決してサリュの防壁を打ち砕くことはない。恐らく百を越える弾丸が放たれているが、未だに一発たりとも越えられていない。


 しかし、効果が目に見えて現れ始めている。

 弾丸が防壁へと衝突した瞬間、無効化されると同時に発生する衝撃。それが、守られた筈のサリュを後退させていた。

 それも着実に、女が構える銃が大きくなるにつれて、より大きく仰け反らされている。


『――これでも、か』


 女が構える銃も、いつしか両手持ちの得物へとなっていた。いわゆるショットガンってやつか。

 それも恐らく、なんらかの力が働いている。間違いなく当たり前の代物ではないだろう。


「ユーマ、無事?」


「足を撃たれた程度だ。それよりサリュこそ持つのか」


「盾を壊される程ではないと思う。でも、なかなか強烈で、――ッ!」


 ガオォンと、一際轟かされる発砲音。

 遂にサリュが瞳をつむり、両腕で額を覆った。煽られた後ろ髪が、激しく振り乱される。


「不味いか」


 鉄壁でありながら、サリュの防壁は完全な防御ではない。

 全てを阻むことが出来るが、単純に強力な一撃を受けきれない。攻撃を防ぐことは出来ても、その場に居られなくなる。丁度現状のように、大きく後退させられる。

 威力さえ出せるのであれば、そうやって対抗出来得る。うろ覚えだが、俺も一度その方法でリリーシャを追い詰めた。

 敵の目的が人質を確保し続けることにあるなら、それ事態は不可能じゃない。


『――――』


 無言でその行動を繰り返す女。

 最初から知っていたのか、ここまでの戦いで知り得たのか。どちらにしろ、油断がならない相手。

 加減したままでは、恐らく突破出来ない。


「なにか」


 なにか考えろと頭を回して、その時だった。

 続く銃声に紛れて、サリュが声を上げる。


「ユーマ! 部屋の中に居るの、ナニ!」


「えっ」


「部屋の中で見張ってる妖怪や転移者のこと!」


 言われ、すぐさま向こうを窺う。

 壊れた壁の奥、人質たちの前に立つ二体のテロリスト。アイツらか。


 双方共に人型。


 一方は緑の肌が特徴的で、同じ色を多く含んだ服装をしている。

 顔を木彫りの面で覆っているから表情は読めないが、漏れ出している両耳が、異様に長いのに気付いた。

 恐らくエルフのような異世界の住人だ。


 もう一方は、背丈が低い小太りの獣人。

 茶色い毛に身体を覆われており、こちらは仮面を着けていないから、大きな黒丸に囲まれた瞳と視線が合った。

 その形状からするに、狸に纏わる日本国の妖怪か。


「エルフの転移者と狸の妖怪だ」


「おっけー分かった! ちなみに、特になにかの耐性が強いとかって、ないわよね?」


「エルフは魔法を使える種族ってイメージがあるが」


「それなら大丈夫ね。あの部屋から魔力の感じはしないから!」


「いけそうか?」


「ええ、一気に決めるわ!」


 宣言する。

 サリュは、両手を前へと突き出した。


「人質の位置もばっちり。これなら広範囲の魔法で、まとめて仕留められるわ!」


『――っ!』


 女が気付き、両手で握った大型の銃を手放した。上体を低く構え、恐らくは回避に専念するつもりだろう。

 だが、広範囲の魔法であるなら。


「空間把握、距離測定、威力計算。範囲内で拡散を調整して、標的だけを逃さず、電撃をっ!」


 サリュの前面へと、光を放つ円形の陣が展開された。

 この状況に合わせて作り出された、専用の魔法式が構築されていく。

 そして、号令を。


「覆え、電針の檻!」


 発動される魔法攻撃。

 虚空へと、青白い閃光が放たれた。


 大気を震わせ、直進する高出力の一撃。当然、ただの光線魔法ではない。僅かな直進の後、バチバチと放電を撒き散らす一閃が、突如幾つもに枝分かれした。

 別たれた稲妻の針が、天井や壁へと突き立てられる。不規則に交差する光たちの重なりは、まさしく何者をも通さない檻だ。

 避けることは敵わず、防ぎ切ることも出来ない。


「ガ、ア――!」


「く、そっ!」


 電針に貫かれ、声を上げる狸の妖怪とエルフの転移者。そのまま無力化し横たわらせると、役目を終えた電流は人質たちの目前で消失した。

 標的だけを逃がさず呑み込んだ、圧倒的な力の奔流。


 だっていうのに、まだ。


「嘘でしょう!?」


 声を上げ、目を見開くサリュ。

 そんな彼女へと、接近する影。


 ジャキリ。

 女が右手にナイフを携え、大きく踏み込んでくる。


『――――!』


 魔法攻撃が放たれた直後。

 女はあろうことか、放たれた電針の檻へ向かって走り出した。

 そして撃ち出された光線が枝分かれする直前、すれ違い様に滑り込み、檻の外側へと逃れていたのだ。潜り抜け、無傷で躱してみせたんだ。

 的確な判断だったと言わざるを得ないが、果たして何故それが出来る。魔法に対して自ら突撃するなんて、そんな行動が。


 コイツは一体、どこまで卓越した戦闘能力を持っていやがるんだ。

 呆気に取られ、サリュの動きが遅れる。


 女はその隙を決して逃さない。


『これで――ッ!』


 そのまま接敵し、右手に握り締めたナイフを突き立て――。

 けれど、無駄だ。


「ふッ!」

『ぐ、っ!』




 ――ガキリ、と。

 そうまでしても、魔法使いへ攻撃を届かせることは出来ない。




 刃物はサリュの空間へと侵入する直前、防壁に阻まれた。

 刀身を半分に圧し折られ、刃先が大きく弾き飛ばされる。それはやがて宙を回り、女の後方へ落とされた。


『……ここまで、違うか』


 その結末に、遂に女の動きが制止した。

 立ち尽くし、折られたナイフを呆然と見つめている。


「……あなたはとても強いわ。だけど、わたしには勝てない」


 サリュは彼女へ言った。相手が悪かったわね、と。


「わたしの防壁魔法は常時発動するタイプよ。どれだけ隙を突いても、わたしの思考を麻痺させても、わたしが止めない限り盾は張られ続けている」


 そしてこの建物へ入り込むより以前に、魔法の発動はされている。言ってしまえば、その時点で勝敗は決していたのだ。

 小手先の技術ではどうしようもなく、突破など敵い様もない。

 誰一人としてサリュを傷付けることはおろか、触れることすら叶わない。


「これが、サリュか」


 第一級を与えられた、圧倒的過ぎる少女。

 その後ろ姿に息を呑む。まるで届かない場所に居る彼女に、微かな畏怖を覚えてしまう。


 本当に俺なんて必要なかった。どころか、彼女一人で十分過ぎるくらいなのかもしれない。誰も彼女に敵わない。誰も彼女には勝てない。

 決してサリュには、勝ち得ない。


『……………………』


 だっていうのに、女は動かなかった。

 なにも言わず、後退することもしない。


 どころか、やがてくるりと右手を回し、折れたナイフを反転させた。逆手に持ち替え、構え直す。

 まるで、抵抗する意思が残っているかのような。


「冗談、だろ」


 何故諦めない。まだ手段が残っているのか、考えが有るのか。

 有ったとしたって、全部届かないに決まっている。それが想像出来ないのか。なんで引き下がろうとしない。


『まだ、だ』


 黒い仮面が、立ち塞がり続ける。


 その黒薔薇の向こう側で、コイツはどんな表情を浮かべている?

 本当は眉を寄せて歯噛みしていたりするのだろうか。怒りに震え、目を剥いているのだろうか。それとも仮面同様に、冷たく固まった顔で平然としているか。


 なんなんだ。

 なんなんだよ、お前は。

 そうまでする程に、このテロには意味があるのかよ?


「……ねえ、どうして?」


 サリュもまた、彼女へと尋ねた。

 どうしてこんなことをするのか、と。


「要求は聞いたわ。所属の拒絶と、居住の自由って。そんなにも、アヴァロン国に縛られるのは嫌? 居住や行動を制限されるのは嫌なの? ここまで、する程なの?」


 知らないだけで、そのルールに虐げられている人が居るのか。

 自分たちが恵まれているだけで、目を逸らしている不幸があるのか。

 サリュの問いが、静かに響く。


「あなたは強い。頭も良い様に感じた。戦いも、感情的じゃなくて理性的で、正確だった。それだけの力がありながら、どうしてこういう方法を選んだの?」


 静かに、右手を突き出す。微かな光と電流を帯びた指先を、薔薇の仮面へと向ける。意識を狩り取れば、それで終わりだ。

 けれどサリュは、それを躊躇っていた。


「わたしはまだこの世界に来て間もない転移者なの。だから教えて。あなたは、あなたたちはなにを考えているの? どうしてこんなことをするの?」


 問いを投げ掛ける。

 歩み寄るように、理解を示すように。


 それは同情などではなく、純粋な疑念だろう。分からないから、理解出来ないから。それらの疑問を、そのままにしておきたくはないから。

 そんなサリュに、仮面は静かに首を振るった。


『――――ハッ』


 笑いを、吐き捨てる。

 女は言った。


『そんなの、決まってるでしょ』


 当たり前で、どうしようもない理屈を。

 決して分かり合うことの出来ない、彼女らの行動原理を。


『私たちにはね、――そうするしかないのよ!』


 そして、彼女は逆手に持ったナイフを。




 ――自分の身体へ突き付け、振り下ろした。




「な――――」


 言葉を失う。




 自傷だ。


 左の肩から胸の中央を通り、右の脇腹まで。斜めに真っ直ぐ、一線を描き振り抜かれた刃。

 折れたナイフといえども、その切れ味はまるで低下していない。


 大きく、深く。

 女は自分自身の身体を斬り付けた。

 パックリと肉が開かれ、真っ赤な飛沫が噴き出し散らされる。




「――んで」


 なんで、こんな。


 理解不能。

 意味が分からなかった。


 なんだってこんな、自分で自分を斬り付けて、殺すような真似を。

 一体、なにが狙いで。


「ッ」


 ――狙い?


「まさか」


 真っ赤に彩られた視界の中で、俺は気付いてしまった。

 咄嗟に女へと手を伸ばすサリュ。


 ――彼女の背中に在った小さな魔法陣が、フッとその光を失ったことに。


 当然だ。防壁魔法を展開したままでは、触れることが出来ない。傷付いたその身体を助ける為には、魔法を解除しなければならない。

 いいや、本当なら他の手段があっただろう。風の魔法で女の身体を浮かせたり、重力を操作してゆっくり横倒すことも出来た筈だ。


 けれど反射的に、サリュは手を伸ばすことを選んでしまった。


「サリュ、駄目だ!」


 叫ぶ。


 しかし、間に合わない。

 サリュが女の身体へと触れた、次の瞬間。


『肩代わりを』


 女が呟く。

 そして。




 ――パン、と。


 再度視界で、血飛沫が噴き上がった。


 続けてどういう訳か、――サリュがガクリと膝を折る。




「……………………なん、で?」




 震える小さな声は、サリュのものだった。


 なんで。

 ああ本当に、なんでだ?


「サ、リュ」


 なんでサリュの身体から、血が噴き出している?

 なんで崩れ落ちるサリュの身体が、左の肩口から大きく斬り裂かれている?


 答えは明確だ。


『――――』


 倒れるサリュに代わり、その場に立ち残る奴が居る。

 まるで何事もなかったかのように、平気な様子で四肢を晒す女が居る。




 間違いない。


 間違いない間違いない間違いない間違いない間違いなイ間違いナイ間違イナイ。

 マチガイ、ナイ。




「ッッッッッツツツツツツツツヅヅヅ■■□■■□□■!!!!!」


 ナニかがガチリと、外レテしまうのガ分かッタ。


 加速する鼓動。沸騰する血流。絶え間なく湧き上がる怒り。

 視界がドス黒く染められていく。なにも見えなくなっていく。いいや、見える。女の姿だけを、標的だけは決して逃さない。他のモノは要らない。アイツだけが見えていればそれでいい。


 それだけで、それだけを、アノ女ヲ絶対ニ。


「…………ユー、マ」


 擦れたその声を最後に。


「■■■■□□■■■!!!!!」




 俺はナニカに支配された。





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