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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第二章「黒薔薇の仮面」
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第二章【09】「人質奪還作戦」

 

 階数四十階にも及ぶ高層ビル。

 占拠されたこの建物を取り返す為、姉貴が提案したのは、主要拠点の確保だった。


「一階、五階、十階、十五階。五階層ごとに拠点を確保し、そこに人質たちを集めて貰う。そうすれば守りやすく、誘導もしやすくなるだろう」


 こちらは少数精鋭。一気に全てを制圧することが出来ない以上、攻略順序や避難の最適化が必要になる。

 恐らくはこれが最善であると、姉貴は言った。


「そしてありがたいことに、第一級魔法使い様が電子機器のみの破壊が出来ると言ってくれた。これによってビル周辺のカメラやスマホが機能を失い、連中の通信手段すら奪うことが出来るだろう」


 通信が取れなければ、こちらの動きを悟られ伝達されることもない。人質たちを一ヶ所に集める作戦も、逆手に取られることはないだろう。

 これなら、俺たちにもやりようはある。


「いいか。繰り返すが、作戦の最優先事項は人質民間人の救出だ。それを第一とし、……必要であれば同族を傷付けることも躊躇うな」


 向こうが始めた惨事。なにが起ころうとも、覚悟の内だろう。

 だから決して手加減をするな、手心を加えるな、と。


「……ああ」


 姉貴の言葉に頷く。

 分かっている。俺もここへ来た時点で、覚悟は出来ている。


 それじゃあ、サリュはどうなのか?

 隣立つ彼女の表情を窺う。

 サリュは、


「――――」


 ただ静かに、なにも感じさせない冷めた横顔で、窓からビルを見上げているだけだった。

 ……その表情に、薄ら寒いものを感じる。


「……あー、サリュ」


 だから慌てて声をかけてしまった。


「? どうしたの、ユーマ?」


 呼べば振り向いてくれるし、きょとんと目を丸めて首を傾げる。まるでさっきの冷たさが嘘みたいな、子どもじみた反応だ。

 そうだなと、俺は疑問を絞り出して尋ねた。


「あー、これは思い付きなんだけどさ。電子機器だけを破壊する要領で、建物内のテロ集団だけを気絶させたりってのは、出来ないのか?」


「んー、わたしも考えてみたんだけれど、難しいと思うのよね」


 言って、サリュは少しだけ俯いてから、もう一度。

 今度は「無理ね」と断言した。


「電子機器だけを破壊する要領で、大雑把にしか区別出来ないわ。それだってこのお店を除く周辺一帯を範囲に出来るだけで、ビルに居るアッドや人質の人たちの物を例外には出来ない。テロを起こしてる相手を気絶させるなら、ビルに居る全員を気絶させることになる」


 それはある意味、解決になるのではないだろうか。全員を気絶させて、それから突入するみたいな。

 しかし、どうやらそれも現実的なアイデアではないらしい。


「気絶させるにしても、相手は色んな種族が居るんでしょう? 妖怪とか、転移者とか。きっと個人によって身体の丈夫さも、魔法に対する抵抗力なんかも違ってくると思うわ」


「そうなるのか」


 人間だけを対象とするなら、少々強めの電気ショックで大方は倒れるだろう。上手く調整することで、後遺症も残さないように出来るかもしれない。

 だが、人間が無事に済むレベルに調整すれば、妖怪や転移者連中は平然と耐え得る可能性が高い。

 じゃあ転移者たちを気絶させる程の魔法を使えば? ……そんなの、考えるまでもない。


「無理そうだな」


「そうね。さっきオトメと鳥のおじさんが、催涙弾やガスについても同じ話をしてたのが聞こえてきたわ」


「ま、そうだよな。俺が思い付くくらいだ、姉貴たちも考えてるわな」


 じゃあやっぱり、姉貴の作戦が現状の最善。

 なにも迷うなってことだ。


「サリュはその、大丈夫なのか? 電子機器だけ破壊するとか、精密で難しそうな気がするが」


「そうでもないわ。範囲こそ広いけれど、人体に無害なレベルの電気魔法よ。まったく力を必要としないし、どころか力を制限するのに気を付けなきゃいけないくらいね」


「そうか。じゃあ、続けてビルの制圧にも期待できるな」


「ええ、任せて。かっこいいところ、見せちゃうんだから!」


 言って、にこりと微笑むサリュ。

 ああ、それならきっと大丈夫だろう。


「……ああ、頼りにしてるぜ」


 それでももし、万が一、その笑顔が曇ることがあったなら。

 その時は、俺が。




 ◇   ◇   ◇




 そして俺たちは、ビルへ向かって空へと飛び出した。

 サリュの魔法が身体を包み込み、風のように勢いよく上昇していく。初めての感覚に落ち着かず、頬を叩く風圧に息をすることも覚束ない。

 隣を並走するサリュは、変わらず澄ました表情だ。流石は慣れてるな。


「ユーマ、大丈夫?」


「あ、ああ。まあ、な」


「強がらなくても平気よ。もう直ぐ着くわ」


 それは本当に助かる。

 サリュの言葉通り、俺たちはあっという間にビルの高さへ到達した。

 多分、飛んでいた時間は一分にも満たなかった。速度的には恐らく、建物内にあるエレベーターと同じくらいで上昇して来たんじゃないだろうか。

 そうはいったって、生身で放り出された状態ってのは、比較にならない程の圧力やら恐怖やらがあって。


 屋上へと足を下ろした瞬間、不覚にも力無く膝を着いてしまった。


「っと、ほんとに大丈夫ユーマ?」


「おう、……おう」


 平気そうな顔で手を伸ばしてくれるサリュを、右手を上げて制止する。

 足に力が入らなかったり指先が震えていたり心音が加速していたり呼吸が安定しなかったり疲労感が物凄かったりするが、とりあえずは休めば大丈夫だ。じきに動けるようになる、筈だ。


「……お、俺より、周りを」


 息絶え絶えになりながらも、なんとか忠告する。

 そうだ。俺たちはもう、傍観者の立ち位置にいない。立てなくなっている場合でもなければ、それを心配している余裕もない。


 ――ここへ来たことが、歓迎される筈もないのだから。

 直後。


「――殺セ!」


 屋上一帯に、怒声がこだました。

 その声に、周囲を見渡そうとして、


「ッ!?」


 目前を、突如として現れた炎が包み込んだ。


「な、あ」


 迫る高熱の渦に、肌が焼け付く。

 続く熱さと痛みの襲来に身構え、思わず硬直してしまった。避けることはおろか、鬼血を纏うことすら間に合わない。

 燃やされ、焦がされ、剥がれる。


 諦め、覚悟を決めた。

 だが、動かない俺に変わり、サリュが。


「下がって、ユーマ!」


 サリュが、一歩前へと立ち塞がる。

 俺に背を向け、炎へその身を晒す。


「サ――ッ!」


 叫ぶ。

 立ち上がろうとして、力が入らない。間に合わない。


 しかし、炎がサリュへと触れる、その直前だった。


「大丈夫よ」


 こちらへ振り向き、歯を見せるサリュ。


 瞬間――炎が、消えた。


 まるでなにかに阻まれたように、炎の渦が四方へ散り散りになった。

 弾かれ、霧散し、高熱の束は消滅する。立ち塞がる少女に一切触れることなく、彼女の領域へと入り込むことも出来ず。




 それはまるで、サリュへの接触を許さないナニかが存在しているかのように。

 侵入を阻む、『壁』があるかのように。




「今のって」


「ええ。今までは守りを意識したことがなかったのだけれど、これからは必要になるかと思ったの」


 よく見れば、彼女の背中に薄っすらと、発光する丸い魔法陣が浮き出していた。




 やっぱり間違いない。

 これはリリーシャが使っていた、魔法による防壁だ。




「リリと違って魔法式を身体に刻んだりはしていないから、発動に時間がかかっちゃうのが難点ね。けれどこうして準備が許された状況なら、十分に真価を発揮出来るわ」


 そして、サリュは正面へと向き直った。

 炎が消え去り開かれた視界に、連中の姿が立ち並ぶ。




 まず相対したのは、赤い鱗のリザードマン――いや、背面に大きな翼が広げられている。恐らくは人型の龍種、龍人ってヤツか。噛み合わされた鋭い牙の隙間から、黒い煙が漏れ出している。先程の炎はコイツの仕業か。


 龍人の後ろに控える、三つの影。二つは背丈の低い、茶肌で耳長のゴブリンだ。それぞれ銀色の鎧を装備し、右手に短刀を握り締めている。

 残るは、黒い着物姿の女。後ろ髪を上で纏め、一見すれば装いの整った和服の女性だ。しかしこちらを睨む細い瞳には、敵意の色が強く表れている。




「……こちら片桐裕馬。屋上に到着し、交戦中」


 左耳のヘッドセットへ、状況を報告する。

 返事が無いことに不安を覚えるが、伝わっていることを信じ、言葉を続けた。


「こちら屋上、交戦中。敵が多勢につき、出来れば急ぎ手を貸――」


 手を貸して欲しい。

 救援を要請したのだが、次の瞬間。


「雷よ、撃ち抜け!」


 サリュが声を上げ、光る右手を標的へと掲げた。


 号令に応え、彼女の背後が放電する。バチバチと火花を散らす四ヶ所の空間。そして、それらの空間から一斉に、迸る雷撃が撃ち出された。

 それらは四つの標的へと、空を割り一線に直進していく。


「――ム!」

「っ」


 咄嗟に翼を広げて飛び上がる龍人。衝突の直前に右方へ跳躍する着物の女。素早い動きに躱された雷撃は、ビルの向こうへと突き抜け霧散した。

 残る二対の小鬼はまんまと身体を撃ち抜かれ、短い悲鳴を上げて倒れ伏せる。ピクピクと微動し煙を噴き出しているが、恐らくは生きている。

 それでも相当のダメージ。戦闘不能であることに違いない。


 当然、サリュの攻撃がそれで終わる筈もない。


「氷柱展開! 撃て!」


 続け様、サリュは着物の女へと右手を向けた。

 言葉が終わるや一斉に、サリュの後方から幾つもの氷塊が撃ち放たれる。総数にして二十以上か。鋭く研ぎ澄まされた氷柱の刺突が、女の身体へと降り注ぐ。


 しかし、


「ガアアアアアアアアッ!」


 上空から響き渡る、力強い叫び。

 見上げれば、空へと退避していた龍人が大きく喉を晒していた。

 そして、その口内から放射される高熱のブレス。先程俺たちへと吐き出されていた、高出力の炎の束だ。それが着物の女を守るように前面へ幕を下ろし、踏み入った氷塊のことごとくを蒸発させてしまう。


 サリュのミスか? 炎を使う相手に対して、氷の魔法なんて。

 いいや、その程度の失敗をするわけがない。


「……サリュ」


 窺う横顔。サリュは動揺していない。

 ただ冷静に、落ち着いた表情で標的を見据えている。


「アアアアアアアアアアアアア!」


 氷の魔法を全て防ぎ終わると、龍人はそのまま炎を吐き出した状態で首を回した。こちらへ振り向き、未だその場から動かない少女へと炎熱を叩き付ける。


 だが無駄だ。

 それもまた先程と同様に、半透明な壁によって弾かれる。龍人がどれだけ振り回そうとも、出力を上げようとも、炎がサリュや俺へ触れることはない。


 龍人や女の表情が、曇る。……ああ、理解出来てしまう。その圧倒的過ぎる力を前に、どうすればいいのか分からなくなる感覚。

 おまけに、向こうの目的はこの建物の制圧だ。逃げることすらままならない相手から、後退をも許されない。


「クッソガアアアアアアアア!」


 龍人が叫び、更に炎を吐き散らす。


「ッ、私も!」


 着物の女も長い髪を振り乱し、なりふり構わないといった様子で駆け出した。


 でも無理だ。

 たった一人の小さな少女に、彼らは触れることも適わない。


「――貰った!」


 サリュが宣言し、かざした右手の中指をパチンと鳴らした。弾かれた指の爪先が、一際強く輝きを放つ。

 それが合図だ。


 ――突如として、対面する双方を青白い針が貫いた。


「カ――ッ!?」


「――ハ、ッ!?」


 屋上から大きく伸びた、幾つもの青白く放電する電気の槍。それが空中に浮遊する龍人を串刺しにした。走り出した女も同様に、身体を貫通して背中から先端が突き出している。

 全身から噴き出す黒い煙。傷口は焼き切り焦がされ、その場に縫い付け動きを制止され。やがて電流が消えていくと、龍人は力無くその場に落下した。着物の女も膝を着き、息絶え絶えに肩を上下させる。


 サリュは言った。


「街中を駆け巡った電流よ。薄く延ばしたから生物には無害だったけれど、ここを終着点にまとめて撃てば威力は十分過ぎる。最後までしっかり有効活用、ってね」


 それはつまり、先程電子機器を破壊した魔法の残滓。恐らくは屋上から行くと分かった時点から、そうなるように考えられていた。

 魔法ってのは、そんなことまで出来るのかよ。


「終わりよ。無理せず倒れなさい」


 ゆっくりと、膝を着く女へ向かうサリュ。

 一見すれば無謀にも思える。ダウンした相手に慢心して近付いているのだと。

 その明らかな隙を、女は見逃さない。

 サリュとの距離が残り二、三歩程に近付いた、その時だった。


「油断大敵よ、お嬢ちゃァァァアアアン!」


 女が声を上げてその身を乗り出し、身体全体でサリュへと覆い被さった。

 そしてその勢いで広がった長髪が一斉に、意思を持ったように動き出す。それはまるで蛇の如き俊敏さで宙を這い、目前の少女へ踊り迫る。動きを封じる為に手足へ、呼吸を止める為に喉元へ、束となり襲い掛かる。


「無駄よ」


 対してサリュは、なにもしなかった。

 ただ足を止め、その場に立ち止まる。


 それだけで十分だった。


「わたしには触れられない」


 サリュへ触れる寸前。無数の髪束は全て、見えない壁に阻まれた。どころか、その領域へと触れてしまった部分が例外なく、弾かれ千切り飛ばされた。

 恐らくは髪にまつわる妖怪だったのだろう。女は自らの武器を短く切断され、目を見開き固まった。


 無駄だ。

 炎を放っても、髪を束ねても、手を伸ばして殴り掛かっても等しく同じだ。


「……降伏してちょうだい」


 答えは聞かない。

 サリュは一方的に宣告し、右手で女の首筋に触れた。


 そうして意識を狩り取られ、女もまた力無く倒れ伏せる。

 それで終わりだ。


 ここまでたったの五分も掛からずに、屋上を守っていた敵勢力は制圧された。

 俺は返事が来るよりも早く、マイクの向こうへと報告を訂正した。


「あー、失礼問題なし。屋上の制圧完了だ」


 果たして俺は必要なのか?

 本当にただの報告係なんじゃ?


「さ、行くわよユーマ」


「お、おう」


 浮かぶ疑問を呑み込み、俺たちは建物の中へと向かった。




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