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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第二章「黒薔薇の仮面」
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第二章【08】「突入せよ」

 

 作戦は順調に進行していた。


 三十二階の会議室に人質数十人を確保し、私はその動向を見張っている。

 最初は顔面蒼白だった人たちも、今はいくらか落ち着いていた。部屋の中央に集められた彼らは、互いに小さく声を掛け合い、平静を保っているようだ。中にはなにかを思案し話し合っている様子も見受けられたが、別段取り立てることはしなかった。

 携帯やパソコン等の通信機は、全て取り上げた。大声を出すことを禁じ、私たちから指示があれば従うよう命じた。それさえ順守するのであれば、被害は加えないと言い含めてある。


 本当に抵抗してこなければ、私は言葉の通り、一切の手出しを控えよう。

 もっとも、彼らに抗う術などないだろうが。


「オウ、お嬢ちゃんヨ」


『……』


 不意に、同じく部屋の見張りをしている大男が、こちらに歩み寄り話し掛けて来た。

 先程廊下で逃げ出そうとした男を遮った、赤い肌で筋骨隆々の転移者だ。一体どういうつもりか、マスクを外している。

 ギョロリと開かれた眼球が周囲を見回し、長く鋭い牙がギチギチと音を擦る。その人間離れした様相に、人質たちから怯えた声が上がった。

 化物。そう呟く声も耳に入る。


 とうの本人は、ご満悦そうに大きく口を開いた。


「ハハハ、連中ビビってやがるナ」


『……何故マスクを外した』


「かれこれ作戦が始まってから一時間弱だゼ。こうも長いと蒸れるし息苦しいし、耐えられねぇヨ。それに、このツラの方が威圧的だロ」


『交渉の為の人質だ。必要以上に怯えさせ、追い込むのは得策ではないと思うが。変な気でも起こされたらどうする』


「ハッ、面白味のねぇ相方だゼ」


『……フン』


 相方とは驚きだ。たったこの時、この事件に居合わせただけで、パートナーのように考えているのか。

 どうやら相当知識の低い世界から来ているようだ。


「マ、今のところ上手く行ってるみてぇだナ」


『当たり前よ』


 ビルの占拠は確実なものとなっている。

 上階下階、四十階全ての階でそれぞれ人質を確保している状況。向こうも下手に動くことは出来ない。こちらの要求を渋っているようだが、それも時間の問題だろう。


 多くの人質、そして自分たちの存在秘匿が懸かっている。奴らは折れざるを得ない。

 事件が起こってしまった時点で、向こうの負けは決定している。


『……馬鹿な奴らね』


 わざわざ、忠告してあげたっていうのに。

 誰にも聞こえない声で、小さくそう吐き捨てた。


「ア? なにか言ったカ?」


『別に。それよりマスクを被りなさい』


「必要かァ?」


『念の為よ』


 ここからの巻き返しは、ほぼほぼ有り得ない。

 とはいえ決して、なんの抵抗もなく運ぶとは思えないから。


 そう彼へと忠告した。

 その時だった。




 ――プツリと一斉に、部屋の電灯が消えた。




『ッ!』


 天井の明かりが、悉く消失する。

 ブラインドを閉めているとはいえ、窓から差し込む陽の光はある。だから明かりが消えても、決して暗闇に陥るということはない。ほんの少しだけ暗くなった程度で、隣人の顔も部屋の隅までも、問題なく見て取れる。


 それでも、予想だにしなかった変化に、動揺が走る。

 空気がザワつく。


「ッ、なんだぁ停電かァ!」


『このタイミング、自然なものじゃない』


 すぐさま通信機を手に取り、各階の状況を確認する。

 が、出来なかった。


『――応答しない。通信機が動かない』


「オイオイオイ! どーなってやがル!」


 大声を上げる。

 いちいち騒ぐな、知能の低いヤツめ。


 どうなってるのかだって?

 そんなの、間違いない。


『攻撃が来る! 構えて!』


 部屋の同志たちへと、警告を伝える。

 でも、態勢を整える時間は、与えて貰えなかった。


『――突入せよ』


 耳元で重なり響き渡る、幾つもの破裂音。

 窓を見る。

 硝子が砕け、ブラインドが蹴破られ、そして。


『――ッ』


 白鎧の騎士たちが、部屋の中へと飛び込んできた。




 ◆   ◆   ◆




 作戦開始の直前。


「裕馬。着替えなさい」


 姉貴から手渡されたのは、いつもの戦闘服だった。黒のハーフジャケットにハーフパンツ、それから黒靴の一式セット。


「持って来てくれてたのか」


「そんな休日感満載の格好で突入されちゃあ、助けに来られた側もどうすればいいか分からないからね。装いはしっかり整えて貰わないと」


「着物は大丈夫なのかよ」


「あの子には有無を言わせない力がある。なにより、サリュは正装でも反応に困るだろう?」


「確かに」


 どの道着替えたところで魔女っ娘衣装。反応に困ることに変わりはないか。

 と、渡された衣服の上に、見慣れない物が置かれていた。


 黒くて小さな、細長い四角の、――なんらかの電子機器だろうか?

 フックのようなものが付属されているが。


「姉貴、これは?」


「耳掛け型のワイヤレスヘッドセット。スパイものの映画なんかで観たことはないか? 耳に引っ掛けるだけで通信が取れる優れモノだ」


 なんでも、先週の戦いでアヴァロン国側から「古い通信機だ」と馬鹿にされたのを根に持ち、この機会にと一新したらしい。なんとも行動が早い。

 お陰でこうして突然の舞台に間に合い、めでたくお披露目となったわけだが。


「建物も広く、敵も複数。随時状況を報告し合い、連携を取る必要がある。慣れない内は邪魔に感じるかもしれないが、そこは我慢しなさい」


「サリュにはどうする?」


「本来であれば持たせたいところだが、魔法の邪魔になると言われてはね。代わりにあんたをサリュに同行させるから、あんたが状況報告と指示を担当しなさい」


「お、おう」


 サリュに同行する。


 呼ばれた時点でもしやと思っていたが、改めて姉貴から告げられた。

 その事実に、息を呑む。


「なんだ、緊張してるのか?」


「当たり前だろ」


「なら構わない。サリュと一緒で慢心されては困るからね。緊張以外にも不安があれば話を聞いてやらんこともないが、どうだ?」


「んだよ。急に姉貴面しやがって」


「噛みついて来る元気があるなら大丈夫か。持ち前の人相で、人質を怖がらせるんじゃないよ」


 冗談なのか、本気なのか。

 そう忠告を残して、姉貴は俺を見送った。




 ◇   ◇   ◇




 サリュの魔法による、周辺電子機器の一斉破壊。

 それが、テロリストへの打開策だった。


「フ――ッ!」


 バーガーショップの屋根上にて。

 サリュは迎え撃つ高層ビルへと右手を掲げ、その手のひらへと輝きを灯した。


 そして、彼女が号令を叫ぶ。


「電流よ、走れ!」


 刹那、周辺一帯を光が包み込む。瞬き程度かそれ以上の速度で、走り抜ける電気の魔法。それは建物も人も、植物さえもを通り抜け、一切の害を与えない。特定の対象を除く全てには、なんの効果も示さず通過しただけだ。

 誰一人として、それが干渉したことに気付くことすらないだろう。

 けれどひとたび、電子的な機器を通り過ぎる際、サリュの魔法は牙を剥く。有害の効能を顕わにする。


 遅れてバツンと、なにかが焼き切れるような音が鳴った。


 それも一つではなく、大小様々に街中から重なり聞こえてくる。屋根から街を見下ろせば、行き交う人たち全員が、足を止めて首を傾げていた。誰もが手に持ったスマホやカメラを確認して、訝しげに眉を寄せている。


 もっとも大きな変化は、目前のビルだ。

 建物全体からは、悉く明かりが失われている。


「上手くいったか、サリュ」


「ええ。手応えアリよ!」


 振り向き、サリュが歯を見せた。

 サリュの魔法によって、電子機器の破壊に成功した。これにより、相手の通信手段を妨害すると同時に、集まったカメラやメディアの干渉を大幅に抑えることも出来る。

 サリュからの自主的な提案だったが、まさか本当にやってのけるとは。

 しかも精密に機器だけを破壊しただけではない。有効範囲をも自在に操り、このショップだけは魔法の対象外にしてくれている。


 つまり。


「こちら片桐裕馬。作戦通り、電子機器の制圧完了だ!」


 左耳に着けたヘッドセットへ、状況の進行を報告する。

 すぐさまスピーカーから、姉貴の高揚した声が響いた。


『でかした。四十階もある巨大ビルの占拠、連携は必須。通信手段を奪われちゃあ、まともに対応も出来なくなるだろうね』


 直後、大きく響いた甲高い破裂音。

 上空を見上げれば、アヴァロン国の騎士たちが飛び込んでいったのが見えた。


「姉貴!」


『ええい、せっかちな奴らめ。続け! 百鬼夜行全員に通達、ビルに突入し、人質を奪還せよ!』


 そしてショップから飛び出す、有象無象の集団たち。

 気付けばビルの周辺は、先の事件と同様に、薄っすらとした霧に包まれていた。突如発生した霧や、一斉に破壊された電子機器の数々。報道機関も野次馬も、全員が混乱状態に陥る。こうなれば、欺くのは容易い。

 人混みを掻き分け、視線を掻い潜り、一気に高層ビルへと突入していく百鬼夜行の面々。


 俺たちだって、見ているだけで終わるつもりはない!


「サリュ、頼む!」


 サリュに駆け寄り、右手を伸ばした。

 その手を、彼女の左手がしっかりと握り返してくれる。


「ええ、任せてユーマ!」


 繋がりを合図に、サリュが右手を振るった。それを合図に、俺たちの身体が屋根を離れ、宙へと浮かび上がっていく。

 さあ、向かうは屋上だ。


「――風よ! 舞い上がれ!」


 再度、サリュによって命ぜられる言葉。

 ふわりと浮かんでいた身体が、強い風に煽られるのを感じた。

 遅れて、一気に加速し飛び上がる。


「ぐ――あが――っ!」


 慣れない衝撃に息を漏らす。

 けれど決して、繋がれたその手を離すことはしない。




 俺に出来ることが、ここにある。

 他でもない、彼女のすぐ傍にあるのだから。





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