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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第二章「黒薔薇の仮面」
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第二章【04】「混乱の戦端」

 

 休館日とはいえ、図書館内に誰一人として職員が居ない訳ではない。

 決して多くはないが、警備員の人たちが巡回して様子を見てくれている。仕事で来ている人もいれば、住み込みの住人が手伝っていたり。サリュも一週間で二度、深夜のパトロールに混ざったと言っていた。


 異世界転移者の受け入れ先である以上、隠さなければいけない情報もある。得体の知れない他世界の物品も保管されている。万が一に問題が発生すれば、一般施設とは比べ物にならない事態に発展しかねない。

 それ故の警備態勢だ。人数こそ平日に劣るが、ここ一番の逸材揃い。勿論、立ち入りが禁止されている為、人間である必要もない。


 だから、


「やあ、おはよう弟くんタチ。こんなに早くから二人でお出かけカナ?」


「あ、どうもっす」


 歩いてきた警備員に声を掛けられる。


 色濃い緑の肌で、筋骨隆々。

 身長三メートルを超える大男は、他世界出身者のオークだ。


 着込んだ青い制服がパツパツに伸びきっており、胸のボタンは身じろぎ一つで弾け飛びそうになっている。携えた赤い警棒も、彼は右手の親指と人差し指で摘まんでいる状態だ。

 しかしそんな身震いしそうな巨体に則さず、俺たちを見下ろす視線は優しい。声色も低く重い響きだが、視線同様、口調は丁寧で柔らかい。


 お陰で俺も気軽に返事をし、サリュも親しげな笑顔で彼に手を振った。


「おはよー、アグニヴァ! 今日は珍しく早朝なのね」


「あいにく、このまま休憩を挟んで昼までダヨ。休館日は日本国の人たちが居ないからネ」


「あら、大丈夫なの?」


「お昼に働いた分、夜が空いてそのまま明日も休みを貰ってイル。今日は存分に隠れ家で呑み明かすつもりサ」


「素敵なプランニングね。心配無用だったみたい」


 そんな風に、軽い調子で言葉を交わす。

 やはり図書館に住み込んでいることもあり、交流する機会も多いんだろう。サリュと職員たちとの仲は良好みたいで、ちょっと安心した。

 もっとも、持ち前の明るさがあるから心配もなかったけど。


「それで、二人はお休みデートカナ? それともお姉さんの手伝いで一緒に休日出勤カイ?」


「まー後者っす。姉貴本人は絶賛寝休日を満喫中ですけど」


「それは良い、羨ましい限りダネ」


 ガハハと、口を開けて豪快に笑う。ビリリと微かに床や壁が振動するが、そこはまあオークの力強さを感じる。

 遅れてすぐに「すまナイ」と謝られたが、別段気にしてもない。姉貴のいうところの、種族特有の茶目っ気ってヤツだ。


 と、ふと。

 彼の後ろに幾つか、小さな影が隠れていることに気付いた。

 三人、か。全員、彼と同じように警備員の青い制服を着ているが、服のサイズがまるで違っている。体躯もオークの五分の一くらいで、俺より小さいどころか、サリュよりも小柄だ。


 一人は茶色の体毛に覆われ、頭から二つの耳を立てた犬っぽい子。

 一人は赤い鱗肌と、口元から覗く鋭い牙。それ以上に背中の翼が目立つ、龍の子。

 最後に見た目こそ人間と変わらないが、頭上に輝く光の輪が浮かんでいる、天使の子か?


 三者三様、独特の風貌をした子どもたちだ。

 けれど、姿が少々特殊というだけの話。三人ともオークの後ろに隠れ、どうすればいいのか不安げな表情を浮かべている。それは、人間の子どもたちとなんら変わらない。


「ハハ、すまないネ。みんな別の世界から来た転移者の卵たちなんダガ、どうにもまだ別の種族に慣れないらしクテ」


「転移者の卵?」


「この世界でいうところの、インターンシップのようなものカナ。この子たちの故郷は異世界転移が常習的に行われている国だからネ。アヴァロン国管理の下、色々と小さいうちに体験させてもらってる訳サ」


「はあー、凄い話だな」


「て、転移ってそんな簡単なのね」


 素直に感心する俺と、少々面食らうサリュ。俺としてはそういう制度があることに驚く程度だが、転移して来たサリュにとっては話が違うのだろう。

 いや、そういえば、サリュの世界で異世界転移は一般に知られてすらいなかった。存在すら知らなかった彼女にとっては、幼少期から平然と行われる転移は信じられないか。


 世界によって知識や制度の差があり、それぞれが出来る範囲で異なるものと関わっている。近くに居て一緒に働いているが、まだまだ知らないことが山積みだな。


「勉強、頑張れよ」


 言って、子どもたちに笑いかける。――のだが、すすっと余計にオークの背後へ隠れてしまった。上手く笑えなかっただろうか。

 若干のショックを受けるも、隣でサリュが小さく吹き出していた。畜生こいつめ。


「くそっ、似合わないことした」


「そんなことないわよ。素敵だったわ」


「うるせー」


 そんな俺たちを見て、オークはにっこりと笑顔だ。

 恥ずかしいったらありゃしねぇ。


「相変わらず仲睦まじいネ。しかし子どもたちの手前ダ。言うまでもないかもしれないが、節度や限度は守っておくレヨ」


「ははは」


 どいつもこいつも、もう好きなだけ言ってくれ。




 オークたちと別れ、それから暫くして図書館を後にした。

 ゆっくり話しながら歩いたものだから、隠れ家に着いたのは、確か七時頃だったと思う。




 その時点では俺もサリュも、隠れ家の人たちも、気付いていなかった。


 日の当たらない影の下、そこより更に奥の暗闇で蠢く存在。

 異世界からの侵略者という大きな事件に隠れた、内側に潜む反乱因子。


 彼らの準備が、着々と進められていることに。




 ◆   ◆   ◆




 スピーカーから聞こえてくる音は、その全てがノイズに乱れている。

 恐らく大半の人間は、この音を判別することが出来ないだろう。そこに紛れた声に気付くことも、声と分かったところでなにを言っているのかも、男女の違いさえ判断が付かない。


 そうやって、私たちは真意を隠す。

 盗聴や尾行に対しては勿論、私たちの間でさえも、決して悟らせない。

 私たちは、ただ利害の一致があるだけ。

 姿も形も関係ない。理由も内情も感情も、果たしてなんの利が重なっているのかさえ、知る必要もない。


 ただ、誰かがソレを望む。

 そして同じく、ソレを望む他者が居る。

 私にも、ソレは必要なものだ。

 だから私たちは動いた。


『――、――、――――』


 通信機から発せられる、最終確認。果たしてこの内容を何度聞かされたか。用心深いというべきか、臆病者と笑うべきか。

 まあどちらでも構わない。

 どちらでも関係ない。


「――こちら黒薔薇、了解した」


 正直なところ、この名称には些か抵抗がある。

 とはいえ通りが良くなってしまった現状、下手に変えるのも得策とは言い難い。互いに踏み込まない利点を活用しているのに、相手に合わせてコロコロ転がす手間も面倒だ。


 それに、愛着がないという訳でもない。

 黒は好きだ。小さい頃から、ずっと。


「……黒薔薇」


 通信機を投げ捨て、代わりに仮面を手に取り、眺める。

 名称に偽りなし。黒い薔薇をあしらった、無骨な黒塗りの仮面だ。


「――さあ、始めましょう」


 予告した時刻に差し掛かる。

 私は立ち上がり、仮面を被せた。


「どうか」




 どうかこれから引き起こされる混乱が。

 どこまでも遠くまで、響き渡りますように。




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