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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第一章「異世界の魔法使い」
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第一章【32】「望みは」



「ユーマ」


 その熱が冷まされる。

 沸騰した身体に氷を注がれたような感覚。

 ドキリと一際大きく心臓が高鳴り、それからやがて沈んでいく。

 振り返ればそこには、小さな少女が立っていて。


「サ――」


 名前を呼ぶより早く。

 ぎゅっと抱きしめられた。


 胸元に額を当てられ、背中に手を回される。まるでしがみつかれているようだ。

 けれど鬼血で硬化している身体には、その感触が伝わってこない。

 柔らかさも、温かさも、なにも感じられない。


 ……それも当然か。

 人間でない俺に、それらを知る術など。


「サリュ、なにを」

「ユーマ硬い。ヤダ、戻って」

「戻る、って」


 なにを言ってやがる。

 戻るもなにもねぇ。


「俺は、鬼だ。……これが、俺なんだよ!」


 だっていうのに、サリュは。


「鬼がいいの?」


 そんなことを、尋ねてきた。


「はァ?」


 鬼がいい?

 いいって、なんだよ?


「また同じ失敗をしそうになってたわ。あなたの言葉に励まされて、あなたが差し伸べた手に縋りついて。また、誰かに重荷を背負わせるところだった」


 なにも知らずに、なにも気付かずに。

 ――リリと同じように。


 サリュは言った。


「わたし、まだまだユーマのこと知らないわ。きっとユーマも、わたしのこと知らない」


 ああ、その通りだ。

 だってまだたったの二日。戦って掃除して飯食って、また戦って。話せる時間すら少ない中、ようやくこの世界のルールが分かった程度だ。


 今日リリーシャに言われて、初めて知ったことがある。零れた涙を見て、ようやく気付けた弱さもある。

 きっと俺もサリュも、まだまだ知らないことが沢山ある。


「だから言わなきゃいけないのよ、お互いのこと」


 そして、サリュは。


「ユーマはエッチだわ」

「……んだよ」


 そんなことを話し始めた。


「気付けばわたしのおっぱいばっかり見てる。たった二日間で何十回、何百回って、信じられないくらい見てる」

「んな見てねぇよ」

「だけどそれと同じくらい、わたしの顔も見てる。それはわたしが可愛いから? おっぱいと同じで魅力的だから、見惚れてくれてるの?」


 そうじゃないでしょと、サリュは断言した。


「ユーマは色んな人の顔を見てる。きっと表情を窺っているのね。気を遣ってるんだわ」

「違げぇよ」


 俺にはそんな大層なことは出来ない。


「お前、色々と勘違いしてるぞ」

「そう、勘違いだったんだ。じゃあまた教えてちょうだい」

「教える?」

「ええ。気が向いたらでいいから、いつか話してね」


 サリュは続ける。


 戦う時は必死で、一直線に突っ走っていく。

 身体が治るから捨て身で、怪我をして治して怪我をして治して。

 ボロボロにされて身体が千切られてまで立ち上がって、それでもなお立ち上がる。

 何度だって、戦おうとする。


「とても無謀で、勇敢だと思う」

「っ。……それも、違う」


 本当は痛いのなんてごめんだ。

 治るからって平気だと思ったか?

 腕が千切られる度に理不尽だって叫んでるのを知っているか?

 腹を抉られる度になんで死ねないんだってもがいているのに気付いているか?


「違うのね。じゃあ、どうして戦うの?」

「……それはッ」


 それは、…………それでも戦うのは、もっと嫌なことがあるからだ。

 誰かが死んだり壊れたり、今を失うのが嫌で怖くて仕方がないんだ。


 だから自分にもなにか出来ないかって、便利屋でも肉壁でもなんでもいいから、足手まといになってでも、なにかがしたくて。

 なにも出来ないまま全部が失くなってしまうのが、怖くて仕方がないから、なにもせず待っていることなんて出来ないから。


 だから、なんて。

 そんなクソだせぇガキみたいなこと、言えるわけねぇだろ。


 なのに、……だから。


「そう、言えないのね。じゃあ、もし話したくなったら、いつでも教えてね」


 サリュはそう言って、待ってくれる。許してくれる。


 ああ、どうしてだ。

 どうして、なんでなんだ、こいつは。


「なんなんだよ、オマエ」

「名乗ったでしょう。わたしはサリーユ・アークスフィア。親しい人はサリュって呼んでくれるから、そうしてくれると嬉しいかな」

「……サリュ」


 俺もお前のことを全然知らない。

 だから尋ねる。




 俺が見たお前の表情は、いつも笑顔だった。

 なにもかもが楽しくて、人生幸せって感じだ。


「そうね。楽しくて幸せよ。だけどそれだけじゃないわ。わたしにだって辛い日も、寂しい日もあるの。……今日みたいに、立てなくなる時だって」




 この世界の新しいもの全てに、夢と希望を抱いてる


「それは、そうね。この世界には素敵な物が沢山あるわ。新しい物を見つける度に、胸が高鳴る。もっと凄い物があるんだろうって、期待しちゃう」




 前向きなヤツだ。


「そんなことないって、知られちゃったでしょ。わたしはこの世界に逃げて来たの。全部投げ出して、目を逸らして。その所為で巻き込んでしまって、ごめんなさい」




 強いよな。


「力は持ってるわね。けれど強くなんてないわ。ユーマに手を引いて貰えなかったら、きっと今もまだ泣いてた。戦えなかった」




 嘘だ。

 俺は当たり前のことを言っただけだ。


「嘘じゃないわ。それに当たり前のことでも、言ってくれたのもユーマよ」




 俺じゃなくてもよかった。


「そうかしら? わたしはユーマに言って貰えて嬉しかったわ。それにユーマじゃなくてキザ男に言われてたら、立ち直れてなかったかもね」




 なんで俺なんだよ。


「そう、ね。最初にわたしを見つけてくれたのがユーマだったから、かしら。その後も色んな手続きをしてくれて、話をしてくれて、連れて行ってくれて。ここに居てもいいって、一緒に居たいって言ってくれた。ユーマがそうしてくれたから、ユーマなの」




 結果論だ。

 他の奴だったら、もっと上手くやれたに違いない。


「そんなの考えられないわ。わたしには、ユーマしか居なかったのよ。あなたがどう思っていたって、わたしにとってのユーマはユーマだけよ」




 ……最初に俺を殺そうとしたのはどうしてだよ。


「うぐ、そこを掘り返すのね。あれはその、驚いたのよ。せっかく逃げて来たのにいきなり強姦されたと思って、夢も希望もありゃしないって自棄になってたのよ。ごめんなさい」




 めっちゃ食べるのはなんでだよ。


「そ、そういうことは女の子には言わないの!」




 おっぱいでけぇよな。


「知ってる。嫌という程、思い知らされてる」




 小さくて可愛いよな。


「ありがと。でも小さいは余計よ」




 おっぱいはでけぇのにな。


「それも余計よ!」




 なんて、馬鹿みたいな問答を繰り返す。

 本当に馬鹿みたいだ。お互い相手をまったく見えていなかった。見えていると思っていたことすら違っていた。

 俺たちは知らないことばかりだ。




「ユーマ」


 サリュがもう一度、ぎゅっと抱き寄せてくれる。


「わたしね、この世界に来る為に魔法の宝箱に願ったの」

「魔法の宝箱ってなんだよ」

「茶化さないで。願ったのは、どこか遠い世界で運命の人に出会えますように」


 だからサリュはこの世界に来た。

 そうしてこの世界で、最初に俺と出会った。


「ユーマが運命の人よ」

「他にも色んな奴と会ってるだろ」

「言ったでしょう。わたしにとってのユーマはユーマだけ。他の誰にも代えられないわ。それに、最初ってのは肝心よ。おまけにプロポーズもしてくれたわ。確定じゃないかしら?」

「あれだって、その場の出まかせで」

「それでもよ」


 それでも。






「あなたはわたしの『運命の人』よ。鬼じゃないわ」






「……はっ」


 なんだよ、それ。

 無理やりすぎるだろ。

 馬鹿馬鹿しいにも程がある。


 んな話が、あるわけねぇ。


「……っ、はは」


 だけど、納得してしまった。

 思わず笑ってしまう程には滅茶苦茶だが、一応筋は通っている。


 そりゃあ相手は鬼じゃない、人だ。

 そしてプロポーズをしてしまった以上、責任がある。責任を取ると言ったのも、他でもない俺だ。




「ね、ユーマ。あなたはどうしたいの?」




 いつの間にか、彼女の温度を感じていた。

 温かくて、小さくて柔らかくて、簡単に折れてしまいそうなくらい繊細な少女。


 だってのに、負けてしまった。完敗だった。

 やられたよ、畜生。


「……どう、したいか」


 鬼の俺を受け入れて欲しい。好き放題にする俺のことを許して欲しい。

 人ではない俺と、一緒に居て欲しい。


 本当にそれが望みなのか?


 人で居て欲しいと言ってくれるサリュ。帰って来いと言ってくれた姉貴。一緒に戦ってくれた千雪やアッドたち。

 あいつらに、俺は血に濡れた手のひらを差し出すのか?

 汚れた自分を余計に貶めて、真っ黒にして、そんな自分を受け入れてくれって……。


「……ああ」


 そんなのは違う。

 そんなのは、間違ってるよな。




「なんでもいいってんなら」

「うん」

「膝枕とか、お願いしてもいいか?」

「ばか。そういう話じゃないでしょ」


 叱責されてしまった。

 だけどサリュは決して離してくれない。


 だから、俺も仕方なく。




 ようやく、彼女の肩に手を回した。



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