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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第一章「異世界の魔法使い」
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第一章【28】「ここに居たい、一緒に居たい」



 ◆     ◆     ◆




 駆け付けた時、サリュは力無く座り込み、両手で顔を覆っていた。

 だから、その表情をうかがうことは出来ない。


 けれど、その手を伝う雫があった。

 溢れて零れていく涙が見えた。


 想像は付いていた。リリーシャの罵声を嫌という程聞かされていたから。

 彼女がどういう関係を装っていたのか。如何に全てを否定されたのか。

 ……その一端に触れてしまったから、こうなっている予感はあった。


 後悔した。

 図書館の地下で、サリュに尋ねる機会はあったのだ。どうしてこの世界へ来たのか、どういうことをしていたのか。

 あの時しっかり話せていたなら、なにかが出来ていたかもしれない。


「サリュ」


 彼女を呼ぶ。けれど返事はない。

 表情を開くこともなく、嗚咽を上げて、涙を流し続けている。


「……っ」


 俺になにが出来る。サリュの為に、なにがしてやれる。

 他でもない、こんな俺が。逃げた俺が。

 ――なにも出来る筈がない。


「……違う」


 違うだろ。

 さっきから、何度自分に言い聞かせてる。

 そうじゃないだろ。


 彼女の前へとしゃがみ込む。

 そうして、その場に置かれたポーションを拾い上げた。


「サリュ。リリーシャが言っていた。お前が逃げたって。どうしようもない自分の世界から、この世界に逃げて来たって」

「……っあ、ああ、……ごめんっ、なさいっ」

「謝らなくていい。俺もそうだからな」


 俺もそうだ、逃げてきた。

 問題を起こして、取り返しのつかないことをして、ここまで逃げた。

 今でも許せないし、自責に潰されそうになる。こんな俺がなに平然と飯食って生きてるんだって、自暴自棄になる時だってある。


「間違えた俺は最低だと思うし、逃げた選択も正解だったかどうか。それをずっと後悔して、引き摺って今も悩んでる。戻れることなら、全てをやり直したい」


 全てをやり直して、元居た場所へ。

 なんの引け目も苦しみもない、大勢と並んで歩いていられるところへ。


 でもそれは叶わない。

 だけど、――だからこそ。


「そんなんだからさ、決めたんだよ。――今度は間違えない、逃げないって」

「……え?」

「悪いことをしたって後悔してる。逃げてズルい奴だとも思う。でもな、そんな俺を受け入れてくれた人たちが居た。……人だけじゃなくて、妖怪とかリザードマンとか、スライムとかオークとかもなんだけど」


 この国の人たちが、図書館のみんなが俺を受け入れてくれた。

 姉貴もアッドも、千雪や百鬼夜行の妖怪たちも。


 失敗して逃げ出した俺を、「ここに居てもいい」って言ってくれたんだ。


「色んな奴らが居て、色んな問題がある。それを出来る限り受け入れようってのが、俺たち図書館と百鬼夜行なんだ。理由なんてない。信じられないけど、みんな物好きでやってるんだよ」

「……受け、入れる? ……でも、でもっ、わたしはっ」

「サリュにも大きな問題がある。だから昨日はアヴァロン国の奴らが攻撃してきたし、今もまだ警戒されてると思う。――でもな、俺たちがサリュを受け入れるかどうかってのは、その問題とはまったく別のところなんだよ」


 俺たちが聞きたいのは、これだけだ。




「サリュは、どうしたいんだ?」




「……わたし、は」

「サリュは、俺たちと一緒に居たいと思ってくれるか?」


 この国に来たことが、失敗だったとしても構わない。

 その結果、元の世界へ戻りたいのか。それともまた別の世界へ逃げ出したいのか。はたまた、俺たちと敵対したいのか。

 それはサリュの選択だ。サリュが良いと思う道があるなら、そっちへ進んで貰いたい。


 そこでもし、ここに居たいと思ってくれるなら。

 この世界を選んでくれるなら。


「サリュが願ってくれるなら、俺は全力で、サリュが抱えてるものを受け入れてみるぞ」


 俺が居たいと思う場所に、彼女もまた居たいと思ってくれるなら。

 その問題は俺の問題だ。全力で戦ってやるし、何度だって立ち上がってやる。


 この場所を守る為に。ここに居るサリュを守る為に。

 その結果がどうなるかは分からないけれど。また、間違えてしまうかもしれないけれど。


「俺は、ここからは逃げたくない」

「ユー、マ」


 ようやく、サリュが両手を下ろした。

 閉ざされていた彼女が顕わになる。


 怯えるように揺らぐ瞳。

 頬も額も傷だらけで汚れ、見れば全身ボロボロだ。

 息も絶え絶えで肩を上下させ、座っているのもやっとだろう。


「……ユーマ」


 弱々しい声で、それでもしっかり名前を呼んでくれる。

 潤んだ瞳で、真っ直ぐ俺を見てくれる。


「また、間違えるよ。迷惑も絶対かけるよ」

「そんなもん誰だってそうだろ」

「わたし自分勝手だよ。周りも見えてないし、本当にだめな女だよ」

「じゃあ自分勝手に言ってくれよ。サリュはどうしたいんだ?」

「……勝手に。わたしは、……わたしは」


 サリュが、ゆっくりと右手を出した。

 震えながらも、しっかりと広げられる手のひら。


 だから俺は、彼女に小瓶を託した。




「――わたしは、ここに居たい」




「ああ」

「わたしは、ユーマたちと一緒に居たいっ」


 サリュは決意してくれた。言ってくれた。

 その為に戦うと、俺の手から、小瓶を受け取る。


「よし、やるぞ」


 これで大丈夫だ。

 サリュの力があれば、なんとか出来る。この事態を終わらせることが出来る。

 みんなで力を合わせれば、きっとリリーシャを倒せる。


 そう確信し、立ち上がった。






 だけど、




 その瞬間、だった。

 ――笑い声。




「ッハハハ!」




 即座に振り向くが、手遅れだ。

 背後から迫る黒雷に、視界が埋め尽くされた。



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