第五章【24】「手遅れ者の加勢」
辿り着き、息を呑む。
燃え盛る街に、呆然と立ち尽くす。
聞き及んでいた筈の光景に、けれども足がすくんだ。
分かっていた筈の惨状に、それでも目を見開いた。
「――――――――」
東雲八代子から伝えられていた。
街は今、攻撃を受けている。
大規模な破壊活動が行われ、火の手が上がっている。
そんな中で東雲八代子は、期待していると。
俺に、――この国の戦えと命じた。
だから、すぐに目を覚まして……。
「――――――――か」
それで目を覚ましたら、サリュの部屋で。
誰も居ない中、急いで姉貴に連絡を取って。
電話越し、状況を叩き込まれて――西地区へ駆け付けろと命じられた。
魔法使いらの襲撃は街全体に広がっている。
ビルや家屋が崩れて火の手が上がって、街はその機能を完全に失っている。
死傷者数は万を越えると想定され、今尚、止めどなく増え続けている。
だから俺に、――動けるならば加勢をしてくれと、そう言い付けた。
戦えって、加勢にって。
なら、街は酷い有様でも、きっと。
過酷な状況の中で、それでも仲間たちが戦っているんだって、そう思って。
俺の力が必要なんだと。
現状を打破するために戦うんだと。
一網打尽に形成をひっくり返すんだと、そう意気込んで。
なのに。
なんなんだよ、コレ。
「――――あ、……あ」
崩落したビルはどこまで近付いても真っ黒で、鉄骨や断面を剥き出しにされて。
小さな家屋はことごとく瓦礫が積み上げられるばかりで、元の形なんてまるで分からなくて。
潰れて地面に埋もれた車や、バラバラに転がり火花を散らす電柱や、それら全てを色濃い黒に照らし上げる炎が、煌々と背高く揺れ動いて。
街の光は、なにもかもが消え失せているのに。
夜空も黒煙に覆われて、塗り潰されているのに。
なのにこんなにも、嫌という程に、見せつけられている。
「……が、ッ」
息苦しい。
呼吸をするだけで鼻孔が、喉が熱される。
ほんの僅かな酸素を覆い潰すように、黒煙が胸の内に焼け付く。
そんな中で、ふと。
――焼けた肉の、臭いが。
「ツ!」
瓦礫の山を見渡せば、そこに。
積み上げられた残骸の下に、確かに、こぼれだす小さな手のひらが――。
「おい! 大丈――」
ああ、だけど。
そんなのは、――至極当然に。
注視せずとも、――見るに明らかに。
ソレは、ただ手のひらの形を残しているだけの、真っ黒な。
すでに事切れてしまった、成れの果てだ。
「――――――――――――――――」
ソレだけじゃない。
ぐるりと辺りを見渡しても、目に映る形のあるモノは、総じて。
視界だけでなく、感覚を研ぎ澄ませても、全部が全部。
なにもかもが手遅れで、手の施しようがなくて…………。
「――――…………ああ」
今更に、正しく理解した。
最初からそれを期待されていたじゃないか。
しっかりとそう命じられていたじゃないか。
俺は、……俺が、ここへ呼ばれたのは。
決して、誰かを、……助けるためじゃなくて。
カタリと、腰元の鞘が音を立てる。
それ以上も、それ以下もない。
俺のやるべきことは――――。
「――――っ」
遅れて気付く。
それは、ようやくこの場に足を着くことが出来たからなのか。
或いは、俺がそうなったことを、向こう側が察したからなのか。
視線を向けた先、燃え盛る炎の中から。
こちらへ歩み寄る、一つの影を知覚した。
「誰だ」
ゆらりと接近するソイツは人型だ。
ただ、魔法使いのようではない。
見知った魔法使いらよりも身体が大きい。
人型ながら、人ではない種族だ。
明らかな巨躯。
岩のように膨れた腕と脚を持ち、背丈は優に俺の二倍に等しい。
全身を分厚い革の鎧で包み、腰元に大剣を携えたソイツは、――炎に照らされたその肌を、緑の色で染めていた。
「……オーク族」
呟き、見上げる形で視線がかち合う。
その瞳は鋭く尖り――けれどもこの状況下で、静かな落ち着きが感じられた。
魔法使いではない。なら味方なのか。
いいや、そうとは言い切れない。オーク族は今、この世界に残っていないと聞いた。
図書館でのごたごたに際して、大凡のオーク族は日本国を去っている。
果たしてこの国に残り、今尚この状況で戦ってくれている仲間だという可能性も、十分に有り得るが。
なら、対峙するこの、押し潰されそうな程のプレッシャーはなんなのか。
あまりに重苦しい圧力は、味方に対して向けられるものなのか。
違う。
コイツは……。
「…………っ」
尋常じゃない重圧。
どう考えても進行を阻む位置取り。
魔法使いが攻めてきた、このタイミングの出現。
思い当たるのは、一人だけだった。
……コイツは、間違いなく。
「ドギー」
アヴァロン国を乗っ取った、第三皇子の連れ添い。
魔法使いらの側に付いたとされる、オーク族の特級戦士だ。
「…………ッハ」
思わず吐き捨てる。
ヒク付く頬を無理やりに持ち上げる。
魔法使いとの戦い。
夢の中とはいえ、すでにレイナ・サミーニエとも対面した。
この手の相手を覚悟はしていたが、……早速かよ。
乾いた喉を鳴らし、灰が混じることも厭わず喉に熱を流し込み。
態勢を低く構え、右手を左腰元の刀へと添えて――。
不意に。
「カタギリユウマ、だな」
「――――……」
呼ばれ、動きを止めた。
声を掛けられたことも驚きだが、まさか名前を知られているとは。
こうして対面するのも初めての筈だ。なにかの作戦や図書館の手伝いで知られていたか、それとも魔女から情報が伝えられているのか。
なんにしたって、特級戦士に覚えられるようなことはしていないつもりだが……。
「サリーユ・アークスフィアの婿。カタギリオトメの弟」
「……ああ、そういう」
有名人のついで、みたいなもんか。
と、納得しかけて――。
「そして何度か、図書館で見かけたことがある。彼女らと同じく、おれたちオーク族と分け隔てなく接してくれている」
「――――」
「もっとも、懇意にではなく、気にしていないような素振りであったが。それもまた一つの在り方、対等さだ」
言って、特級のオークは頬を緩めた。
通り過ぎたその日に思いを馳せ、視線をどこか宙へと持ち上げて。
こんな炎の中で、不気味に思える程の穏やかさで。
そう、微かにだが。
確かに、笑みを浮かべやがった。
「――――は?」
それだけで、はっきりと判った。
コイツに話は通じない。
コイツは俺と同じ土台に立っていない。
コイツは、違うのだと。
「退け、カタギリユウマ。おれはおまえを傷付けたくない」
だから、そんな見当違いの要求を突き付けてくる。
「サリーユ・アークスフィアには恩がある。カタギリオトメにも、多くの同胞が世話になった借りがある」
だから、そんなズレた話を持ち出してくる。
「その力も、その価値観も、この国のこれからに必要なものだ。退け、立ち去れ」
だから、そんな。
ふざけ散らした意味の分からないことを、言い付けてきやがる。
「カタギリユウマよ」
「――――は、ははッ」
コイツは。
コイツは、――――ッツツツ!
「おれを前に、おまえに出来ることはない」
「フザけてンじゃねェぞテメェ!!!」
勢いのままに叫び、駆け出し。
携えた鞘から、白刃の刀剣を抜き放った。
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