第五章【23】「テロリスト 神守黒音」
そんな、なんの意味もない話を、今更に思い出しているのは。
それを死の間際に――走馬灯に見せられているのは。
「――――――――」
これが、私の悔いだからだろうか。
――お姉ちゃんはもう、隠れ家の人たちとは仲良くしない感じ?
あの時、真白の話を聞けていれば。
利己的でも保身でも、なんでもいいから、手を取り合うことを一考出来ていれば。
時間があるあの瞬間に、動くことが出来ていたなら。
――少し早いが休憩時間じゃ。募る話もあるじゃろう。
――行って来い。
或いは八ツ茶屋でのあの時、東雲八代子が気を利かせてくれた時に。
ただ片桐裕馬を昼食に誘ったり、あの場に真白も呼んだり、もっと歩み寄っていれば。
間際であっても、なにか違う状況があったなら。
――警戒はしてる。
――でもどっちにしたって、取り合えず聞いてみないと分からねぇって話だ。
――話に乗るのも否定するのも、その後でいいだろ。
或いはあの時、そう言ってくれた彼になら。
もっと早くに声を掛けていても、大丈夫だったかもしれない。
もっと時間があるうちに話していたら、なにかが違っていたかもしれない。
なにかが、違っていたら。
私は、今とは違う形に、なれたんだろうか?
なんて悔いは、もう。
なにもかもが、手遅れだ。
「――――――――」
ああ、だから。
――――だから。
「――――…………づ」
だから、……だとしても。
「……ヅ、ヅ」
私がこうなってしまったことが、間違いだったとしても。
あらゆる誤りが積み重なった終着点に居るのだと、後悔しても。
最期まで。
私は、私の意地を通す。
――――足掻いてやる。
声を上げる。
「……がしゃどくろ、ヅ。……私は、まだ……っ!」
私はまだ、終わっていない。
私はまだ、世界を恨んでいる。
憎悪している。
嫌悪している。
納得していない。
例えここに至ったことが、自業自得の末路だったとしても。
もっとやり方があった、最善があったと、間違え続けた選択を後悔しても。
全ての始まりは、不幸だ。
拗れて捻じれた私は、それでも理不尽から生まれたものだ。
私が悪いことは認めても、――全てが私の所為だとは、絶対に認めない!
だから、力を寄越せ。
だから、私を見捨てるな。
だから、私を取り込め。
私だって、不幸を、理不尽を呪い続けて。
憎悪して、嫌悪して、それこそ死んでも絶対に許さないって恨み続けている。
私のこの、醜悪な黒い感情は。
紛れもない――――怨念だ!!!
だから、怨んでやる。
「怨んでやる」
私は、固く重い右腕を持ち上げる。
私は、青白く色落ちた、骨のような手のひらを広げる。
私は、未練たらしく無様を晒して、解けていった虚空へと縋り付く。
間もなく、この身体は地に落ちて砕ける。
血も内臓も全部ぶちまけて、骨も粉々になって、見るも無残に死に絶える。
それは絶対に避けられない。どうしようもない。
なら、私はその最後の最後まで。
最期の終わりまで、せめてアイツらを、怨み続けてやる。
アイツらこそは、不幸そのものだ。
他者の命や行く末を捻じ曲げる理不尽――災悪だ。
あの魔女らの振るう力は、引き起こされる破壊は、絶対に許されてはいけないモノだ。
この曇天の下で生まれ続けている死も、涙も、――私の道がここで途絶えるのも、全部。
全部アイツらの所為だ。
アイツらさえ居なければ、私たちは……っ。
「怨んでやる……っ」
だから、集めて束ねて。
一撃、喰らわせてやる。
「怨んでやる……ッ!!!」
そうして。
伸ばした右手の、広げた手のひらの、その先に。
私は、黒く渦巻くナニかが集まっていくのを、知覚し――。
「――――づ」
確かなその感触を、手繰り寄せ。
掴み取――――――――――――――――、
瞬間。
伸ばした右腕がズッバリと、真っ二つに裂けて剥がれた。
「――――――――」
丁度中指の先から入って、肉と骨を、肘と肩を易々と切り離して。
全てを引き裂き突き抜けていった光の刃は、渦巻いていた黒いナニかをも、綺麗サッパリ切り捨てて。
遅れて耳に届いたのは。
ほとほと甘ったるくて気色が悪い、勝利宣言だった。
「はぁい、ネネの勝ちぃ~☆」
視界にぶわりと広がる桃色髪に。
絵に描いたような歯を見せる大袈裟な笑みに。
「――――――――――――――――は、っ」
私は、思わず笑ってしまって。
私は、残った左の手のひらをぎゅっと閉じて。
私は、乾いた唇を微かに震わせて。
「怨んでやる」
最後まで、そう言い残し。
最期まで、そう怨み続けた。
◆ ◆ ◆
廃れたビルの廊下、ヒビの入った窓ガラス越しに。
私は、巨大な骨腕が振り上げられるのを見た。
「――お姉ちゃん」
曇天に覆われた夜空の下、街の炎に照らされる仄白い巨腕。
それは絶対的な物量を以って、恐らく対敵している標的へ振り下ろされようとしている。
同じだ。
黒音お姉ちゃんも全力全開で戦っている。
きっと片桐先輩もサリュちゃんも、みんなそうだ。
この事態の中で、それぞれの戦いで力を振るっている。
私も例外じゃない。
今もこのビルの中で、魔法使い二人と戦っている。
「――――ふ」
だから、私はすぐに意識を室内へと戻して。
背面から四つの骨腕を出現させ、廊下の奥へと退いた標的を追い詰めようとして。
――ふと、不意に。
「……お姉ちゃん?」
もう一度、窓の外へと振り向いた。
その巨大な骨腕へと、視線を向かせた。
それで気付いた。――違う、と。
黒音お姉ちゃんは本当に、全力全開で戦っているんだ、と。
それ程の大敵を相手にしているんだ、と。
そして間もなく、全ては手遅れに。
現実は、気付きを上回る最悪の形を以ってして。
「あ――――」
私は、振り上げられていた骨腕が解けていくのを見た。
私は、落ちていくお姉ちゃんの姿を見送った。
私は、墜落間際に光に貫かれる身体を見届けた。
私は、それしか出来なかった。
だって、私の視界には。
落ちていく姉の姿と、それを追う桃色の影を凝視していても、ずっと。
姉の行く末を見ている間も、ずっと。
「――――――――」
宙に浮遊する、白い装束の魔女が。
なにも感じることの出来ない明らかな不和が、映り込み続けていたのだから。
「――――…………無理だ」
あの白い魔女は無理だ。
手助けとか乱入とか、そんな考えが一瞬で消え失せた。
むしろそんな思考は、本能と理性が、私の全てが身体を制止させて留めた。
結果私は、ただ見て、見送って、見届けた。
それ以外には不可能だったから、それだけに注力した。
私は、全力で。
その終わりの一幕を、注視した。
遅れてバカリと頭が鳴らされ、視線を引き戻す。
すれば真っ赤になった視界の向こう、廊下の角に、二人の魔法使いが姿を現していた。
黒い装束を纏って、幾つもの魔法陣を展開させて。
腕や足の痛々しい傷痕を発光させて、その全身を半透明の球体で覆い守っている。
私を睨む彼女らの瞳は、煮え滾る戦意と――それから微かな怯えがあった。
怯え。まあそうだろう。
今も撃ち抜かれた頭が戻っていく様は、気持ちが悪くて仕方がないだろう。
何度も燃やして削って致命傷を与えても向かってくる私は、化物に違いないだろう。
加えて、今の私は――。
「――――ほんと、面倒くさいなぁ~」
私は、真白がどんな表情をしているのか、よく分からなかった。
読了ありがとうございました。
次話は少しお休みをいただき、8月下旬に投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。




