第五章【21】「それでも、同じように」
鳴り響く爆発音。
視界も身体も全てが、真っ赤な炎に包まれた。
お陰で身体を包んでいた氷が溶け落ち、けれども合わせて、顔が焼けて眼球も蒸発しているだろう。
前のめりになっていた身体も、伸ばしていた腕もズタズタに焼けている。
目前での爆発だ。ただで済むはずがない。
生きたままの私なら耐えられはしなかった。
だけど気付いた頃には、全てが元へと巻き戻されている。
未だ宙に爆炎が渦巻く中、私は伸ばした右腕の肘から先が形を取り戻し、指先まで黒ずんだ皮膚が包み込んだと分かった――瞬間。
すぐさまその手に拳銃を取り出し握り締め、引き金を弾いた。
炎と煙が色濃く残る中、瞬くフラッシュと炸裂音。
一つに収めることなく、二つ三つ――続けざまに左手にも取り出し、更に発砲を重ねた。
一心不乱に、ただ炎の中で揺らめく影へと銃弾を放ち続けた。
けれども、同時に空気を震わせたのは――甲高い金属音だった。
遅れて彼女の声が耳に届く。
「ふ~、怖い怖い~。不死身だからって自分諸共爆発とか、するぅ?」
煙の中から後退し、向こうに姿を現した彼女は。
自身を取り囲むように、淡い青色の球体を発生させていた。
「っ、チ!」
すかさず銃口を向け直し、再度引き金を弾くが――変わらず轟くのは金属音だ。
彼女を包み込む球体の盾が、銃弾を遮り弾き飛ばす。銃を持ち替え大振りのものを撃ち放っても、結果は同じだ。
桃色の魔女は、かすり傷の一つも付かずに笑っている。
――これも知っていたことだ。
――当然に、分かっていたことだ。
件のテロ事件で、サリーユ・アークスフィアに同じように銃弾を防がれた。
全身を包み込む魔法の盾は、外界からのあらゆる攻撃を弾き逸らす。
銃弾や爆弾程度では傷一つ付けられず、魔法使い同士の戦いであっても突破出来るかどうかの押し合いが発生する。
こちらへ被害を与えるような、攻撃手段の類ではないが。
アレはそこに在るだけで、勝ちへと縋りつくことさえも許しはしない。
あまりに圧倒的過ぎる――脅威だ。
「……っ」
だから虚を突いて、見捨てで爆発に巻き込んでやろうと図ったのに。
こうなっては、なにもかもが通らなくなる。
「ふ、ッツ!!!」
断続的に銃弾を放ちながら、背面から骨腕を振り抜く。
その大振りの打撃が一直線に、今度こそ千切られることなく、魔女へと突き入れられた。
盾に防がれるも、直撃。鳴らされた衝突音は爆音にも匹敵し、衝撃は周囲を激しく震わせる。
だが、突破は出来ない。
その盾が越えられない。
「っ、とと~」
一歩二歩と、僅かに後退させることは出来るが。
半透明の盾は衝撃に震えながら、けれどもヒビの一つも入りはしない。
絶対的な障害となって、薄皮一枚を大きく隔てている。
「くそっ!」
それでも、退かせることが出来るなら。
私の攻撃は、有効打に成り得る!
十数、私は背後に展開していた骨腕を全て解いて霧散させ。
間もなく解いた全てを束ねたかのような、巨大な骨腕を作り出した。
握り締めた拳の端は優に足場と天井に届き、この駐車場階を丸々打ち貫ける程の剛腕だ。
私はその骨拳を、階層を割り砕きながらに横薙ぎに振るう!
「ふぅん、これは流石にぃ~」
これまでとは比べ物にならない物量。
見るからに強大な一撃を前に、魔女はすぐさま複数の魔法陣を展開した。
そして左側面から迫る骨腕へと、七つの光線を撃ち放ち――。
「あはっ、やっぱり無理かぁ~!」
しかし光線は、骨腕を貫通することすら出来ない。
太く濃密に握られた拳は、表面を大きく削られながらも形を変えず。
勢いを落とすことなく、思い切りで魔女へと叩き付けられた。
柱を貫き、車を潰し、外壁をブチ抜き。
骨腕は建物を破壊しながら、小さな少女を建物の外へと放り出した。
「っく~! 豪快だねぇ~!」
宙へと後退し、軽快な声を上げる。
彼女を包み込む魔法の盾は――変わらずヒビ一つ入らないままに展開を保っていた。
やはり突破は出来ない、でもッ!
「ア――アアッ!!!」
私も駆け出し、彼女を追って宙へと飛び出す。
瞬間、開けた視界は微かに、薄ら暗さから解放されて。
けれども曇天の下には、視界を奪われる程の明るさはなくて。
一帯を照らし影を落としているのは、――大きく揺らめく炎ばかりで。
「――づ、アアアアアアアアアア!!!」
歯噛みし、感情を咆哮する。
勢いのままに、私は再度、先程同様の巨大な骨腕を二本背負った。
そして浮遊し待ち受ける魔女へと、一切の加減なく。
私はその巨大な両腕を同時に振り抜き、一気に叩き付ける!
「アアアアアアッヅヅ!!!」
「うお――っッとぉ!」
またしても直撃。
青白い球体は拳を受け、背後のビル内へと叩き込まれた。
「ヅヅ――逃がさないッヅ!!!」
私はすぐに殴り付けた両腕を解き、その二本を掛け合わせた――いや、それよりも更に大きい、ビルに匹敵するほどの巨大な骨腕を作り出す。
その巨大な腕の拳を、背面から頭上へと振り上げて――。
「潰す!!!」
叩き込んだビルごと押し潰す!
剛腕で退いたなら、それを二本繰り出してやる。
二本で吹き飛んだなら、更に巨腕で打ち付けてやる。
コレでも守り切られるだろうか?
ヒビくらいは入れられるだろうか?
せめてあのニヤけ顔を歪ませられるだろうか?
だったらその時は、もっとで押し潰せば――!
「アアアアアアアアアアアアアア!!!」
例え防がれたとしても、打ち続けたならば。
どれだけ頑強な盾であっても、それが魔力によって作られているならば。
防御に限界や、エネルギーが有限の鉄壁であるならば、攻撃を続ければ必ず!
私は、絶対に。
この魔女に――――!!!
私は、振り上げた拳を。
そのビルへと――――――――。
その、直前に。
「――――――――っ!!?」
私は、あの魔女の位置取りを捉えようとして。
そのビルに、――――――――気付いてしまった。
「――――――――あ」
そのビルに、人の気配が在ることに。
あの魔女だけでなく、他の命が在るのだと。
今更に、気付いてしまった。
「――――――――――――――――あ、――――――――」
――――ダメだ。
ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだ。
気付くな考えるな止めるな収めるな構うな。
そんな余裕はない。
そんな余地はない。
失敗した間違っていた後悔した反省した自責した。
あってはならない許されない認められない分かっている理解している。
理解して、――それでもダメだ。
ここで退くことはダメだ。
ここで躊躇ってはダメだ。
ここでこの拳を解くことは、ダメだ。
その犠牲を呑み込まなければいけない。
たとえそうしたところで、見合う成果があるのかも分からないけれど。
果たしてこの一撃に釣り合うものを、示せるかは分からないけれど。
それでも、私は――。
あの日と同じように。
あの人と同じように。
この強大ながしゃどくろの腕で、建物の全てを諸共に――――ッツツツ!!!
「――――あ、アアアアア」
私は、曇天へと持ち上げた拳を握り締め。
骨身が軋み音を立てる程に、強く閉じ込み握り締め。
私は、その拳を。
私は、一直線にビルへと、――――振り下ろす!!!
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
この一撃を以ってしても、届かなくとも。
この一撃が通用しなくても、必ず最後には届いてみせると。
たとえこれが、分からないと言いながら。
分かり切った結末への、意味のない一撃だったとしても。
だって。
だって、ここで攻撃を止めてしまったら。
だって、この追撃が届かないと呑み込んでしまったら。
だって、この犠牲が無意味だと認めてしまったら。
それでも次に、って。
それでも次は、って。
それでも次で、って。
それでもと、喰らい付き続けなければ。
私は、私はどうやって――。
ああ。
私は勝てるのか?
本当に勝機はあるのか?
「ア――――――――」
そう、揺らいでしまったから。
そう、判ってしまったから。
不意に――視界が黒くブレて歪んだ。
意識がブツブツと、ノイズに乱れた。
重ねて。
耳元に響かされたのは。
「――ああ。なんて、なんて痛ましいのでしょう」
あまりに柔らかく、甘く妖艶で。
あまりに唐突過ぎる、悪辣な声だった。
「こんな身体で、こんなおぞましい力を纏わせて」
私は、振り向くことも出来ずに。
けれども、その声に。
――ゾクリと、背筋に寒気を感じて。
――ドクリと、心臓が高鳴った。
「――――――――――――――――は?」
そして、私は。
ザンと鈍い音が、頭から鳴らされたのを聞いて。
ぱっと真っ赤な血が宙に噴き出したのを、見開く瞳で捉えた。
痛い。
読了ありがとうございました。
次話は来週日曜日に投稿予定です。
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