第五章【20】「追戦」
不意に目前で、桃色の髪がふわりと揺らめいた。
遅れて細められた瞳や、釣り上がった笑みを視界いっぱいに見せつけられて、――だけどそれらはすぐにブレて乱れて。
気が付いた時には、身体が後方へと大きく吹き飛ばされていた。
「つヅヅ!?」
どこかの建物へと叩き付けられ、そのまま壁を突き破り室内へと転がり込む。
這いつくばり、けれどもすぐに立ち上がり。身体中から嫌な音が響くのを無視して、戦闘態勢へと持ち直した。
曇天が遮られた薄暗がりは、合わせて爆音や悲鳴をも遠く届かせない。
微かな静寂。そして追撃はない。
その隙に思考を回せ。――私は今、なにをされた?
いや、それよりもここは? この後は?
「……づ」
まずは状況だ。周囲を確認する。
暗がりのこの場所は、――駐車場か。所々に車が並び、或いは横転している。
人の気配はない。点在する大きな柱で隅々までは見渡せないが、少なくとも生気や音の類は感じられなかった。
それから対面、大きく開かれた壁の向こうには、通り過ぎた街の惨状が覗いている。
一体どれ程の距離を飛ばされたのか。どれ程の一撃を受けたのか。
見下ろす両手も、立ち直った足や背も、そこにはもうなんの痕跡も残っていない。
当然これまで同様に、痛みもない――が、故に。
「くそっ」
状況の把握に遅れる。
自分がなにをされたのか、なにがあったのかを計り切れない。
痛みも傷も重要な情報なのだと、思い知らされる。
魔法の攻撃を受けた、のか?
だけど彼女の魔法は明らかに、私を貫き消し炭にしていた。
これまで同様の魔法であったなら、私はあの場で身体を削られ、退く程度で立ち止まっていた筈だ。
光閃や雷の類とは違う。なら、風の魔法とかそういうヤツか?
だとしたら、距離を詰めたところで――。
などと情報を整理しても、すぐに答えには辿り着けず。
間もなく――またしても、右の視界を青白い光が包んだ。
「ヅヅヅ!!?」
開かれた壁の向こう、硝煙渦巻く夜空に浮遊し、迫り来るのは。
変わらず派手な桃髪をはためかせる、件の魔女だ。
私を見下ろし、頬を緩めて。
一切の余裕を崩すことなく、魔女は私に言った。
「逃がさないよ~」
「ハッ、誰が――ッ!」
戦闘再開。
右目に一撃貰ったが、構わず背後から十数の骨腕を展開して――。
間もなく。
その全ての腕が、一瞬にして凍り付いた。
「――――は」
氷に覆われ、がしゃどくろの腕が制止する。
どころか腕も足も、指先に至るまで身じろぎすることも出来ない。
固められ、埋め込まれ、行動を完全に封じられた。
失念していた。
炎や雷を射出するだけが魔法じゃない。
相手を貫くことしか出来ない訳がない。
分かっていながら、こんなにもあっさりと。
「――――づ」
更に骨手を発生させれば、内側から破壊できるか。
そう考え、身体の中で作り出した腕を再度、背中から噴き出したが――駄目だ。
氷壁は分厚く堅牢。半端な抵抗では削ることさえ出来ない。
そんな私を、嘲り笑いながら。
桃色の魔女はコツリと、建物の中へと足を下ろした。
「どうかなぁ~。鬼餓島で見た、雪女? って妖怪の真似をしてみたつもりだけど」
「――く、……そっ」
「あはっ、凄いねぇ。全部凍らせてるのに、なんで声出せるのぉ? さっきも顔貫いてるのに叫んでたしぃ~。もしかして、目も見えてる?」
言って、彼女は右手の人差し指を立てて左右へ振った。
……甚だ不本意だが、その見え透いた挑発はしっかり効いている。
だけどその態度に腹を立てようとも、今の私に出来ることはない。
だから言葉を返すこともしなかった。
「……」
「応えてくれないの~? つまんないの。それとも実は、聞こえてはいないのかなぁ?」
「…………」
「まあどっちでもいっか。ん~、でもどうしようかなぁ」
なにも言わない私に、それでも一人でぶつぶつとこぼしながら。
桃色の魔女はゆっくりと、こちらへ向けて歩き出した。
「頭を貫いても死なないもんねぇ。じゃあ凍らせてても、いつかは勝手に溶ける気もするしぃ。とはいえ、凍らせたまま砕いてもぉ、結局元に戻る気もするしぃ~」
「…………」
「はっ、砕いてバラバラにして、それも個別に凍らせるのはどうかなぁ? それで、それぞれ遠いところに捨てたりとかぁ、……いっそのこと、頭だけ異世界に転移させたりとかも?」
「…………」
「あ~でもぉ、貫いたり消し飛ばした部位も戻ってたか。千切れた部位がなくても問題なしでぇ、じゃあ結局は頭から身体が生えてくるのかなぁ?」
なんておぞましいことを、ころころと表情を変えながら平然と言ってのける。
軽快な足取りで、口元を緩めたまま、可愛らしく首を傾げて。
だっていうのに。
背後にはしっかりと、六つの魔法陣を展開させている。
ああ、本当に、――憎たらしい。
「う~ん、試してみるのも面白そうだけど、結局は面倒くさいかなぁ?」
「……」
「まぁもう少しぃ、頭を潰したりバラバラに凍らせたりを試しながら、時間を稼ぐ感じで。しっかり働いてましたよ~感は出して、いいところで撤退したいんだよねぇ」
だから、手伝って貰うね、と。
やがて彼女は歩み寄り、ほぼゼロの距離まで近付き、そう宣言してみせた。
その右手をゆっくりと、私の額の前へとかざした。
見せつけるように、突き付けるように。
それは正しく、勝利宣言だった。
ああ、まったく、本当に。
憎たらしくて、――殺してやりたい。
「――――」
私は、その感情も、声も音も出さないままに。
ただ、命じるままに。
パキリ――と、足下の床板を割り開いて。
そこから小さな骨手を突き出し広げた。
そして、その足下の小さな手のひらに。
――虚空から取り出した手榴弾を握らせた。
「――はっ」
がしゃどくろの腕は必ずしも、背面から出すことに限られてはいない。
この身体のどこからでも、例えば床に面する足の裏からでも発生させることが出来る。
駆け出す間際、制止された私の足はまだ、しっかりと床を踏み締めている。
氷に覆われていないその場所ならば。
ただの足場程度ならば、骨手は易々と掘り抜けていく。
加えて、この身を包む黒のスーツは。
重火器や武具も虚空へと収納し、収納したものは私の身体であるならば、どこからでも取り出すことが出来る。
それは当然に、私の一部であるがしゃどくろの腕であっても可能であり――。
すれば骨手は、素早く手のひらを振り上げ。
取り出した手榴弾を、私と魔女の間へと放り投げた。
「――――へ?」
素っ頓狂な声は手遅れに、間もなく上書きされて――。
鳴り響く爆発音。
視界も身体も全てが、真っ赤な炎に包まれた。
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次話は来週日曜日に投稿予定です。
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