第五章【19】「万に一つへの」
夕暮れ時の閑散とした八ツ茶屋で。
私はテーブルを片す手を止めて、ふと現れた車椅子の彼女へ尋ねた。
この先、起こり得る戦争の中で。
果たして私の力は――がしゃどくろの力は、魔法使いに通用するのか。
私の問いに、東雲八代子は即答した。
「通用しない」
驚きはなかった。
残念ながら私も同じ見解だから。
東雲八代子は続ける。
「先代がしゃどくろは貧乏神の力を有していた。その力がどういうものなのかは、説明するまでもあるまい」
「ええ、よく知っています」
あらゆる不幸を引き寄せる力。
それは単純な運の悪さ、不運などといったレベルの話ではない。
黒いモヤとして目視出来るほどの邪悪な力は、纏わり付いた対象の『当然の事象』すら、失敗や不可能へと貶める。
不意にただ歩くことが困難になり、何故か呼吸が上手く出来なくなり、或いはそのまま不幸にも、死に至らしめられることさえも。
かつての戦いでは、勝ち切ることこそ出来なかったが。
それでもサリーユ・アークスフィアの強大な魔法すら、妨害し不発に至らしめた。
その上から覆い被せた百を超える骨腕は、彼女を大きく追い詰めていた。
もっともその不幸は、敵対者へと叩き付けることで不条理を押し付ける強大な力だが。
有事でなければ振るう先を失い、力の持ち主そのものを蝕む呪いに等しいものだった。
「――最悪の力です」
近親者や友人を失い、自身の望みも叶えることなく、孤独なままに崩れ去る。
それが、貧乏神に待ち受ける最期だった。
「ふむ、同感じゃな。だがその力は確かな脅威であった。それこそ、妾もあの女狐めも、必要最低限さえ接触を拒んでおった程じゃ。――しかし」
だがその脅威は、その敬遠は、どちらか一方ではなく。
がしゃどくろと貧乏神。その二つの力を以ってしてのものだ。
どちらか片方だけでは決して、サリーユ・アークスフィアに匹敵することも、東雲八代子にここまで言わせることも、ない。
故に、かの男は特級であり。
私は、そこに遥かに及ばない。
「がしゃどくろの力だけでは、魔法使いには通用しない」
「…………」
「物理的な殴り合いなどであれば優勢を取れよう。この国の妖怪だけの中であれば、上々とも言える。だが、魔法使いを相手取るのは難しかろう」
サリーユ・アークスフィア程でなくとも。
リリーシャ・ユークリニドに匹敵する魔法使いを相手には、手も足も出ないだろう。
東雲八代子はそう言い切った。
だけど。
彼女は、続けて。
「じゃが、――万に一つの勝ち目もないとは、思わぬ」
そう言った。
◇ ◇ ◇
がしゃどくろの力は、大きく二つ。
一つは死した身体を動かすことができ、死んでいるから死ぬことがないこと。
加えて再生能力があるため、身体は削られても元に戻る。
死なずに朽ちない身体は破格の継戦能力を誇り、それだけでも大妖怪を名乗るに足りている。
多少格上相手との戦闘でも、いつまでも――永遠に戦い続けられるこの身ならば。
勝つまで終わらないと詰め続ければ、いつか勝機に手を届かせられる。
永遠とは、それ程の可能性だ。
当然それは、魔法使いを相手にしても変わらない。
彼女らが操る魔力というエネルギー源が、無限でないなら。
疲弊や摩耗と無縁ではなく、永続的な戦いにより出力が落とされるなら。
がしゃどくろはやがて、手のひらへ下りてきた標的を握り潰すことが出来る。
そして、もう一つは――。
「おおおおおオオオオオアアアアアアアアアアア!!!」
一目瞭然。
圧倒的な物量を以って振り下ろされる、この巨大な骨腕たちだ――!!!
目前、立ちはだかる桃色髪の魔女へと、私は背中から噴き出した骨手を叩き付けた。
合計十数。扇状に広げられたその手のひらは、たったの一つで彼女の身体を優に呑み込み潰す。
それを折り重ね束ねている。決して逃がさないと、彼女の視界を白骨で覆い尽くす。
単純ながら明確に、骨腕から繰り出される打撃はまさしく必殺の破壊力だ。
――だが、判っている。
それは、当然ながら。
この一撃を標的へと届かせ、真っ向から叩き付けられた場合の話だ。
間もなく。
繰り出した骨腕たちが、青白い光に消し飛ばされた。
振り下ろした腕は悉くが、手首から上を失った。
「――――ッ!」
背後で轟く爆発音は、通り過ぎていった光の着弾か。
振り向き確認する余裕はない。――ある筈がない。
繰り抜き開かれた、骨手で覆っていた筈のその場所で。
ほんの小さな魔女がギラリと笑って、幾重もの魔法陣を宙に展開しているのだから。
赤と青と黄と白。
それらの光を認識した次の瞬間、私は右の視界を真っ青に染められた。
「づヅ」
痛みもなにも感じないから分かりにくいが。
恐らくこれは右目の位置を、或いは右の頭部を丸ごと貫かれたか。
この視界は眼球に血を通わせる必要がないどころか、眼球が有る必要すらないらしい。
慣れない上に気持ちが悪い。頭を貫く光線の中を覗くなんて、不快極まる。
遅れて視界が左にズレる。
左肩を押されて一歩退いたような移動。
見れば、左腕を肩口から撃ち落とされていた。
パックリと開かれた赤黒い断面が、微かに焼け焦げた狼煙を上げている。
後は、ガラガラと鳴らされる音。
背面から伸びている骨腕を、幾つか千切り落とされた。
「――――」
でもどれも問題ない。
頭部は生々しい音を立てて復元されていき、左腕も生えてきた。
背面の骨腕だって命じれば意のままに、再び欠損のない腕が噴き出し展開された。
この死に体は、がしゃどくろの力を十分に発揮し。
魔女に決して勝利を与えはしない。
「うえ~。血が黒い泥みたいになってるし、痛みとかも感じてないみたいな? 気持ち悪いし面倒くさいよぉ~」
「……」
「それにぃ、逃げずに睨んだままってことはぁ、割と無限に再生出来たりする感じ~? 頭を撃っても平気みたいだし、だいぶ死ななそうだよねぇ」
桃色髪の魔女がぶつぶつと呟く。
返答はしない。必要がない。
私はただ、――コイツが死ぬまで殺し続けるだけだ!
「っ!」
再び、背後より骨腕を振り上げ、握り締めた拳を突き出す。
合わせて地面を蹴り、距離を詰めに駆けだした。
腕を振り下ろすだけでは届かない。
接近戦に持ち込めば、私自身の手を伸ばすことも出来る。
近付く程に一方的に蹂躙されるのも、蜂の巣みたいに穴だらけにされるのも想定済みだ。
その中で、万に一つの勝ち目を掴み取る為に。
臆せず破壊の渦の中に飛び込んでいけ!
「わわっ、向かってくるんだ。まあでも確かにぃ、そうする以外に状況は変えられないよね」
対する彼女は笑顔を崩さないままに。
ただ両手を左右に広げ、合わせて六つの魔法陣を展開した。
間もなく、複数の明滅。
真っ直ぐに飛ばされた色とりどりの閃光は、かざした骨手を易々と貫き、私の身体を削り取る。
膝を撃ち抜かれ転がって、すぐさま立ち上がれば頭を飛ばされた。
喉を削られ胸部を抉られ――なんて、いちいち考えるのも面倒くさい。
「――は、ァ!」
眼球を潰されようが見えている。
呼吸がないから喉の管が千切られようとも関係ない。
光が貫こうが、炎に焦がされようが、雷に焼かれようがすぐに元通りだ。
矢継ぎ早に繰り出される魔法の攻撃は、なに一つとして私には通用しない。
「づ、ヅヅ――!」
だから距離を詰めて行ける。
骨手だけでなく、私のこの手が届く距離まで近付いていける。
近付きさえすれば、私には。
がしゃどくろの力以外にも攻め手がある。
それは異能の能力ではなく、けれども命を奪うには十二分に余りある。
当然妖怪には有効に、かつては片桐裕馬や鬼餓島での戦いでも威力を発揮した。
身に付けたスーツの力によって収納された、――人間の武具や重火器。
がしゃどくろの腕が通用しない以上、手放しで有効打とは言い難いけれど。
たった一撃でもいい、上手く刺し込むことが出来たなら致命傷に成り得る。
刃物でも銃弾でも爆発でもなんだっていい。手数を増やしてなにかを届かせてやる。
「――ここ、で」
そして、もうすぐ距離に入ると右の手のひらを広げる。
私はその右手に、ただ人を殺すだけの道具を取り出そうとして――。
瞬間。
目と鼻の先に、桃色の髪がふわりと揺れた。
「――――――――」
恐らく感覚があったなら、鼻先に毛先が触れているんじゃないかってくらいで。
私はその事態に、まるで反応することが出来なくて――。
「でも近付いたところでぇ、ネネには勝てないよ♪」
されるがままに。
私の身体は、その場から大きく吹き飛ばされた。
読了ありがとうございました。
次話は次週金曜に投稿予定です。
どうぞ、よろしくお願いいたします。




