第五章【18】「開戦」
どいつもこいつも無関心がすぎる。
この国はあまりにも、危機意識が低すぎる。
それはかつての私が芯にしていた、他者へと押し付けていたものだ。
妖怪や異世界という隣人の存在に気付かず。
暗躍や戦いといった間近に迫る脅威を欠片も認識出来ず。
目の前で起きた、事件や事故までも、他人事のように通り過ぎる。
この国はそんなヤツらばかりだ。
その評価は今も変わらない。
両親を失ったあの時、身をもって刻み付けられたものだ。簡単に変えられる筈もない。
だからといって、またテロを起こそうとか、そういうつもりはないけれど。
あのやり方は間違えだったと、反省も後悔もしているけれど。
あの日私が奪ったもの、すべてが間違いで無駄だったとも。
私は思っていない。
「――っツ」
骨腕を操り、倒壊した瓦礫の中から躍り出る。
すれば目の前に広がったのは、予想していた通りに、――硝煙に包まれた街だ。
多くのビル群が外壁を削られ、倒壊し、黒い煙と炎を揺らめかせる。
地面は穴が開き割れ砕け、真っ赤な染みが縦横無尽に散りばめられている。
身体が拾い上げた空気の震えに振り向けば、絶叫を上げてうずくまる人たちが居る。
どうして、なんで、なにが、嫌だ、痛い、助けて。
嘘だ、夢だ、有り得ない、違う、こんな筈じゃない。
そして、声を上げることも出来ない事切れてしまった人たちも……。
「――――」
以前、東地区が襲われた時にも見たものだ。
……いいや、あの時は混乱を収めるために、東雲八代子が街の人たちの意識を奪っていた。
こんな風に、痛みや理不尽に大勢が叫んでいるのは、それこそ私が引き起こしたあの事件の時みたいで――。
「違う」
なにを馬鹿なことを。
目を背けるな。余計な思考に囚われるな。
今回のコレは、それらとはまるで違うだろう。
だってこの光景は、私の前でだけ起こっている筈がなくて。
この街中の、下手をすれば国中にまで広がり兼ねない程の――。
これは紛れもなく。
起こり得ると言われ続けてきた、――戦争だ。
だから、今すぐに。
「っ! 緊急事態です! 動ける人は、急いでどこか無事な建物の下に――」
そう声を上げて、訴える。
茫然自失に悲鳴を上げるだけの彼らへ、退避するという方向性を促す。
中には、私のがしゃどくろの腕に目を見張る人も居る。
私こそがこの惨状を引き起こしたのではと、怖れた人も居るだろう。
けれどもその驚きが、恐怖が、とにかくここから離れろと訴えかける。
まだ脅威はなにも過ぎ去っていないのだと、彼らの生存本能を呼び起こす。
ただ、足りなかったのは。
一体どこへ逃げればいいのかという、向かうべき場所で。
なにより、果たして。
無事逃げ延びることが出来る場所なんて、少なくともこの近くにはなかった。
「どこか、崩れていないビルの――」
それはあの、半分削り取られてフラついているハリボテのことか?
「なんでもいい、どこかの室内に――」
ぽっかりと大きく屋根を開かれた、黒煙を噴き出す喫茶店でいいのか?
「他の、地区に――」
この街そのものが攻撃されているのに?
向こうの中央地区の方向だって、南地区だって北地区だって、どこを見ても煙と火の手しか見えないのに?
どこへ逃がせばいい?
どうすれば、――――どうしたって……?
「っ、とにかく――」
とにかく、なにか。
縋るように、そのなにも分からないなにかを求めて、周囲に視線を飛ばし続けて。
結局右往左往するだけの視界に、――五歳くらいの、幼い子どもの姿が映って。
「――――――――」
不意に、その黒ずみ汚れた衣服の子どもが、向こうから私に右手を伸ばして。
涙をためて、震える口を開いて、精一杯に喉を晒して。
その声が掻き消されてしまうかもしれない、届くか分からない、そんな中で。
彼は確かに、私に、なにかを訴えようとして――。
小さな身体が、ぱっと。
雲天から降り注いだ光の柱に、押し潰された。
「――――――――は」
その一瞬を後悔する。
すぐに駆け寄ればよかったのだろうか、と。
なりふり構わず、彼らに手を差し伸べればよかったのか、と。
私が彼らを守るように立ち回ればよかったのか、と。
しかし、またしても手遅れだ。
続けて一人、また一人と、途方に暮れる彼らに追撃が襲い来る。
少年のように光に潰されて、或いは炎に身を焦がされて、或いは無数の棘に貫かれて。
空から舞い降りた、彼女らの力によって。
悉くが、摘み取られていく。
「第一段階はつつがなく完了、っと。続いて第二段階は残党狩りってやつだけど、アレで生き残ってるんだから、気を抜かないようにね~」
そして、私の目前に降り立ったのは、桃色髪の少女。
光に潰された彼の跡を足蹴にする、黒衣を纏ったコイツらが――。
「面倒だけどぉ、この強そうな骨のやつを倒したら、ネネの戦果は十分ってことになるかも~?」
「魔女がァァァアアアアア!!!!!!」
私は背面の骨腕を振り上げ、その全てを一斉に叩き付けた。
読了ありがとうございました。
大変申し訳ございません。
少し忙しくなるため、お休みをいただきます。
3月中には投稿を再開する予定となっております。
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