第五章【16】「再起の間際に」
「もしも、この戦いで私が負けた時――私は生きているでしょうか? 死んでいるでしょうか?」
ノイズに擦れていく視界の中。
それを言い残して、レイナ・サミーニエはこの場から消え去った。
つまるところ、俺の精神世界から現実へと戻ったことにもなる。
先程までのやり取りから、外の状況が良くないことは察せられた。
俺たちもすぐに戻って、なにかしらの手を打たなければいけない。
だが……。
「――」
少し、立ち止まって考えてしまう。
彼女の最後の問いを。
この戦いで彼女が負けた時、生きているのか、死んでいるのか。
それは言い換えれば、俺たちが勝った時――サリュが勝った時だ。
恐らく、レイナ・サミーニエと戦うのはサリュになる。
そしてどれだけ苛烈な戦いになったとしても、サリュが勝つだろうと信じている。
その結末に至るにあたって。
レイナ・サミーニエは生きているのだろうか?
「――……」
――決まっている。
考えるまでもないことだ。
だから、これ以上は。
……いや、だからこそ――。
「余計なことを考えるでない」
それを東雲八代子が留める。
柔らかな声色で、けれども冷たく完全に断ち切る。
「まったく。珍しく強引さを見せたかと思えば、簡単に乱されおって。成長というにはまだまだ不安定で未熟じゃな」
「……はは」
乾いた返事しか漏れない。
そのまま東雲八代子へ向き直り、頭を下げた。
「悪かった。最後、つまらないことに時間を使った」
レイナ・サミーニエの問いに答えたかった。
極めて個人的な感情で、せっかくの機会を無為にした。
それも敵対する組織のトップとの、あまりに貴重な会合でだ。
最悪過ぎるやらかしだ。
恐る恐る。
下げた頭を振り戻せば――。
「よい。むしろ有意義であったと言えよう」
「え?」
向こうのテーブルに座った彼女は、薄暗がりの中で淡白い肌を浮かばせて。
そう言って、くすりと頬を緩めた。
激昂されて叱咤されるか、呆れられるか。
どちらになるかと思っていたんだが。
「なんじゃ、しっくりきておらぬのか? しっかり受け答えをし、会話になっておったではないか。魔女を相手によくやったと、頭を撫でて褒めてやろうか?」
「遠慮しておく。でも、……そう、なのか?」
「探り合いの質疑応答とは、互いに言葉を選んだやり取りとなる。妾が有益な情報を引き出そうとすれば、相手はそれを漏らさぬようにと言葉を縛る。逆もまた然り。基本は平行線か、互いに譲歩し合い半端な情報を出し合うのがオチよ」
「……別に、有益な情報は引き出せなかったと思うが」
「ヤツの本質に触れられたではないか」
東雲八代子は続けた。
先程の問答は、真に迫るものがあったと。
「はて、答えられぬと思っていた問いに返答したからなのか。返答が核心に刺さるものであったからか。或いはヤツの目的を真っ向から否定してみせたからか。なんにしろ、明らかな反応を見せた」
どうやら俺は無自覚にも、レイナ・サミーニエの懐に飛び込んでいったらしい。
それが彼女の反応を暴き、最後の質問さえも零させた。
「愚直とは文字通りに愚かしいが、真っ直ぐとはどうにも避け難くもある。よくやった――が、今後直接対面した際には控えるがよい。下手に触れれば殺されても止む無しじゃぞ」
「……気を付けるよ」
確かに、なにも考えずに思うがまま口走っていた。
勢いだけの考えなしで飛び込んでいくのは自殺行為だと、肝に銘じておこう。
「さて、果たしてヤツの真意を測るには色々と考え直したいところだが」
「今はそれよりも、ここから戻らないとだろ」
「如何にも。ヤツめが戻った以上、外の状況もより苛烈さを増すであろう。妾も急ぎ対策を講じねば」
「……なあ、それってつまり」
良くない状況ってのは――。
「うむ。街は今、ヤツらから攻撃を受けている」
「っ」
「そしてお主は敵の攻撃に巻き込まれ、意識を失っている状態じゃ。そこを魔女めに付け込まれ、遅れて妾が干渉し妨害した。生憎と、その時点から先はこの妾は知り得ぬ」
だが、状況としては最悪。
大規模な破壊活動が行われ、街からは火が上がっていると。
俺が巻き込まれたということは、図書館の方にも攻撃の手が回っていると。
東雲八代子は淡々と、知り得るまでの情報を言い付けた。
「……レイナ・サミーニエが来てるってことは」
「敵は魔法使いの群。まったく、なにが起こってもおかしくはないと、警戒を強め用意はしていたが――さてどれ程抵抗出来るか」
魔法使いたちが相手だ、苦戦は必至だろう。
以前リリーシャを見送る際にも相対したが、まったく簡単な戦いではなかった。
二十前後の大人数で、全員がリリーシャのように、身体の隅々まで魔法式ってやつを刻み付けて強化されていて。
サリュやリリーシャ程ではないにしろ、圧倒的な破壊の力を振り撒いていた。
あの時はサリュが先手を取ってくれたり、ヴァンたちの妖精の力を借りたりと、中々の好条件だったから打ち勝つことが出来た。
だけど。
「…………」
もしも、待ち受ける魔法使いの総数が、あの日を遥かに上回っていたなら。
もしも、サリュたちの力を借りられない状況で戦うことになったなら。
俺は――……。
「片桐裕馬よ」
名前を呼ばれてまた引き戻される。
気付けば視線は下がって、深く暗い足下へと落ちていた。
ノイズ混じりでより色濃く、もはや自分の足や机の輪郭も曖昧になった、真っ暗な視界。
けれども微かに顎を上げれば、ぼんやりながら浮かび上がる彼女が――東雲八代子が。
導くように、語り聞かせるように言った。
「お主にも期待しておるぞ、片桐裕馬よ」
――と。
「…………ハッ」
分かってるよ。
弱音をこぼしてる場合でも、そんな立場でもないってんだろ。
幼稚でも、未熟でも、愚かでも。
俺には力がある。戦うことが出来る。
「東雲八代子」
見えなくても分かる。
感触がなくたって、そこに在る。
携えたこの刀も、その為に与えられたものなのだから。
もう、逃げるつもりはない。
「俺はどう動けばいい?」
指示を仰ぐ。
俺が許せる返答はそれだけだった。
読了ありがとうございました。
次話は1月21日(日)に投稿予定です。
今年も引き続き連載を継続いたします。
どうぞ、よろしくお願いいたします。




