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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第五章「終わりへ向かう物語」
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第五章【14】「薄闇の問答」



「…………っ」


 サリュに世界征服が出来るか。

 即答出来ないのは、押し黙るのは、考えたことがなかったから……じゃ、ない。


 考えたことがあるからだ。

 考えてしまった上で、答えを先送りにしていたからだ。

 かつて戦った相手にも、仲間からさえ忠告されていたサリュの強さは。


 ――その力は、個人に留まらず世界にとっても脅威に成り得るのか。


「それは……」


 それは……っ。




「底意地の悪い問答はやめよ」




 問いを東雲八代子が断つ。

 話の相手を逸らすなと、自身に引き戻した。


「関係がない上、聞くに堪えぬ。さもなくば、即座にこの場の幕を引くが」

「過保護、というのでしょうか。この程度の語らいに口を挟むだなんて」

「悪いがあまり時間も取れなさそうでのう。どうにも()()()()()()()()()()()のは、貴様の企てであろう?」

「答える必要を感じませんが」

「ハッ。この状況、このタイミングとは。なにかしらの用意が出来たと考えられるが」


 思案する東雲八代子に、レイナ・サミーニエは笑みを崩さない。

 むしろ面白可笑しそうに続けるばかりだ。


「さて、どうでしょう。よもや思い付きで、ということも有り得るかと?」

「まったく、ベラベラと内情を晒すような馬鹿者ではないか。しかしまあ、こういった誘いに乗って来るタイプだと分かっただけでも良しとするかのう」

「フフ。私も控えようとは思っているのですが、こんな面白い場所に招待されてしまっては無下にも出来ません。丁度、()()()()()()()()()とは面識もなかったので、ご挨拶も兼ねさせていただきました」


 つまりレイナ・サミーニエがこの場に現れたのは、あくまで挨拶程度。

 逆に言えば、特級の大妖怪相手にその程度で顔を出せるということであり――いや、それ以前に。




 そもそもコイツは、どうして。

 日本国に居る俺たちに干渉出来ているのか。


 そんなのは、当然に――。




「東雲八代子。外が、って」

「案ずるな。目を覚ます頃には思い出せる」

「それで大丈夫なのかよ。すぐにでも――」


 すぐにでも、こんな話は終わらせて。

 続けようとして、直後、遮るように。




 ――視界がぐらりと傾いた。




「ッ!?」


 薄暗い店内が回る。

 東雲八代子やレイナ・サミーニエの輪郭が溶け出して、螺旋状に伸びて潰れて、とても人の形として認識出来なくなる。

 平衡感覚が、――いや、そもそも平衡感覚なんてものはここにはなくて。

 立っている感覚がないから、余計に、今自分がどういう形をしているのかも分からなくなって。


「――――あ」


 駄目だと。

 ぐちゃぐちゃになった思考が、押し潰されそうになって――。




「言っておろうが。なにをされるか分かったものではない、と」




 瞬間、パチンとなにかの音が鳴らされると。

 遅れてまばたきの後、すぐに崩れていた目の前の光景が元に戻された。


「……あ? ――は?」


 東雲八代子の姿も、レイナ・サミーニエの姿も、見えていた通りに。

 八ツ茶屋の風景もまた、なに一つ歪んではいない。


 唖然とする俺に、レイナ・サミーニエは口元を抑えて頬を緩め。

 東雲八代子は再度、呆れた様子で溜息をこぼした。


「手間のかかる。そう簡単に心を乱されるでない」

「……いや、…………なにが、なんだか」

「ヤツの言葉にかどわかされるな。外のことも今は気に留めるな。ヤツへの対応に注力せよ」

「……っ。くそっ」


 なにがなんだか分からない。

 でも、そういうことなんだろう。

 不安を誘う言葉に揺さぶられて、小さな言葉を拾って急かされて。

 その隙を突かれて、ぐちゃぐちゃにされた。


 そんな俺を、可愛らしいと。

 レイナ・サミーニエは嘲り笑う。


「未熟というよりは、幼さでしょうか。起こる事象や聞こえる言葉の全てに揺さぶられている。多くを拾わんとするのは良き姿勢ですが、それではすぐに一杯になってしまいますよ」

「ハッ、まったくじゃ。ヤツの言う通りに、未だ自立には程遠い幼子よ。幾らかマシにはなってきたようじゃが、まだまだ。これは妾が過保護と言われても致し方がない」

「……ふざけんなよ」


 小さく愚痴捨てる。

 二人揃って言いたい放題しやがって。

 こっちは意味の分からないままに、ついて行くのでやっとだってのに。

 そんな状態で一体どうしろってんだよ。


「……畜生」


 奥歯を噛み締める。

 感触はないし、自分がどんな表情をしているかも分からない。

 それでも、この場に喰い留まってやるって意志が、自然とそういう風にした。


「――フン」


 果たして、僅かに。

 東雲八代子が小さく笑ったのが見えたが。


「それで? 結局のところ――」


 すぐに表情を戻し、彼女はレイナ・サミーニエに視線を流して。

 話に繋げるように、一つの問いを投げた。




「そんな未熟なこやつの頭を覗いたのは、余程サリーユ・アークスフィアが懸念であったからか?」



 懸念。

 恐らくそれは、レイナ・サミーニエの根幹にある行動目的ではなく。

 この状況に対する、今俺の中の『記憶世界』とやらに居ることに対する問いだ。

 何故コイツは、俺に干渉しているのか。


 だけどそれもまた、東雲八代子の言葉通り明瞭だ。

 この魔女が俺に干渉し、加えて俺の記憶に手を出しているのは――。


「サリーユ・アークスフィアがどう過ごしておるのか。どのように成長しておるのか。それを話に聞くだけではなく、間接的であっても見ておきたかったのだろう?」

「……」

「それも、日本国へ直接干渉したこのタイミング。よもやなによりも真っ先に、こやつの頭を覗きにかかった可能性もあるか? いやはや手早い」

「……さて、申し上げた筈ですが。不明瞭さを埋めておきたかった、と」

「情報の擦り合わせならば、もっと高位の妖怪を狙った方が覗けるものも多かろう。或いはこのような回りくどい方法を取らずとも、直接潰しにかかっても良かったじゃろうに」

「その為の情報収集です」

「ほう、不思議じゃのう。世界征服を企む魔女が、まさか力技でかかるのを控えるとは。貴様の方針としても、どこかの主力を潰しておいた方が効率的じゃろうに」


 なのに、俺を選んだのは。

 レイナ・サミーニエの言葉を、そのまま借りれば。


「他でもない、サリーユ・アークスフィアの近くにいる者から、その近況を覗き取りたかったのであろう?」

「…………」

「サリーユ・アークスフィアとは、貴様にとってそれ程の脅威なのであろう?」


 レイナ・サミーニエは答えない。

 ただ、表情を崩さないままに――。




「……フフ」




 にこやかに細めた視線で、東雲八代子を捉えていた。




読了ありがとうございました。


次話は来週日曜日に投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。



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