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relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第五章「終わりへ向かう物語」
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第五章【13】「魔女との邂逅」

 

 魔女。

 そう称される彼女の様相は、サリュとは対照的な色に包まれていた。

 黒ではなく、白を基調とした装い。

 暗がりの中でもぼんやりと色付く純白は皮肉にも、魔女というよりヴァンたち白騎士らに近しい清廉さを感じさせる。


 それから、両腕に絡ませているのは――羽衣だろうか?

 薄く延ばされた長丈の白帯が、微かに暗闇を透かせている。

 魔女とも魔法使いとも似つかわしくない。

 まるで童話に出てくるような、天女のようだと思った。


『侮っていました。まさか、こんなところで待ち伏せされるなんて』


 加えて、柔らかに緩んだ表情。

 優しい語りは耳心地が良く、思わず全身が弛緩しそうになる。

 敵意なんて微塵も感じられなくて、ただ無防備に向き合わされそうになる。

 まさしく視界に映るまま、聞こえるままを受け入れようとして……。


『やはり異世界というのは、まるで想定が及ばない』




 ――なのに、なんだ。


 その緩みが恐ろしいと。

 その笑顔が悍ましいと。

 理解の出来ない緊張が警鐘を鳴らした。




「……っ、つ」


 干上がった喉が音を立てる。

 これが、彼女こそが、レイナ・サミーニエ。

 サリュの師匠にして、アヴァロン国を乗っ取った張本人。

 戦争の引き金に成り得る――敵だ。




「下手な真似はするでないぞ」

「っ!?」


 東雲八代子の制止に踏み止まる。

 カタリと、握り締めていた鞘入りの刀から右手を離す。

 安直に動くなと叱責された。


「この場で物理的な攻撃に意味はない。言っておろう、ここは現実ではないと」

「……ああ」

「加えて主導権は妾に有るが、ヤツが未だお主に入り込んでいる状況は変わらぬ。下手に煽るだけでは、なにをされるか分かったものではないぞ」


 最悪だ。人質は俺自身って感じか。

 そうでなくとも、冷静に考えないと。

 ここは現実じゃない。ここでは攻撃に意味がない。

 なにより現実だったとしても、この魔女相手に真正面から斬りかかるのは……。


 警戒を強める俺に、彼女はまた笑みを深める。

 命拾いしましたね、と。


「こうして暴かれ用意された舞台に引きずられて尚、貴方は変わらず私の手のひらの上。この手を簡単に閉じてしまえることを、忘れないで下さい」

「握り潰してやるってか? 恐喝かよ」

「フフ、冗談です。そう怖がらずともご安心ください。精神や過去への干渉はまだ素人もいいところ。今の私では、そちらの女郎蜘蛛様には敵いませんよ」

「……ハッ」


 果たして本当なのか、俺には分からない。

 安心もなにも出来る筈がない――が、生憎俺にこの状況を打開する手段などもなく。


 だから向き合う。

 彼女の真正面で、彼女を捉えたままに立ち直る。

 戦えない、逃げられない。

 それでもこうして向き合うことは出来ると、精一杯の強がりで奮い立たせて。


 すれば魔女もまた、改めて見定めるように俺を見据えて。

 けれども変わらず先程と同じように、小さく笑い捨てた。


「――では、改めまして」


 彼女は深々と一礼し、続ける。


「レイナ・サミーニエ。アヴァロン国現国王、アレックス・オベイロン様の傍付き魔法使いであります。以後、お見知り置きを」


 レイナ・サミーニエはそう名乗りを上げて。

 東雲八代子はその口上に、すぐさま噛み付いた。


「傍付き魔法使い。あくまで貴様自身は長ではないと」

「はい。クーデターは現国王の御意思によるもの。私は力を貸したばかりに過ぎませんから」

「よく言ってのける。貴様が焚き付けたのであろう?」

「フフ。果たして私の力などなくとも、彼はどの道――と、あまり私の勝手で語るものでもありませんね。国王様の真意は国王様の胸の内に」


 別段、弁明する必要も感じられないが。

 それでも言うならば、と、彼女は――。


「私が私の構想で動いているなら、あの国は当に滅びている」


 平然と、そんなことを言ってのけた。


「異世界への自由干渉や管理統括、それに追随する複数の同盟国。そんな大き過ぎる力を持った国など、存在していることそのものがリスクでしょう?」


 根絶やしにとはいかなくとも、その土壌は瓦解させておきたい。

 それが半端な成果に留まったとしても、力を証明しておく必要がある。

 なにしろ――。


「私の力を知らしめてこそ、()()()()()()()()()()を用意出来るではありませんか」


 レイナ・サミーニエは柔らかな表情を崩さない。害意を欠片ほども零さない。

 ただ淡々と、自らの思考や行動が道理だとでもいうかのように俺たちに語り聞かせる。

 やっぱり、コイツは……。


「はてさて覚えのある言い分。又聞きだが、確かいつぞやの土塊(つちくれ)どもがそういったことを訴えておったか」

「当然、そのために差し向けた人形たちですから」

「ふむ。些か物騒だが理は通っている、か。それがよくもまあ、あの若造に歩み寄ったものだ」

「滅ぼす以外にもやりようはあります。そんな中、幸か不幸か不思議な縁がありましたので。彼に仕えてその力を管理するというのもまた、悪くないかなと」

「存外柔軟じゃのう。とんだ無法者かと想像しておったが、これは思っていた以上に面倒な」

「お褒めに預かり光栄です」


 続けて、彼女が東雲八代子に問う。


「では、貴女のお名前をお教えください」


 それを、東雲八代子は一笑に伏した。

 必要がないだろう、と。


「妾は貴様が言い当てた通り、ただの女郎蜘蛛じゃよ。素人の貴様では勝ち目がない、な」

「連れないですね。失礼ながら色々とお聞きしている中、お名前だけは知らされていないもので。よろしければ名乗りだけでもいただきたかったのですが」

「なにを抜かすか。小僧の頭を覗き見ておきながら、妾の名を知らぬこともなかろう? むしろその不明瞭な部分を確かめるために、このような手段を取っておろうに」


 彼女は否定を返さない。

 ただ、代わりに。


「ええ、そうですね。ではよろしくお願いいたします、東雲八代子様」


 言って、もう一度小さく一礼した。


「ふん。して、レイナ・サミーニエよ。そんなお主の目的が――」

「世界征服です」


 続けざま、東雲八代子の言葉に彼女は即答した。

 自らの目的を問われ、それを。

 ……世界征服、だと。


 それだけを切り取ればあまりに馬鹿らしい文言を、言い淀むこともなく。

 またしても、当たり前のように言ってのけた。


「……違う」


 レイナ・サミーニエは違っている。

 世界の違いとか、常識から外れているとか、多分そういうレベルの問題じゃなくて。

 根本的に見えているものが違うと、ズレていると、そう感じた。


 世界征服なんて、そんなこと。

 出来るわけが――。




「出来ないとお思いですか?」




 不意に視線が合わさる。

 彼女の笑みが俺を射抜く。


「何故そのような怪訝そうな顔をされているのですか?」


 首を傾げる彼女は、俺に問うているのではない。


「私がそれを出来ないと、そう認識しておられますか?」


 確かめている。

 優しく諭している。

 分かっているでしょうと、(たしな)めている。




「他でもない、サリーユの近くにいる貴方が?」




「……っ」


 それは……。

 それは……――――。




読了ありがとうございました。


次話は17日の日曜日に投稿予定です。

よろしくお願いいたします。



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