表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
relate -異世界特区日本-  作者: アラキ雄一
第五章「終わりへ向かう物語」
246/263

第五章【09】「その時間を、ずっと」



 なにを成すのか。

 そんなこと、聞かれたって……分からなかった。


「……」


 ヒカリの言う通り、この命はヴァンに助けられたものだ。

 いいや、ヴァンだけじゃない。みんなに助けられた。

 姉貴や千雪、神守姉妹、それからヴァンの妖精にも、アヴァロン国の第一皇子様にも。


 そして、それでも前を向けなかった俺を、――サリュが引っ張り上げてくれた。

 好きだと言ってくれた。受け入れてくれた。


 今ここに俺がいられるのは、みんなが来てくれたからだ。傷付いて、戦ってくれたからだ。

 俺一人ではどうにも出来ず、どうにかしようとも思えなかった。

 みんなが繋いでくれたんだ。




 そんな俺が、これから。

 これから、――なにかを成すのか?




「…………」


 押し黙る。

 当時の俺も、今の俺にも、答えは浮かばない。


 あの夜ヴァンと話せた後でも。

 子どもたちと話していた時にも。

 今の、俺にも……。


「……っ」


 いや、それは違う。今じゃない。

 ただこの時の俺は、ただヴァンに申し訳ないって。


「……俺は、っ」

「――突然過ぎたね」


 口ごもる俺に、ヒカリは再度「ごめん」と言った。

 それから苦く笑って、張り詰めていた空気を解く。

 話はこれまでにしよう、と。


「詰め寄るつもりはなかったんだ。なんて、信じて貰えないかもしれないけど」

「いや、こちらこそごめん」

「大丈夫?」

「全然大丈夫だ」

「ほんとに大丈夫?」

「……めっちゃきいてる」

「ははっ。じゃあ、釘を刺されたってことでね」


 打って変わって親しみやすい、いたずらっぽい笑顔を浮かべた。

 ……釘を刺す、か。


「見た感じ、ヴァンさんとなにも話してないんでしょ? 引きずるにしても引きずり過ぎてるよ」

「おっしゃる通りで」

「早めに消化しといた方がいいと思うよ。これから戦いになるんだからさ」

「……そう、だな」


 果たして俺が戦いに関わっていくのか、怪しいところではあるけど。

 それとは関係なく言われた通り、ヴァンと話す機会は作りたい。


 なんて、話していたら。







『――どうやら、()()()()()()()()()()ようですね』







 声。

 滑らかな女の声が、耳元で囁かれた。


「……っ」


 聞き覚えがある。

 俺はこの声を、サリュの部屋で聞いた。


 でも、サリュの部屋で子どもたちと話していたのは、この日より後の話で。

 だけどその出来事が、どうしてか、少し前のことにも思えて。

 ……訳が、分からなかった。




「……なん、だ」


 頭が痛む。思わず右手を持ち上げようとして、しかし身体は動かない。

 痛みでなにも出来ない俺を余所に、目前のヒカリも話を続けている。

 まるで俺とは違う俺が、なんの問題もなくこの場に立って、受け答えをしているかのように。


「……づ、づ」


 一体、コレは。

 なんなん、だよ。




『この後も、特に込み入った話がある様子もない。()()()()()()()()()()()()()()




 なにも分からず混乱する中、意味深な囁きを、合図に。


「……あ、あ」


 また、視界が擦れて――。

 意識が、どこかに引っ張られるような感覚があって――……。


 闇に落ちる。

 ここではない、いつかに落とされる。

 このまま、されるがままに――――…………。


 けれど、不意に。







「ユーマ!」







 囁かれた声とは違う、彼女の声が。

 この場所で俺を呼んだ――サリュの声が。




「っ」


 慌てて、暗がりの中から。

 落ちていく意識を奮い立たせ、這い上がらせた。


 声は、正面のヒカリの向こう側から。

 パーティー会場の中央、賑わいの中から。

 続く軽快な足音も、きっと俺に宛てられたもので。




 擦れて黒ずんだ視界を、それでも見開く。

 彼女を見たいと、この場に縋りつく。

 そうすれば、サリュが――。







「お待たせ、ユーマ!」







「――――――――――――――――」


 俺は、現れたサリュの姿に。

 痛みがどこかへ吹き飛んだ。

 視界が一気に開かれた。

 意識も引き戻されてた。




 なのに、思考も言葉も失われて。

 なにも出来なくなって。


 ただ、サリュの姿に。

 ――見惚れてしまっていた。




「ユーマ?」




 現れたサリュは、真っ赤なドレスを身に纏っていた。


 目を惹く鮮やかな色濃い赤は、一目で高価なものだって察せられた。

 けれども足元の長い尾を揺らしながら、彼女は気にした様子もなくパタパタと駆け寄って来る。


 合わせて、晒された肩口や震える胸元に、思わずドキリと心音が高鳴った。

 もっともそれは邪な情欲というよりは、感動に近い。

 なんというか、そういう大人びた部分も含めて、ただただ彼女の全てが綺麗だって感じられて。


「――――――――」


 それから、彼女の後ろ髪が一つに結われている。

 頭の高いところで纏められて、だけど激しく動くからか、癖っ気が跳ねて左右に広がってしまって。

 それで、屈託のない満面の笑顔が、真っ直ぐ俺に向けられていて――。




 華やかで煌びやかで、愛らしくて。

 この場に集まった誰よりも、飾られた会場そのものの光よりも、ずっと輝いている。


 正直、放心するくらいに見惚れていた。

 自分でも驚くくらいに、見入っていた。




「ははっ、凄い顔だ」


 ヒカリに指摘されたが、放っておいてくれ。

 だって、信じられるかよ。意味が分からねぇよ。




 この子が、俺のことを好きだって言ってくれて。

 俺を助けるためにって、命まで懸けてくれて。

 俺が居ないと幸せになれないなんて、求めてくれて。




「――……ああ、くそっ」


 震える唇が呟く。

 込み上げてきた感情を吐き出す。


 こんなの、……こんなの。




 ああ、だけど。

 声が――。







『――フフ。満足、ですか?』







 満足な訳がない。

 もっと、着飾った彼女と一緒に居たい。

 この後も凄く楽しかったんだ。色んなものを食べて、色んな人と話して、一緒に居るだけでドキドキして。


 今だって、俺の目の前で。

 他でもない、俺に話しかけてくれているのに。




「どうしたのユーマ? なんだか放心してる?」

「サリュちゃんがよっぽど綺麗だからじゃないかな。こんなに感動して貰って、彼女冥利に尽きるね」

「そ、そう? ――って、そういえば、なんでヒカリと二人きりなの? ……はっ! もしかして、そういうやつなの!?」

「さて、どうだろうね。あまり言い触らすような話をしていなかったから、どう説明したものか」

「い、いいい言えない話ってこと!? どういうことユーマ!!?」




 肩に掴みかかって来て、ブンブンと揺らされる。

 とんだ勘違いから瞳を潤ませる彼女も、不憫ながら、やっぱり可愛い。


 なのに気付けば俺は、サリュに詰め寄られる俺の姿を、後ろから見ている。

 俺とサリュが話しているところを、眺めさせられている。

 その光景も、少しずつ遠くに……。




「……奪うな」




 この時だけじゃない。

 子どもたちとの時間だってそうだ。

 悪戦苦闘して、だけど少しずつ距離を縮められた。

 最後にはみんなで、笑顔で話していた。

 楽しい時間だったんだよ。




「……嫌だ」




 アッドやヴァンと下らないことを話していた時も。

 任務に駆り出されていた時だって、帰ったらサリュとの時間もあって。

 忙しい中にも、充実した日々が続いていて。

 鬼餓島での戦いを乗り切って、この数か月は、本当に。




 これまで生きていた中で、一番、幸せな――――。










『――では、この時を永遠にしましょうか?』










「――――――――は?」




 その問いは。

 その提案は。

 その誘いは。


 今の俺には、あまりにも――――――――。







 だけど。

 それまでもが、打ち切られた。


 ()()()()()()()()()()







『――ウム。その甘言は、()()()()()







 今度こそ、聞き覚えがある。

 それでも予想もしていなかった、――乱入者が。




『どれ、妾もヤツに倣って、一つ思い出させてやろうか』




 果たして、結局はどちらにしたって、変わらない。

 俺は、なにかに引っ張り手繰り寄せられて……。




『なあに、貴様が探っている事柄にも、妾が直々に答えてやろう。だから今は黙って見ておれ、――悪辣な魔女よ』




 間もなく、視界も意識もプツリと閉じられて。

 ここでも今でもない、どこかへと落とされた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ