第五章【08】「特級騎士の少女」
短く切り揃えられた金色の髪。
丸々と開かれた、鮮やかな蒼色の瞳。
振り向き目にした彼女は中性的で、白い礼服に身を包んだ姿はむしろ、整った顔立ちの男の子に思えた。
「はじめまして。ボクはヒカリ。アヴァロン国の特級騎士だ」
重ねてボクと言いながら、――だけどその声は、紛れもなく女の子の澄んだ響きを奏でる。
彼女は自身を、アヴァロン国の特級騎士だと明かした。
「――特級?」
息を呑む。
緊張に、会場全体の輝きや賑わいが潜まる。
彼女以外に意識を傾けてはいけないと、感覚が集中される。
勿論、なにか事が起こる筈はないけれど。
予想もしていなかった対面に、半ば戦闘態勢に切り替わっていた。
「ああ。少しキミの時間を貰いたい。――話がしたい」
だって、ゆっくりと歩み寄る足取りが、音もない静かな所作が。
脱力しているように見えるのに、芯の通った身体の運びが。
彼女が俺とはまったく違った領域に居るのだと、異質さを滲ませている。
なによりも。
その異質さは、――あの鬼狩りを思わせた。
重ねて、彼女がしたいという話は。
「鬼餓島の戦いでの、ヴァンさんについて」
あの島での、あの夜の戦いについてだった。
「……ヴァンについて」
喉を鳴らし復唱する。
彼女は頷き、続けた。
「そ。あの人がなぜ戦ったのか。どういう経緯で――右手を失くしちゃったのか」
「ッ」
敵意は見えない。不満や怒りを孕んでいるようにも思えない。
むしろ友好的な、柔らかな表情で接してくれている。
なのに。
「別に責めようって訳じゃないんだ。ただ、キミの話も聞きたくて――」
「…………えっと」
なのに、彼女の後ろを勘ぐってしまうのは。
逃げられないなんて、追い詰められているように感じてしまうのは。
これは、――後ろめたさだ。
「…………」
だって、この時の俺はまだ。
ヴァンとなにも話せていないんだから。
「っと、ごめんね。聞くにはタイミングが悪かったかな?」
「…………いや、……タイミングって、いうか」
「そもそも気分のいい話でもないね。ほんとに突然でごめん。キミがここに居るって【視えた】からさ。つい勢いで来ちゃった」
察されたのだろう。彼女は両手を胸元で鳴らし合わせて、「これで謝ってるって伝わるんだよね」と苦く笑う。
勝手に警戒しておいて、気まで遣わせてしまった。
……ほんとに彼女の言う通り、気分のいい話じゃない。
こっちも苦い笑顔を作って、頑張ってみますという意思表示を返すので精一杯だった。
「……大丈夫です。話せないってことも、ないんで」
「そう? なら少し付き合って貰いたいかな。せっかくのパーティーだっていうのに、申し訳ないけどさ」
「いえいえ。大勢の中に飛び込んでいくってキャラでもないから」
「ありがと。でもよかったよ、暗い感じでさ。これで平然と笑顔で返されてたら、その方が嫌だっただろうし」
「そんなすぐに割り切れる話じゃないですよ」
「みたいだね。よくない感じに引きずってる」
彼女の苦笑が続く。
けれど空気が和らいだように感じたのは、気のせいじゃない筈だ。
彼女については、少し前にサリュから聞いていた。
東地区が転移者からの攻撃に遭い、同時に鬼狩りたちによって図書館が襲撃された、あの日。
サリュと並んで転移者と戦っていたのが、特級騎士の彼女だ。
剣を振るい、空を駆け、縦横無尽に敵を斬り伏せる。
その戦闘力は間違いなく、並み居る騎士を遥かに突出している。
それに、純粋な戦闘力に加えて。
彼女の瞳は、未来の出来事を視ることが出来る。
未来視と卓越した剣技。
二つの力から繰り出される剣戟は、目を見張るほどだった。
サリュがそう評するほどの騎士。
それが彼女、――ヒカリだ。
彼女は改めて言った。
自分はアヴァロン騎士団の一員であり、ヴァン・レオンハートの部下であると。
そしてその上司であるヴァンが負傷したことに、衝撃を受けていると。
「ほんとはね、負傷した経緯は知ってるんだ。特級との戦いがあったってことも、その特級の相手がとんでもない剣士だったってことも。なんならヴァンさん本人から、聞いてる」
戦いの場には、第一皇子も控えていた。
逃げることは許されない。命を賭して戦うしかなかった。
なによりヴァン・レオンハート個人としても、その場を譲れない信念があった。
戦いは必然で負傷はどうしようもない結果だ。
言いながら、彼女は何度も頷いた。
「うん。それで皇子様も守って、なんなら特級の剣士も倒した。本人は協力者が居てくれたからって言ってたけど、だとしても、申し分ない戦果だよ。島での戦い全体を通しても、目的であるキミの奪還に成功してる。凄い人だよ」
だから、片桐裕馬にも文句はない。
むしろ片桐裕馬の生存は功績の一つであるから、よく生きて帰って来たとすら思っている。
ここで出会えたことにも、素直に喜んでいる。
ヴァン・レオンハートの立場を思えばこそ、共に戦う騎士団の仲間としては。
彼は凄まじい戦いを勝ち抜き生き残った戦士なのだと、納得している。
彼女はそう言い切った。
ただ、違うのは。
話を聞きたいのは――。
「うーん。難しいなあ。なんて言えば伝わるかな」
「難しい?」
「いやあ、難しいというか、なんだろう。キミに話を聞きたいのは、こう、色々あるっていうか。……まだボク自身こう、グルグルしてるというか」
「別に理由とかいいけど。気になるから、って感じもするし」
「気になる。うん、気になるのもあるよね。気になる気になる」
「……ヴァン本人以外の人から話を聞きたい、とか?」
「あー、そういうのはあるね。ヴァンさんの活躍とか、とんでもない特級の話とか。ヴァンさんとは違う視点の話は聞きたいかも」
でも、それだけじゃなくて。
きっと、そんなのは後付けで。
「あー、ははっ。やっぱり納得出来てないから、かもなあ」
言って、彼女は笑った。
結局まだ呑み込めていないんだ、と。
「色々と理解がある風なことを言ったけど、うん、違うね。全然納得出来てないや」
「……そりゃあ」
「理解はしてるよ。ヴァンさんの言い分も尊重もしてる。でも、あの人にあの人の事情があったように、ボクにもボクの感情があるからね」
「…………」
「だからキミを見に来た。キミの話を聞きに来た。あの人がどう思ってるかは関係なく、ボクが少しでも納得するためにね」
「……俺、を」
「おっと、勘違いしないで。キミへの文句がないのは嘘じゃないよ。キミが無事でよかった。キミの生存はヴァンさんの成果だ」
ああ、でも。
だとしても、なんだ。
「でも、ごめんね。あの人がなんと言おうと、ボクには、――ボクたちにとってキミは」
「……分かってます」
分かっている。
分かっている、つもりだ。
「キミは――あの人が腕を犠牲に戦い、守った存在なんだ」
「…………」
頷くしか出来なかった。
なにも言葉が出てこなかった。
彼女の言う通りなんだから。
それに、逆の立場なら。
俺が、彼女なら――。
もしもサリュが、誰かのために戦って、傷付いたなら。
サリュがそれを自分の戦いだと言っても、俺にとっては……。
「うん。まどろっこしいのはナシにしよう」
だから彼女は俺に尋ねた。
「あの人が生かしたキミは、これからなにを成すのかな?」
彼女の大切な人を傷付けて、生き残った俺が。
一体、なにをするんだ、と。




