第五章【07】「クリスマス」
「……あれ?」
暗転が開く――なんて、大袈裟だ。
一秒にも満たないまばたきをして、改めて目を見開く。
視界に映るのは子どもたち――ではなく、姿見に映る自分の姿だ。
小洒落たグレーのスーツに、赤いネクタイをきつく締めて。
深く刻まれた眉間の皺は相変わらず、この色合いでは柄の悪さが際立っている。
真っ赤な髪の色も合わさって、我ながらイキりまくってるな。
「…………」
いや、姉貴のチョイスなんだけど……正直悪くない。
思わず口元が緩み、満更でもない自分の表情に恥ずかしくなった。
たまらず目を逸らし試着室へと視線を戻す。
広々とした一室には十数人が集まり、各々が身支度を整えてる。
一見は人型ばかりだが、獣耳があったり翼が生えていたり、種族も様々だ。
当然、見知った顔もある。
「ッカ~。いいねェ、決まッてるゼ弟ォ!」
同じくスーツを着込んだアッドが、そう囃し立てた。
黒を基調に赤のネクタイ。俺のと似た組み合わせだが、アッドの方がキッチリした感じだな。
緑肌の手で顎先に触れ、長い舌を覗かせご満悦だ。
「おうアッド。その着てるスーツって確か、新調したって言ってたやつだよな」
いつかそう言って来ていたような。諸々バタついていた所為で記憶が曖昧だ。
でも何故か印象が強くて、――ああ、もしかしてサリュと初めて会った日の。
聞けば、正解だったようだ。
「派手に戦ッテ破けテ、直して貰ッてたカラな。無事戻ッてきてお披露目よォ」
「文句なしだな」
「弟こそ、気合入ッてンじャネーか。マ、今日はソウイウ日だしなァ」
勿論だ。
なにしろ――――今日はクリスマスだ。
イベント事には関心がなかったけど、やっぱり今年は意識してしまう。
加えてまさか、こんなところにまでお呼ばれしてしまうなんて。
興奮が納まらないどころか、ちょっと怖くなってるくらいだ。
中央地区、藤ヶ丘センタービルの二十階。
俺たちが参加するのは、ここで開催されるクリスマスパーティーだった。
主催はアヴァロン国で、発案は皇子様だったか。
日本国に滞在する騎士たちをはじめ、俺たち百鬼夜行も招待されていた。
話をくれた姉貴も、アッドら仲間の面々も、東雲八代子さんや他の組織も。
件の皇子様や……騎士団に所属しているヴァンも。
つまりはこの国にいる関係者が一堂に会する。
それもこの状況下で、だ。
緊張しない訳がない。手放しで盛り上がることは出来ない。
でもそれだけじゃない。
不謹慎だと怒られるかもしれないが、高揚もしている。
「……っし」
極めて個人的な事情だが、許してほしい。
なにしろクリスマスなんだ。この日この夜に、スーツまで着込んでクリスマスパーティーなんだ。
招待客の中には当たり前に――サリュだって居るんだ。
特別な夜に、気合も入るだろ。
「猛々しいナァ。いいトコ見せようッてかァ?」
「茶化すなって。浮かれてるけど自重するよ。パーティーとは銘打ってるけど、絶対大事なやつだろ」
「でも姐サンは楽しめッて言ッてたゼ。マ、大事だとしテモ、オレら下ッ端に役割なンてねェよ」
「そりゃあまあ、そうか」
「ッツてもサリュのお嬢チャンは大変ダローけどナ。独占はよくねェゼ?」
「分かってるよ」
「でもしッかり見とけヨ。色々アプローチされるダロうしヨ」
「……分かってるよ」
サリュに限って……とは思うが。
まあ、色んな人が集まる場だ。良い話も悪い話もある。
変なものに飛びつかないように、くらいは目を光らせておくか?
なんて話をしながら、最後にもう一度姿見へ振り返りネクタイを直して。
俺たちは試着室を後にした。
それにしても。
子どもたちはどこへ行ったんだって、一体なんのことだ?
◇ ◇ ◇
会場へ出れば、また驚かされた。
そこはもう、なんていうか、絵に描いたようなパーティー会場だった。
部屋全体が光に包まれ、視界の至る所に鮮やかな輝きが目立っている。
天井には煌びやかなシャンデリアが幾つも吊られ、床一面には金模様の目立つ真っ赤な絨毯。
大きなテーブルには純白のクロスがかけられて、並べられた大皿の料理も色とりどりで豪勢だ。
隅に飾られた壺とか彫刻とか、壁に連なる絵画とかもなんか凄い。芸術に疎い俺でもこう、一目で高価に思えるような造形をしていた。
そんな、これまた別世界のような光の中を。
正装に身を包んだ人たちが行き交い、独特の華やかさを演出していた。
そう、華やかだ。
沈黙がある訳でも、緊張に包まれてもいない。
それぞれのテーブルから歓談が聞こえてきて、むしろ盛り上がってる感じだ。
なのに、とても静かで落ち着いていた。
「……お、おう」
気後れした。
あまりに場違いさを感じた。
こんなイキった不良子どもが堂々と闊歩していいステージじゃない。
慌てて視線を逸らし、目を合わせないように壁際へ移動する。
ほんの小さな微笑が自分へ向けられているのではと思ってしまい、途端に嫌な汗も出てきた。
この雰囲気は無理だ。ちょっと歯が立たない。手も足も出ない。
浮かれ気分もすっかり引っ込んで、大きな花瓶の隣へ逃げ隠れてしまった。
……ちなみにアッドは「美味そうだゼ!」と、我先にとテーブルへ飛び込んでいった。流石過ぎるだろ。
そんなこんなで、あっという間に一人になり。
とりあえずは誰かが来てくれるのを待とうと、受け身になってしまった。
「……無理過ぎる」
初めての大舞台にワクワクしていたが、現実は厳しい。
予想通りの光景ながら、想定以上の空気感。分不相応とはこのことだ。
色々と思い描いていた満喫を半ば諦め、遠巻きに眺めることにした。
まあ、それにしたって。
混ざらなくてもこの非日常を眺めていられるのは、十分に楽しいんだけど。
慣れた様子で笑顔を浮かべているのは、白スーツに金髪銀髪の男が多い。
話の中心になっていたり、食べ物や飲み物を配ったり。
騎士団の名は伊達でない。戦いだけでなく、こういった催しごとにも長けているのか。
慣れないながらもそこへ混ざっているのは、獣人やスライムたち転移者が多いか。
そもそも彼らは日常的に、転移して来たこの国で生活している。
見知らぬ土地でも力強い彼らには、パーティーなんてなんのそのだろう。
我らが妖怪やその関係者は、割と仲間内で固まってる感じだ。
和装で来ている人も多いみたいで、それが遠くからも目立って見えた。
だからといって閉じてもいない。自然とその輪に騎士たちも加わっていた。
それから見覚えのある子どもたちも居る。
獣人族のアイクや、竜族のドラコや、エンジェル族のソソラの三人組だ。
あの子たちもきょろきょろと視線をさまよわせながら、かと思えばしっかりご飯に目を輝かせていた。
元気そうでなによりだ。
「――――――――」
いや、違うな。
あの子たちのことを知るのは年末だから、ここではまだ――――。
と、会場は良い雰囲気だ。
大事な会だと、パーティーという名の決起集会だと思っていたけど、どうやら違うらしい。
僅かにだけど、真面目に向き合い眉を潜める騎士らも見られる。でも大半はにこやかに頬を緩めて、クリスマスを楽しんでいる様子だ。
たった今も奥のテーブルで各々がサンタ帽を取り出し被り、ワッと笑い声が上がった。
「……はは」
後のことを考えれば、これは前座なのかもしれない。
だからこそ、なんだろう。
これから戦いになるから、この場所は開かれたんだ。
騎士団がその役割の通り、今も仕える立場ならきっと。
彼らの作る空気には、皇子様の意向もあるだろうから。
ただ、楽しむだけも許されない。
後を考えることも、その時の為にこの場で必要なことも。
情報交換や戦力の把握、関係性を円滑にすることだって繋がって来る。
そして、関係性を円滑にする為には。
反発や、仲違いや、引っ掛かりを、後顧の憂いをなくすことも。
新たな関係だけでなく、これまでのことを――清算することも必要だ。
だから、彼女は俺のところへやってきた。
「カタギリユウマ、だよね」
それは唐突に、――でも後に思えば、必然に。
彼女は俺を呼んでこちらへ歩いてきた。
煌びやかな光に照らされたところから、一人の少女がやってきた。
金髪で白の正装姿。
恐らくは騎士であることが窺える少女。
彼女は真正面に立ち止まると一礼し、それから名乗った。
「はじめまして。ボクはヒカリ。アヴァロン国の特級騎士だ」
「――特級?」
「ああ。少しキミの時間を貰いたい。――話がしたい」
そうして彼女は――ヒカリは。
「鬼餓島の戦いでの、ヴァンさんについて」
それを俺に突き付けた。




